静まり返った夜のチャンピオン執務室。
月明かりが差し込む窓辺で、サーナイトは静かに佇んでいた。
デスクの前に座り、シロナから預かった決裁書類に目を走らせているアストの横顔を、サーナイトは愛おしくてたまらないというように見つめる。
サーナイトの胸には、いま溢れんばかりの温かな親愛が満ちていた。
(……アスト。本当に、大きくて頼もしい背中になりましたね)
心の中でそっと語りかけると、自然と脳裏に蘇るのは遠い日の記憶だ。
荒れた野原の片隅で、ただ孤独に震えていた小さなラルトスだった私を、アストは拾い上げてくれた。
当時の彼の心から流れていたのは、刺すように冷たく、自分自身を傷つけるような悲痛な痛みだった。過去の傷と挫折に苛まれ、血の滲むような拳を握りしめて暗闇の中を歩いていた少年。
けれど、そんなボロボロな状態であっても――アストは私を抱きしめる手だけは、世界で一番優しく、温かくしてくれた。
『……俺のそばにいたら、お前まで傷つくかもしれないのに』
そう言いながら、震える私をそっと胸に引き寄せ、自分の体温で温めてくれたあの日のこと。
あの瞬間から、私の世界のすべてはあの少年のものになった。キルリアへ、そしてサーナイトへと進化を重ね、彼の剣となり盾となって戦い抜いてきたのは、あの温もりに報いたかったからだ。
やがて旅の果てで、あのシロナという眩しい存在との出会いが訪れた。
シロナがアストの隣に立つようになってから、彼の心の深淵にこびりついていた深い氷は、溶けるように去っていった。
全国放送のステージで堂々と「大好きなパートナー」と告げられた時、ステージ袖で真っ赤になって頭を抱えていたアストの顔は、これまでの人生のどの瞬間よりも人間らしく、最高に幸せに満ちていた。
執務室でシロナに甘えられ、呆れたフリをしながらも心底愛おしそうに彼女の髪を撫でていた時の、アストの甘く柔らかい波動。あれこそが、サーナイトがラルトスの頃からずっとずっと見たいと願っていた『アストの本当の幸せ』だった。
今日の防衛戦もそうだ。
世間の心ない陰口や疑念の視線にさらされながらも、アストの心は微動だにしなかった。
バンギラスを相手に、サーナイトへ届けてくれた指示。そこには『ラルトスだった頃から共に戦ってきた相棒への絶対の信頼』と、『愛するシロナが預けてくれたこの場所を守る』という揺るぎない覚悟だけが存在していた。
アストの実力を疑う声を、その腕一つで黙らせ、拍手を浴びる彼の姿。
あの瞬間、サーナイトは誇らしさと愛おしさで胸が潰れそうだったのだ。
『……サーナイト? どうした、そんなにじっと見つめて』
ふと書類から目を離したアストが、優しく微笑みながらこちらを振り返る。
サーナイトは我慢できなくなったように、すっとアストの側へと歩み寄った。
選ばれた者として背負う重圧を分かち合うように。そして、かつて小さなラルトスだった頃のように、アストの肩にそっと身を寄せ、その温かな頬に自分の額を重ね合わせた。
胸いっぱいの親愛と、「大好きですよ」という温かな波動を惜しみなくアストの心へと流し込む。
『……っ、サーナイト……。ふっ、なんだよ急に。甘えん坊なのはシロナだけで十分だぞ』
照れくさそうに苦笑しながらも、アストの手が優しくサーナイトの頭を撫でてくれる。
その大きな手の温もりに身を委ねながら、サーナイトは幸せそうに瞳を細めた。
――どんなに時が流れても、あなたが私を拾い、抱きしめてくれたあの温もりを忘れない。
だから私たちはこれからも、あなたの隣で歩き続ける。
かつて小さな私をその腕で抱きしめてくれた、世界で一番優しくて愛おしい、私たちのトレーナー。