チャンピオン シロナの幼馴染   作:あいはーと

5 / 15
04 孤独の路と、残された影

テンガン山でシロナと別れてから、アストの旅は急に温度を失った。

 

振り返っても、そこに自分の服の裾をギュッと掴む小さな手はない。

歩幅を緩めて後ろを気にする必要も、二人分の荷物を抱えて歩くこともない。ふとした瞬間に訪れる静寂と、胸の奥を刺すような空洞感――それが、アストに「シロナがいない」という現実を容赦なく突きつけていた。

 

(……一人で歩くって、こんなに息が詰まるものだったか)

 

シロナと別れた直後の荒野。冷たい夜風の中で、アストは焚き火の炎を見つめながら独りごちた。

あの時、彼女は自分の足で、自分の光に向かって歩き出したというのに、自分は何をやっているのだろう。

 

いや、それだけではない。

アストの脳裏には、シロナと別れてすぐのあの夜に遭遇した、ある残酷な出来事が焼き付いて離れなかった。

 

――あの夜、街道の傍らで傷つき、身をよじる一匹のヤミカラスがいた。

「不吉な鳥だ」「災いが降りかかる」という愚かな迷信を本気で信じ込んだ一般トレーナーたちから、過剰で過激な攻撃を浴びせられ、ボロボロに打ちのめされた姿だった。

 

「やめろ!」と叫んでトレーナーたちを突き飛ばし、アストは必死にヤミカラスを抱きかかえた。

持てる限りの回復薬を使い、必死に声をかけたが、過剰すぎる暴力によって傷ついた小さな命は、アストの指先の中で静かに冷たくなっていったのだった。

 

冷たくなっていく翼の感触。

偏見による理不尽な暴力への激しい怒りと、何もできなかった己の無力感。

 

(もし……あの時、シロナがいてくれたなら)

 

鋭い知識を持ち、どんな緊急事態でも最適な判断を下せるシロナが隣にいてくれたなら、この命を救えたのではないか。

そんなタラレバの悔恨と、「自分はシロナの存在に救われていただけの、まだこんなにも弱い男なんだ」という痛切な自覚がアストの胸を強く穿った。

 

――だが、アストはただ打ちひしがれて立ち止まるような男ではなかった。

 

冷たくなったヤミカラスを静かに埋葬し、アストは泥のついた己の右手を強く、強く握りしめた。

 

(悔やんでいるひまはない。俺はまだ弱くて、不器用で、シロナに頼っていた……。だけど、だからこそ――二度と、目の前の命を見捨てたりしない)

 

過去の無力さを噛み締め、それを「二度と繰り返さないための覚悟」へと変えた。アストの瞳に、迷いを振り払う静かな火が灯る。

 

---

 

その覚悟を試すように訪れたのが、吹雪の舞うキッサキシティの雪原だった。

 

凍てつく荒野の中、アストは雪の影に身を潜める一匹のポケモンと出会う。

人間に怯え、近づくものすべてを凍らせようと牙を剥く――後に美しく可憐な氷の幻影へと進化を遂げるユキメノコだった。

 

「人を惑わす化け物」として人々に追われ、理不尽な暴力に傷ついてきた彼女の瞳を見た瞬間、アストの脳裏にあの日救えなかったヤミカラスの姿が重なる。

 

(二度と……同じ後悔はしない!)

 

怯え、狂暴化するユキメノコに対し、アストは臆することなく一歩を踏み出した。

切り裂くような吹雪の中、自分の震える手を隠すことなく前に伸ばし、まっすぐに歩み寄る。

 

「怖がらなくていい……! お前がどんな目に遭ってきたのか、俺には分からない。だけど、俺は絶対に、お前を置いていったりしない!」

 

悲痛な過去を乗り越え、自らの手で差し伸べられた確かな拒絶のない温もり。

アストの瞳にある「二度と見捨てない」という本物の覚悟に触れたとき、ユキメノコの尖った氷の瞳から警戒の色がスッと消え、その場に崩れるようにしてアストの手を受け入れたのだった。

 

ユキメノコの体温に触れた瞬間、胸を覆う暗雲が少しだけ晴れた。

 

---

 

山奥で「災害を呼ぶ忌み子」として追われ、孤独と飢えに苛まれていたアブソルとの出会いもそうだった。

アストは救世主ぶることもなく、かつての失敗も、自分の弱さも包み隠さずに抱えたまま、ただ黙ってアブソルの隣に座り続けた。

 

「俺も不器用で、弱くて、悔しい思いばかりしてきた。だから……お前のその孤独を、俺に分けてくれないか」

 

弱さを認め、それを強さに変えて前に進むアストの周りには、いつしか自然と「影」を背負ったポケモンたちが吸い寄せられるように集まっていった。

 

大湿原からついてきたスコルピは凶暴で頑強なドラピオンへ、洋館の暗がりに佇んでいたムウマは優美なムウマージへと進化を遂げる。

アストの戦闘スタイルは、悲しみを乗り越えた者だけが持つ、重厚で「静かなる覇気」へと昇華されていた。

 

8つのバッジを揃え、シンオウ各地で囁かれる噂。

――「影を纏う凄まじいポケモンたちを従え、自らの弱さと向き合い乗り越えて勝ち進む、異色の天才トレーナーがいる」と。

 

---

 

そして、決戦の地・ポケモンリーグのエントランス広場。

 

人波の先で振り返った金髪の少女――世界の頂点を見据える王者としての光を纏ったシロナと、ついに視線が交差する。

 

(……昔の俺なら、引け目を感じていたかもしれない)

 

だが、今の自分は違う。

一人で歩き、傷つき、自分の弱さを知った上で、影のポケモンたちと共にここまで這い上がってきたのだから。

 

アストは深く息を吸い込むと、胸を張り、かつてないほど誇らしく真っ直ぐな瞳でシロナを見据えて力強く笑ってみせた。

 

「……久しぶりだな、シロナ。待たせたな」

 

「約束通り、ここまで来たわね。……私、あなたに負けるつもりは一切ないから」

 

「俺だって同じだ。……お前に背中を見せるつもりなんて、最初からない」

 

かつてテンガン山で解けた「服の裾」は、今や互いを高め合う圧倒的な絆へと姿を変えていた。

 

こうして、シンオウリーグの頂点をかけた、アストとシロナの運命の戦いが幕を開けようとしていた――。

 




誤字・脱字や不自然な表現がございましたら、ご指摘いただけると大変助かります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。