最強の冒険者は平穏に暮らしたい   作:最高河原管理之助

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10話

### 第十話 世界最強は、勝てる戦いでも引き受けない

 

世界が終わる。

 

そう聞かされて、アルト・レインが最初に考えたのは、勝てるかどうかではなかった。

 

どこまで壊していいのか。

 

それが問題だった。

 

目の前には巨大な影。

 

背後には、世界の管理者を名乗る少女。

 

左右には、セラとエリシア。

 

そして足元には、どこまでも続く白い空間。

 

何もないように見える。

 

だが、ここが世界の境界を維持する施設なのだとすれば、むやみに力を振るうわけにはいかない。

 

橋の上で戦う時、橋そのものを壊してはいけないのと同じだ。

 

「……一つ、聞いていいですか?」

 

アルトが言った。

 

管理者の少女が振り向く。

 

『何でしょう』

 

「あれを倒したら、ここは壊れませんか?」

 

『…………』

 

少女は答えなかった。

 

アルトは嫌な予感がした。

 

「……壊れるんですか?」

 

『対象を完全に消滅させるには、境界構造への干渉が必要です』

 

「……つまり?」

 

『この領域が崩壊する可能性があります』

 

「……やっぱり」

 

アルトはため息をついた。

 

セラが横から口を挟んだ。

 

「おい、アルト。倒せるのか?」

 

「……まだ分かりません」

 

「勝てそうかどうか、だ」

 

「……戦えば勝てるかもしれませんけど」

 

アルトは影を見つめた。

 

「勝った後に帰れないなら、負けと同じですよね」

 

セラは一瞬黙った。

 

そして、口元を緩めた。

 

「……なるほどな」

 

エリシアが小さく頷く。

 

「……勝ち方の問題」

 

「うん」

 

アルトは剣を構えた。

 

「……とりあえず、追い返せるか試します」

 

*

 

影が動いた。

 

それは、攻撃というより現象に近かった。

 

空間が薄くなる。

 

白い床が透ける。

 

遠近感が失われ、数歩先にあったはずの場所が突然、遥か遠くへ引き伸ばされる。

 

セラが踏み込んだ。

 

「――ふっ!」

 

双剣が閃く。

 

一撃目は影の輪郭を裂いた。

 

二撃目は、その裂け目を広げる。

 

だが、切断面は繋がらなかった。

 

代わりに、セラの足元の床が消えた。

 

「……っ!」

 

彼女は咄嗟に跳んだ。

 

その着地点へ、影の腕が伸びる。

 

逃げ場がない。

 

しかし。

 

「セラさん、右です!」

 

アルトの声。

 

セラは考えるより先に身体を捻った。

 

直後、彼女がいた場所をアルトの剣が通過した。

 

空気が鳴る。

 

影の腕が、横から押し流された。

 

消えたのではない。

 

進路を変えられたのだ。

 

「……助かった!」

 

「いえ!」

 

アルトは剣を引いた。

 

その時、影の輪郭に奇妙な揺らぎが生じた。

 

アルトは目を細める。

 

(……今の)

 

手応えがあった。

 

剣で触れた感覚ではない。

 

もっと曖昧なもの。

 

空間の向こう側にある何かを、間接的に押したような感覚だった。

 

エリシアが前へ出た。

 

「……アルト」

 

「うん?」

 

「もう一回、同じことして」

 

「……同じこと?」

 

「さっき、右へ押したでしょう」

 

「……うん」

 

「今度は左」

 

アルトは少し考えた。

 

「……分かった」

 

影が再び腕を伸ばす。

 

アルトは、その進路に剣を置いた。

 

斬るのではない。

 

押す。

 

ただし、普通の物体を押すのとは違う。

 

剣を通して、相手がこちらの世界へ現れる位置をずらす。

 

その感覚を探る。

 

刃が閃いた。

 

影の腕が、左へ逸れた。

 

エリシアはその瞬間を見逃さなかった。

 

「……やっぱり」

 

彼女は剣を振るった。

 

影そのものではない。

 

アルトが押し出した、その境目。

 

刃が触れた瞬間、白い火花が散った。

 

影が大きく揺らいだ。

 

『――干渉、検出』

 

管理者の少女が呟く。

 

『二名による位相操作……?』

 

アルトは、少し驚いた。

 

「……エリシアさん、今の」

 

「うん」

 

エリシアは微笑んだ。

 

「……あなたが動かしたところなら、触れる」

 

「……なるほど」

 

アルトは頷いた。

 

そして、少しだけ笑った。

 

「……面白いですね」

 

セラが二人を見た。

 

「お前ら、戦ってる最中に楽しそうだな」

 

「……すみません」

 

「謝るな。私も混ぜろ」

 

セラは双剣を構え直した。

 

その目は、獲物を見つけた猛獣のように輝いていた。

 

*

 

戦闘は、そこから変わった。

 

アルトが影の輪郭を押し出す。

 

エリシアが、その一瞬だけ実体化した境界を斬る。

 

セラが、相手の反撃を誘導する。

 

三人の役割は自然に分かれていった。

 

だが、それでも。

 

影は、弱らなかった。

 

斬れば揺らぐ。

 

押せば退く。

 

しかし、すぐに元へ戻る。

 

まるで、底の見えない井戸から水を汲み出しているようだった。

 

「……アルト!」

 

セラが叫ぶ。

 

「こいつ、どれだけ斬れば死ぬんだ!」

 

「……分かりません!」

 

「お前でも分からんのか!」

 

「……だって、減ってないので!」

 

セラは舌打ちした。

 

確かに。

 

影の体積は変わっていない。

 

むしろ、少しずつ大きくなっている。

 

エリシアが静かに言った。

 

「……向こう側から、補充されてる」

 

アルトは頷いた。

 

「……うん」

 

つまり。

 

この影は、本体ではない。

 

何かが、境界の裂け目から身体の一部を差し込んでいるだけなのだ。

 

指先を斬っても、腕が残る。

 

腕を斬っても、身体が残る。

 

そして、身体の大きさすら分からない。

 

「……じゃあ」

 

アルトは剣を下ろした。

 

「……入口を閉じればいいのかな」

 

*

 

『不可能です』

 

管理者の少女が即答した。

 

アルトは振り向いた。

 

「……え?」

 

『境界の破損は、既に自律的に拡大しています。外部干渉を排除せずに閉鎖することはできません』

 

「……そうなんですか」

 

『はい』

 

少女は続けた。

 

『したがって、最適解はあなたの存在情報を境界へ接続し、破損箇所を再構築することです』

 

アルトは、少し考えた。

 

そして。

 

「……それ、最適解じゃないと思います」

 

少女が止まった。

 

『……何故ですか』

 

「だって、俺が帰れなくなる可能性があるんですよね?」

 

『はい』

 

「それって、修復には成功しても、別の問題が残るじゃないですか」

 

『……世界の存続と比較すれば、許容可能な損失です』

 

「……誰にとって?」

 

少女は答えなかった。

 

アルトは続けた。

 

「俺にとっては、許容できません」

 

静かな声だった。

 

怒っているわけではない。

 

ただ、当たり前のことを確認するような口調だった。

 

「それに、今の説明だと、ちょっと変なんですよね」

 

『……何がですか』

 

「外から何かが入ってきてるから、閉じられないんですよね?」

 

『はい』

 

「じゃあ、外から入ってこられない状態にすれば、閉じられるんじゃないですか?」

 

『……外部干渉を排除する必要があります』

 

「排除じゃなくて、止めるだけでも駄目ですか?」

 

少女は沈黙した。

 

アルトは首を傾げた。

 

「……どうなんでしょう」

 

『……その方法は、想定されていません』

 

「……想定されてない?」

 

『はい』

 

「できないんじゃなくて?」

 

少女は答えなかった。

 

エリシアが、静かに笑った。

 

「……アルト」

 

「うん?」

 

「この子、たぶん」

 

エリシアは管理者を見た。

 

「……考え方が、決まってる」

 

少女が、わずかに目を細めた。

 

『……私は、最適な手順を選択しています』

 

「……うん」

 

エリシアは頷いた。

 

「でも、その手順しか知らない」

 

アルトは少し考えた。

 

そして。

 

「……ああ」

 

小さく呟いた。

 

「……なるほど」

 

*

 

管理者は、世界の境界を維持するために設計された。

 

境界が破損した場合、修復する。

 

外部から干渉された場合、排除する。

 

異常が発生した場合、隔離する。

 

それらは、すべて合理的な手順だった。

 

しかし。

 

合理的であることと、柔軟であることは違う。

 

管理者は、決められた手順の中から最適解を選ぶ。

 

だが、手順そのものを疑うことはない。

 

アルトは、そのことに気づき始めていた。

 

「……じゃあ」

 

アルトは、管理者を見た。

 

「……俺たちが、別の方法を考えてもいいですか?」

 

『……別の方法?』

 

「はい」

 

『……成功する保証はありません』

 

「……もちろん」

 

アルトは頷いた。

 

「でも、今の方法だって保証はないんですよね?」

 

『…………』

 

少女は沈黙した。

 

そして。

 

『……承認します』

 

小さく答えた。

 

アルトは、少し笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

*

 

その頃。

 

王都。

 

バルツ伯爵邸。

 

「……アルト様が、北方へ?」

 

オスカー・フォン・バルツは、執事からの報告を聞いていた。

 

「はい。国王陛下の依頼により、グレイヴ砦へ向かわれたとのことです」

 

「……ほう」

 

オスカーは、少し考えた。

 

そして。

 

「……賭けが成立するな」

 

執事は、嫌な予感がした。

 

「……旦那様」

 

「何だ?」

 

「……まさか」

 

「北方国境の異常!」

 

オスカーは立ち上がった。

 

「これほど大きな事件なら、賭博市場も動くはずだ!」

 

「……旦那様」

 

「アルト様が解決するかどうか!」

 

「……旦那様」

 

「当然、解決する!」

 

オスカーは拳を握った。

 

「全財産を賭けてもよい!」

 

執事は深いため息をついた。

 

しかし。

 

その時。

 

オスカーは、ふと動きを止めた。

 

「……いや」

 

静かに呟く。

 

「……待て」

 

執事が顔を上げた。

 

「……旦那様?」

 

「今回は、少し違う」

 

オスカーは、机の上の報告書を見つめた。

 

「古竜討伐とは、状況が異なる」

 

「……と、申しますと」

 

「古竜なら、アルト様が斬れば終わる」

 

オスカーは頷いた。

 

「しかし、今回の異常は、何が起きているのかすら分からん」

 

執事は少し驚いた。

 

この主人が、賭けを前にして冷静になっている。

 

珍しいことだった。

 

「……では、今回は見送られますか?」

 

オスカーは、ゆっくり首を振った。

 

「……いや」

 

そして。

 

「賭ける」

 

執事は肩を落とした。

 

しかし、オスカーは続けた。

 

「ただし、勝敗ではない」

 

「……何に?」

 

「……帰還だ」

 

オスカーは、静かに言った。

 

「アルト様が、無事に帰ってくるかどうか」

 

執事は、少しだけ表情を変えた。

 

「……旦那様」

 

「私は、あの方の強さを信じている」

 

オスカーは、窓の外を見た。

 

「だが、強さだけではどうにもならぬこともある」

 

その声には、珍しく真剣な響きがあった。

 

「……だからこそ、賭ける」

 

そして。

 

「アルト様は、必ず帰ってくる」

 

執事は、しばらく黙った。

 

その後、静かに頭を下げた。

 

「……承知しました」

 

*

 

王都郊外。

 

訓練場。

 

カイル・フェルナーは、剣を振っていた。

 

昨日より速く。

 

昨日より鋭く。

 

昨日より正確に。

 

しかし、今日は少しだけ違った。

 

リーナに振られた。

 

その事実は、まだ胸に残っている。

 

だが、剣を振る理由は、それだけではなかった。

 

自分は、何になりたいのか。

 

誰かに勝つためだけに、剣を振っているのか。

 

アルトに追いつくためだけに、生きているのか。

 

違う。

 

そうではない。

 

「……俺は」

 

カイルは剣を止めた。

 

そして、静かに呟いた。

 

「……俺の剣を、強くしたい」

 

誰かの代わりではない。

 

誰かの影でもない。

 

自分自身の剣。

 

自分自身の強さ。

 

それを、手に入れたい。

 

カイルは、再び剣を構えた。

 

その瞳には、以前とは少し違う光が宿っていた。

 

*

 

白い空間。

 

アルトは、影を見つめていた。

 

そして、管理者に尋ねた。

 

「……あの影、どこから来てるんですか?」

 

『……境界の外側です』

 

「……それは分かります」

 

アルトは頷いた。

 

「……でも、入口は一つですよね?」

 

『……はい』

 

「じゃあ、その入口を狭くすることはできますか?」

 

少女は、少し考えた。

 

『……可能です』

 

「……どのくらい?」

 

『現在の開口面積の、約三分の一まで』

 

「……なるほど」

 

アルトは頷いた。

 

そして、セラとエリシアを見た。

 

「……ちょっと、手伝ってもらえますか?」

 

セラが笑った。

 

「当然だ」

 

エリシアも頷いた。

 

「……うん」

 

アルトは、少しだけ笑った。

 

「……じゃあ」

 

剣を構える。

 

「……やってみましょう」

 

*

 

最初に動いたのは、セラだった。

 

双剣を構え、影へ突進する。

 

斬撃。

 

連撃。

 

そして、わざと大きく踏み込む。

 

影が反応した。

 

腕が伸びる。

 

セラは、ぎりぎりで回避した。

 

その瞬間。

 

「……エリシアさん!」

 

「……うん」

 

エリシアが動いた。

 

影の腕が通過した場所へ、剣を突き立てる。

 

空間が揺らぐ。

 

その揺らぎを、アルトが捉えた。

 

(……ここだ)

 

剣を振る。

 

斬るのではない。

 

押す。

 

空間の境目を、少しずつずらす。

 

影の腕が、わずかに後退した。

 

『……開口面積、縮小』

 

管理者の声。

 

アルトは、少しだけ笑った。

 

「……いけそうですね」

 

しかし。

 

影が、突然大きく膨らんだ。

 

セラが叫ぶ。

 

「……来るぞ!」

 

影の腕が、無数に分かれた。

 

空間が歪む。

 

白い床が消える。

 

そして。

 

アルトの正面に、巨大な裂け目が現れた。

 

その向こう。

 

何かが、こちらを見ていた。

 

目。

 

いや、目のようなもの。

 

巨大な、無数の光点。

 

それらが、一斉にアルトを捉えた。

 

『……境界外個体』

 

声が響いた。

 

『……観測、完了』

 

アルトは、眉をひそめた。

 

「……また、それですか」

 

次の瞬間。

 

影の奥から、別の声がした。

 

『……回収対象、確認』

 

管理者の少女が、顔を上げた。

 

『……回収?』

 

声が続く。

 

『……対象、アルト・レイン』

 

沈黙。

 

セラが、ゆっくりアルトを見た。

 

「……おい」

 

「……はい?」

 

「……お前、何かしたのか?」

 

アルトは、少し考えた。

 

そして。

 

「……いや」

 

首を振った。

 

「……覚えがないです」

 

それは、本当だった。

 

しかし。

 

影は、静かに続けた。

 

『……本来、存在しない個体』

 

『……回収を開始する』

 

その瞬間。

 

アルトの足元に、巨大な魔法陣が現れた。

 

先ほどまでとは、明らかに違う。

 

逃げ道を塞ぐように、幾重にも重なっている。

 

管理者の少女が叫んだ。

 

『……駄目です!』

 

アルトは、静かに剣を握り直した。

 

そして。

 

「……あの」

 

少しだけ困った顔で言った。

 

「……勝手に連れていかれるのは、困るんですけど」

 

影は答えなかった。

 

魔法陣が輝く。

 

空間が、アルトを中心に歪み始める。

 

セラが踏み込む。

 

エリシアが剣を構える。

 

しかし。

 

その瞬間。

 

アルトの表情が、変わった。

 

いつもの困った顔ではない。

 

少しだけ、冷たい。

 

静かな表情だった。

 

「……それは」

 

アルトは、ゆっくり剣を持ち上げた。

 

「……さすがに、嫌ですね」

 

そして。

 

剣を振った。

 

*

 

音は、しなかった。

 

光も、なかった。

 

ただ。

 

魔法陣が、消えた。

 

影の腕が、止まった。

 

そして。

 

裂け目の向こうにあった無数の光点が、一斉に揺らいだ。

 

『……異常』

 

管理者の少女が呟いた。

 

『……これは』

 

アルトは、静かに剣を下ろした。

 

その表情は、既にいつものものへ戻っていた。

 

「……あ」

 

小さく呟く。

 

「……ちょっと、強くやりすぎたかな」

 

セラは、呆然とした。

 

エリシアは、目を見開いていた。

 

そして。

 

裂け目の向こうから。

 

初めて、明確な感情を含んだ声が響いた。

 

『……危険』

 

その声は。

 

恐怖に近かった。

 

アルトは、少し困った顔をした。

 

「……いや」

 

そして。

 

「……だから、勝手に連れていかないでくださいって」

 

静かに言った。

 

*

 

白い空間に、沈黙が落ちた。

 

影は、動かなかった。

 

管理者の少女も、動かなかった。

 

セラは、ゆっくり息を吐いた。

 

「……アルト」

 

「……はい?」

 

「……今の、何だ?」

 

アルトは、少し考えた。

 

そして。

 

「……ちょっと、特殊な斬り方です」

 

「……特殊?」

 

「……はい」

 

セラは、さらに尋ねようとした。

 

しかし。

 

アルトの表情を見て、口を閉じた。

 

いつもの、少し困ったような笑顔。

 

しかし、その奥に。

 

何か、触れてはいけないものがある気がした。

 

エリシアは、静かにアルトを見つめていた。

 

そして。

 

「……ねえ」

 

「……うん?」

 

「……今の」

 

少しだけ首を傾げる。

 

「……まだ、本気じゃないでしょう?」

 

アルトは、しばらく黙った。

 

そして。

 

「……うん」

 

小さく頷いた。

 

「……本気でやったら、たぶん」

 

少しだけ、視線を逸らす。

 

「……ここ、なくなっちゃうので」

 

セラは、何も言えなかった。

 

エリシアも、黙った。

 

そして。

 

管理者の少女は。

 

初めて、アルト・レインという存在を。

 

単なる修復手段ではなく。

 

世界そのものを脅かし得る、未知の存在として認識した。

 

*

 

その頃。

 

王宮。

 

国王アレクシス三世は、突然目を開けた。

 

未来が、戻った。

 

しかし。

 

以前とは違っていた。

 

無数の分岐。

 

その一部が、消えている。

 

そして。

 

新しい未来が、現れていた。

 

王都。

 

平和な街並み。

 

人々の笑顔。

 

そして。

 

小さな食堂で、定食を食べるアルト・レイン。

 

国王は、しばらくその光景を見つめた。

 

そして。

 

「……そうか」

 

小さく呟いた。

 

未来は、変わる。

 

それも。

 

必ずしも、破滅へ向かうわけではない。

 

国王は、ゆっくり息を吐いた。

 

「……頼むぞ、アルト」

 

その声には、わずかな希望が宿っていた。

 

*

 

白い空間。

 

アルトは、管理者の少女を見た。

 

「……じゃあ」

 

『……はい』

 

「……そろそろ、帰る方法を考えましょうか」

 

少女は、しばらく黙った。

 

そして。

 

『……分かりました』

 

静かに答えた。

 

その声には、以前とは違う響きがあった。

 

それは。

 

命令を実行する機械の声ではなく。

 

初めて、自分の判断を疑い始めた存在の声だった。

 

――第十話 完。

 

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