九月一日、月曜日。
ノア・プライスは、右インサイドハーフのところに自分の名前がないことに気づいた。
ホワイトボードでは、中央の一つ低い場所へ動いている。
ベルは練習用のマーカーを持ち、選手たちを待っていた。
「今日は、アンカーもやってもらう」
「右じゃないんですか? ……トップも、そこを見てるってことですか」
プライスが聞くと、コーチは首を振った。
「今日は、受ける前の仕事。右でやってることを、真ん中から見てみろ」
プライスは頷いたが、まだ納得はしていなかった。
右の位置にはカールンがいる。
トップチームでその場所を取るのは、今すぐには難しい。だから、別の位置を試すのだろうか。
顔に出ていたのか、ベルが続けた。
「右をやめさせる話じゃない。場所を替えれば、今まで簡単だったことも難しくなる。それをやるんだ」
「できなくなる方、ですか」
「できるところだけ見て、終わりにするか?」
プライスは首を振り、中央へ歩いた。
プライスは中央へ入った。
センターバックの前は、思っていたより広く見えた。
*
最初のパスを受けたとき、プライスは前を向けなかった。
相手の一人が背中へ来る。右へ逃がそうとすると、もう一人がそこへ足を置いていた。
右インサイドハーフなら、後ろへ戻す相手が近くにいる。
今日は、その後ろにいるセンターバックから、自分が受けていた。
プライスは足元で持ち直し、ボールを失った。
後ろのシェイン・モリスが前へ出る。
相手のフォワードは、モリスの肩の向こうへ走った。
一本で、ゴールの近くまで運ばれた。
プライスは追い、どうにか戻った。
笛が鳴った。
「ノア、一回戻れ。相手が二人いたぞ。その間で、本当にもらいたかったか?」
ベルが聞いた。
プライスは最初に立っていた位置へ戻る。
モリスがボールを持ち、相手役が二人で中央を閉じていた。
「いや、右へ……ここへ動けば」
「動いてみろ」
プライスは二歩ずれた。相手役がついてくる。
「真ん中、空きます。シェインが行ける」
プライスはモリスの前を見た。
自分がずれれば、センターバックが運べる道ができる。
プライスはモリスへ手を出した。自分へ出す前に、そこを運べる。
再開後、彼は右へずれた。
相手がついてくる。
モリスが前へ出た。
プライスは、そこで初めて戻り、短いパスを受けた。
前を向く余裕があった。
前線のトム・バレットが走った。十六歳のフォワードは、パスを待ちながら何度も中央を見た。
プライスの縦パスが、バレットの前を速く転がっていった。
キーパーが捕る。
「強いよ。俺、まだそこにいない」
バレットが言った。
「遅れないように出したら、ああなった」
「遅れるのも困るけど」
「じゃあ、ちょうどよく出せって?」
「そう。それ」
バレットは平気な顔で答え、もう一度スタート位置へ戻った。
プライスはベルを見た。
「受ける前までは、見えたんです。前を向いてから、トムが走ったら早く出さないとって」
「次は、あいつの二歩先じゃなく、近い方へ。最初に前を向けたところは変えなくていい」
ベルはボールを返した。
モリスが、相手役の位置へ入る。
「さっきより先に出たら、俺もついていくぞ」
「言わなくていいから」
バレットが返した。
プライスは一度、周りを見た。ボールを受け、身体を開く。
バレットが走った。
モリスも動く。
今度は、近くへ出した。
バレットが受けたが、モリスが外側を塞いでいた。シュートを打てず、後ろへ戻す。
「今の、打てた?」
バレットが聞いた。
モリスは首を振った。
「そっちへ行く足だった。だから、待った」
バレットは自分の足元を見た。
「次は、逆もあるから」
「それを見て決めるよ」
モリスが答えた。
プライスは戻ってきたボールを止めた。
今のパスは、相手へ渡らなかった。ただ、それでゴールへ行けるとは限らない。
「もう一回、同じところからやっていいですか」
ベルへ聞くと、コーチは時計を見た。
「二本。今度は、トムが下りたら、ノアが前へ入れ」
「俺、戻して終わり?」
バレットが聞いた。
「終わるな。もう一回、ゴールへ向け」
バレットは頷くより先に、モリスの立つ場所を見ていた。
*
モリスは十六歳だった。
同じ年代のセンターバックと比べ、まだ身体の厚みが足りなかった。相手のフォワードへ正面から当たると、先に押し返される。
夏の初め、本人はそのことを気にし、家でも筋力の練習を増やしていた。
ベルが知ったのは、脚が張って動きの重い日が続いた後だった。
今は、新たに育成年代を担当するスタッフが、練習と身体の成長を一緒に確認していた。
モリスは、渡された自分用の計画表をロッカーへ入れている。
隣の選手と、同じ回数をやらなくていい。
それが最初は、弱いと言われたようで嫌だった。
しかし、余分にやめろと言われた翌週、脚の重さが抜けた。身体を寄せる前に、もう一歩動けるようになった。
今日はバレットが背中を向けて受ける。
モリスは正面から押さず、半歩横へずれた。
前へ向く道だけを閉じる。
バレットが無理に持ち直した瞬間、足を入れた。
ボールが取れた。
自分より強い相手でも、同じ場所で勝負しなくてよかった。
ベルは遠くから親指を上げた。
モリスはすぐには笑わず、パスを出した後で、少し口元を緩めた。
*
エレナ・パイクがリードへ提出した最初の報告書には、見送った選手の名前もあった。
常勤として迎えられてから、同じチームを続けて見られるようになった。
一試合目で目立った大柄な選手が、二試合目ではあまり動けなかった。足を痛めていた。逆に、最初はボールへ触る回数が少なかった小柄なサイドの選手が、次の試合では相手の前を何度も塞いでいた。
オーウェン・ヒューズ、十五歳。
地元の地域クラブで右サイドバックをしている。
速さは抜きんでていない。クロスも、何本も正確に上げるわけではない。
ただ、味方の中央が外へ出たとき、自分がその後ろへ絞る。誰かに指される前に、空いた場所を見つけていた。
「招待しますか」
パイクが聞くと、リードは映像を見直した。
「まず、本人と保護者へ説明しよう。見ることと、入団を決めることは分けたい」
「ええ。今のクラブにも連絡します」
パイクは頷いた。
「以前なら、今日、別の地域へ行っていました」
「もう一度見る時間がなかった?」
「そこへ行くより、新しい名前を探せと言われることが多かったです」
リードは報告書を閉じた。
「今回は、もう一度行ってください」
パイクは手帳へ予定を書いた。
金があることで、同じ選手をもう一回見る、という仕事を選べた。
*
その日のトップチームでは、ヴォルフが初めて練習を担当した。
正式な加入後、最初にしたのは、最終ラインを大声で動かすことではなかった。
マーサー、フェンウィック、オコンネルを呼び、右へボールが出た場面で、それぞれが何を見るかを尋ねた。
フェンウィックは、ウォードの背後を指した。
マーサーは、中央のフォワードを指した。
オコンネルは、自分の外の選手を指した。
「三人とも、見るものは合っています」
ヴォルフは三人の間を歩いた。
「でも、自分の隣が何をしたかを知りません。ジョージが出たら、ダン。ダンが動いたら、サム。順番を聞いてください」
彼は、フェンウィックが出る前に短く声をかける決まりを置いた。
出る。
中央。
逆。
長い言葉ではない。誰かが動いたことを知らせるためだった。
マーサーは一度やってみて、首を傾げた。
「相手が早く入れたら、言う前に出ることもあります」
「出ながら言ってください。隣は返事より移動が先。叫び合っている間に、相手は蹴ります」
フェンウィックが笑った。
「ダン、返事がないともう一回言うんだよな」
「聞こえたなら動けよ! お前が返事だけするからだろ」
マーサーは言った。
ヴォルフも笑った。
次は、フェンウィックが出ると同時に短く声を出した。
マーサーが中央へ寄る。オコンネルは逆側の選手を見ながら、少し内側へ入った。
相手役は中央へクロスを入れられず、戻した。
ブアリは、その前でボールの道を塞いでいた。
自分が一人で全部を見なくても、後ろが動く音があった。
*
九月三日、水曜日、ヒューズと母親が施設を訪れた。
プライスは、廊下で二人とすれ違った。
新しい選手だろうかと思った。
母親は手に紙を持ち、リードから説明を受けていた。学校との連絡、練習へ通う方法、参加する場合の予定。
すぐに入団を迫る話ではなかった。
「送り迎えは、毎回は難しいです」
母親が言った。
「仕事の終わる時間が、日によって違うので」
リードは頷いた。
「参加を続けることになれば、クラブの移動支援を使えるか確認します。来られないことを、本人の意欲の問題にはしません」
ヒューズは母親を見た。
自分のために仕事の話をされるのが、少し嫌だった。
しかし、リードは本人へ向き直った。
「今日は、どんな練習か見て、少し入ってもらいます。できなかったことも、後で話そう」
ヒューズは頷いた。
プライスは自分の靴を持ち直し、ピッチへ向かった。
新しい人間が来る。
トップチームだけの話ではなかった。
*
ヒューズは、最初のパスを失敗した。
強さが足りず、相手へ渡る。
すぐに追いかけたが、ベルは、ボールの場所ではなく中央を指した。
ヒューズは足を変え、中へ入った。
相手の縦パスを足へ当てた。
派手ではなかった。誰かが拍手したわけでもない。
パイクは脇で、その場面に時刻を書き込んだ。
プライスがボールを拾い、前へ運ぶ。バレットが裏へ走った。
速く出すと、バレットは一度で右足へ置き、シュートを打った。
外れた。
「トム、打つ前に顔を上げろ!」
バレットはゴールを見たまま手を上げた。返事はしなかった。
自分が一番点を取ることを、何より大切にしていた。シュートを打てば、少なくとも何かを示したことになる。
次の攻撃でも、似た場所へ来た。
モリスが先にコースへ身体を入れた。
バレットは打ちかけ、足を止めた。
後ろからプライスが来る。
戻した。
プライスが右へ渡し、ヒューズが外へ走る。
バレットは、もう一度ゴールの方へ向かった。
低いボールが来た。
合わせた。
入った。
ベルは笛を吹かず、次へ進ませた。
バレットは走りながらヒューズを見て、手を上げた。
一度打たなかったことで、自分のシュートが近くなった。
*
練習後、プライスは映像の部屋へ呼ばれた。
ヘイルがいた。
トップの監督が自分の映像を見ていると分かると、急に椅子が落ち着かなくなった。
「アンカーはどうでしたか」
「きつかったです。右へ出せた、と思ったら、前が空いてて。自分もそっちへ走りかけました」
プライスは画面の中央を指した。
「ここへ戻らないと、次、誰もいないんですよね」
ヘイルは頷いた。
「右インサイドハーフだったら、どうしますか」
プライスは画面を見た。
「走る前に、中を見ると思います。誰かに戻したいのに、俺までいなくなったら……今日みたいになるので」
「毎回残る必要はありません。ただ、誰がそこにいるかは確認してほしい」
プライスは頷いた。
ヘイルは一つの場面を戻した。
プライスが受けずに右へ動き、モリスが中央を運ぶ。
「これは、いい判断でした」
プライスは膝の上の手をほどいた。
「ボールは、受けてないですけど」
「その後、前を向いて受けました」
画面が進む。
強すぎるパスが、バレットの先へ流れていった。
プライスは苦笑した。
「最後、強すぎました。トムに文句言われました」
「そこは練習しましょう。前を向ける場所を作ったことまで、失敗にしなくていいです」
監督も笑った。
トップチームへ上げるとは、言われなかった。
しかし、戻ってからやってきたことは、ここまで届いていた。
*
ヒューズの母親と次に話したのは、リードと生活支援の担当者だった。
サラが、新規の参加者の相談を現場のコーチだけに持たせないよう、窓口を整えていた。
母親は、初日に受け取った紙へ質問を書き込んでいた。
「参加を続けても、入団できるとは限らないんですね」
「はい。逆に、参加して、本人が今のクラブへ戻りたいと思うこともあります」
リードは答えた。
「今日は、そのどちらかを決める日ではありません」
担当者は、通える曜日を確認し、送迎の対象となる区間と集合場所を示した。
母親は一つずつ読んだ。
ヒューズは隣で、膝の上の手を動かしていた。
「僕は、来たい。次も来たいです」
彼が言うと、母親は頷いた。
「だから、来られる方法を聞いているの」
リードは、本人へ練習の感想を尋ねた。
最初のパスを失敗したこと。
中へ入って一本止めたこと。
バレットへ低く出したら、点になったこと。
ヒューズは、順番を思い出しながら話した。
「あの、遅いと思われましたか? 前へ出るとき、中も空いてたから、どっちか分からなくて」
「いつ?」
「味方が持ったとき。中へ残るか、外を走るか、迷って」
「そこは、次に聞いてください。何も考えずに遅れたとは見ていません」
ヒューズは顔を上げた。
パイクが書いた報告が、そこまで伝わっていた。
帰る前に、母親がリードへ尋ねた。
「学校には、いつ話せばいいでしょう」
「まず、継続参加の日程が決まったら、クラブからの説明も用意します。本人に全部伝えさせる形にはしません」
母親は、持っていたペンをしまった。
ヒューズは立ち上がり、廊下の窓からピッチを見た。
入れるかどうかは、まだ分からない。
ただ、次に来られる日は、もう相談できていた。
*
その翌日、モリスは、バレットと一対一の短い練習をした。
身体を当てて奪う回数を増やす代わりに、相手の前へ入る位置を変えていく。
バレットは、わざと足元へ来ると見せて、逆へ走った。
一度、モリスが遅れた。
次は、身体を寄せる前に半歩空け、相手が向く方向を見た。
追いつけた。
担当者が時計を見て、時間だと告げた。
「もう一回、だめですか。今の、もう一回やりたいです」
モリスはマーカーから足を離さなかった。
担当者は首を振った。
「予定どおり終える。明日も同じ速さでやりたい」
モリスは少し不満そうに頷いた。
以前は、自分で増やした練習を、誰も全部は知らなかった。
今は、やり足りないと思う日にも、次の日のことを考える人がいた。
ベルは、片づけながら声をかけた。
「シェイン、今日は終わり。一本、止め方が増えたろ。明日も同じ脚で来い」
モリスは顔を上げた。
バレットがボールを抱え、待っていた。
「明日は、そっち行かないからな!」
「今、言った。じゃあ逆だろ」
二人は笑い、建物へ戻った。
*
九月六日、アカデミーの試合で、バレットは前半に二度外した。
一度目はキーパーの正面。
二度目は、近くにいたプライスへ返せば前を向けた場面だった。
ベンチのベルは、腕を組んだまま見ていた。
後半、バレットがまた同じ場所へ下りた。
プライスは、今度は近づきすぎなかった。
フォワードの背中へ相手が来る。
バレットは前へ向くのをやめ、一度戻した。
プライスはボールを受け、そのまま出さず、相手の足が動くのを待った。
バレットが走り直す。
パスが通った。
ゴールへ入った。
バレットはプライスを振り返り、両手を上げた。
試合は二対一で勝った。
二点目は別の選手が取った。終盤はモリスが相手の大きなフォワードに何度も当たられたが、最後の一本は身体を横へずらして止めた。
ベルは、三人をまとめて褒めなかった。
バレットには、戻して走り直したこと。
プライスには、パスを出す前に相手を動かしたこと。
モリスには、当たる場所を選んだこと。
それぞれに、違う仕事を伝えた。
*
プライスの母親は、帰りの車で結果を聞いた。
「勝ったよ! トムに出したやつ、あれ入った」
「あなたは取ってないの?」
「俺は出す方。今日は、あれがよかったんだって」
「よかったじゃない」
プライスは窓の外を見た。
「それと、来週、またトップの練習に行くかもしれない」
母親が、一度だけこちらを見た。
「決まったの?」
「まだだよ、まだ! 一回だけ。ベルが監督に話すって言っただけだから、みんなに言わないで」
プライスは、言葉を慎重に選んだ。
母親を喜ばせるために、まだ決まっていないことを大きく言いたくはなかった。
「今日は、先に見えたんだ」
「何が?」
「トムが走る前の、相手の足」
母親は頷いた。
よく分からなかったのかもしれない。
それでも、続きを聞いてくれた。
プライスは、信号を二つ通り過ぎるまで、その一本のパスを説明していた。
家へ着く頃には、母親も、最初に相手がどちらを向いていたかを尋ねるようになった。
プライスは手で二人の位置を作り、もう一度説明した。
話しているうちに、自分が見ていなかった逆側のことを聞かれた。そこは、分からないと答えた。
「じゃあ、次はそこも?」
「全部見ようとすると、たぶん、また何も見なくなる。ベルに聞く」
母親は笑い、車のエンジンを止めた。
プライスは鞄を取り、次の練習で聞くことを携帯電話へ一行残した。