どうかご満足いただければ幸いです!
「はい、どうぞ」
宮藤が白米を山盛りによそって差し出した茶碗を、ウィリアムは受け取った。多くのリベリオン人にとって、米は少々なじみの薄い食べ物だったが、彼にとってはそうではなかった。幼い頃、米を目にし、口にする機会が少なからずあったからだ。
『ちゃんとした白い飯だな。砂糖も塩も振っていない、ただの白飯……こうして食うのは久しぶりだ』
彼は静かに茶碗を鼻先へ近づけ、米から立ち上る香りを嗅いだ。かつて食べた米とまったく同じ匂いではないかもしれない。それでも、あの頃の思い出を呼び起こすには十分だった。
『……いい匂いだ』
「白いご飯は初めてかい?」
宮藤の祖母にそう聞かれ、ウィリアムは首を横に振った。
「いえ。ただ、久しぶりなもので……」
「あれ? リベリオンの人もお米を食べるんですか?」
「大抵は食わない。俺は例外だった、とだけ言っておこう」
芳佳にそう答えると、ウィリアムは飯を前に箸を手に取った。昔はまともに持つことさえできなかったが、今では苦もなく食事ができる程度には使えるようになっていた。
そうして箸で白飯を一口分つまみ、口へ運ぼうとした瞬間、ウィリアムは何かを思い出したように茶碗を置いた。
「ああ、そういえば扶桑では、食事の前にこう挨拶するんだったか」
『確か、土方はこうやって……』
部下の姿を思い浮かべながら、ウィリアムは箸を持ったまま両手を合わせて言った。
「いただきます」
それを見た宮藤一家は、珍しいものを見るような目で彼を見つめた。どう見てもリベリオン人で、本人もそう名乗っているのに、妙に扶桑の習慣に慣れているように見えたからだ。
それも、扶桑人の部下がいるうえ、以前扶桑に駐留していた頃に彼らの習慣を目にする機会があったからこそだった。もちろん、ウィリアム自身がその中でも変わり種であることに違いはなかったが。
ようやく白飯を一口食べたとき、ウィリアムの頭に最初に浮かんだのは、こんな感想だった。
『米が……甘い?』
彼がこれまで食べていた米は、別に味をつけなければ淡泊で味気ないものだった。だが、扶桑の米は品種が違うせいなのか、噛むほどにほのかな甘みが広がった。食感まで違う。こちらの米は粘りがあり、柔らかかった。
別に悪いわけではない。ただ、慣れない味に少し考え込んだだけだ。噛めば噛むほど甘くなるところは、栗を入れて粥のように煮て食べたリス・キ・カスタニ(Risu chi castagn)にも似ていた。
「お口に合いますか?」
芳佳が不安そうに尋ねると、ウィリアムはうなずいた。
「ああ、いい飯だ。うまいよ」
「よかった! ご飯はたくさんありますから、どうぞお腹いっぱい召し上がってくださいね」
「そこまで気を遣わなくてもいい。たかが飯を一食ご馳走になるだけなんだが……」
少々過剰なほど親切にしてくれる芳佳に気後れしながらも、ウィリアムは黙々と食事を続けた。箸が茶碗や皿の間を行き来し、居間では静かな食事が続く。時折、汁物をすする音が聞こえる程度だった。
『えっ、何だか妙な雰囲気……?』
芳佳は何かがおかしいことに気づいた。普段の食卓は、こんなに静かではない。少なくとも、今日学校であったことや、友達や近所の人の近況、世間の噂などを話すものなのに、今はあまりにも落ち着き払った空気が続いている。
その理由はすぐに分かった。ウィリアムのせいだ。客人である彼が本当に一言もしゃべらず、ひたすら食事に集中しているため、誰も話を切り出しにくい空気になっていたのだ。
それに、誰が見てもウィリアムは扶桑人ではない。その違いから生じる隔たりも、この雰囲気に一役買っているのかもしれないと、芳佳はひそかに考えた。
「あ、あの。そういえばアマダさんは二日前に入港されたって聞きましたけど、扶桑にはどうしていらしたんですか?」
ついに気まずい空気を打ち破ろうと、芳佳は勇気を出して話しかけた。ウィリアムの生気のない目が彼女に向けられる。その目を見た芳佳は少したじろぎ、言い訳するように言葉を継いだ。
「その、ただ気になっただけなんです……。リベリオンの軍人さんは、ほとんどここに駐留している方ばかりなので……」
「出張に行く前に、少し休みに来た、といったところだな」
「出張? 出張って……」
「軍人の出張先なんて、一つしかないものだ。チビ」
そう言われて、芳佳はその意味を悟ったらしく、箸を止めた。ウィリアムが不思議に思って彼女の顔を見ると、どこか沈んだ表情を浮かべていた。
それは彼女だけではなかった。母親も祖母も、決して明るい顔はしていない。そこでウィリアムは、この人たちもまた、戦争や戦場によい思い出など持っていないのだと気づいた。
当然だった。つい四年前まで、ウィリアムは彼女たちの側と戦っていたのだ。戦争によい記憶などあるはずもない。そのことに遅れて思い至り、余計なことを口にしたものだと後悔した。
「……余計なことを言ったな。忘れてくれ」
「あ、いえ。私のほうこそ……」
芳佳は首を振り、努めて普段どおりに振る舞おうとした。しかし食事を続けている間も、その顔から沈んだ色は完全には消えず、ときおりウィリアムをちらりと見ては、何かを考え込むような目をしていた。
やがて茶碗も汁椀も空になると、ウィリアムは静かに食器を置いて言った。
「ごちそうさま」
そんな彼の前に、芳佳の母親がお茶を一杯差し出した。扶桑では食後に緑茶などを飲んで食事を締めくくる習慣がある、と土方から聞いたことを思い出す。出されたら受け取るのが礼儀だ、とも。
「ありがとうございます」
今度は遠慮せずに茶を受け取り、口に運んだ。緑茶独特のほろ苦く奥深い味わいが体の内側に広がり、それもまた悪くない気分だった。芳佳も母親から茶の入った湯呑みを受け取った。
「あっ、茶柱が立った!」
「あら、本当ね」
母親が湯呑みの中を覗き込んで言った。
「アマダさん、見てください! 茶柱が立ってます!」
無邪気に笑いながら、芳佳はウィリアムに湯呑みの中を見せた。彼女の言うとおり、茶の茎が真ん中にまっすぐ立っている。不思議な光景ではあったが、ウィリアムには芳佳がそこまで喜ぶ理由が分からなかった。
「何かいいことなのか?」
「もちろんです! 扶桑では、こうして茶柱が立つと、きっといいことがあるって言われてるんですよ! 今日はちょっといろいろありましたけど、これからはいいことがあるはずです! みっちゃんも早く治るでしょうし」
「ふむ……」
迷信が運んでくる幸運を、屈託のない笑顔で信じている。その姿はウィリアムの目にはいかにも子供らしく映り、心の中で小さく笑ってしまった。
だが、芳佳は知っていただろうか。湯呑みに茶柱が立つのは確かに吉兆かもしれないが、それを誰かに話してしまうと幸運が逃げるということを。
ウウウウウウウウウ――。
「あれ、サイレンの音……?」
「これは……!」
山の向こう、街のほうからけたたましいサイレンが聞こえてきた。それを聞いた宮藤一家は不安そうに辺りを見回した。だが、ウィリアムはその意味をすでに悟ったらしく、すぐさま立ち上がって居間から飛び出した。
「あ、アマダさん?」
「チビ、家族を連れて近くの避難所か防空壕に行け! サイレンが止むまで絶対に出てくるな!」
「分かったな!?」
そう言いながら軍靴を履き直すと、ウィリアムは宮藤診療所を飛び出した。心配になった芳佳も、彼を追って家の外へ駆け出す。
「アマダさん、いったいどこへ――」
「ついてくるな! 避難所に行けと言っただろ! 早く――!」
そう言われて、芳佳はもう彼を追いかけられなかった。ただ、その後ろ姿が見えなくなるまで見つめることしかできない。そんな彼女の背後から、母親と祖母が近づいてきた。
「芳佳、早く避難所へ行こう……! きっとただ事じゃないよ……!」
「あ、はい……。おばあちゃん、私が手伝うね」
「さあ、早く避難所へ――」
動き出そうとした芳佳の目に、街の向こう、海の上から迫ってくる異形の影が映った。
それは断じて、飛行機などではなかった。
――
「ネウロイどもめ……!」
ウィリアムは地面を蹴り、全力で港湾の格納庫へと駆けていた。このサイレンの音は、彼にとってひどく聞き慣れたものだった。ネウロイの襲撃を知らせる警報にほかならなかったからだ。
『飯なんかご馳走になるんじゃなかった。こうなると分かっていたら、さっさと戻っていたのに……!』
一方、ウィリアムが港へ急いで向かう頃、港湾の守備部隊も慌ただしく展開を始めていた。港で働いていた駐留兵や民間の技術者たちが大急ぎで避難し、あるいは戦闘準備に取りかかり、瞬く間に混乱が広がっていった。
『Alert! Alert! 敵ネウロイが沿岸警戒線を突破、横須賀港湾基地に接近中! 確認された敵は中型航空型一機に、小型航空型二十機以上!』
『対空戦闘部隊は至急戦闘態勢に入れ! 守備MS部隊も展開し、対空戦闘を開始せよ――!』
海兵隊員たちが走って対空砲陣地につき、港の一角にある巨大な格納庫の扉が開いた。暗闇の中で、きらりと光が反射する。やがて大地を震わせるような足音が響き、格納庫の奥から鋼鉄の巨人たちが姿を現した。
「道を空けろ! 陸戦型ジムが出るぞ――!」
「レッド小隊は東側に展開、ブラウン小隊は西側に展開する! 北側は対空砲陣地に任せろ!」
「市街地へ入らせるな! あそこには民間人も海兵隊員もいるんだぞ!」
格納庫から、軍用の緑色の迷彩塗装を施された陸戦型ジムが次々と出てきた。その手には100mmマシンガンと小型のシールドが握られている。機体は各自の担当区域へ向かって、重い足音を響かせながら走り出した。
ほどなくして、港へ接近する航空型ネウロイの姿が対空砲陣地の視界に入った。爆撃機の姿をまねたような中型ネウロイの周囲で、護衛機を思わせる小型ネウロイたちが赤い目をぎらつかせていた。
「方位角二十五度! 距離二千から二千五百!」
「前方にネウロイ多数確認! 90mm高射砲、射撃準備!」
「基準砲、用意――」
「撃て――!」
海に向けられていた90mm高射砲の一門が、炎と煙を吐き出した。撃ち出された砲弾は空を切り裂いて飛び、接近するネウロイの右側で炸裂した。
黒煙が空中に広がってネウロイたちを包んだが、直撃には至らない。砲弾はやや右にそれて炸裂したのだ。煙が晴れてもネウロイの群れは止まらず、なおも近づいてきた。
「基準砲、炸裂点を確認!」
「右に外れた! 方位角を修正! 信管の設定を再確認しろ!」
観測員の声が響くと、砲兵たちは急いで射撃諸元を修正した。歯を食いしばって砲弾を抱える装填手たちが、転がる空薬莢をよけ、新たな砲弾を装填する。装填が終わるや否や、再び力強い号令が響いた。
「撃て――!」
二発目の砲弾が飛んだ。今度はネウロイの群れの真ん中で炸裂し、黒い雲が湧き上がると同時に、ネウロイ特有の悲鳴が聞こえてきた。
「■■■■■■■■■――!!!!」
「有効弾を確認! 中型航空型ネウロイ、撃破には至らず――!」
「修正諸元、全砲に伝達!」
「基準砲の炸裂点を基準に、全砲、一斉効力射を開始せよ――!!!」
その叫びとともに、高射砲が一斉に火を噴き、ネウロイへ砲弾を浴びせかけた。空へ伸びていった砲弾の雨が次々と炸裂し、ネウロイたちが悲鳴を上げる。空薬莢が高射砲の薬室から排出されると、装填手たちは急いで次弾を運び、装填した。
「撃ち続けろ! 奴らを基地に近づけるな!」
絶え間ない高射砲の轟音が港に響き、ネウロイの進路には真っ黒な雲がいくつもできていた。炸裂音にネウロイの悲鳴が入り混じり、その声は市街地にいる人々の耳にまで届くほどだった。
「ネ、ネウロイが襲ってきたのか――!」
「皆さん、避難所へ! こちらです!」
民間人たちは恐慌状態に陥り、我先にと避難所へ駆け込んでいく。その人波の中を、08小隊の隊員たちが大急ぎで港へ戻っていた。ウィリアムと土方を除いた隊員たちだ。
「これから休もうってときに、何でまたネウロイどもが現れやがるんだよ――!」
「うるさいぞ、アイアン! とにかく戻って、俺たちも対空戦闘に加わらなきゃならん!」
「遅れず。全速力」
「隊長とヒジカたんはどこ行ったんだよ!? 隊長なしで俺たち戦えるんですか!? 俺たち08小隊っすよね? あんこのないあんまんなんて、あんまんじゃねえだろ!?」
「ナムで学んだことを思い出せ、アイアン! 海兵隊員なら臨機応変に対処できて当然だ! ドラム缶でこしらえた即席地雷を思い出せ!」
「ここはナムじゃないんですけど――!」
第08小隊だけではない。休暇で街に出ていたほかの海兵隊員たちも、次々と食堂や店を飛び出し、港湾基地へ戻っていった。基地の高射砲陣地ではその間も砲撃が続いていたが、ネウロイは徐々に距離を詰めていた。
「駄目だ、数が減らない……! 特にあの中型航空型ネウロイ、びくともしねえ……!」
「こうなったらMS部隊に任せるしかないのか……! だが、それまでに一発でも多く、奴らの面にぶち込んでやる!」
「次弾、発射用意――!」
高射砲が再び射撃を続けようと、再装填に入った瞬間だった。
接近していた中型航空型ネウロイの目が不気味な赤に輝いたかと思うと、その体から放たれた赤い光線が港の高射砲陣地を襲った。一門が光線に呑み込まれ、砲弾が誘爆する。轟音とともに黒煙が立ち上った。
「さ、三番砲、沈黙! 敵ネウロイ、港まで残り千!」
『MS部隊、対空戦闘用意! FCSを対空戦闘設定に切り替え、照準せよ――!』
配置についたジムたちは、対空用榴弾を装填した100mmマシンガンを構え、迫るネウロイに照準を合わせた。コックピットに座るパイロットが榴弾の信管を調整していると、ジムの足元にいる海兵隊員たちが視界に入った。
「馬鹿野郎ども、MSから離れろ! 100mmの薬莢に押し潰されて死にたいのか!」
外部スピーカーからパイロットの怒鳴り声が響くと、陸戦型ジムの足元にいた兵士たちは慌てて荷物をかき集め、その場から逃げ出した。ほどなくネウロイが射程内へ入り、パイロットは座席に取り付けられた照準用バイザーを展開し、照準線の中心に敵を捉えた。
「敵確認、距離七百! 撃て――!」
パイロットが操縦レバーのボタンを押すと、陸戦型ジムのマシンガンが派手な銃火を噴き、榴弾が次々と空へ飛んでいった。ほかのジムたちも続けて射撃を始め、いつしか上空には広大な弾幕が張り巡らされていた。
榴弾はネウロイのいる高度に達すると次々に炸裂し、無数の黒煙を生み出した。そのうちの数発が小型ネウロイに命中する。爆発によって護衛役のネウロイの翼がもぎ取られ、続いてコアが砕けると、その体は粉々になって消滅した。
「小型ネウロイ一機、いや二機撃墜! 対空弾幕を維持しろ!」
「敵の攻撃兆候を確認! 防御態勢――!」
誰かが攻撃を知らせた直後、小型ネウロイたちが一斉に光線の雨を放った。放たれた光線は港のコンクリートを切り裂き、停泊中の船を沈め、基地の建物を爆発させた。
それに対抗して、陸戦型ジムたちはシールドを持ち上げ、胸部――すなわちコックピットを覆った。光線がシールドに当たった瞬間、強烈な衝撃でジムが一歩後ずさったものの、シールドを貫通することはできなかった。
光線が止むと、焼け焦げ、溶けたシールドの表面が露わになった。このままもう一度まともに受ければ、次も防げる保証はなさそうだった。
「弾幕を維持しろ! 反撃を続けろ!」
「火力が足りん! 一機でも多く、早く展開させろ!」
基地守備部隊の対空砲火の中、小型ネウロイは一機、また一機と粉々になって消滅していった。しかし、その中心にいる中型ネウロイが止まる気配はない。
やがて砲火を突破したネウロイの群れが、港の上空まで迫った。その間にも小型ネウロイが一機撃ち落とされ、一方ではネウロイの放った光線が陸戦型ジムの腕を切断した。赤熱した切断面が露わになる。
「くっ! ガーディアン8、右腕切断! 応戦不能……!」
「後方に下がれ! 早く行け! ガーディアン2、ガーディアン8の位置へ移動――」
『警告! 港湾上空の敵ネウロイに形態変化を確認!』
『敵ネウロイ、陸戦型を投下――!』
基地の拡声器から切迫した声が響く。その声が終わるより早く、港の上空へ達した中型航空型ネウロイの側面に、大きな穴が開いた。
その穴の中から、巨大な物体がいくつも落ちてきた。空中を落下するそれらは、やがて自らの体を変形させ、折り畳まれていた腕や脚のような角張った部分を展開した。全体の大きさは十メートルほどから瞬く間に十五メートル以上へと変わり、折り畳まれていた頭のような部分では、目を思わせる赤い光がぎらりと輝いた。
それらは陸戦型ネウロイだった。
投下されたネウロイたちは、そのまま基地のあちこちへ着地した。着地の衝撃で踏みつけられたコンクリートに轟音とともに亀裂が広がる。ちょうどジープで基地へ戻ってきた第08小隊は、着地する陸戦型ネウロイを避けながら、その光景を目撃していた。
「陸戦型まで!? こいつら、いったいどこからこんな戦力を持ってきやがった!? 近くに巣なんてない、周りは海ばっかりなのに……!」
ハンドルを握るサンダーソンが叫んだ。水から距離を置こうとするネウロイの性質上、扶桑は安全な後方地域に分類され、襲撃を心配する必要などないはずだった。それなのに今、その後方にネウロイが現れた。しかも、レーダーに捉えられることさえなく。
「基地、もうめちゃくちゃじゃねえか! まだ戦える戦力なんか残ってんのかよ!?」
「うるさい! 余計なことは考えるな! 戻ったらすぐ高射砲につくことだけ考えろ!」
アイアンに怒鳴り返すと、サンダーソンは巨大な陸戦型ネウロイの足をかわしながら、近くの格納庫へ向かった。アリでも踏み潰すように巨大な足が第08小隊の乗るジープへ迫るたび、サンダーソンは慌ててハンドルを切り、紙一重で避け続けた。
やがて格納庫の脇にジープが滑り込むように停まると、全員が一斉に飛び降り、格納庫へ駆け込んだ。中では残っていた陸戦型ジムたちが出撃の準備を進めており、その中に第08小隊の機体も並んでいた。
「あそこだ! 俺たちのジムだ――!」
サンダーソンが格納庫の隅に並ぶ第08小隊のジムを指さして叫んだ。その足元では整備員たちが工具を手に忙しく動き回り、弾薬を補給し、ジムに武器を持たせていた。
サンダーソンは小隊員を連れ、整備班の班長へ叫んだ。
「第08MS小隊です! 81、82、83号機の出撃準備をお願いします!」
「第08小隊か? 第06小隊と第07小隊はもう出たぞ! 整備が終わり次第、すぐに出撃しろ!」
「チェイニー、三号機に乗れ! 俺はいつもどおり二号機に乗る!」
「ラジャー」
チェイニーはすぐさまリフトに乗り、自分の三号機のコックピットへ向かった。サンダーソンもリフトで二号機へ上がろうとしたとき、下からアイアンが尋ねてきた。
「隊長が使う一号機はどうするんですか!? 隊長、いないじゃないですか!」
「隊長の帰りを待っていられるような戦況じゃない! アイアン、お前が乗れ!」
「えっ!? 俺がですか!?」
「ぐずぐずしている暇はない! 早く乗れ! お前だって操縦訓練は受けただろう!」
「そりゃ受けましたけど、今ここでいきなり実戦投入って、あんまりじゃないですか!? だったらヒジカたんに――」
アイアンが食い下がる間もネウロイの攻撃は止まず、格納庫の近くに光線が着弾してトラックが一台爆発した。爆発と光線の衝撃で格納庫が揺れると、アイアンは不安げに天井を見上げた。そして、もうどうにでもなれという気持ちで、ついに一号機のコックピットへ上り始めた。
「隊長、どこ行っちまったんだよ……! ヒジカたんも何でこんなときにあの女といなくなるんだ――!」
こうして、その場に集まった第08小隊員は全員、陸戦型ジムのコックピットに乗り込んだ。開いていたハッチが閉じ、整備員たちの手でジムに100mmマシンガンとシールドが持たされる。
「白兵戦用の武器も取り付けてくれ。出たらすぐ目の前にいるはずだ」
サンダーソンが計器類を操作すると、パネルの画面やスイッチが次々と緑色の光を灯し、陸戦型ジムのゴーグルアイが緑に輝いた。やがて100mmマシンガン、シールド、そして白兵戦用の武器まで装備したサンダーソンのジムが、真っ先に前へ進み出た。
「隊長が戻るまで、俺が指揮を執る! チェイニー、アイアン! しっかりついてこい!」
「08小隊、出るぞ――!」
サンダーソンの号令とともに、第08小隊の陸戦型ジムが格納庫を飛び出した。すると待ち構えていたかのように、ネウロイたちがサンダーソンの行く手を塞いでいた。
「■■■■■■■■■――!!!」
「ピクニックに来る場所を間違えたな、ネウロイ野郎!」
サンダーソンはためらいなく操縦レバーのボタンを押し、マシンガンを乱射した。装填されていた徹甲弾が銃火とともに飛び出し、ネウロイの右肩を吹き飛ばして大穴を開ける。さらに胴体へ飛んだ弾丸が、いくつもの穴を穿った。
やがて露出したコアが徹甲弾に貫かれて砕けると、ネウロイは断末魔の叫びを上げ、そのまま倒れて消滅した。その様子を近くで見ていた別のネウロイが、顔にある目を赤く光らせる。
「しまった――!」
サンダーソンがペダルを踏んで機体を横にかわすと、さっきまでジムが立っていた場所を光線がかすめていった。避けると同時に再びマシンガンを乱射し、反撃に転じる。もう一機のネウロイも穴だらけになって消滅し、サンダーソンは小隊を率いて格納庫から離れていった。
「チェイニー、右側面を任せる! 散開したら機動しながら射撃を続けろ!」
「ラジャー」
「アイアン、俺の真後ろにぴったりつけ! 白兵戦になるぞ、備えながら援護射撃を頼む!」
「MSの実戦が初めての奴に、ちょっと無茶言いすぎじゃないですか!?」
「文句を言ってる暇はない! 行くぞ!」
チェイニーのジムは港の右側へ移動しながら、視界に入ったネウロイに向けて射撃を開始した。サンダーソンはアイアンをすぐ後ろに従え、前進しながら撃ち続ける。ネウロイが放つビームは刻一刻と彼らを狙っていた。命中を避けるには、立ち止まるわけにはいかなかった。
「うおおおおりゃあああああっ――!!!」
アイアンの乗るジムもマシンガンを乱射した。だが、めちゃくちゃに撃っているせいで弾丸はネウロイの足元にばかり着弾し、肝心の敵には当たらない。照準は操縦系統のコンピューターが合わせてくれるはずなのに、機動射撃であることを差し引いてもひどい命中率だった。
「アイアン、でたらめに撃つな! ちゃんと狙え!」
「精いっぱいやってるんですってばあああっ――!!!」
そう答えるアイアンだったが、一発たりともネウロイに命中しなかった。あまりにも無茶苦茶に撃ち続けたせいで、たちまちマシンガンの弾倉が空になり、虚しい機械音が響いた。
「あれっ、出ねえぞ?」
直後、警告音とともに計器盤の画面へ『弾切れ』の表示が浮かんだ。その間にも、新たに投下された陸戦型ネウロイがアイアンの近くに着地し、そのまま襲いかかってきた。
「アイアン!」
正面へ突進していたサンダーソンは、横から聞こえた轟音に目を向けた。アイアンへ迫るネウロイを見て、すぐさま機体の向きを変える。銃口を敵に向けたものの、こちらにも同じく弾切れの表示が出た。サンダーソンは舌打ちし、ネウロイへ突っ込んだ。
「うおお、クソッ、来んじゃねえ! おい――!」
「■■■■■■■――!!!」
「こっちだ!」
サンダーソンはマシンガンをしまい、リアスカートに取り付けられた大きな刃物を引き抜いた。武骨で角張ったその形は、まるで巨大なマチェーテだった。サンダーソンのジムがそれを振るうと、ネウロイの頭が真っ二つに裂けた。
「うおおっ――!」
さらにもう一撃。サンダーソンは一段と強烈な斬撃を叩き込んだ。三度、四度と続けざまに繰り出されたマチェーテの攻撃はネウロイの体を半ばまで切り裂き、その裂け目から黒い液体が噴水のように噴き出して、ジムの機体を黒く染めた。
最後の一撃で、バキッ、とネウロイのコアが砕けた。体を切り裂いていたマチェーテが肉体から引き抜かれる。コアを失ったネウロイは不気味に体を震わせ、やがて地面に倒れ込み、粉になって消え始めた。
「大丈夫か、アイアン!」
「はい――軍曹、後ろっ!」
アイアンの無事を確かめようと近づいたサンダーソンは、その叫びを聞いて慌てて後方を確認した。案の定、いつの間にかサンダーソンに狙いを定めたネウロイが、ビームを撃とうと目を輝かせていた。
しかし、そのビームがサンダーソンに届くことはおろか、発射されることすらなかった。横から飛来した徹甲弾がネウロイの頭の側面を見事に貫き、大穴を開けたからだ。頭に穴を穿たれ、ビームを撃てずに不気味なうめき声を上げるネウロイの胴体を、さらに数発の徹甲弾が貫いた。
ネウロイが倒れて消滅すると、サンダーソンは弾丸が飛んできた方向を確かめた。港の砲台のほう、数百メートル先にいたチェイニーの三号機が、マシンガンの銃口を空へ向け、サンダーソンに合図を送っていた。
「助かったぞ、チェイニー。さすが狙撃手だな」
そのとき、再び基地の警報が鳴り響いた。絶えない警報に、アイアンが苛立たしげに言った。
「何だよ、またか! ネウロイの増援でも来たってのか!?」
『警告! 陸戦型ネウロイ二機が港湾基地から離脱した! 繰り返す、陸戦型ネウロイ二機が港湾基地から離脱した!』
「何だと!?」
サンダーソンは愕然とした。港湾基地のすぐ裏手には市街地が広がっている。そこにネウロイが入り込めば、どんな惨事になるか分からない。
そう考え、機体の向きを変えて市街地へ向かおうとした、その瞬間――。
『敵ネウロイは市街地を通り過ぎ、山へ向かっている!』
「……山?」
サンダーソンは戸惑った。街ではなく、山へ向かうだと?
そして彼は知らなかった。
奴らが向かっている山には、08小隊の隊員が二人もいるということを。
――
次回予告
突然横須賀を襲撃したネウロイに立ち向かう、第08小隊と海兵隊。
しかし、基地から離脱したネウロイが市街地を越え、山へと侵入してくる。そして、山から下りてきたウィリアム・アマダが、その事実を目の当たりにする。
山には宮藤の家がある。戦う手段を探すウィリアムの目の前に、一機の白い新型MSが現れる。
宮藤、どうか無事でいてくれ――!
次回、『空と大地のワルツ』――。
『ガンダム、大地に立つ――!』
A.D. 1948. 君は、生き延びることができるか?
次回からは、皆さんお待ちかねのガンダムが登場します。
もちろん、ファーストガンダムではありません。あれを量産するなんて、いくら天下のリベリオンでも無理でしょうからね。
(まあ、一年戦争の頃だって、ガンダムは雨後の筍のように次々と出てきますけど……)
坂本「ちょっと待て!? 私はどこで何をしているんだ!?」
……次回をお楽しみに。
坂本「おい――(通信途絶)」