サザナミタウンの別荘で行われる『国際チャンピオン・極秘会談』への出席のため、シロナがイッシュ地方へ向かってから数日。
シンオウリーグ本部の最上階にある執務室で、アストは粛々とチャンピオン代理としての公務をこなしていた。
現場の痛みを汲み取った的確な決裁に、リーグ関係者や四天王たちは早くも深い信頼を寄せ始めていたが――ネットや街の世論は、決して好意的な声ばかりではなかった。
『チャンピオンの恋人だからって、代理まで任されるのか?』
『ただの幼馴染のコネだろ』
『実績なら四天王の誰かがやればいいのに、贔屓が過ぎる』
画面に躍る心ない噂や邪推の数々。
影を背負い、傷を抱えながら旅を続けてきたアストにとって、そんな世間の陰口など今更痛くも痒くもなかった。だが、「シロナの判断」そのものが貶められていることだけは、どうしても看過できなかった。
「……アスト様。本日、リーグ公式の防衛指名戦として、挑戦者が来ております」
幹部が申し訳なさそうに書類を差し出す。
相手は、前回の大会で上位に食い込んだ気鋭の実力派トレーナー。アストを舐めているわけではないが、「代理とはいえ、チャンピオンの席に座る男の力量を確かめたい」という純粋かつ厳しい挑戦だった。
観客席から「見せてもらおうじゃないか、新チャンピオンの『恋人』の実力を」という好奇と疑念の視線が注がれる中、アストはバトルフィールドに降り立った。
「よろしく頼む、アスト殿。貴殿の実力、確かめさせてもらう!」
相手が繰り出したのは、鍛え抜かれたエースのバンギラス。
地響きを立てる圧巻の威圧感に、観客席からどよめきが起こる。
対するアストは、静かに頷きながらボールを投げた。
「……サーナイト、行こうか」
バトルが始まると同時に、会場の空気がピリリと引き締まった。
相手のバンギラスはただ力任せに暴れるだけの巨体ではない。アストのサーナイトの動きを完全に予測し、砂嵐を巧みに利用してじわじわと包囲網を狭めてくる。手練れのトレーナーが率いる手強いプレッシャーに、観客席の緊張感も高まっていった。
(さすがは上位常連の実力派だな……一筋縄ではいかないか)
アストはわずかに目を細め、サーナイトへと的確な指示を飛ばす。
派手な大技の応酬ではなく、ミリ単位の距離感と隙を突く高度な心理戦。お互いに一歩も譲らない緊迫した攻防が続き、スタジアムの観客たちは息を呑んで二人の動きに見入っていた。
数分にわたる激しい攻防の末――わずかに、バンギラスの巨体の軸が崩れた。
砂嵐の切れ目、ほんの一瞬だけ生じた死角を、サーナイトの蒼い瞳が捉える。
「逃すな。……『きあいだま』」
アストの静かな、しかし確信に満ちた号令。
サーナイトが放った眩い光の弾丸が、砂嵐を切り裂いてバンギラスの懐へと正確無比に突き刺さる。
ドスン、と重い地響きを立てて、強敵バンギラスが膝をついた。
「……そこまでか。お見事……!」
挑戦者が悔しそうに歯噛みしながらも、どこか晴れやかな顔で頭を垂れる。
スタジアムは数秒の静寂の後、割れんばかりの凄まじい歓声と拍手に包まれた。苦戦を強いられながらも、最後は鮮やかに勝ち切ったアストの実力に、もう疑念を挟む者など誰もいなかった。
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その夜、執務室でイッシュのシロナと通信を繋ぐ。
『……街のニュースを見たわ、アスト。見事な勝利だったそうね』
画面の向こうのシロナは、イッシュの別荘のソファでくつろぎながら、どこか誇らしげな、最高に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「手強い相手だったさ。お前の代わりに、俺の腕も錆び付いていないところを見せておかないとな」
『ふふ、頼もしいわね。……私の自慢のパートナーを怪しむような人たちの声を、あなたがその実力で完全にねじ伏せてくれたのは……正直、すごく胸がすかっとしたわ』
少しだけ意地悪く微笑むシロナに、アストは苦笑いを返す。
「それより、トバリシティの郊外で『あの連中』が不穏なエネルギー測定を始めている。そろそろ本格的に動き出すかもしれない」
画面の向こうで、シロナの目がすっと細められる。
『……分かったわ。こちらもイッシュの古代遺跡のデータと照らし合わせて、連中の狙いを絞り込む。気をつけてね、アスト』
「ああ、お前もな。……早く帰ってこいよ」
『ええ。私の大切な場所と、大好きな人を守ってくれてありがとう。すぐに戻るわ』
通信が切れ、静まり返った執務室。
アストは窓の外、暗雲が立ち込め始めるテンガン山の方向を見つめながら、帰るべき人を迎えるための覚悟を静かに固めるのだった――。