BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~ 作:冬冬✻
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理性とは、己が存在を完成させるための鍵
本能とは、己が存在を不完全な獣へと堕とす枷
本能という枷は理性という鍵でのみ外すことができる
即ち、本能を削ぎ落とし、純粋な理性のみを
この身に宿した時にこそ、完成された存在への
大いなる扉は開かれる
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虚圏。
そこには、瀞霊廷に降り注ぐような陽光は存在しない。
果てしなく広がる白い砂。
その上に浮かぶ、黒い空。
そして、どこまでも続く静寂。
しかし、その静寂を破る場所があった。
白い砂漠の彼方。
巨大な宮殿の一角に設けられた広間である。
そこには、無数の虚が倒れていた。
あるものは頭を砕かれ、あるものは胴を引き裂かれている。
原形を留めていないものも少なくない。
その惨状の中心に、一体の虚が立っていた。
「…………」
大虚の進化の頂点。
最上級大虚――ヴァストローデ。
それは、通常の虚とは比較にならないほどの霊圧を宿し、存在自体が極めて稀なものとされる。
目の前にいるのは、紛れもなくその一体だった。
そして、その虚は周囲に散らばる残骸を静かに見渡していた。
「……困ったな」
やがて、溜息に似た声が漏れた。
「これでは、何の意味もないじゃないか」
その声は、心の底から目の前の光景が不本意なものだという意思を感じさせる。
虚の表情には一切の喜びはなく、ただ不満だけが浮かび上がっていた。
「せっかく、あれほど時間を掛けて集めたというのに……」
虚は足元の残骸を一つ拾い上げた。
その表面を観察する。
そして、何かを確かめるように指先に少しだけ力を込める。
――パキッ。
乾いた音とともに、残骸が砂のように砕け散った。
「……ああ。これも駄目か」
実験場の隅。
そこには、ただ一体だけ、まだ生きている虚がいた。
身体中に傷を負い、壁際に蹲っている。
既に戦意はない。
それどころか、目の前の最上級大虚に視線を向けることすらできずに、ただ下を向いていた。
「…………」
男のような声をした虚は、ゆっくりとそちらへ顔を向けた。
「……君が最後か」
そう言って、一歩踏み出す。
生き残った虚は、壁に背を押し付けた。
それ以上、逃げる場所はない。
そして、そのまま最上級大虚の指先が、
蹲る虚へと届いたその瞬間のことだった。
その手が、ぴたりと止まった。
触れられた虚の身体が崩れ出していたのだ。
「本当に、忌々しい」
その声には、先程までとは違う感情が滲んでいた。
「何故、こうも上手くいかない……
何故、私の足を引っ張る……
何故、君たちはそこまで弱くて脆い……!!」
次の瞬間。
――ミシッ。
広間の壁が軋んだ。
――ミシ、ミシミシッ。
音は、瞬く間に周囲へ広がっていく。
床に細かな亀裂が走り、天井から白い砂塵が降り注いだ。
大気が軋むほどの凄まじい霊圧。
まるで、広間そのものが巨大な存在に握り潰されようとしているようだった。
床に散らばる虚の残骸が次々と崩壊していく。
壁面の亀裂はさらに広がり、先程触れられた虚は跡形も無くなっていた。
最上級大虚は、一歩として動いていない。
ただ、不愉快そうに立っているだけだった。
それだけで、周囲の空間は悲鳴を上げていた。
「……ああ」
暫くして、その虚が小さく声を漏らした。
「……いけないな」
次の瞬間。
先程まで広間を満たしていた霊圧が、嘘のように静まった。
「思わず、感情的になってしまったようだ。
理性が戦闘本能に負けることは、完璧な生命への一歩を大きく妨げる」
虚は先程の怒りなどなかったかのように
冷静だった。
「困るんだよ。それでは」
ただ、淡々とそれだけを口にした。
「クックックック……」
不意に、広間の奥から低い笑い声が響いた。
最上級大虚がその声にゆっくりと顔を上げる。
そこには、巨大な玉座があった。
その上に腰を下ろす、骸骨のような姿の王。
頭上には王冠を頂き、周囲には黒い毛皮が広がっている。
虚圏の王。
バラガン・ルイゼンバーン。
王は頬杖をついたまま、実験場を見下ろしていた。
「相変わらずじゃのう」
その声には、先程の霊圧に対する怯えなど微塵もない。
「研究だ何だと騒いでおきながら、結局はこの有様か」
「…………」
「わざわざ集めさせた虚も、全て息絶えた」
王はひどく愉快そうに笑った。
「それほど殺しが好きなら、いっそ研究者などやめてしまえばよかろう。
お前なら、すぐに数万の屍を築きあげる
殺戮者となれるだろうに」
最上級大虚は答えない。
ただ、足元の残骸を見つめていた。
バラガンは、その様子を眺めながら、もう一度喉を鳴らした。
「クックック……」
そして、ゆっくりと口を開いた。
「一つ提案じゃが、聞いてみぬか?
お主も早く新しい実験体とやらが欲しいのであろ…
のう、ザエルアポロよ」
その名を呼ばれた最上級大虚が、静かに顔を上げた。
白い仮面の奥。
その眼が、玉座の王へ向く。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「……何でしょう、陛下?」
***
果てしなく広がる白い砂漠。
その一角に、一体の虚が座っていた。
「…………」
周囲の砂には、いくつもの足跡が残されている。
しかし、奇妙なことに、その足跡の主たちの姿は、一つとして見当たらなかった。
もっとも、その足跡すらも風に慣らされて、次第に消えていった。
「……はぁ」
虚は小さな溜息を零す。
そこに怒りはなかった。
何かに対する呆れでもない。
あるのは、深い悲しみ。
いや、それすらも通り越した、諦めのような響きがあった。
その低い溜息は砂嵐にかき消され、誰にも届くことはない。
まあ、仮に砂嵐などなくとも、届ける相手などそこにはいないのだが。
「…………」
暫くして、虚はゆっくりと立ち上がった。
そして、砂丘の上を歩き始める。
どこまでも続く白い砂。
見上げれば、変わることのない黒い空。
そんな、果てしなく続く白と黒の境界の中を虚はただ進んでいた。
まるで世界に独り取り残されてしまったように。
どれほど歩いただろうか。
元いた場所はもう見えない。
この代わり映えのない景色の中では何処にいたとしても、然程変化はないかもしれないが。
やがて、周囲の砂が音を立て始めた。
「…………」
虚はそれを聞いて足を止める。
砂丘の向こう。
そこから、巨大な影が一つ、また一つと現れた。
それは大型の虚の群れであった。
あるものは四足で砂を踏みしめ、あるものは巨体を引きずるようにして砂の上を這っていた。
その数は十を超えていた。
本来、それが意味するのは、歩く死の塊のようなものであり、目をつけられれば魂魄の欠片も残らずに喰い荒らされるだろう。
そして、彼らもどうやら獲物を見つけたらしい。
虚たちは互いに距離を取りながら、少しずつ包囲を狭めていく。
しかし、その中心に立つ一体の虚は、動かなかった。
「…………」
怯えて逃げる様子はない。
抗うために身構えることもない。
ただ、周囲を取り囲む虚たちを静かに見ている。
やがて、群れの中でもひときわ大きな虚が
獲物をめがけて歩き出した。
聞いた者の恐怖を掻き立てるような
低く荒い唸り声を上げて、ジワジワと躙り寄る。
だが、それでも中心の虚は動かなかった。
この獲物は抵抗を諦めた。
大型の虚はそう判断したのだろう。
その判断自体は至極当然のものであり、
弱者であれば、怯え逃げ惑い最後には動けなくなる。
抗う力を持つ強者であろうとも、この状況で身動き一つ取らないのは不自然であった。
虚は大きく口を開け、己よりも遥かに小さなその身体へと迫った。
そして。
その牙が獲物に触れようとした、その瞬間だった。
――パキッ。
突如、乾いた音が響いた。
「…………」
巨大な虚の顔に、亀裂が走っていた。
大きな口はさらに裂け、しまいには目と口まで繋がりだす。
そして、瞬く間に肩へ、胴へ、そして全身へと広がっていき、次の瞬間。
――ガラガラッ。
巨体が、崩れ落ちた。
それを合図にしたかのように、周囲で様子を伺っていた虚たちの身体にも次々と亀裂が走り始める。
あるものは脚から。
あるものは胸から。
そして、あるものは首から。
虚たちの悲鳴が上がった。
怒り、悲しみ、恐怖。
そのどれでもない。
その声にあるのはただ一つ。
困惑。
自らの身体に何が起きているのかも理解できぬまま、虚たちは藻掻く。
だが、その声も長くは続かなかった。
一体、また一体。
巨大な身体が崩れ落ち、鈍い音をたてながら
砂煙を巻き上げる。
そして、その身体は白い砂塵となって消えていく。
その中に、首を落とした虚がいた。
薄れゆく意識の中で、音を立てて崩れ落ちていく自らの身体をただ見つめていた。
何が起きたのか。
何故、自分たちは死んだのか。
彼らは、それすらも理解できないまま、
世界から消え去った。
「…………」
それを静かに見ていた中心に立つ虚は、最後まで一歩も動いていなかった。
「……はぁ」
やがて、再び溜息を零す。
先程と、何も変わらない、
いや、先程のものよりも更に諦めの色は強くなっている。
虚は辺りの砂へ視線を落とす。
そこには、つい先程まで別の虚たちが立っていた。
しかし、今はもう誰もいない。
「…………」
暫くの沈黙の後、やがて、虚は顔を上げた。
そして、再び歩き始める。
背後には、彼の足跡だけが残されていく。
どこまでも続く、白い砂漠。
その中を、独りの虚が歩いていた。
どこか目的地があるのだろうか。
それとも。
誰かを、探しているのか。
その答えを知る者は、彼以外にいなかった。
第3話 THE KING, THE MAD SCIENTIST, AND THE WOLF 完
今回の巻頭詩は、ザエルアポロをイメージしてみました。
前半では、虚圏の王バラガンとザエルアポロを描いています。
そして後半は、お気づきになった方もいらっしゃるかもしれませんが、スタークを描いてみました。
同じ虚圏に生きる彼らの、それぞれの在り方を楽しんでいただければ幸いです。