凍てつく吹雪を抜け、ヒカリとポッタイシは何とかキッサキシティの街並みにたどり着いた。
寒さと緊張で強張った体をポケセンの温もりでほぐし、万全の準備を整えたヒカリが向かったのは、街の北西にそびえるキッサキジムだった。
床一面が滑らかな氷で覆われた特殊なジム。
雪深い217番道路でアストと出会い、そこで自らが示した「逃げない意志」――あの経験を経て、ヒカリの心には迷いは消えていた。
「ポッタイシ、行くよ……!」
ジムリーダー・スズナの繰り出すユキメノコやユキカブリといった猛攻に対し、ポッタイシは鋭い水流と鋼の気魄で一歩も引かずに渡り合う。氷の上で足を取られながらも、ヒカリの的確な指示とポッタイシの粘り強さが噛み合い、最後は激しい交錯の末にスズナの切札を押し切った。
「……参ったね。あんたたちの目は、すごく真っ直ぐだ」
スズナから手渡された氷のジムバッジ。それはヒカリにとって、単なる7つ目の勲章ではなく、自身の覚悟が本物であるという確かな証だった。
しかし、その勝利の余韻に浸る間もなく、シンオウ地方全体を揺るがす異常がヒカリを襲う。
エイチ湖の方向から、空気を凍てつかせるような禍々しい波動と、爆発音が響き渡ったのだ。
「え……今の音……?」
嫌な予感に駆られ、ヒカリはすぐさまエイチ湖へと急行した。
湖畔に到着したヒカリが目撃したのは、信じられない光景だった。結界の張られていたはずの湖の中心で、ギンガ団の幹部・ジュピターの放つポケモンたちが、湖の守護神である伝説のポケモン「ユクシー」を圧倒し、拘束しようとしていたのだ。
すでに駆けつけていたジムの挑戦者であるライバル・ジュンが、血だらけになりながらも歯を食いしばって立ち上がろうとしている。
「くそっ……なんだよこいつら……っ!」
「ジュンくん!」
ヒカリが叫びながら飛び込み、ポッタイシを繰り出す。だが、先ほどのジム戦で消耗している上、相手は組織の幹部。実力差は歴然だった。
「おや、また一匹の虫が寄ってきたか。……邪魔をするな」
ジュピターが冷酷に命じると、スカタンクの強力な「はどうだん」が放たれた。
まともに直撃を受けたポッタイシが激しく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ポッタイシ……っ!」
ヒカリが駆け寄り、我が身を挺して相棒を庇う。だが、ユクシーはついにギンガ団の特殊な装置に捉えられ、悲鳴を上げる間もなく上空へと連れ去られてしまった。
「待って……! 返してよ……!」
ヒカリは震える足で立ち上がり、手を伸ばそうとするが、冷たい風がその無力さを嘲笑うように吹き抜けるだけだった。
すべてが終わった静寂の中、ヒカリは泥と雪にまみれた地面に膝をつき、自分の無力さに涙を流した。
(守れなかった……。私たちが強くならなきゃ、何も救えない……っ!)
悔しさと絶望に押しつぶされそうになったその時、地面に転がっていたギンガ団の下っ端の通信機から、激しい雑音とともに途切れ途切れの焦燥した声が漏れ聞こえた。
『――こちら第3小隊! 湖畔南側のルートで足止めを受けている!』
『なんだと!? 相手は警察か!?』
『ち、違う……黒いコートの男だ! 一体なんなんだあの強さは……青いサーナイト一匹に全隊破砕された……ガッ……ツゥー……』
雑音の奥から響いたのは、聞いたこともないほど冷徹で圧倒的な破砕音だった。
「これ……」
ヒカリはハッと息を呑み、通信機を見つめた。
自分たちがジュピターに叩きのめされ、絶望に伏していたまさにその裏で、本来ここへ雪崩れ込んでくるはずだった膨大な増援を、単身で叩き潰していた男がいる。
あの吹雪の217番道路で、冷たく「邪魔をするな」と吐き捨てて去っていった男の姿が脳裏に蘇る。
彼はヒカリを助けに来たわけでも、甘い言葉をかけに来たわけでもない。ただ、自分の戦いを淡々とこなし、結果的に背後に迫る脅威をすべて切り伏せていたのだ。
(あの人が背中を守ってくれていたから……私たちは、ここまで来られた……)
口では突き放しながらも、誰も見ていない影の場所で、誰にも知られず敵の刃をすべて引き受けてくれている男の背中。
それは「守ってもらうための優しさ」ではなく、「お前は前を向け」と言葉なき背中で突き放す、あまりにも不器用で圧倒的な生き様だった。
その生き様に触れたとき、ヒカリの胸の奥で、頼るためではない――自立するための火が激しく燃え上がった。
(誰かに守ってもらうための強さじゃない。……私自身の足で立ち、私の意志で、この世界を守るんだ……!)
ヒカリは涙を力強く拭い、ボロボロになりながらも自分を見つめ返すポッタイシの手を取って立ち上がった。
もはや迷いはない。
奪われたものを取り戻し、そしてあの無骨な背中にいつか追いつくため、ヒカリは自らの足で、トバリシティのギンガ団本拠地へと歩き出す。