クロガネシティを後にした二人は、ハクタイ、トバリ、ノモセと順調にジムバッジを獲得していった。
目的は明確だ。二人揃ってシンオウリーグを制覇し、最高のトレーナーになること。
しかし、まっすぐに頂点を目指して突き進むアストの歩みの裏で、彼の元には常に「影」が寄り添っていた。
ハクタイの森の古い館で人に怯えていたムウマや、湿原で傷ついて群れから取り残されていたスコルピ。
アストの持つまっすぐな強さと、自分すら当たり前のように受け止めてくれる無自覚な温もりに救いを見出し、ポケモンたちは自ら彼の手持ちになることを望んだのだ。
「本当に不思議ね、アスト。みんなあなたを目指して集まってくるみたい」
「そうか? 俺はただ、放っておけなかっただけだけどな」
キャンプの夜、焚き火の明かりの下で手持ちのポケモンたちを甲斐甲斐しく世話をするアスト。
その横顔を、シロナはじっと見つめていた。
(アストはどこまでも真っ直ぐで、優しい。……私のことも、傷ついたポケモンのことも、当たり前みたいに全部その背中に乗せちゃうんだ)
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旅を重ねるにつれ、シロナの中で静かな変化が芽生え始めていた。
シロナの手持ちとなったスボミーやトゲピー、そしてエースのフカマルは、シロナの深い愛情とアストの背中を追うことで圧倒的な強さを発揮するようになっていく。
トバリやノモセでのジム戦。
大勢の観客の前で、最初はアストの背中に隠れて震えていたシロナだったが、バトルフィールドに立つと目つきが一変した。
苛烈で洗練された指揮で相手を完封し、観客をどよめかせる。
バトルが終わると我に返り、真っ赤になってアストの服の裾を掴みに行くシロナ。
だが――その手を伸ばす頻度は、日に日に減り始めていた。
(……私、いつまでもアストの服の裾を掴んでちゃダメだ)
シロナの胸に去来していたのは、歴史や神話への深い探究心と、そして何より「アストのとなりに胸を張って並べる自分になりたい」という強い想いだった。
保護される「守られるだけの幼馴染」のままでは、アストと対等な存在にはなれない。
彼が誰にでも注ぐ優しさに甘え続けていては、彼の眼差しの中で「特別な誰か」にはなれない――。
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バッジを5つ集めたところで、二人は再び、シンオウの象徴であるテンガン山の山頂付近へと差し掛かっていた。
寒風が吹き荒ぶ山道。眼下に雲海が広がる崖の淵で、シロナがふと足を止めた。
「……アスト」
「ん? どうしたシロナ、寒くなったか?」
アストが振り返ると、シロナは伏せがちだった目をゆっくりと持ち上げた。
その瞳には、これまでの人見知りで気弱な少女の面影はなく、一人の気高く凛としたトレーナーとしての光が宿っていた。
シロナは、いつもギュッと握りしめていたアストの服の裾――そこから、そっと自分の指を離した。
「……私ね、ここから先は一人で行く」
「え……? 何言ってるんだよ、急に」
アストは目を見開いた。
シロナは風に舞う髪を抑え、静かに、しかし力強く微笑んだ。
「私、神話の遺跡をもっと調べたいの。……それにね、アスト。私はあなたに庇われる『誰か』のままでいたくない。いつかあなたの真正面に立って、あなたと対等に響き合える――世界の誰よりも一番近くに立つ存在になりたいの」
「……シロナ」
アストは目を見開いたまま、息を呑んだ。
自分を追いかけて服の裾を掴んでいたはずの少女が、いつの間にかこんなにも眩しく、強く成長していたことに初めて気づかされた。
「……分かったよ。お前がそう決めたなら、俺が引き留める理由なんてない」
理由のわからない胸の奥の痛みが、アストの喉を締め付ける。
寂しさなのか、それとも誇らしさなのか。言葉にできない甘く切ない感情が、胸の奥底で小さな火種のように燻り始めていた。
「強くなれよ、シロナ。……俺も絶対にお前に負けないくらい強くなって、リーグの頂点で待ってるから」
「……うん! 約束ね!」
風が吹き抜けるテンガン山。
二人は背を向け合い、別々の道へと歩き出した。
シロナは神話の光を紡ぎ、自分だけの強さを得る道へ。
アストは純粋に最強のトレーナーを目指し、その背中に無意識の影を引き連れながら――。
二人が胸の奥に抱えた「まだ名もなき切なさ」は、誰に届くこともなく、テンガン山の白い風の中に溶けていった。