テンガン山での別れを迎える、少し前のこと。
旅の夜は、いつだって二人とポケモンたちだけの特別な時間だった。
「……あつっ! ふぅー、ふぅー……うん、おいしい!」
野営の焚き火の前で、シロナはフーフーと息を吹きかけながら、スープを口に運んでいた。
アストが手際よく作った木の実と野菜の煮込みスープだ。
「火傷するなよ。ほら、口の横にスープついてる」
「えっ、嘘、どこ?」
アストが何気なく指先でシロナの頬を拭ってやると、シロナは「ひゃいっ」と変な声を上げて固まった。
自分から触れておいて、アストは何事もなかったかのように自分の指を舐め、「よし、拭けた」と平然としている。
「あ、アスト……! 自分で拭けるのに……っ」
顔を真っ赤にしたシロナは、スープの器で口元を隠しながら上目遣いでアストを睨んだ。
だが、アストに悪気や下心は一切ない。妹の顔を拭くのと同じ感覚でやっているのだから質が悪い。
「ほら、フカマルも食べさせろって言ってるぞ」
「むー……アストの無神経」
ぶつぶつ文句を言いながらも、シロナの表情には嬉しさが隠しきれていなかった。
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夜が深まり、周囲が静まり返る頃。
一つの大きなテントの中で、二人はシュラフを並べて横になっていた。
パチパチと薪がはぜる音と、外で寝ているフカマルたちの寝息だけが響く。
「……ねえ、アスト。起きてる?」
「ん……? どうした、眠れないのか?」
アストが横を向くと、暗闇の中でシロナの大きな瞳がこちらを見つめていた。
普段は意地を張っていても、暗い夜になると幼い頃の人見知りと寂しがり屋な性格が顔を出す。
「……手、繋いでもいい?」
「いいけど……どうしたんだよ急に。寂しくなったか?」
「寂しくないもん。……ただ、ちょっと寒かっただけ」
強がりながらも、シロナはシュラフから小さな手を伸ばし、アストの手をぎゅっと握りしめた。
アストは苦笑しながら、その小さな手を優しく握り返してやる。
幼馴染としての当たり前の触れ合い。
けれど、握りしめられた手から伝わってくる体温とドクドクという小さな鼓動に、アストの胸の奥もなんだかソワソワと熱くなってくる。
「……アストの手、おっきくなったね」
「お前がちいさいんだよ」
「すぐそうやって子供扱いするんだから。……私だって、どんどん強くなってるんだからね」
「はいはい。お休み、シロナ」
「……お休み、アスト」
繋いだ手の温もりを感じながら、シロナは満足そうに瞳を閉じた。
利益や計算のない純粋な触れ合い。
そしてアストの服の袖を、もう片方の手でギュッと掴んだまま、静かな寝息を立て始めるのだった。
お互い、まだこの感情に本当の名前がついていることを知らない。
ただ「この温もりをずっと離したくない」という想いだけが、二人を優しく包み込んでいた。