最強の冒険者は平穏に暮らしたい   作:最高河原管理之助

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6話

### 第六話 世界最強は、女の子の機嫌より国家の危機を選びたい

 

アルト・レインは、人生で初めて、国家の危機というものに少しだけ感謝した。

 

もちろん、国が危なくなるのは困る。

 

治安が悪くなる。

 

物価が上がる。

 

税金が増える。

 

最悪の場合、引っ越さなければならない。

 

それは非常に困る。

 

しかし、今この瞬間に限って言えば。

 

「……アルト先輩?」

 

「……はい」

 

「その人、誰ですか?」

 

リーナ・ベルが笑っていた。

 

とても可愛らしい笑顔だった。

 

ただし、目はあまり笑っていなかった。

 

アルトの右手には、エリシア・ノルンの左手。

 

そして、その二人の正面に、リーナ。

 

逃げ道はなかった。

 

「……えっと」

 

アルトは必死に考えた。

 

別に、悪いことはしていない。

 

エリシアに手を繋いでいいかと聞かれた。

 

駄目ではなかったので、了承した。

 

それだけである。

 

何も問題はない。

 

はずだった。

 

「……この人は、エリシアさんで」

 

「うん」

 

「この前、訓練場で知り合って……」

 

「うん」

 

「……今日、一緒にご飯を」

 

「へぇ」

 

リーナは、アルトの手元を見た。

 

「ご飯に行く時って、手を繋ぐんですね」

 

「……いや」

 

アルトは困った。

 

そんな決まりは聞いたことがない。

 

「……そういうわけじゃ」

 

「じゃあ、どういうわけですか?」

 

「……えっと」

 

答えられない。

 

なぜなら、自分も分かっていないからだ。

 

その時。

 

「……あなた」

 

エリシアが口を開いた。

 

「リーナ・ベル?」

 

リーナは少し驚いた。

 

「……私のこと、知ってるんですか?」

 

「うん。カイルから聞いた」

 

「……カイル?」

 

「幼馴染なんでしょう?」

 

「そうですけど……」

 

リーナは首を傾げた。

 

エリシアは静かに続けた。

 

「カイル、あなたのことが好きなのね」

 

「…………」

 

沈黙。

 

アルトは瞬きをした。

 

リーナも瞬きをした。

 

そして。

 

「……え?」

 

リーナが声を漏らした。

 

エリシアは不思議そうに首を傾げた。

 

「違うの?」

 

「……え、いや」

 

リーナは珍しく言葉に詰まった。

 

「……何で、そう思ったんですか?」

 

「あなたの話をする時、少し嬉しそうだから」

 

「…………」

 

「あと、アルトの話をすると、少し悲しそう」

 

アルトは固まった。

 

リーナは、ゆっくり顔を赤くした。

 

「……ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「……うん?」

 

「それ、本人に言わないでくださいね!」

 

「……どうして?」

 

「どうしてって……!」

 

リーナは頭を抱えた。

 

アルトも頭を抱えたかった。

 

何だろう。

 

急に、知らないところで大変な話になっている。

 

そして、何より。

 

(……カイル、リーナのこと好きだったんだ)

 

初耳だった。

 

いや、よく考えれば分かりそうな気もする。

 

幼馴染。

 

いつも一緒にいる。

 

仲も良い。

 

しかし。

 

(……俺、どうすればいいんだろう)

 

アルトは真剣に悩んだ。

 

そして。

 

その時だった。

 

「アルト・レイン殿!」

 

ギルドの入口から、近衛騎士が駆け込んできた。

 

「至急、王宮へお越しください!」

 

アルトは顔を上げた。

 

「……え?」

 

「国王陛下がお呼びです!」

 

沈黙。

 

そして。

 

「……はい!」

 

アルトは、少しだけ嬉しそうに返事をした。

 

*

 

王宮。

 

謁見の間。

 

アルトは、国王アレクシス三世の前に立っていた。

 

「……アルト・レイン」

 

「は、はい!」

 

「急に呼び立ててすまない」

 

「い、いえ! とんでもありません!」

 

アルトは深々と頭を下げた。

 

国王は、少しだけ笑った。

 

「……楽にしてくれ」

 

「……はい」

 

アルトは背筋を伸ばした。

 

相変わらず、まったく楽になっていなかった。

 

国王は、しばらくアルトを見つめた。

 

十八歳。

 

まだ少年の面影を残す青年。

 

しかし、その力は国家を凌駕する。

 

この青年が剣を抜けば、軍隊が消える。

 

都市が消える。

 

場合によっては、国家そのものが消える。

 

国王は、静かに息を吐いた。

 

「……アルト」

 

「……はい」

 

「君に、一つ頼みたいことがある」

 

アルトは、少し緊張した。

 

国王からの依頼。

 

断りづらい。

 

非常に断りづらい。

 

「……何でしょうか」

 

国王は、一枚の地図を差し出した。

 

「北方国境に、異常が発生している」

 

アルトは地図を見た。

 

王国北部。

 

帝国との国境付近。

 

そこに、赤い印がついていた。

 

「……魔物ですか?」

 

「分からない」

 

国王は静かに答えた。

 

「魔物である可能性もある。しかし、そうでない可能性もある」

 

「……そうなんですか」

 

「現地へ派遣した斥候が、三隊連続で消息を絶った」

 

アルトは眉をひそめた。

 

三隊。

 

それは、少なくない。

 

「……危険ですね」

 

「ああ」

 

国王は頷いた。

 

「そこで、君に調査を依頼したい」

 

アルトは少し考えた。

 

調査。

 

討伐ではない。

 

しかし、危険地帯。

 

報酬次第では、受けてもいい。

 

「……あの」

 

「何だ?」

 

「……報酬は、どのくらいでしょうか」

 

国王は、一瞬だけ目を細めた。

 

そして、微笑んだ。

 

「金貨千枚」

 

アルトは黙った。

 

千枚。

 

調査だけで。

 

「……え?」

 

「危険手当を含めて、千枚だ」

 

アルトは、少し考えた。

 

そして。

 

「……受けます」

 

即答した。

 

国王は、静かに頷いた。

 

「感謝する」

 

しかし。

 

その瞳には、わずかな陰りがあった。

 

*

 

謁見が終わった後。

 

宰相エドガーは、国王の私室を訪れた。

 

「……陛下」

 

「何だ?」

 

「アルト・レインを、動かされましたね」

 

「ああ」

 

国王は頷いた。

 

エドガーは、少し考えた。

 

「……以前、陛下はおっしゃいました」

 

「何を?」

 

「彼を、王国の剣として扱ってはならないと」

 

国王は、静かに目を閉じた。

 

「……覚えている」

 

「では、何故」

 

国王は、しばらく沈黙した。

 

そして。

 

「……他に、選択肢がなかった」

 

静かに言った。

 

エドガーは眉をひそめた。

 

「……それほどの事態ですか」

 

「ああ」

 

国王は、窓の外を見た。

 

その視界には、未来の断片が浮かんでいた。

 

北方国境。

 

崩れ落ちる砦。

 

消える兵士たち。

 

そして。

 

巨大な影。

 

それは、竜でも魔物でもなかった。

 

何か。

 

世界の外側から、入り込んできたような存在。

 

「……エドガー」

 

「はい」

 

「私は、未来を見る」

 

エドガーは黙った。

 

国王の異能。

 

王家に伝わる、秘匿された力。

 

知る者は、極めて少ない。

 

「しかし、未来は確定していない」

 

「……はい」

 

「選択によって変わる」

 

国王は、静かに続けた。

 

「アルト・レインを動かせば、救える未来がある」

 

「……では」

 

「だが」

 

国王は、目を開けた。

 

「彼を動かすことで、別の破滅が生まれる未来もある」

 

エドガーは、息を呑んだ。

 

国王は、静かに言った。

 

「……私は、賭けたのだ」

 

その声には、重い覚悟が宿っていた。

 

*

 

王都郊外。

 

訓練場。

 

カイル・フェルナーは、剣を振っていた。

 

「……はっ!」

 

斬撃。

 

踏み込み。

 

連続する攻撃。

 

その動きは、以前よりも鋭くなっていた。

 

しかし、まだ足りない。

 

カイルは、そう感じていた。

 

「……くそ」

 

剣を下ろす。

 

息を整える。

 

その時。

 

「……カイル」

 

声がした。

 

振り向く。

 

リーナが立っていた。

 

「……リーナ?」

 

「……ちょっと、いい?」

 

カイルは、少し驚いた。

 

リーナの表情が、いつもと違っていた。

 

明るくない。

 

少し、真面目だった。

 

「……何だ?」

 

リーナは、少し迷った。

 

そして。

 

「……私のこと、好きなの?」

 

カイルは固まった。

 

「…………は?」

 

リーナは、顔を赤くした。

 

「……エリシアさんに聞いた」

 

カイルは、ゆっくり天井を見上げた。

 

そして。

 

「……あいつ」

 

小さく呟いた。

 

何故。

 

何故、そんなことを。

 

いや、そもそも自分は、エリシアにそんな話をした覚えがない。

 

しかし。

 

見抜かれていたのだろう。

 

カイルは、深く息を吐いた。

 

そして。

 

「……ああ」

 

静かに答えた。

 

「……好きだよ」

 

リーナは、息を呑んだ。

 

カイルは続けた。

 

「……ずっと前から」

 

沈黙。

 

風が吹く。

 

訓練場の砂が、少し舞った。

 

リーナは、俯いた。

 

「……ごめん」

 

カイルは、少しだけ笑った。

 

「……まだ、何も言ってないだろ」

 

「……でも」

 

「……分かってる」

 

カイルは頷いた。

 

そして。

 

「……アルト先輩だろ」

 

リーナは、答えなかった。

 

しかし。

 

その沈黙が、答えだった。

 

カイルは、ゆっくり息を吐いた。

 

「……そっか」

 

そして、笑った。

 

「……まあ、そうだよな」

 

リーナは、少しだけ涙ぐんだ。

 

「……カイル」

 

「……いいよ」

 

カイルは首を振った。

 

「……気にすんな」

 

しかし。

 

その笑顔は、少しだけ苦しそうだった。

 

*

 

その日の夕方。

 

アルトは、出発の準備をしていた。

 

剣。

 

防具。

 

保存食。

 

地図。

 

そして、財布。

 

「……よし」

 

荷物を確認する。

 

忘れ物はない。

 

明日の朝、北方国境へ向かう。

 

調査依頼。

 

報酬、金貨千枚。

 

悪くない。

 

しかし。

 

「……ちょっと、嫌な感じがするな」

 

アルトは、小さく呟いた。

 

国王の表情。

 

地図の赤い印。

 

三隊の斥候が消息を絶ったという話。

 

何かが、おかしい。

 

ただの魔物なら、ここまで大げさにはならないはずだ。

 

アルトは、少し考えた。

 

そして。

 

「……まあ、行ってみないと分からないか」

 

荷物をまとめた。

 

*

 

その夜。

 

王宮。

 

国王アレクシス三世は、再び未来を見ていた。

 

北方国境。

 

崩れ落ちる砦。

 

消える兵士。

 

そして。

 

アルト・レイン。

 

彼は、剣を握っていた。

 

その前には、巨大な影。

 

形のない存在。

 

世界の理から外れた、何か。

 

国王は、静かに息を呑んだ。

 

未来が、揺らぐ。

 

分岐する。

 

無数の可能性が、重なり合う。

 

そして。

 

一つの光景が、鮮明に浮かんだ。

 

アルトが、剣を振る。

 

影が消える。

 

しかし。

 

その背後で。

 

大地が、静かに裂けていく。

 

国王は、目を開けた。

 

額には、冷たい汗が滲んでいた。

 

「……頼む」

 

小さく呟いた。

 

「……どうか、そこまでは使わないでくれ」

 

その声は、誰にも届かなかった。

 

*

 

翌朝。

 

王都北門。

 

アルトは、出発しようとしていた。

 

その時。

 

「……アルト!」

 

声がした。

 

振り向く。

 

エリシアが立っていた。

 

「……エリシアさん?」

 

「……どこに行くの?」

 

「北方国境です」

 

「……何しに?」

 

「調査依頼で」

 

エリシアは、少し考えた。

 

そして。

 

「……私も行く」

 

アルトは、少し困った顔をした。

 

「……え?」

 

「一緒に行く」

 

「……いや、でも」

 

「……駄目?」

 

エリシアは、まっすぐにアルトを見つめた。

 

アルトは、少し考えた。

 

危険な依頼。

 

しかし、エリシアは強い。

 

非常に強い。

 

それに。

 

断る理由も、あまりない。

 

「……分かりました」

 

アルトは頷いた。

 

エリシアは、微笑んだ。

 

「……ありがとう」

 

そして。

 

そっと、アルトの手を握った。

 

「……っ!」

 

アルトは固まった。

 

エリシアは、不思議そうに首を傾げた。

 

「……どうしたの?」

 

「……い、いえ」

 

「……顔、赤い」

 

「……そ、そうですか?」

 

「うん」

 

エリシアは、少しだけ笑った。

 

「……かわいい」

 

アルトは、完全に思考停止した。

 

*

 

その様子を、少し離れた場所から眺めている人物がいた。

 

セラ・ヴァレンタイン。

 

双剣を腰に下げ、腕を組んでいる。

 

「……やれやれ」

 

セラは、ため息をついた。

 

「……まったく、世話の焼ける後輩だ」

 

そして、歩き出した。

 

北方国境へ。

 

アルトとエリシアの後を追うように。

 

その表情には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

*

 

同じ頃。

 

王都の訓練場。

 

カイル・フェルナーは、一人で剣を振っていた。

 

昨日、リーナに告白した。

 

そして、振られた。

 

それでも。

 

剣を振る。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

何度も。

 

汗が流れる。

 

腕が痛む。

 

しかし、止めなかった。

 

その瞳には、まだ強い意志が宿っていた。

 

「……負けるかよ」

 

小さく呟く。

 

誰に。

 

何に。

 

それは、まだ分からない。

 

しかし。

 

彼は、剣を振り続けた。

 

いつか、自分の人生を、自分の力で切り開くために。

 

*

 

そして。

 

北方国境。

 

誰もいない砦の奥で。

 

何かが、静かに目を覚ました。

 

それは、魔物ではなかった。

 

竜でもなかった。

 

人でもなかった。

 

ただ。

 

世界の外側から、何かが入り込んでいた。

 

そして。

 

その存在は、ゆっくりと動き始めた。

 

王国へ。

 

帝国へ。

 

そして。

 

アルト・レインのいる場所へ。

 

――第六話 完。

 

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