第一幕 鴉は尸魂界に生きる
第一部 死して、なお
第10話 歩む先
「破道の三十一・赤火砲《しゃっかほう》!」
放たれた赤い光が標的へ直撃し、爆発する。
「次!」
「はい!」
別の生徒が前へ出る。詠唱が始まり、やがて鬼道が放たれた。
霊術院の鬼道実習。入学してからもうすぐ二年になる。
あの頃は知らなかった鬼道の仕組みも今では随分と理解できるようになった。術式。詠唱。霊力の流れ。術の構築。詠唱を用いて術を安定させる方法も、詠唱を破棄して瞬時に術を構築する方法も学んだ。
「次。うちは」
「はい」
名前を呼ばれイタチは前へ出る。標的を見て右手を上げた。
「破道の三十一・赤火砲《しゃっかほう》」
赤い光が掌前に収束する。次の瞬間、一直線に放たれた。
爆発。
標的の中心が吹き飛ぶ。
「…………」
教官が標的を見る。それからイタチへ視線を戻した。
「問題ない」
「はい」
「……というよりお前についてはもうこの辺りを確認する必要もないな」
教官は小さく息を吐いた。
「術式の構築、出力、制御。詠唱破棄も安定している。霊術院で教えている範囲なら十分だ」
「ありがとうございます」
「だが」
教官の声が変わる。
「鬼道はここで教えているものが全てじゃない」
イタチは黙って聞く。
「隊士になれば今のお前が知らない鬼道を学ぶ機会もあるだろう。より高度な術もある」
「はい」
「それと覚えることだけに満足するな」
教官は幾つか並んだ標的を見た。
「虚を倒す。敵を拘束する。味方を守る。退路を作る。時間を稼ぐ。同じ状況でも目的が違えば使う術も変わる」
「…………」
「使える術が多いことと、正しい術を選べることは別だ。今のうちから色々な状況を想定しておけ」
イタチは僅かに目を細める。それは理解できる。前の人生でも同じだった。
使える術の数だけで戦いの結果が決まるわけではない。状況を見て目的を定め、そのために最も適した手段を選ぶ。どれほど優れた術でも使う場所を誤れば意味はない。
「分かりました」
「よし」
教官が頷く。
「戻っていい」
「はい」
イタチは列へ戻った。
◇
刀が交差する。甲高い音が響き二人の身体が離れた。
直後、相手が踏み込む。横薙ぎ。
イタチは刀を僅かに傾けて受け流し、そのまま相手の懐へ入った。
「――っ」
刀を振る必要はなかった。柄頭が胸元で止まっている。
「そこまで!」
教官の声が飛ぶ。イタチは刀を下ろした。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
相手も息を整えながら頭を下げる。
「次!」
イタチが訓練場を離れる。
入学したばかりの頃は刀の扱いに忍としての癖が強く残っていた。
刀を手にしていてもそれを刀としてだけ見ていなかった。必要なら投げる。囮にする。別の武器へ持ち替える。それは実戦ならば間違いではない。だが斬術を学ぶという意味では違った。
だから学んだ。
刀の握り方。構え。足運び。間合い。斬撃。自分が既に持っていたものを一度横へ置き、死神の斬術として身につけた。
白打も同じだった。忍として培った体術と死神の白打。似ている部分はある。違う部分もある。それらを混同せず、必要なら組み合わせて使えるようになった。
そして歩法。
最初の瞬歩では、無意識に前世の身体操作を混ぜてしまった。今は違う。瞬歩は瞬歩として使う。前世で身につけた技術とは明確に使い分けていた。
「うちは」
教官に呼ばれイタチが振り返る。
「はい」
「お前ももうすぐ卒業だな」
「はい」
「斬術、白打、歩法」
教官が腕を組む。
「どれも霊術院生として見る段階はとっくに過ぎている」
「…………」
「実戦能力まで含めて考えれば少なくとも席官と比べるべき水準だろう」
イタチは僅かに目を伏せる。
「ありがとうございます」
「褒めてはいるが勘違いするなよ」
「はい」
「護廷十三隊にはお前より強い奴はいくらでもいる」
脳裏に一人の男が浮かぶ。飄々とした男。
見えていた。それでも身体が追いつかなかった。
「分かっています」
その返答に教官は少しだけ笑った。
「ならいい」
◇
夜。霊術院の自室。
イタチは床に座り静かに目を閉じていた。呼吸を整え、意識を内側へ沈めていく。
そして。
◇
轟音。
地面が弾けた。
二つの影が激突する。一瞬。次の瞬間には互いに大きく距離を取っていた。
だが止まらない。
再び地面を蹴る。
衝突。
空気が震える。何度目かも分からない音が広大な演習場へ響いた。
そこは精神世界の中でも修行に使っている場所だった。
周囲には森が広がっている。
いや。
広がっていた。
地面には幾筋もの亀裂が走り、至る所が大きく抉れている。周囲を囲んでいた木々も激しい戦闘に巻き込まれ、折れ、薙ぎ倒され、あるいは根元から吹き飛んでいた。
その中心へイタチが降り立つ。僅かに呼吸を整え、視線を上げた。
その先にも一人の少年が立っていた。
《濡れ鴉》だった。
だがその姿は以前とは違う。初めて出会った時のような幼い少年ではない。
背は伸びている。顔立ちにも以前までの幼さはほとんど残っていない。青年へと近づきつつある少年。今の《濡れ鴉》はそんな姿をしていた。
「まだやる?」
「ああ」
「そう」
《濡れ鴉》が構える。
「じゃあ――」
その姿が消えた。
イタチの紅い眼が動く。振り返る。
衝突。
激しい音と共に足元の地面へ新たな亀裂が走った。二人の影が交差する。
一度。
二度。
三度。
森の奥で轟音が響き、木々が大きく揺れた。
次の瞬間、イタチの身体が地面を滑る。足を止め、視線を上げた。
少し離れた場所に《濡れ鴉》が立っている。
互いに動かない。
やがて。
「今日はここまでにしよう、兄さん」
《濡れ鴉》が構えを解いた。イタチも静かに力を抜く。
「……ああ」
「また勝てなかったね」
「ああ」
「悔しい?」
「少しはな」
「ふーん」
《濡れ鴉》が僅かに笑う。
「でも前よりずっと強くなったよ」
「お前もな」
「当然でしょ」
少しだけ得意そうな顔をする。その表情にはまだ以前の面影が残っていた。
「次も負けないから」
「俺もそのつもりだ」
「うん」
夕暮れの空の下。荒れ果てた演習場で二人は向かい合う。
「またね、兄さん」
「ああ」
◇
イタチが目を開けた。
見慣れた自室。外はすでに暗い。
ゆっくりと息を吐く。
二年。
霊術院へ入ってからそれだけの時間が経とうとしている。
斬術。白打。歩法。鬼道。霊力の扱い。
死神として、今の自分に修められるものは一通り学んだ。
もちろん全てを極めたわけではない。護廷十三隊へ入れば今まで知らなかった技術も知識もあるだろう。実戦でしか得られないものもある。
それでも。
(霊術院で学べるものは十分に学んだ)
そして斬魄刀《濡れ鴉》
始解も今ではある程度扱える。以前とは比べものにならないほどその力を発揮できるようになった。
だが。
(まだ全てではない)
今の自分では《濡れ鴉》の持つ力を完全には引き出せていない。
理由も分かっている。技術だけの問題ではなかった。
今の身体はまだ成長の途中にある。霊力も同じだ。まだその状態でその先へ進もうとしても難しい。
(卍解《ばんかい》……)
始解のさらに先。
《濡れ鴉》との修行を続ける中で、その存在についても理解し始めていた。
だが焦る必要はない。
身体は成長している。霊力も増えている。《濡れ鴉》との繋がりも以前より遥かに深くなった。
なら。
(いずれ届く)
そう判断するだけの根拠はあった。
イタチは立ち上がり机へ向かう。その上に一枚の紙が置かれていた。
進路希望調査。
まだ何も書かれていない。
卒業までもう長くない。
一年前は早期卒業の話を断り、霊術院に残ることを選んだ。学びたいものがあった。知らないものがあった。だから残った。
そして二年目。学べるものを学んだ。知りたかったものを知った。
もちろんこの世界にはまだ知らないことが山ほどある。だが、それを知るためにこれ以上霊術院へ留まり続ける意味は少ない。
次へ進む時だった。
イタチは白紙の進路希望調査を見る。
「…………」
少しだけ考える。
やがて筆を取った。
(……やはり、あそこにしよう)
筆先が白い紙へ触れた。
濡れ鴉《ぬれがらす》
うちは イタチの斬魄刀。
精神世界では、イタチの前世の弟・うちは サスケによく似た姿を取る。
ただしサスケ本人やその魂ではなく、イタチの魂や記憶から生まれた独立した存在。イタチにとって最も大切だった弟への想いが、その容姿や性格に強く反映されている。
性格の根底は「兄さんが大好き」。イタチを一貫して「兄さん」と呼ぶ。
通常時
幼少期のサスケに似た少年の姿。
素直で人懐っこく、兄への好意を隠さない。
始解時
成長したサスケを思わせる青少年(疾風伝位)の姿。
通常時より落ち着き、少し素っ気なくなるが、兄への好意は変わらない。斬魄刀としての自覚も強くなり、戦闘や判断について意見することもある。
イタチとは「死神と斬魄刀」であると同時に、「兄と弟」のような関係を築いている。