寡黙な弓聖と畏れられていますが、黙っているのは次のポエムの韻を探しているだけです〜自作の詩を弟子に短剣へ刻まれたので全力で夜逃げします〜 作:イマエサン
若い者に言わせると、わしは驚くと蝋燭の色になるらしい。
自分の顔は見えんので、確かめようがない。ただ、この秋は、よく言われた。
◇
最初の朝、門の前に、弁当が積んであった。
九十八個。布で包んだ、町の女たちの弁当である。積んだのは、客間に泊めていた工房の客人と、国境の向こうのあの方と、連れの娘だった。客人は、鹿と呼ばれていた背の高い男である。鹿は包みを指し、それから丘の下の町を指して、両手を広げて見せた。施しに回してくれ、という身ぶりだった。
わしは頷き、それから、男の額を見た。
前髪が、なかった。
二日前から、町はひとつの噂で持ちきりだった。ギルドの弓聖が、国境の向こうで伏兵を百人育てて帰ってきた。前髪は、剣姫に譲ってきたという。前の晩には、町の女たちが伏兵のために弁当を百、北の森の入口に置いたという話も、丘の上まで届いていた。
前髪のない、背の高い、無口な男。十日あまり、わしの中庭で薪を割っていた男である。
わしは、たぶん、蝋燭の色になった。
あの方に、そっと訊いた。
「……あれは、何でございますかな」
「弁当よ」あの方は言った。「二つは、私たちが食べたわ」
わしは、門の柱に手をついた。
国境の向こうのあの方の一味と、弓聖の伏兵とが、同じ兵糧を食べている。そして、その兵糧が、わしの門の前に積まれている。
主よ。わしは二年、祈祷書の見返しに紙を挟んできただけの、臆病な年寄りでございます。兵站という言葉は、町の噂で覚えたばかりでございます。
置いておくわけにはいかなかった。伏兵の兵糧が修道院にあると知れたら、ここは陣地になる。国境の兵が攻めてくるなら、まず兵糧のあるところだ。
証拠は、日が高くなる前に消さねばならん。弁当を消す方法は、一つしかない。食べてもらうことである。
見習いの修道士と二人で、包みを籠に詰めて町へ降りた。冬の薪代のために、夕餉を一品ずつ減らしている裏通りの家。子どもが五人いる家。門扉が倒れてから、勤めのなくなった北門の門番。
門番の老人は、黙って受け取り、黙って頭を下げた。二十年あまり、何も訊かずに門を開けてきた男だという。わしも、何も訊かれずに済んだ。
昼までに、九十八個は消えた。どの家でも、院長様の施しだ、と言われた。
わしの施しではない。伏兵の兵糧じゃ。
……言えんが。
◇
二日目は、二百個だった。
夜明け前、大きな背負子の影が丘を登ってきて、門の前に荷を下ろし、また降りていった。四度、登ってきた。四度目に、空が白んだ。
門を開けると、見習いが包みを数えていた。
「二百です、院長様」
倍である。
「伏兵というのは、ずいぶん食べるのですね」
「……兵糧が倍になるのは、兵が倍になったからじゃ」
自分で言って、膝が笑った。百人が、一晩で二百人になった。わしの門の前の兵站は、伏兵とともに育っている。
見習いが、わしの顔を見て言った。
「院長様。昨日より、少し濃い蝋燭の色です」
蝋燭に濃い薄いがあるのかは、知らん。
二百個は、町だけでは配りきれなかった。荷車を借りて、近くの村まで行った。
東の丘陵の村は、この秋、灰牙狼に羊を取られていた。冬の塩漬けの肉がない、と村長は言った。北の森の外れの炭焼きのリンデ村は、岩背猪の主に荒らされて、炭が思うように焼けなかったという。どちらの村でも、狼も猪も剣姫さまが退治してくださった、と聞かされた。
包みを渡すと、子どもが抱えて走っていった。母親が、前掛けで目元を押さえた。この辺りの女は、みな、同じ押さえ方をする。
ここでも、院長様の施しだ、と言われた。
……言えん。
帰り道、空の荷車を押しながら、見習いが言った。
「明日は、四百でしょうか」
わしは、答えなかった。答えたら、本当になりそうだった。
◇
四百だった。
夜明け前、背負子の影は、八度、丘を登ってきた。わしは窓の内側で、八度、数えた。数えるたびに、どこかの村の名を思い浮かべた。配る先が、足りなくなりかけていた。
昼過ぎ、酒場の女将が丘を登ってきた。
「院長様。日曜のお祈りで、丘の伏兵さんたちにも、祝福をお願いしますよ」
わしは、蝋燭の色になった。今度は、自分でも分かった。
「弓聖さまが毎朝、兵糧を丘へ運んでるって、町じゅうの噂でね」女将は、中庭を見回した。「伏兵さんたちは、どこにいるんだい」
「……おらん」
「そうだよねえ」女将は、前掛けで目元を押さえた。「隠れてるのが、伏兵だもの」
半月ほど前にも、この女将は、剣姫と短剣への祝福を頼みに来た。あのとき、わしは中庭の鹿をかばって、工房からの客人じゃ、と言った。かばった相手が伏兵の長だったと、わしは、今は知っている。
町じゅうが、知っている。丘の修道院は、伏兵の兵站だと。
四百個を配りきるのに、日暮れまでかかった。荷車で峠の下の村まで行き、見習いは足にまめを作り、わしは腰を痛めた。どなたの施しで、と村の者に訊かれ、見習いが「伏兵の」と言いかけたので、わしはその足を踏んだ。まめのできたほうの足だった。最後の一つは、帰り道ですれ違った炭焼きの爺さんの背負い籠に入れた。
その夜、わしは祈った。
主よ。どうか、明日は八百が来ませんように。来たら、もう、配る村がございません。
◇
四日目の朝、わしは夜明け前から、門の内側に立っていた。
背負子の影は、登ってこなかった。
空が白み、日が昇っても、門の前には何もなかった。あとで聞いたところでは、町の女たちの腕のほうが、先に尽きたのだという。
わしは門の柱にもたれて、しばらく動けなかった。
昼前、見習いが、村から籠を一つ提げて戻ってきた。
中には、布が入っていた。弁当を包んでいた布である。どれも洗って、きちんと畳んであった。東の丘陵の村からも、リンデ村からも、裏通りの家からも、届けられたのだという。
籠の底に、子どもの字の紙切れが一枚あった。
――いんちょうさま ふゆが こせます
証拠が、洗って、畳んで、戻ってきた。
わしは、しばらく、その紙を見ていた。それから、祈祷書のあいだに挟んだ。見返しの下ではない。表の、いちばんよく開くところにである。
布は、返さねばならなかった。町の女たちの布である。だが、わしの手から返せば、丘の修道院が兵站だったと認めることになる。弁当が置かれていた場所に、置いてくるしかなかった。
夜更けに籠を背負って、北の森の入口まで降りた。町の者は、森の奥へは入らない。わしも、入口より先へ行ったことはない。北風の夜には、森の奥から、誰かの朗々とした声が丘まで届くことがある。わしは長いこと、迷った亡者の祈りだと思うてきた。
布を積んで立ち上がったとき、森の暗がりから、背の高い男が出てきた。
前髪のない、あの男だった。
わしは、たぶん、蝋燭の色になった。夜なので、誰にも見られなかった。
男は、わしと、地面に積まれた布を、交互に見た。長いあいだ、黙っていた。弓聖が黙ったら、次の矢で終わる。町では、そう言うそうだ。
「……配ったのか」
「……はい」
「……そうか」
それだけ言って、男は町のほうへ歩いていった。
伏兵の長に、兵站の働きを、認められてしまった。
翌朝、町では、伏兵は布を洗って返すらしい、という噂が立ったそうだ。畳み方まで、揃っていたという。
わしの知ったことではない。
若い者に言わせると、わしは驚くと蝋燭の色になるらしい。
近ごろは、それも悪くないと思っている。蝋燭というのは、火を点ければ、少しは辺りを温めるものじゃ。