九月二十四日、水曜日。
アンドリュー・ベネットは、コーナーキックの映像を八本並べた。コールは採用資料を開いたまま、話を聞いていた。
八本目のコーナーも、中央で跳ね返された。
ヘイルがキックの位置を見直そうとすると、ベネットが再生を止めた。
「あと四秒、見てください」
ボールが外へ流れる。エリスが拾い、中央を見た。味方は戻り始めていた。
「今、二本目を上げたい選手が一人。ゴールの方を見ている選手は、もういません」
「戻らせていました。カウンターへの備えで」
ヘイルが言うと、ヴォルフが画面へ近づいた。
「全員は要りません。相手が前へ残しているのは二人です。中央を二人と、その手前に一人。残す人数は、そこから決められます」
「では、外で拾う役と、戻り始めてもゴールを見ている役を置きたいです」
ベネットが印をつける。
ヴァレンティは、別の選手の動きを指した。
「ジャンは、ここで戻ってきています。彼へ足元につければ、そのままやり直せる。全部をもう一度高く蹴る必要はありません」
ヘイルは紙へ書き込みかけ、ペンを止めた。
「それを全部、今週の一つの練習でやりますか」
「最初は、拾った後の受け手だけでいいです。蹴る場所は増やしません」
ベネットが答えた。
ヴォルフは、残す三人の位置を囲んだ。
「この三人は、攻撃が続いても勝手には入りません。そこを私が確認します」
「受けてからは、続けましょう。止めるのは、外で拾った選手が困ったときだけ」
ヴァレンティが言った。
ヘイルは頷き、ノートへ一行だけ残した。
「では、僕は全体を見ます。途中の修正は担当から。選手へ渡す言葉は、始める前に揃えましょう」
ベネットが八本目をもう一度開いた。今度は、誰も最初のキックへ戻せとは言わなかった。
コールは担当範囲を控え、採用の確認へ進んだ。
*
九月二十六日の練習で、エル・マリは先発を告げられた。
相手はベルモント。
右サイドの守備者が中央へ絞ることが多く、左の外で一対一を作れれば前進できると、ヘイルは説明した。
エリスも同じ部屋にいた。
「で、俺は守るときに呼ばれる方ですか?」
彼が聞いた。
ヘイルは首を振った。
「それだけではありません。相手が外へ二人出てくれば、あなたの早いクロスを使いたい。サイードが毎回抜く必要がなくなります」
エリスは頷いた。
守るための交代だけではない。
自分の攻撃が、別の道になる。
エル・マリは二人を見た。
「外、ですね。いやぁ、待ってると、中が楽しそうに見えるんですよね」
「ええ。ルイスが中で受けられるなら、あなたは幅を残してください」
ヘイルは答えた。
「中へ入るのは、その後です。先に外で、一人を引きつけてほしい」
エル・マリは頷いた。
左ウイングバックへ転向して、毎回全部をやろうとすると、走る場所が多すぎた。
待つことも仕事に入れてもらえると、仕掛けるための脚が残る。
その感覚は、最近ようやく分かってきた。
*
九月二十七日、ベルモント戦。
左の外で、エル・マリは二度パスを待った。
一度目はハーパーが中央へ戻し、二度目はブアリが逆側へ展開した。
手を上げたくなった。
しかし、相手の右サイドバックは、自分を見ながら少し外へ残っている。
その分、ウルンが受ける場所は広かった。
ウルンが前を向いた。
クルーニーが中央へ走る。
相手の守備者が一人、ついていく。
ウルンは自分で運び、ペナルティエリアの手前から打った。
先制した。
エル・マリは、遠くから腕を上げた。
ボールに触らなかった攻撃だった。
次は、相手の右サイドバックが中央へ寄った。
ブアリが外へ出した。
今度は、来た。
エル・マリは最初のタッチで前へ置き、相手へ向かった。
縦を閉じられると、右足で中へ持つ。
ハーパーは、その後ろから外へ走った。
エル・マリは自分で打たず、ハーパーへ渡した。
低いクロスが入る。
クルーニーが、ニアへ入った。
二点目だった。
後半、ベルモントは一点を返したが、終盤、クルーニーがウルンの落としからもう一点を決めた。
三対一。
エル・マリは交代で戻り、エリスと手を合わせた。
「中、空いた! 見た? 最後、あっち行けた!」
エル・マリがベンチの前で振り返った。
「先に外で待ってたからだろ。全部、自分で抜いたみたいな顔すんな」
エル・マリは笑った。
先に外で待ったことが、後から中へ行く道を作った。
自分の得意な動きも、前の仕事とつながっていた。
*
翌日、佐々木は踵の張りをスタッフへ伝えた。
強い痛みではなかった。歩くことも、短いパスもできる。
ただ、踏み切るときに少し気になった。
以前なら、次の試合へ出たい気持ちが先に来たかもしれない。
新しいクラブで、ようやく先発したばかりだった。
それでも、練習へ出る前に伝えた。
担当者は状態を確認し、負荷を調整すると告げた。ヘイルにも報告が上がる。
九月三十日のダンストン戦は、ベルが先発すると決まった。
佐々木は頷いた。
安心した気持ちと、惜しいという気持ちが、同時にあった。
ベルは説明を受けた後、相手の映像を見た。
長いボールが多い。
ただ、空中戦だけでなく、落ちた後へ二人目が入ってくる。
マーサーと、捕る場所を確認した。
自分の出番を待つ間に、見ておくべきものは変わっていなかった。
*
ダンストン戦で、エル・マリはブリストルで初めてリーグ戦の得点を挙げた。
左の外から中へ入り、右足で逆隅へ蹴る。
相手のサイドバックはハーパーの外への動きを警戒し、一歩寄せるのが遅れた。
「よっしゃ! 入った!」
エル・マリは両手を上げ、中央へ向き直った。
「ルイス! 今、外へ行ってくれたやつ、あれ!」
ハーパーが笑い、走ってきた。
左ウイングバックとして戻ることを覚えながら、ここへ来る理由だったシュートも残せた。
ヘイルはベンチで、ヴァレンティと目を合わせた。
転向させた選手の長所を、守備の練習の中へ埋めてしまわずに済んだ。
しかし、試合は一対一で終わった。
後半のフリーキックで、相手の大きな選手へ二人が寄り、その後ろの選手を空けた。
ベルは一度目を止めた。
こぼれたところを、押し込まれた。
ノースブリッジ戦とは、違う場所が空いた。
どちらも、誰がどこを担当するかが、途中で曖昧になっていた。
ベネットはスタンドから見ていた。
最後までノートを閉じなかった。
*
十月一日、水曜日。
正式にセットプレーを担当することになったベネットは、最初のミーティングへ、六つの新しい動きを持ち込まなかった。
守るときの担当を整理した紙を、一枚ずつ配った。
相手へつく選手と、区域を見る選手。
キーパーが出る場合、手前を誰が守るか。
跳ね返した後、誰が外へ出るか。
ベルは、自分の名前と佐々木の名前が、同じ位置に書かれていることを見た。
ただし、出るときの合図を、二人で揃える時間が別に取られていた。
「キーパーごとに、届く範囲は違います」
ベネットは言った。
「でも、周りが反応する言葉は同じにしたい」
マーサーが頷いた。
「それなら、後ろが替わっても同じ声で動けますね。毎回、俺が言い直さなくて済む」
「ええ。誰か一人が全部を覚えて、毎回伝える形にはしません」
ヘイルは、主将の横顔を見た。
夏の初めから、マーサーの経験に頼ってきた。
頼ることと、全部を背負わせることは違う。
紙に書き、映像を作り、別の選手にも教える担当がいることで、その違いを形にできた。
*
午後、ベネットはアカデミーのピッチも見た。
リードから、コーチ同士で指導を揃えたいと頼まれていた。
モリスは、コーナーキックの練習で相手の大柄な選手についた。
正面から押され、競り合う前に位置を失った。
ベルが止め、身体を当てる場所を確認する。
ベネットは、そのやり取りを見てから尋ねた。
「シェインを、この選手につけるのは?」
「中央の守備者なので。まず、ここを経験させていました」
「なるほど。ただ、相手の一番大きい選手と、毎回正面でやる必要はないです。区域を見る方も、一度見せてください」
ベルは一度、相手役の配置を見た。
最も大きな選手に、中央の守備者をつける。
いつもの組み合わせだった。
ベネットは、モリスの判断の早さについてリードから聞いていた。
「区域を見る方も、試していいと思います。早く落ちる場所を読む仕事です」
モリスはニアの少し後ろへ動いた。
相手の動きを見ながら、ボールを待つ。
低いキックが入った。
彼は相手へ当たりに行かず、先に一歩出て、頭へ当てた。
外へ返った。
ベルは頷き、もう一度繰り返させた。
二度目は、ボールが頭の上を越えた。
モリスは振り返り、追った。
自分に向いた役割があっても、毎回うまくいくわけではない。
それでも、身体の大きさが追いつくまで、ただ待つしかないわけではなかった。
*
プライスは、練習後にベネットへ呼ばれた。
「キックを見せてもらえる?」
彼は驚いて、ベルを見た。
コーチが頷く。
ボールを置き、右足で蹴った。
中央へ上がるが、少し長い。
次は短くなった。
ベネットはフォームを大きく直す代わりに、狙う場所を一つにした。
「相手の頭ではなく、あの区域へ。誰が入るかは、後で決めます」
プライスは、マーカーのある場所を見た。
三本目は、その近くへ落ちた。
四本目も、似た場所だった。
「記録を取って、続けよう」
ベネットが言った。
特別な才能がある、と言われたわけではない。
新しい仕事を一つ渡された。
プライスは、ボールを拾い集めた。
ベルは次の練習予定へ、長いキックの時間を加えた。その分、同じ日に何を減らすかも担当者と確かめる。
新しいコーチが一人来るたび、選手の練習が無制限に増える形にはしたくなかった。ベネットも頷き、必要な映像だけを共有すると答えた。
足元の短いパスを直す練習と、遠くへ蹴る練習が、同じ週へ入った。
少し忙しくなったが、何を求められているか分かる忙しさだった。
*
十月三日のスタッフ会議で、ヘイルは次の試合の先発を決めた。
佐々木は状態を確認し、通常の練習へ戻っていた。
ゴールへ戻すことを決める前に、ヘイルはベルへ話した。
「ダンストン戦では、必要な仕事をしてくれました。失点も、最初の一本は止めています」
ベルは頷いた。
「またベンチ、ですね。……聞きたかったのは、そこです」
「はい。後ろから外へ運ぶ形を使いたい。ただ、あなたを休ませて終わりにするつもりはありません」
ベルは、机の上の相手の映像を見た。
出られないことは、やはり面白くない。
しかし、自分が出た試合で何をしたかは、見られていた。
「了解です。練習はやります。いつもどおり。ただ、出たいのは変わりませんから」
ヘイルは頷いた。
本人がそれを言ってくれることを、当たり前にしてはいけないと思った。
*
十月四日、イーストヘイヴンとのアウェーゲーム。
ブリストルは前半、先に失点した。
相手の長いボールを一度は返したが、その次の球を拾えず、外から低く入れられた。
ベネットはベンチで時刻を書いた。
セットプレーだけを整えても、流れの中のこぼれ球が全部取れるようにはならない。
ヘイルはタッチラインで、前線の二人を呼んだ。
「ジャン、一人戻って! エリまで来なくていい! 競った球の、横へ!」
ウルンが頷いた。
次に佐々木が蹴ったとき、クルーニーが競り、ウルンが横へ入った。
落ちたボールを、足へ収める。
ハーパーが近づいた。
ウルンは短く預け、自分は前へ向かった。
返ってきたパスを、右足で外へ置く。
相手センターバックが、クルーニーの走る先を見た。
ウルンは打った。
一対一。
まだ、前半だった。
*
後半、両チームとも点を取れなかった。
カールンは狭いところで一度相手を外したが、次に寄せられ、横へ戻した。
以前なら、もう一人を抜こうとしたかもしれなかった。
ブアリが受け、左へ展開する。
エリスがクロスを入れ、クルーニーが合わせた。
キーパーが止める。
コーナーになった。
残り七分。
ベネットがヘイルへ短く伝えた。
最初は、いつもの区域へ入れる。
跳ね返されたら、外に一人を残す。
ヘイルは頷き、ハーパーへ合図した。
キックは、中央へ入った。
相手が頭で返す。
ブアリは、すぐには前へ出なかった。
中央を見ながら、相手の前線へ入る道を閉じる。
外でエリスが拾った。
相手の最終ラインが、一斉に前へ出る。
ウルンは戻った。
クルーニーも一度足を引いた。
ハーパーは、その後ろから、相手と同じ速さでは戻らなかった。
外を見ていた。
エリスは高く上げ直さず、低く中央へ渡した。
ウルンが触ると見せ、通した。
ハーパーが受ける。
右足で、一度だけゴールの方へ置いた。
シュートが、相手の脚の間を抜けた。
キーパーが横へ跳ぶ。
届かなかった。
二対一。
ハーパーは走りながら、誰へ向かえばよいか迷った。
エリスが先に来た。
ウルンも来る。
ベンチでは、ベネットよりヴォルフの方が大きく腕を上げていた。
残り時間、ブリストルは相手の攻撃を外へ追いやった。
「キーパー!」
佐々木が先に声を出した。
マーサーが道を空ける。
キーパーが捕った。
試合が終わった。
*
ヘイルは、ロッカールームで勝点を確認した。
十試合、六勝三分一敗。
勝点二十一。
夏の初めには、名前だけだった選手たちが、隣の選手の動きで自分の仕事を変え始めていた。
それでも、毎回できるわけではない。
今日も先に失点し、何度もパスを戻した。
ヘイルが話し始める前だった。
「ベネット! あれ、練習したやつってことでいいですか?」
ハーパーが上着を脱ぎながら呼んだ。
「全部は違うよ。エリスが低く出した。ジャンが通した。そこまでは決めてない」
「じゃあ、俺のゴール!」
「それは、そうだ。外へ一人残すところと、戻りながら見るところは、やっただろう?」
「やりました。そこは、ありがとうございます!」
ハーパーは少し大きく礼を言い、隣から来たタオルを受け取った。
決められた動きの通りにやったから取れた、とだけは言えなかった。
ハーパーはタオルで顔を拭き、エリスのいる方へ声をかけた。低く来たボールを、もう一度手で示していた。
*
帰りのバスで、ヘイルはリードからの報告を開いた。
アカデミーは引き分け。
バレットが一得点。モリスは最後まで出場した。プライスは後半、左の中央へ移り、左足で二本の前進するパスを通した。
ヒューズについては、保護者と地域クラブとの確認を終え、継続参加の予定が組まれた。
添付された短い映像を開く。
プライスが左で受け、前へ向く。
ボールを右足へ持ち替えず、近い足で外へ出した。
その先で味方が走る。
ヘイルは、隣のヴァレンティへ画面を向けた。
「ルイスが、夏にやっていたことです」
ヴァレンティは映像を見て、頷いた。
「ええ。でも、左でそのまま出せましたね。前なら、右へ持ち替えていた」
ヘイルは笑った。
育成の成果がすぐにトップの得点になるわけではない。
しかし、誰かが経験したことを、次の選手が何も知らずに始める必要はなくなっていた。
画面を閉じる前に、リードへ返信した。
来週、プライスの受ける向きを、もう一度見たい。
窓の外は暗くなっていた。
「おい、アシストは俺じゃない?」
バスの後ろでウルンが言った。
「触ってないだろ! あれは通しただけ!」
「ルイスに通したんだから、パスでしょう」
「マットから来たんだって!」
「そもそも、俺が外で拾ってるんだけどな」
エリスが少し離れた席から言った。クルーニーが、次は俺にもくれよと口を挟む。いつまでも終わらない話に、誰かが笑って、もう一回映像を見ろと言った。
ヘイルは次の週の予定を開いた。
いま、その予定には、自分以外の人間が担当する時間が、いくつも書き込まれていた。