01 白銀の帰還と、重なる影
シンオウポケモンリーグ、チャンピオン執務室。
重厚なオーク材の扉が閉ざされたその空間は、外界の喧騒から完全に切り離されていた。
机の上にうずたかく積まれた書類の山。その傍らで、アストは静かにペンを走らせていた。
シロナがイッシュ地方・サザナミタウンでの極秘国際会議へ渡航してから、数ヶ月。代理チャンピオンとしての公務は過酷を極めたが、圧倒的な実力と冷徹なまでの判断力で、迫り来る世論や不穏な動きをすべてねじ伏せてきた。
トントン、と遠慮がちなノックの音が響く。
返事をするより早く、部屋の鍵が静かに回る音がした。その固有の重みのある金属音だけで、アストの指先が止まる。
「――ただいま、アスト」
滑らかな金髪を揺らし、長旅の疲れを微塵も感じさせない気品を纏った女性――シンオウ地方チャンピオン、シロナがそこに立っていた。
アストが立ち上がる間もなく、シロナは吸い寄せられるように歩み寄り、デスクの横からアストの首筋にそっと腕を回した。豊かな髪から香る、どこか懐かしいベルガモットの香りが鼻腔をくすぐる。
「……遅かったな、シロナ」
「ふふ、ごめんなさい。イッシュの古代遺跡の調査が少し長引いてしまって。……でも、あなたが完璧にここを守ってくれていたおかげで、安心して羽を伸ばせたわ」
シロナはアストの胸に顔をうずめ、深く息を吐き出した。チャンピオンとしての鎧を脱ぎ捨て、ただ一人の女性として甘えるその温度を、アストは力強い腕で抱き返すことで受け止める。
「代理の仕事は、どうだった?」
「口うるさい評議員たちを黙らせる方が、ガブリアスと戦うより骨が折れたよ。……だが、お前が帰ってきた。これで俺の役目は終わりだ」
「ありがとう、私の大切な人。……でも、あなたがいなければ、今のシンオウは成り立たなかったわ」
顔を上げたシロナの瞳が、至近距離でアストを見つめる。言葉のない視線の交差。互いの息遣いが触れ合うほどの距離で、ごく自然に唇が重ねられた。数ヶ月の孤独と渇きを埋め合うような、深く、熱い接吻。
離れ際に、シロナが愛おしそうにアストの頬を撫でた。
「そういえば、アスト。フタバタウンから、新しい子供が旅立ったそうなの」
「……ほう」
「ナナカマド博士から連絡があったわ。ヒカリという女の子。コトブキシティで博士を助けるために、怪しげな集団――ギンガ団と渡り合ったそうよ」
「……ギンガ団、か」
アストの瞳の奥に、すっと鋭い光が宿る。
代理公務の最中、各地から上がっていた報告。特にテンガン山北側、キッサキやエイチ湖周辺で観測される不可解なエネルギーの揺らぎ。
「シロナ。指揮権をお前に戻したら、俺は少し北へ向かう」
「……キッサキ方面ね。あのエネルギー異常を、自分で確かめに行くの?」
「ああ。公務としてじゃない。一人のトレーナーとして、見ておきたい場所がある」
シロナは一瞬だけ寂しそうな目をしたが、すぐに誇らしげな微笑みを浮かべ、アストの胸元に手を添えた。
「……分かったわ。でも、無茶はしないでね。……本当は、ずっと私のそばにいてほしいけれど」
「すぐ戻るさ。お前の背中は、俺が守ると決めている」
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