どうやら金はあるらしい   作:おずわるどー

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【2025/26・第22話】二本目のボール

 九月二十四日、水曜日。

 

 アンドリュー・ベネットは、コーナーキックの映像を八本並べた。コールは採用資料を開いたまま、話を聞いていた。

 

 八本目のコーナーも、中央で跳ね返された。

 

 ヘイルがキックの位置を見直そうとすると、ベネットが再生を止めた。

 

「あと四秒、見てください」

 

 ボールが外へ流れる。エリスが拾い、中央を見た。味方は戻り始めていた。

 

「今、二本目を上げたい選手が一人。ゴールの方を見ている選手は、もういません」

 

「戻らせていました。カウンターへの備えで」

 

 ヘイルが言うと、ヴォルフが画面へ近づいた。

 

「全員は要りません。相手が前へ残しているのは二人です。中央を二人と、その手前に一人。残す人数は、そこから決められます」

 

「では、外で拾う役と、戻り始めてもゴールを見ている役を置きたいです」

 

 ベネットが印をつける。

 

 ヴァレンティは、別の選手の動きを指した。

 

「ジャンは、ここで戻ってきています。彼へ足元につければ、そのままやり直せる。全部をもう一度高く蹴る必要はありません」

 

 ヘイルは紙へ書き込みかけ、ペンを止めた。

 

「それを全部、今週の一つの練習でやりますか」

 

「最初は、拾った後の受け手だけでいいです。蹴る場所は増やしません」

 

 ベネットが答えた。

 

 ヴォルフは、残す三人の位置を囲んだ。

 

「この三人は、攻撃が続いても勝手には入りません。そこを私が確認します」

 

「受けてからは、続けましょう。止めるのは、外で拾った選手が困ったときだけ」

 

 ヴァレンティが言った。

 

 ヘイルは頷き、ノートへ一行だけ残した。

 

「では、僕は全体を見ます。途中の修正は担当から。選手へ渡す言葉は、始める前に揃えましょう」

 

 ベネットが八本目をもう一度開いた。今度は、誰も最初のキックへ戻せとは言わなかった。

 

 コールは担当範囲を控え、採用の確認へ進んだ。

 

 *

 

 九月二十六日の練習で、エル・マリは先発を告げられた。

 

 相手はベルモント。

 

 右サイドの守備者が中央へ絞ることが多く、左の外で一対一を作れれば前進できると、ヘイルは説明した。

 

 エリスも同じ部屋にいた。

 

「で、俺は守るときに呼ばれる方ですか?」

 

 彼が聞いた。

 

 ヘイルは首を振った。

 

「それだけではありません。相手が外へ二人出てくれば、あなたの早いクロスを使いたい。サイードが毎回抜く必要がなくなります」

 

 エリスは頷いた。

 

 守るための交代だけではない。

 

 自分の攻撃が、別の道になる。

 

 エル・マリは二人を見た。

 

「外、ですね。いやぁ、待ってると、中が楽しそうに見えるんですよね」

 

「ええ。ルイスが中で受けられるなら、あなたは幅を残してください」

 

 ヘイルは答えた。

 

「中へ入るのは、その後です。先に外で、一人を引きつけてほしい」

 

 エル・マリは頷いた。

 

 左ウイングバックへ転向して、毎回全部をやろうとすると、走る場所が多すぎた。

 

 待つことも仕事に入れてもらえると、仕掛けるための脚が残る。

 

 その感覚は、最近ようやく分かってきた。

 

 *

 

 九月二十七日、ベルモント戦。

 

 左の外で、エル・マリは二度パスを待った。

 

 一度目はハーパーが中央へ戻し、二度目はブアリが逆側へ展開した。

 

 手を上げたくなった。

 

 しかし、相手の右サイドバックは、自分を見ながら少し外へ残っている。

 

 その分、ウルンが受ける場所は広かった。

 

 ウルンが前を向いた。

 

 クルーニーが中央へ走る。

 

 相手の守備者が一人、ついていく。

 

 ウルンは自分で運び、ペナルティエリアの手前から打った。

 

 先制した。

 

 エル・マリは、遠くから腕を上げた。

 

 ボールに触らなかった攻撃だった。

 

 次は、相手の右サイドバックが中央へ寄った。

 

 ブアリが外へ出した。

 

 今度は、来た。

 

 エル・マリは最初のタッチで前へ置き、相手へ向かった。

 

 縦を閉じられると、右足で中へ持つ。

 

 ハーパーは、その後ろから外へ走った。

 

 エル・マリは自分で打たず、ハーパーへ渡した。

 

 低いクロスが入る。

 

 クルーニーが、ニアへ入った。

 

 二点目だった。

 

 後半、ベルモントは一点を返したが、終盤、クルーニーがウルンの落としからもう一点を決めた。

 

 三対一。

 

 エル・マリは交代で戻り、エリスと手を合わせた。

 

「中、空いた! 見た? 最後、あっち行けた!」

 

 エル・マリがベンチの前で振り返った。

 

「先に外で待ってたからだろ。全部、自分で抜いたみたいな顔すんな」

 

 エル・マリは笑った。

 

 先に外で待ったことが、後から中へ行く道を作った。

 

 自分の得意な動きも、前の仕事とつながっていた。

 

 *

 

 翌日、佐々木は踵の張りをスタッフへ伝えた。

 

 強い痛みではなかった。歩くことも、短いパスもできる。

 

 ただ、踏み切るときに少し気になった。

 

 以前なら、次の試合へ出たい気持ちが先に来たかもしれない。

 

 新しいクラブで、ようやく先発したばかりだった。

 

 それでも、練習へ出る前に伝えた。

 

 担当者は状態を確認し、負荷を調整すると告げた。ヘイルにも報告が上がる。

 

 九月三十日のダンストン戦は、ベルが先発すると決まった。

 

 佐々木は頷いた。

 

 安心した気持ちと、惜しいという気持ちが、同時にあった。

 

 ベルは説明を受けた後、相手の映像を見た。

 

 長いボールが多い。

 

 ただ、空中戦だけでなく、落ちた後へ二人目が入ってくる。

 

 マーサーと、捕る場所を確認した。

 

 自分の出番を待つ間に、見ておくべきものは変わっていなかった。

 

 *

 

 ダンストン戦で、エル・マリはブリストルで初めてリーグ戦の得点を挙げた。

 

 左の外から中へ入り、右足で逆隅へ蹴る。

 

 相手のサイドバックはハーパーの外への動きを警戒し、一歩寄せるのが遅れた。

 

「よっしゃ! 入った!」

 

 エル・マリは両手を上げ、中央へ向き直った。

 

「ルイス! 今、外へ行ってくれたやつ、あれ!」

 

 ハーパーが笑い、走ってきた。

 

 左ウイングバックとして戻ることを覚えながら、ここへ来る理由だったシュートも残せた。

 

 ヘイルはベンチで、ヴァレンティと目を合わせた。

 

 転向させた選手の長所を、守備の練習の中へ埋めてしまわずに済んだ。

 

 しかし、試合は一対一で終わった。

 

 後半のフリーキックで、相手の大きな選手へ二人が寄り、その後ろの選手を空けた。

 

 ベルは一度目を止めた。

 

 こぼれたところを、押し込まれた。

 

 ノースブリッジ戦とは、違う場所が空いた。

 

 どちらも、誰がどこを担当するかが、途中で曖昧になっていた。

 

 ベネットはスタンドから見ていた。

 

 最後までノートを閉じなかった。

 

 *

 

 十月一日、水曜日。

 

 正式にセットプレーを担当することになったベネットは、最初のミーティングへ、六つの新しい動きを持ち込まなかった。

 

 守るときの担当を整理した紙を、一枚ずつ配った。

 

 相手へつく選手と、区域を見る選手。

 

 キーパーが出る場合、手前を誰が守るか。

 

 跳ね返した後、誰が外へ出るか。

 

 ベルは、自分の名前と佐々木の名前が、同じ位置に書かれていることを見た。

 

 ただし、出るときの合図を、二人で揃える時間が別に取られていた。

 

「キーパーごとに、届く範囲は違います」

 

 ベネットは言った。

 

「でも、周りが反応する言葉は同じにしたい」

 

 マーサーが頷いた。

 

「それなら、後ろが替わっても同じ声で動けますね。毎回、俺が言い直さなくて済む」

 

「ええ。誰か一人が全部を覚えて、毎回伝える形にはしません」

 

 ヘイルは、主将の横顔を見た。

 

 夏の初めから、マーサーの経験に頼ってきた。

 

 頼ることと、全部を背負わせることは違う。

 

 紙に書き、映像を作り、別の選手にも教える担当がいることで、その違いを形にできた。

 

 *

 

 午後、ベネットはアカデミーのピッチも見た。

 

 リードから、コーチ同士で指導を揃えたいと頼まれていた。

 

 モリスは、コーナーキックの練習で相手の大柄な選手についた。

 

 正面から押され、競り合う前に位置を失った。

 

 ベルが止め、身体を当てる場所を確認する。

 

 ベネットは、そのやり取りを見てから尋ねた。

 

「シェインを、この選手につけるのは?」

 

「中央の守備者なので。まず、ここを経験させていました」

 

「なるほど。ただ、相手の一番大きい選手と、毎回正面でやる必要はないです。区域を見る方も、一度見せてください」

 

 ベルは一度、相手役の配置を見た。

 

 最も大きな選手に、中央の守備者をつける。

 

 いつもの組み合わせだった。

 

 ベネットは、モリスの判断の早さについてリードから聞いていた。

 

「区域を見る方も、試していいと思います。早く落ちる場所を読む仕事です」

 

 モリスはニアの少し後ろへ動いた。

 

 相手の動きを見ながら、ボールを待つ。

 

 低いキックが入った。

 

 彼は相手へ当たりに行かず、先に一歩出て、頭へ当てた。

 

 外へ返った。

 

 ベルは頷き、もう一度繰り返させた。

 

 二度目は、ボールが頭の上を越えた。

 

 モリスは振り返り、追った。

 

 自分に向いた役割があっても、毎回うまくいくわけではない。

 

 それでも、身体の大きさが追いつくまで、ただ待つしかないわけではなかった。

 

 *

 

 プライスは、練習後にベネットへ呼ばれた。

 

「キックを見せてもらえる?」

 

 彼は驚いて、ベルを見た。

 

 コーチが頷く。

 

 ボールを置き、右足で蹴った。

 

 中央へ上がるが、少し長い。

 

 次は短くなった。

 

 ベネットはフォームを大きく直す代わりに、狙う場所を一つにした。

 

「相手の頭ではなく、あの区域へ。誰が入るかは、後で決めます」

 

 プライスは、マーカーのある場所を見た。

 

 三本目は、その近くへ落ちた。

 

 四本目も、似た場所だった。

 

「記録を取って、続けよう」

 

 ベネットが言った。

 

 特別な才能がある、と言われたわけではない。

 

 新しい仕事を一つ渡された。

 

 プライスは、ボールを拾い集めた。

 

 ベルは次の練習予定へ、長いキックの時間を加えた。その分、同じ日に何を減らすかも担当者と確かめる。

 

 新しいコーチが一人来るたび、選手の練習が無制限に増える形にはしたくなかった。ベネットも頷き、必要な映像だけを共有すると答えた。

 

 足元の短いパスを直す練習と、遠くへ蹴る練習が、同じ週へ入った。

 

 少し忙しくなったが、何を求められているか分かる忙しさだった。

 

 *

 

 十月三日のスタッフ会議で、ヘイルは次の試合の先発を決めた。

 

 佐々木は状態を確認し、通常の練習へ戻っていた。

 

 ゴールへ戻すことを決める前に、ヘイルはベルへ話した。

 

「ダンストン戦では、必要な仕事をしてくれました。失点も、最初の一本は止めています」

 

 ベルは頷いた。

 

「またベンチ、ですね。……聞きたかったのは、そこです」

 

「はい。後ろから外へ運ぶ形を使いたい。ただ、あなたを休ませて終わりにするつもりはありません」

 

 ベルは、机の上の相手の映像を見た。

 

 出られないことは、やはり面白くない。

 

 しかし、自分が出た試合で何をしたかは、見られていた。

 

「了解です。練習はやります。いつもどおり。ただ、出たいのは変わりませんから」

 

 ヘイルは頷いた。

 

 本人がそれを言ってくれることを、当たり前にしてはいけないと思った。

 

 *

 

 十月四日、イーストヘイヴンとのアウェーゲーム。

 

 ブリストルは前半、先に失点した。

 

 相手の長いボールを一度は返したが、その次の球を拾えず、外から低く入れられた。

 

 ベネットはベンチで時刻を書いた。

 

 セットプレーだけを整えても、流れの中のこぼれ球が全部取れるようにはならない。

 

 ヘイルはタッチラインで、前線の二人を呼んだ。

 

「ジャン、一人戻って! エリまで来なくていい! 競った球の、横へ!」

 

 ウルンが頷いた。

 

 次に佐々木が蹴ったとき、クルーニーが競り、ウルンが横へ入った。

 

 落ちたボールを、足へ収める。

 

 ハーパーが近づいた。

 

 ウルンは短く預け、自分は前へ向かった。

 

 返ってきたパスを、右足で外へ置く。

 

 相手センターバックが、クルーニーの走る先を見た。

 

 ウルンは打った。

 

 一対一。

 

 まだ、前半だった。

 

 *

 

 後半、両チームとも点を取れなかった。

 

 カールンは狭いところで一度相手を外したが、次に寄せられ、横へ戻した。

 

 以前なら、もう一人を抜こうとしたかもしれなかった。

 

 ブアリが受け、左へ展開する。

 

 エリスがクロスを入れ、クルーニーが合わせた。

 

 キーパーが止める。

 

 コーナーになった。

 

 残り七分。

 

 ベネットがヘイルへ短く伝えた。

 

 最初は、いつもの区域へ入れる。

 

 跳ね返されたら、外に一人を残す。

 

 ヘイルは頷き、ハーパーへ合図した。

 

 キックは、中央へ入った。

 

 相手が頭で返す。

 

 ブアリは、すぐには前へ出なかった。

 

 中央を見ながら、相手の前線へ入る道を閉じる。

 

 外でエリスが拾った。

 

 相手の最終ラインが、一斉に前へ出る。

 

 ウルンは戻った。

 

 クルーニーも一度足を引いた。

 

 ハーパーは、その後ろから、相手と同じ速さでは戻らなかった。

 

 外を見ていた。

 

 エリスは高く上げ直さず、低く中央へ渡した。

 

 ウルンが触ると見せ、通した。

 

 ハーパーが受ける。

 

 右足で、一度だけゴールの方へ置いた。

 

 シュートが、相手の脚の間を抜けた。

 

 キーパーが横へ跳ぶ。

 

 届かなかった。

 

 二対一。

 

 ハーパーは走りながら、誰へ向かえばよいか迷った。

 

 エリスが先に来た。

 

 ウルンも来る。

 

 ベンチでは、ベネットよりヴォルフの方が大きく腕を上げていた。

 

 残り時間、ブリストルは相手の攻撃を外へ追いやった。

 

「キーパー!」

 

 佐々木が先に声を出した。

 

 マーサーが道を空ける。

 

 キーパーが捕った。

 

 試合が終わった。

 

 *

 

 ヘイルは、ロッカールームで勝点を確認した。

 

 十試合、六勝三分一敗。

 

 勝点二十一。

 

 夏の初めには、名前だけだった選手たちが、隣の選手の動きで自分の仕事を変え始めていた。

 

 それでも、毎回できるわけではない。

 

 今日も先に失点し、何度もパスを戻した。

 

 ヘイルが話し始める前だった。

 

「ベネット! あれ、練習したやつってことでいいですか?」

 

 ハーパーが上着を脱ぎながら呼んだ。

 

「全部は違うよ。エリスが低く出した。ジャンが通した。そこまでは決めてない」

 

「じゃあ、俺のゴール!」

 

「それは、そうだ。外へ一人残すところと、戻りながら見るところは、やっただろう?」

 

「やりました。そこは、ありがとうございます!」

 

 ハーパーは少し大きく礼を言い、隣から来たタオルを受け取った。

 

 決められた動きの通りにやったから取れた、とだけは言えなかった。

 

 ハーパーはタオルで顔を拭き、エリスのいる方へ声をかけた。低く来たボールを、もう一度手で示していた。

 

 *

 

 帰りのバスで、ヘイルはリードからの報告を開いた。

 

 アカデミーは引き分け。

 

 バレットが一得点。モリスは最後まで出場した。プライスは後半、左の中央へ移り、左足で二本の前進するパスを通した。

 

 ヒューズについては、保護者と地域クラブとの確認を終え、継続参加の予定が組まれた。

 

 添付された短い映像を開く。

 

 プライスが左で受け、前へ向く。

 

 ボールを右足へ持ち替えず、近い足で外へ出した。

 

 その先で味方が走る。

 

 ヘイルは、隣のヴァレンティへ画面を向けた。

 

「ルイスが、夏にやっていたことです」

 

 ヴァレンティは映像を見て、頷いた。

 

「ええ。でも、左でそのまま出せましたね。前なら、右へ持ち替えていた」

 

 ヘイルは笑った。

 

 育成の成果がすぐにトップの得点になるわけではない。

 

 しかし、誰かが経験したことを、次の選手が何も知らずに始める必要はなくなっていた。

 

 画面を閉じる前に、リードへ返信した。

 

 来週、プライスの受ける向きを、もう一度見たい。

 

 窓の外は暗くなっていた。

 

「おい、アシストは俺じゃない?」

 

 バスの後ろでウルンが言った。

 

「触ってないだろ! あれは通しただけ!」

 

「ルイスに通したんだから、パスでしょう」

 

「マットから来たんだって!」

 

「そもそも、俺が外で拾ってるんだけどな」

 

 エリスが少し離れた席から言った。クルーニーが、次は俺にもくれよと口を挟む。いつまでも終わらない話に、誰かが笑って、もう一回映像を見ろと言った。

 

 ヘイルは次の週の予定を開いた。

 

 いま、その予定には、自分以外の人間が担当する時間が、いくつも書き込まれていた。

 

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