テンガンざんの最奥、やりのはしら。
「あかいくさり」に縛鎖されたディアルガとパルキアが歪んだ咆哮を上げ、世界の理そのものが悲鳴を上げていた。押し寄せる神々の圧倒的な威圧感と、空間の歪み。その狂乱の中心で、アカギはただ冷徹に虚無を見つめていた。
「……心がもたらす不完全な感情こそが、世界を争いと絶望で満たしている。人も、ポケモンも、感情などという無意味な欠陥を捨て去り、完全なる『無』の世界へ生まれ変わるべきなのだ」
その言葉には、怒りも憎しみもなかった。絶望の末にすべての「心」を自ら切り捨てた男の、静かで冷たい狂気だけが存在していた。
「――寝言は、そこまでにしなさい」
その空間の圧力を切り裂くように、凛とした声が響く。
シロナだった。傍らに控えるガブリアスとルカリオが、神々の放つ余波を圧倒的な威圧感で抑え込んでいる。彼女がそこに立つだけで、歪みかけた場の空気すらもが一瞬にして引き締まる。
「アカギ。不完全だからこそ、私たちは互いを補い合い、寄り添って生きていくのよ。……ヒカリ、前へ! ここは私が押し留める!」
「はい……っ!」
シロナの絶対的な背中に導かれ、ヒカリは強く頷いて一歩を踏み出す。
腰のホルダーには、エンペルトをはじめ5つのモンスターボール。過酷な道中をともに泥臭く生き抜いてきた、血の通った5匹の相棒たちが控えている。
だがその時、やりのはしらの影から、アカギを守るべくギンガ団の増援が一斉に雪崩れ込んできた。ヒカリの側道を脅かす、容赦のない包囲網。
――ガツンッ!
漆黒の爪と、重厚な毒鋏が、ヒカリの側頭部へ迫っていた攻撃を正確無比に弾き返した。
アストの傍らに並び立ったのは、マニューラとドラピオンだった。
かつて北の雪道で捨てられ、誰にも心を開かず絶望の底にいたあのニューラ。アストと出会い、互いの欠落と影を分かち合う中で、不器用に、けれど確かに「心」を通わせた相棒だ。
アストはマニューラに声高な指示すら出さない。
ただ視線を交わすだけで、マニューラはアストの意図を察し、そのしなやかな体躯で闇を疾走して敵の隙を塞ぐ。ドラピオンもまた、その意思に呼応するようにドッシリと陣を張り、挟撃のラインを完璧に遮断した。
ポケモンをただの道具・無機質なエネルギーとして切り捨てるアカギの目の前で、言葉以上の意志と信頼で通じ合うアストとマニューラ。
「心など不要」と言い放つ男に対する一番の拒絶は、二人が魅せるその静かな呼吸そのものだった。
「……『ひとりタッグ』で十分だ。ここは俺たちで全部止める」
アストはマニューラと背中を合わせたまま、前を見据えるヒカリへ静かに言葉を投げる。
「行け。お前と、そのポケモンたちの『現実』を見せてやれ」
「――うん! みんな、行くよ!!」
アストの相棒たちが背後を死守し、シロナが世界の崩壊を抑え込む。
ふたりが切り開いてくれた完璧な道筋の上で、ヒカリは5匹の相棒を一斉に解き放った。
ムクホークの疾風のごとき機動力、リーフィアとミミロップの柔軟なカバー、ブーバーンの圧倒的な牽制射撃。そして、その全てのアシストを背に受けたエース・エンペルトが、鋼の羽を研ぎ澄ましてアカギの計算された陣形へ突撃する。
「心」があるからこそ傷つき、泥をすすり、それでも支え合って強くなってきた5匹の連携。その血の通った熱量が、アカギの完璧で無機質なロジックをジワジワと、確実に粉砕していった。
決着の瞬間――耐えかねた空間が悲鳴を上げ、黒い影の亀裂が大きく弾けた。
「やぶれたせかい」からの刺客、ギラティナ。
出現した漆黒の影が、新世界を拒まれたアカギの身体を歪んだ時空の底へと引きずり込んでいく。
「逃がさないわ……! ヒカリ、飛び込みなさい! 追撃よ!」
「はいっ!」
シロナの指示のもと、ヒカリは迷うことなく相棒たちとともに影の底へ飛び込んだ。
背後を完璧に片付け終えたアストもまた、マニューラとともにその影の渦へ、迷わず足を踏み入れるのだった。