修正前に読んだ方は違和感あったと思いますが変更してるので宜しくお願いします。
第一幕 鴉は尸魂界に生きる
第二部 守るということ
第13話 土産話
四番隊へ入隊してから五年の月日が流れていた。
その五年間イタチは救護者としての修練に没頭した。
回道だけではない。負傷の状態を見極め、必要な処置を判断し、患者の全身状態を確認する。薬の扱いから処置後の経過観察等知らなければならないことはいくらでもあった。
初めの頃は清之介の傍らで見ていることの方が多かった治療も今ではある程度なら一人で任されるようになっている。
席次もいつの間にか上がり、現在は六席。
それでも五年という歳月を費やしてなお、知らないことの方が多い。
「あなたもようやくある程度は使えるようになりましたね」
一人の隊士の治療を終えたところで清之介がそう言った。
「まあ、ある程度ですが」
「ありがとうございます」
「僕がわざわざ指導してあげているんだからそれくらい出来て当然ですね。もっと感謝して下さい」
「それより、優秀なあなたを隊長がお呼びです。行ってきなさい」
「隊長が?」
「ええ。お待たせしないように」
「分かりました」
清之介へ一礼し、イタチは診療所を後にした。
隊首室へ着き、声をかける。
「うちは イタチです」
「どうぞ」
中へ入ると、机に向かっていた卯ノ花が顔を上げた。
「来ましたね。うちは六席」
「はい」
「あなたが四番隊へ来てもう五年になりますね」
「はい」
卯ノ花は穏やかに微笑んだ。
「救護者としても随分成長しました。今では立派な四番隊員です」
「ありがとうございます」
「これまでは新人の修練期間ということで、任務などはこちらである程度調整してきました。ですがこれからは本格的に様々な業務に取り組んでもらいます」
「承知しました」
「…………」
卯ノ花が黙った。
イタチは僅かに首を傾げる。
「どうされましたか?」
「いえ……」
卯ノ花は額へ手を添え、小さく息を吐いた。
「まさか本当に、五年間も治療に専念するとは思っていませんでした」
「?」
「私は確かに言いました。まずは自信がつくまで治療に専念なさい、と」
「はい」
「……五年ですよ?」
「はい」
「…………はぁ」
今度は、はっきりとため息が聞こえた。
イタチには何が問題なのか分からない。
その様子を見ていた卯ノ花は、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「霊術院で天才とまで噂されたあなたが、五年間も四番隊からほとんど外へ出なかったものですから」
「……」
「私があなたを気に入りすぎて、箱入り息子のように外へ出さないのだとか」
「…………」
「光源氏のように育てているのだとか」
笑みが深くなる。
「随分と、好き勝手言われているようですよ」
「……ご迷惑をおかけしました」
「本当にそうですね」
笑顔だった。
イタチはそれ以上何も言えなかった。
「これを機にしばらくは外回りを中心にしてもらいます」
「はい」
「もちろん、五年間治療ばかりしていたせいで斬術や白打が鈍っている――などということはないと思いますが」
卯ノ花の笑みが、ほんの僅かに深くなる。
「もしそうでしたら、私が直接叩き直して差し上げます。遠慮なく申し出てくださいね」
「……ありがとうございます」
「手始めに今日の午後から六番隊との合同訓練があります。他の隊士たちと合流してそのまま向かってください」
「了解しました」
一礼し、踵を返す。
「うちは六席」
背後から呼び止められ、イタチは振り返った。
「はい」
「私も隊長ですから」
卯ノ花は変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「訓練が必要になった時は、いつでも遠慮なく申し出てくださいね」
「ありがとうございます」
もう一度一礼し、隊首室を後にする。
扉が閉じる。
「…………」
誰もいなくなった隊首室で、卯ノ花の笑みはしばらく消えなかった。
◇
午後。
イタチが訓練場へ向かうとすでに四番隊の隊士たちが集まっていた。
今回の合同訓練には四番隊から三席が監督役として参加し、イタチを含む隊士たちが実践訓練を受けることになっている。
ほどなくして六番隊の一行も姿を現した。
その先頭を歩く男を見て、四番隊三席が前へ出る。
「今日はよろしくお願いします、朽木副隊長」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
六番隊副隊長、朽木 蒼純《くちき そうじゅん》。
互いに挨拶を交わし、合同訓練が始まった。
前半は四番隊による救護講習だった。
戦場で負傷した際、四番隊が到着するまでに行うべき最低限の応急処置。出血への対処、負傷者を搬送する際の注意点、不用意に身体を動かしてはいけない状況。
そして四番隊へ引き渡す際、何を伝えるべきか。
どこを負傷したのか、何によって傷ついたのか、負傷してからどれほど時間が経っているのか、途中で意識を失っていないか、そしてどのような応急処置を行ったのか。
治療する側にとって、そうした情報は少しでも多い方がいい。
五年前なら教えられる側にいたイタチも、今では六番隊員へ処置を教える側に立っていた。
講習が終わると後半の実践訓練へ移った。
今回の形式は単純だった。
四番隊隊士が一人ずつ蒼純へ挑む。
斬魄刀、斬術、白打、歩法、鬼道はすべて使用可能。ただし始解は禁止。
四番隊にとっては、実際の戦闘と痛みに慣れるための訓練。六番隊にとっては、そこで発生した負傷へ先ほど学んだ応急処置を施し、適切に搬送するための訓練だった。
当然、多少の負傷は最初から想定されている。
四番隊三席が治療役として待機しているのもそのためだった。
最初の隊士が蒼純の前へ進み出る。
「よろしくお願いします!」
「よろしく。では始めようか」
四番隊員が斬りかかる。
蒼純は相手の力量を見ながら斬撃を受け、躱し、時折攻撃を返す。致命傷にはならない。しかし、実戦ならばそのまま命を落としかねない隙には容赦なく一撃を入れた。
「そこまで」
倒れた四番隊員のもとへ、待機していた六番隊員たちが駆け寄る。
状態を確認し、先ほど習った通りに応急処置を施す。その後負傷者を三席のもとまで搬送し、負傷した場所や原因、行った処置を報告する。
三席がそれを確認し治療する。
治療が始まれば次の四番隊員が蒼純の前へ。
それが何度も繰り返された。
やがて――
「次、うちは六席」
名を呼ばれ、イタチが前へ出る。
「よろしくお願いします」
蒼純も斬魄刀を構えながら、目の前の青年を見る。
(うちは六席か……最近は話を聞かなかったが、数年前に二年で飛び級して霊術院を卒業したと有名だったな。確か、霊術院ではかなり優秀だったはずだ)
とはいえ、それから五年。四番隊へ入隊して以降、目立った話はほとんど聞いていない。
蒼純はこれまでと同じように穏やかに構えた。
「来なさい」
次の瞬間、イタチの姿が消えた。
真正面。
瞬歩で一気に間合いを詰めたイタチの斬魄刀が振り下ろされる。
蒼純が反射的に刀を上げた。
刃と刃がぶつかり、鋭い音が訓練場に響く。
「――!」
蒼純の目が僅かに見開かれる。
そのまま数合。
斬る。受ける。返す。躱す。
それまでの訓練とは明らかに違う速度で、二人の刃が交差した。
蒼純が横薙ぎに振るった一撃を、イタチは後方へ跳んで躱す。
距離が開いた蒼純の表情に、僅かな笑みが浮かぶ。
「少し本気でいくよ」
「はい」
二人の姿が同時に消えた。
瞬歩。
訓練場の各所で刃のぶつかる音が響く。
蒼純が現れればイタチが消え、イタチが斬り込めば蒼純が位置を変える。
(強いな。流石は副隊長)
斬撃を受け流しながら、イタチは冷静に相手を見る。
蒼純が踏み込み、刀を振り下ろした。
イタチは刃を合わせ、その力を横へ逃がす。
僅かに蒼純の体勢が流れた。
その瞬間、イタチの左手が動く。
「縛道の三十・嘴突三閃《しとつさんせん》!」
詠唱破棄。
三つの光が蒼純へ飛び、その身体を捉えた。
「――!」
蒼純の動きが止まり、その表情に明確な驚きが浮かぶ。
イタチはすでに次の鬼道へ入っていた。
拘束が長く保つとは考えていない。
必要なのは、僅かな時間だけ。
淀みなく詠唱を紡ぎ、掌へ霊力を収束させる。
その速さに、蒼純の目が細くなった。
「破道の三十一・赤火砲《しゃっかほう》!」
凝縮された炎が放たれた。
爆炎が蒼純を呑み込み、轟音とともに煙が舞い上がる。
周囲の隊士たちが息を呑んだ。
やがて風が吹き、煙が少しずつ晴れていく。
その向こうに、蒼純は立っていた。
無傷だった。
《嘴突三閃》の拘束はすでに消えている。
そして蒼純の前には、薄く透き通った人1人分の壁が立っていた。
縛道の八十一・断空《だんくう》
蒼純が斬魄刀を下ろす。
それを確認したイタチも刀を下げた。
「……本当に驚いたよ。五年間治療に専念していたと聞いていたんだけどね」
「治療だけをしていたわけではありません」
「なるほど」
蒼純は少し楽しそうにイタチを見ていたが、やがて周囲へ視線を向けた。
「残念だけど今日は救護訓練だからね。今日はこの辺にしておこうか」
「はい」
「うちは六席は救護の指導に当たってくれるかな?」
「承知しました」
イタチは斬魄刀を納め、一礼した。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
イタチが救護場所へ向かっていく。
周囲で抑えていた声が漏れ始めた。
「……うちは六席って、ちゃんと強かったんだな」
「天才って聞いてたけど、ずっと診療所に籠ってるから変人だと思ってた……」
「副隊長相手に隙を見つけて詠唱破棄で《嘴突三閃》の後に完全詠唱の《赤火砲》とか、本当に四番隊か、あいつ?」
「詠唱もめちゃくちゃ速かったな。俺なら焼かれてたぞ……」
「副隊長も八十番台の縛道を詠唱破棄って、やっぱすげえな……」
そんな声を背に、イタチは救護側へ回った。
六番隊員が行う応急処置や搬送を確認し、必要があれば指導する。その間にも残った四番隊員たちは順番に蒼純へ挑み、負傷すれば六番隊員が駆け寄る。
訓練はそのまま続いていった。
◇
やがて最後の隊士の治療が終わり、合同訓練も終了の時間を迎えた。
蒼純が四番隊の面々を見渡す。
「四番隊の皆、今日はお疲れ様。お互いに実りのある良い訓練になったね。三席も世話になったね」
「こちらこそお世話になりました。うちの隊士たちを叩き直してもらってありがとうございました。またお時間があればよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。それじゃあ今日はこれで」
互いに挨拶を交わし、六番隊の一行は四番隊の訓練場を後にした。
隊舎へ戻る道を歩きながら、蒼純はふと先ほどの訓練を思い返す。
(うちは イタチ君か……)
その名を頭の中で呟いた時、ふと一人の少年の顔が浮かんだ。
(白哉と見た目は同年代くらいかな?)
蒼純の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
(……良い土産話ができたな)
朽木 蒼純《くちき そうじゅん》
護廷十三隊・六番隊副隊長。
四大貴族の一つ、朽木家の出身で六番隊隊長・朽木 銀嶺の息子。そして後に六番隊隊長となる朽木 白哉の父親にあたる人物。
非常に温厚で心優しく、名門貴族の出身でありながら驕ったところのない穏やかな性格。
死神として高い才能を持ち六番隊副隊長を務めている一方、生来身体が弱く、長時間の戦闘や身体を酷使する戦いには向いていない。
厳格な父・銀嶺とは対照的に柔らかな物腰と話し方が特徴で、息子である白哉のことも優しく見守っている。