マーティン・コールがブリストル・アスレティックの補強部門を任された頃、クラブの年間移籍予算は三百万ポンドにも満たなかった。
それでも、チャンピオンシップでは恵まれた部類に入る。選手を売った金で次の選手を買う。移籍金を用意できなければ、プレミアリーグのクラブに頭を下げて若手を借りる。契約満了を迎える選手の一覧は毎年欠かさず更新し、代理人から送られてくる映像には、ろくに試合へ出ていない選手の好プレーばかりが収められていた。
コールは、そうした仕事が嫌いではない。
限られた予算で選手を探すには、相応の知恵がいる。二十歳の頃に将来を嘱望されながら、その後伸び悩んだ選手。監督交代によって居場所を失った選手。怪我さえなければ一部リーグで通用したかもしれない選手。ほかのクラブが見限った理由を調べ、まだ使える部分が残っていないかを確かめる。
もっとも、掘り出し物を見つけたところで、獲得できるとは限らない。
五年前の冬、コールはスコットランドのクラブに所属するセンターバックを獲得するため、一か月近くを費やしたことがある。所属クラブとの交渉はまとまり、本人も移籍に前向きだった。住居の手配まで進んでいたところへ、プレミアリーグのクラブが割り込んできたのである。
提示された週給は、ブリストルの倍以上。
選手は翌朝、ロンドンへ向かった。
その男が結局、一部リーグではほとんど出場機会を得られなかったことを、コールはよく覚えている。二年後には別の二部クラブへ移籍していた。だからといって、こちらへ来ていれば成功したとも言い切れない。あの冬に獲得した代役のセンターバックは、加入後三試合で膝を痛め、そのままシーズンを終えている。
ブリストルは昇格プレーオフを勝点二の差で逃した。
以来、コールは選手の移籍が決まるまで、家族にもその名前を話さないようにしていた。
それが今、欧州でも指折りの若手選手に手を伸ばそうとしている。
六月にナディーム・アル=ラシードがクラブを買収してから、代理人たちの態度は目に見えて変わった。以前なら電話に出なかった男が折り返しを寄越し、こちらから頼んでもいない選手の資料が毎日のように届く。移籍金の希望額まで、妙に景気がいい。
新しいオーナーは、若く、将来世界的な選手になる可能性を持つ者を集めたいという。
三人。できれば五人。
言うだけなら簡単な話だった。
その一人目に、リール・ユナイテッドのアイユブ・ブアリを選んだのは、新監督のエドワード・ヘイルである。
十八歳のミッドフィールダー。昨季は国内リーグだけでなく欧州大会にも出場し、すでに複数の強豪クラブが動向を追っている。リールにしてみれば、これから数年をかけて価値を高めていくはずの選手だ。そんな若者を、イングランド二部のクラブへ売る理由はない。
七月四日、金曜日。
そのリール・ユナイテッドから、午前六時半過ぎに電話があった。
*
電話の主はフィリップ・デュモン。リール・ユナイテッドで補強を統括する男で、コールとは数年来の面識がある。
コールが寝室を抜け、階段を下りる間にも、デュモンはブリストルの新しいオーナーについて尋ねてきた。買収の経緯から今後の投資計画まで、ずいぶん詳しく知っている。もっとも、相手の懐具合を調べるのは補強担当者の仕事のうちだ。驚くほどのことでもない。
キッチンへ着いたところで、ようやくブアリの話になった。
売却の予定はない。監督は高く評価しているし、クラブも来季の重要な戦力と考えている。本人の意思を確認する段階にも至っていない。
そこまでは予想どおり。
問題は、その後だった。
「それでも欲しいというなら、六千万ポンドだ」
コールは聞き返した。
ユーロではないのか、と。
デュモンはポンドだと答えた。
六千万ポンド。
通貨の単位を取り違えたところで途方もない金額には違いないが、そこは確かめておく必要がある。コールが知る限り、チャンピオンシップのクラブが十八歳のミッドフィールダーに提示するような数字ではなかった。
デュモンは支払い条件について、正式な提案があれば検討すると付け加えた。どうやら、まったく交渉する気がないわけでもないらしい。
通話を終えたコールは、コーヒーを淹れながら考えた。
リールの要求は理解できる。ブアリはまだ若く、契約期間も残っている。今季も活躍すれば、来夏にはもっと大きなクラブが買いに来るかもしれない。そもそも、欧州大会に出られるクラブから二部リーグへ移籍するという話自体、選手にとって魅力的とは限らない。
六千万ポンドという数字は、売却を断るための値札にも見える。
しかし、本当に断るつもりなら、最初から電話をかけてくる必要もない。
ブリストルの新しいオーナーがどこまで金を出すのか、試しているのだろう。
コールは砂糖を一杯入れた。普段はブラックで飲むのだが、今朝はそういう気分ではない。
六千万ポンドを払えば、ブアリを獲得できるのか。
おそらく、そんなに簡単な話ではあるまい。
相手が金額に応じたとしても、次は選手本人を説得しなければならない。代理人への報酬、契約年数、年俸、昇格できなかった場合の扱い。十八歳の選手が、これからの数年間をイングランド二部で過ごすことに納得するだけの材料が必要になる。
そのうえ、ブアリ一人に六千万ポンドを使えば、ほかのクラブも黙ってはいないだろう。
ブリストルには金がある。
その認識が広まったとき、これまでのような交渉ができなくなることは容易に想像できた。
まだ一人も獲得していないというのに、すでに以前とは別のクラブになりつつある。
コールは時計を見た。
午前七時を少し過ぎたところ。
新監督に会うまで、あと二時間ほどあった。
*
エドワード・ヘイルは、六千万ポンドという数字を聞いても、さほど驚かなかった。
午前九時を回った会議室では、前日の戦術練習が再生されている。右ウイングバックのウォードが相手サイドバックへ寄せ、空いた背後をセンターバックが埋めようとする場面。ヘイルはその動きを何度も確認していた。
「三千万から四千万くらいを想定していました」
ヘイルはそう言って、手元の資料に金額を書き込んだ。
コールは彼の横顔を眺めた。
まだ三十四歳。トップチームの監督経験はなく、就任から一か月も経っていない。選手の映像を分析する能力には見るべきものがあるが、移籍市場での駆け引きについては、これから覚えることも多いだろう。
「六千万を払うなら、ほかの補強にも影響する。そこは分かっているな」
「はい。ただ、アンカーだけは妥協したくありません」
ヘイルは映像を切り替えた。
リール・ユナイテッドの試合。ブアリが中央でボールを受ける。相手のフォワードが寄せてくるが、若いミッドフィールダーは慌てない。右足でボールを止め、身体の向きを変えると、逆側へ短いパスを通した。
それだけのプレーである。
だが、ヘイルはそこを三度繰り返した。
相手がどちらから寄せているのか。ブアリが最初にどこを見たのか。味方の位置を確認するタイミング。ボールを受ける前に、次のプレーがほとんど決まっている。
コールにも、その価値は分かる。
昨日の練習では、中央の選手がボールを受けたところで攻撃が止まる場面が何度もあった。前を向けず、後ろへ戻す。相手が寄せてくれば慌てて蹴り、せっかく奪ったボールを失う。
3-1-4-2という布陣では、アンカーの仕事が多い。
両脇のインサイドハーフは前へ走り、ウイングバックも高い位置を取る。中央に残る一人が相手のプレスに捕まれば、せっかく広げた選手の配置も意味を失う。
ヘイルが欲しがっているのは、単に守備のうまいミッドフィールダーではない。ボールを失わず、相手の守備を動かし、攻撃の向きを決められる選手。しかも、守備では最終ラインの前を一人で守れることが望ましい。
そんな選手が簡単に見つかるはずもなかった。
ただし、コールには別の懸念がある。
「仮に獲れたとして、十八歳のブアリに最初から全部任せるつもりか?」
「もちろん、周りの選手との関係を作る必要はあります」
「そうじゃない。リーグ戦は四十六試合ある。カップ戦もある。相手は十八歳だろうが何だろうが、遠慮なく身体をぶつけてくるぞ」
ヘイルは画面を止めた。
ブアリが相手選手と競り合う場面だった。
「そこは考えています」
「ならいい。六千万の選手を買って、三か月で潰すわけにはいかんからな」
コールは資料をめくった。
補強候補は全部で六人。前線のクルーニーとウルン、攻撃的なカールン、エル・マリ、アンカーのブアリ、そしてゴールキーパーの佐々木彩玄。
いずれも将来性を評価された若い選手たちだが、所属クラブの事情も本人の希望も異なる。六人を一括りにして獲得計画を立てられるものではない。
クルーニーはボーンベリーFCが買ったばかり。ウルンはフランクフェルトで新シーズンを迎える予定だ。カールンについてはミュンヘン・ロイヤルが売却に消極的で、エル・マリには起用位置の問題がある。佐々木の評価も、まだGKコーチとの協議が終わっていない。
ブアリだけに六千万ポンドを費やすわけにはいかない。
それでも、獲れる可能性があるなら交渉は続けるべきだろう。
コールは、午後のオンライン会議に向けて資料を整理し始めた。
*
午前十時半、練習場には昨夜の雨がまだ残っていた。
ピッチの中央付近は水を含み、ボールの転がりが少し重い。選手たちはウォーミングアップを終え、二つのチームに分かれていた。
ヘイルは前日と同じ3-1-4-2を使う。
相手役は4-2-3-1。
マーサーが3バックの中央に入り、右ウイングバックにはウォード、左にはエリス。ハーパーは右のインサイドハーフを任されている。
昨日は守備の位置取りを確認するだけで、練習時間の大半が過ぎてしまった。今日はボールを奪った後の展開まで続ける予定だが、まず守備が成立しなければ話にならない。
相手の左サイドバックがボールを持つ。
ウォードが前へ出かけたところで、マーサーの声が飛んだ。
「ジェームズ、待て!」
ウォードは足を緩める。
相手はまだ前を向いていない。そこで急いで寄せれば、背後へ走るウイングにパスを通される。前日の練習では何度も同じ形で崩されていた。
相手が中央へボールを戻した。
アンカーがパスコースを塞ぎ、再び左へ展開させる。今度は受け手の身体が外側を向いていた。ウォードが距離を詰める。
相手のサイドバックは、タッチライン際へ追い込まれた。
無理に出した縦パスを、右センターバックがカットする。
ボールはハーパーの足元へ転がった。
彼は前を向く。
右にはウォード。中央には二人のフォワードがいる。左のインサイドハーフも走り始めていた。
相手の守備的ミッドフィールダーが、中央のパスコースを塞ごうとしている。
ハーパーは一瞬、縦へ出す動きを見せた。
しかし、そこで足を止めた。
ボールを近くのアンカーへ預ける。
アンカーが左へ展開し、エリスが縦へ走る。相手の右サイドバックが寄せてきたところで中央へ折り返すと、左インサイドハーフがペナルティエリアの手前へ入っていた。
シュート。
ボールはゴールの上へ外れた。
ヘイルは笛を吹いた。
得点にはならなかったが、前日よりはずっといい。
ハーパーが縦パスを急がなかったことも、その理由の一つだろう。
もっとも、本人は納得していない様子だった。
次のプレーが始まる前、彼はヘイルへ近づいてきた。
「さっき、前に出せましたよね」
「出せたかもしれません」
「じゃあ、出した方がよかったですか?」
ヘイルは少し考えた。
「どうでしょう。相手の守備的ミッドフィールダーが、もう少し内側にいたら通ったと思います」
ハーパーは頷いた。
その表情からすると、まだ何か言いたいことがあるらしい。
「でも、出して失ったら、またカウンターですよね」
「そうですね」
「じゃあ、どっちがいいんですか?」
ヘイルはピッチを見た。
ほかの選手たちが元の位置へ戻っている。
「次も同じ場面が来たら、もう一度見て判断してください」
ハーパーは少し困った顔をした。
明確な答えが欲しかったのだろう。
ヘイルにも、その気持ちは分かる。
若い選手ほど、正しいプレーを知りたがる。監督が何を評価するのかを理解し、それに合わせて動こうとする。
だが、試合中に同じ状況が二度訪れることはない。
相手の位置が半歩違えば、通るパスも通らなくなる。味方の走り出しが遅れれば、昨日まで正解だった選択が失敗に変わる。
ハーパーはまだ二十歳。
技術はある。視野も悪くない。問題は、試合に出る時間が少なかったことだ。昨季の先発は三試合。失敗すれば次の機会がいつ来るか分からない状況では、思い切ったプレーを選びたくなるのも無理はない。
ヘイルは、彼をしばらく使ってみたいと考えていた。
ただ、そのためにはチーム全体がもう少し安定する必要がある。
今のままでは、ハーパーが一度パスを失っただけで、最終ラインが大きく崩れてしまう。
練習は続いた。
ウォードが前へ出るタイミングを間違え、右サイドの背後を使われる。
エリスが高い位置を取ったところでボールを奪われ、左センターバックが外へ引っ張り出される。
アンカーが相手のトップ下についていき、中央に空間が生まれる。
昨日と同じ失敗もあれば、少し違う形で起きる失敗もある。
マーサーはそのたびに声を出した。
右のセンターバックへ位置を指示し、ハーパーに戻る場所を伝え、ウォードには相手との距離を保つよう求める。
ヘイルは、その声を聞いていた。
主将として九年を過ごした男の経験は、練習の中でも役に立つ。
マーサー自身は、足が以前ほど速くないことを理解している。だからこそ、周りの選手を動かして守ろうとする。彼が中央にいることで、3バックは少しずつ形を整え始めていた。
ただし、守備の問題が解決したわけではない。
相手がサイドで数的優位を作れば、ウイングバックは一人で二人を見なければならない。インサイドハーフが助けに行けば、中央の人数が減る。
4-2-3-1を相手にする限り、避けて通れない問題だった。
ヘイルは練習を止め、選手たちを集めた。
配置を少し変える。
相手のサイドバックがボールを持ったとき、必ずしもウイングバックが前へ出る必要はない。相手の身体の向きや、前線のプレスのかかり方によって判断を変える。
説明を終えると、選手たちは再びピッチへ散った。
雨が降り始めていた。
*
午後二時。
アル=ラシードとのオンライン会議には、コールとヘイルのほか、財務担当者も同席した。
画面の向こうのオーナーは、ブアリの資料に目を通していた。
十八歳。リール・ユナイテッド所属。移籍金の要求額は六千万ポンド。
数字だけを見れば、かなり大胆な投資である。
だが、アル=ラシードは金額そのものにはあまり驚いていない様子だった。
「この選手が、最初の一人になるのか」
ヘイルは頷いた。
「獲得できれば、そうなると思います」
「ほかの候補より優先する理由は?」
ヘイルは、前日の練習映像を見せた。
アンカーが相手のトップ下へ寄せ、背後に空間ができる場面。中央でボールを奪われ、相手のカウンターを受ける場面。
続いて、ブアリの映像。
相手のプレスを受けてもボールを失わず、味方へ正確にパスを通す。守備では不用意に飛び出さず、相手の進路を塞ぐ。
アル=ラシードは黙って見ていた。
映像が終わると、彼は財務担当者へいくつか質問した。
現在の補強予算。
今季の人件費。
プレミアリーグへ昇格した場合の収益見通し。
昇格を逃した場合に、どこまで投資を継続できるか。
コールは、最後の質問に少し安心した。
オーナーが昇格を当然のことと考えているのではないかと、以前から気になっていたのである。
チャンピオンシップは長い。
四十六試合を戦い、上位二クラブに入らなければ自動昇格できない。プレーオフへ回れば、最後は数試合の結果に左右される。資金力があるからといって、必ず勝てるわけではない。
アル=ラシードは説明を聞いた後、ブアリの資料へ戻った。
「六千万ポンドを払えば、本人は来るのか?」
コールが答えた。
「まだ分かりません。所属クラブとの合意が先です」
「本人の意思も重要だな」
「はい。移籍金だけで決まる話ではありません」
アル=ラシードは頷いた。
その後、コールへ正式な交渉を進めるよう指示した。
ただし、六千万ポンドをそのまま提示するつもりはない。
最初のオファーは四千万ポンド。支払い条件については、リール側の反応を見て調整する。
コールがそう提案すると、オーナーは異論を挟まなかった。
問題は、移籍金よりも年俸かもしれない。
十八歳の選手に高額な契約を与えれば、既存選手との給与格差が広がる。ブリストルには、長年クラブを支えてきた選手が何人もいる。彼らの契約を見直さないまま新加入選手だけを優遇すれば、ロッカールームに不満が生まれる可能性もある。
コールは、その点についても説明した。
アル=ラシードはしばらく考え、財務担当者へ給与体系の見直しを指示した。
会議は一時間ほどで終わった。
画面が消えると、コールは椅子に背中を預けた。
ブアリへの正式オファー。
ほかの候補選手との交渉。
既存選手の契約更新。
給与体系の見直し。
さらに、昨日のスタジアム拡張に関する会議で決まった仕事も残っている。
コールは机の上の手帳を開いた。
書き込む場所が、そろそろ足りなくなってきた。
*
リール・ユナイテッドへ正式なオファーを送ったのは、午後三時を少し過ぎた頃だった。
四千万ポンド。
移籍金の支払い方法については、今後の協議に応じる旨を添えた。
返事は二時間ほどで届いた。
拒否。
ただし、条件の改善があれば再検討する用意があるという。
コールは、その文面を見て少し考えた。
完全に断るつもりなら、再検討などという言葉は使わない。もちろん、交渉を長引かせてほかのクラブの関心を引き出そうとしている可能性もある。
相手の考えを確かめるには、もう一度話すしかない。
コールはデュモンへ電話をかけた。
四千万では足りない。
それは分かっている。
では、いくらなら話になるのか。
デュモンは最初に提示した六千万ポンドを繰り返した。
コールは五千万を提案した。
電話の向こうで、少し間が空いた。
「支払い条件は?」
デュモンが尋ねた。
コールは、分割払いも含めて協議したいと伝えた。
相手は正式な書面を求めた。
合意ではない。ただ、五千万ポンドという数字を検討する余地はあるらしい。
コールは通話を終え、すぐに新しいオファーを作成した。
五千万ポンド。
昨季までのブリストルなら、クラブの歴史に残るような金額である。
しかし、今のコールにとって重要なのは、金額の大きさそのものではなかった。
リールがどこまで譲歩するのか。
選手本人が移籍を希望するのか。
そして、この一件を成立させた後、ブリストルはどのようなクラブとして扱われることになるのか。
欧州の移籍市場は狭い。
一度でも高額な移籍金を支払えば、その情報はすぐに広まる。代理人もクラブも、次からはそれを基準に話を始めるだろう。
新しいオーナーの資金力は魅力である。
だが、使い方を誤れば、クラブはいつまでも高い買い物を続けることになる。
コールはメールを送信した。
その直後、ヘイルからメッセージが届いた。
今日の練習映像について、確認したい場面があるという。
コールは時計を見た。
午後五時四十分。
返信には、明日の朝にしよう、とだけ書いた。
パソコンを閉じ、机の上の資料をまとめる。
ブアリの名前が書かれた紙は、ほかの候補選手の資料とは別にしておいた。
リールからの次の返事は、週明けになるだろう。
コールは鞄を持ち、オフィスを出た。
廊下の窓から、レッドクリフ・グラウンドの照明塔が見える。
雨は上がっていた。
駐車場へ向かう途中、施設担当のグレイとすれ違った。昨日オーナーから指示された雨漏り修理の見積もりが、ようやくまとまったらしい。
コールは足を止めた。
「いくらだった?」
グレイが金額を答えた。
コールは少し考え、明日の朝に確認すると伝えた。
今朝から何度も六千万ポンドという数字を口にしていたせいか、スタンドの屋根を修理するための費用が、妙に小さく感じられた。