10歳の春。カンナギタウンを包む風には、まだほんのりと冷たさが残っていた。
タウンマップとリュックサックを肩にかけたアストとシロナは、カラシナ博士や家族に見送られ、長年過ごした住み慣れた町に別れを告げた。
「……アスト、私、ホントにやっていけるかな……」
町を出てすぐの211番道路。
シロナはアストの半歩後ろを歩きながら、不安そうに彼の服の裾をキュッと掴んでいた。
手持ちのモンスターボールには、すっかり大きくなって懐いたフカマルが入っているというのに、見知らぬ道や通りすがる旅のトレーナーと視線が合うだけで、人見知りの癖が出てしまう。
「大丈夫だって。お前とフカマルはめちゃくちゃ強いんだからさ。それに――」
アストは振り返り、優しくニッと笑った。
「俺がずっと隣にいる。受付でもなんでも、俺がやってやるからお前はバトルだけに集中しろ」
「……うん。ありがと、アスト」
アストの言葉に、シロナの表情がふっと和らぐ。
アストの肩には、澄んだ青い髪のラルトスがチョコンと乗り、嬉しそうにアストの頬に擦り寄っていた。
二人は最初の目的地方向へ向かうため、シンオウ地方を東西に隔てる巨大な霊峰――テンガン山の洞窟へと足を踏み入れた。
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薄暗くひんやりとしたテンガン山の洞窟内。
「ギャオーッ!」
突如、天井の岩陰から野生のズバットの群れが襲いかかってきた。
「ひっ……!」と息を呑んでアストの背中に隠れるシロナ。だが、アストがすかさず前に出る。
「ラルトス、『ねんりき』!」
青いラルトスが瞳を蒼く輝かせると、見えない波動が広がってズバットたちを追い払った。
「ふう……助かったよ、アスト。……あ、でもっ!」
危機を脱した瞬間、シロナの瞳にシュバッと熱い火が灯る。アストの後ろから身を乗り出すと、人見知りの面影はどこへやら、勝ち気で負けず嫌いな「本性」が顔を出した。
「今のは私のフカマルでも倒せたんだからね! 次に野生のポケモンが出たら、絶対私に譲りなさいよ!」
「はいはい。さっきまで俺の背中に隠れてたくせにな」
「む……! それとこれとは別!」
ぷくっと頬を膨らませるシロナ。
アストは呆れつつも、自分と二人の時だけ見せてくれるこの表情が愛おしくてたまらなかった。
テンガン山を抜け、近代的なビルが立ち並ぶ大都市コトブキシティへと到着した二人。
街の賑やかさに圧倒され、再びアストの服の裾を離せなくなるシロナの先頭に立ち、アストはポケモンセンターの手続きや道案内をテキパキとこなしていく。
「よし、次は最初のジムがある『クロガネシティ』だな」
こうして二人は、最初のバッジを求めて炭鉱の街・クロガネへと向かった。
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黒い石炭の匂いが漂うクロガネシティ。
当時はまだ、後年ミオシティへ渡ることになる屈強な男――トウガンがクロガネジムの頭領として立ち塞がっていた。
豪快で圧倒的な威圧感を放つトウガンを前に、シロナは緊張でゴクリと唾を飲み込んだ。
「よし、どっちが先に挑む?」
アストが尋ねると、シロナは「あ……えっと……」と少しモジモジしたあと、アストの服をキュッと引っ張った。
「……アスト、先に行って。私、アストの戦いを見て勇気を出したい……」
「了解。じゃあ俺がサクッと勝って、流れを作ってやるよ」
ジムのバトルフィールド。観客席には、祈るように両手を握りしめて見守るシロナの姿があった。
「いくぞ、ラルトス!」
アストが繰り出したのは、もちろん青いラルトス。
対するトウガンが出したのは、重厚な装甲を持つイシツブテやイワークだ。
熟練のベテラントレーナーであるトウガンの重い攻撃に対し、アストとラルトスは言葉のいらない絆で立ち向かう。
『相手の動きをよく見ろ、ラルトス』
(うん、分かってる……!)
アストが声を出すより早く、ラルトスはアストの波長を感じ取り、相手の隙を突いて『ねんりき』と『影分身』を繰り出す。巨体の懐に潜り込み、相手の力を受け流すように華麗に打ち破っていく。
「ほう、見事な連携だ! 傷ついたポケモンとここまでの信頼を築くとはな!」
トウガンの感嘆の声と共に、審判の合図が響く。
「勝者、挑戦者アスト!」
アストは最初のバッジ――コールバッジを手に入れた。
「へへ、見たかシロナ! 次はお前の番だぞ!」
バトルを終え、汗を拭いながら爽やかに笑いかけるアスト。
その背中を見た瞬間、シロナの胸の奥がキュンと甘く痛んだ。
(……かっこいいな、アスト)
人見知りの仮面が剥がれ落ち、シロナの胸にフツフツと情熱が湧き上がってくる。
「……負けないわよ! フカマル、行くわよ!」
「シャアアッ!」と勢いよくボールから飛び出したフカマルと共に、シロナはバトルフィールドへと躍り出た。
アストが見守る観客席の前で、シロナは圧巻のバトルの才能を発揮し、トウガンの重厚な防陣を打ち破ってみせる。
ジム戦を終え、二人並んで二つのコールバッジを夕日にかざした。
「やったね、アスト!」
「おう! 二人ともバッジゲットだな!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
この時のシロナにとって、アストの背中は世界で一番安心できる場所であり、同時に「いつか追いつきたい、特別な存在」へと変わり始めていた。