BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~ 作:冬冬✻
________________
君の逆様の世界では
本当の私すら、虚構となるのだろう
________________
尸魂界。時刻は夕暮れ。
夕日も帰り支度を始めた頃、
五番隊隊舎にも、同じように帰り支度を始める隊士たちの声が響いていた。
就任式から帰ってきた柊は、自席で、朝から確認していた報告書をまとめていた。
「……よし」
最後の一枚に判を押す。
これで、今日の仕事はおおよそ終わった。
あとは明日の分を確認しておけば問題ないだろう。
そう考え、次の書類へ手を伸ばした時だった。
「柊君」
「はい?」
顔を上げると、藍染が立っていた。
「まだ仕事をしていたのかい?」
「ええ。明日の分を少し見ておこうと思いまして」
「そうか……」
藍染は柊の机に目を向けた。
「君は本当に、仕事熱心だね」
「そうですか?」
「ええ。ただ、明日も仕事はあるんだよ」
「……はい?」
「書類は逃げたりしない。今日はもう休んでもいいんじゃないかな」
そう言った藍染の顔はとても穏やかだった。
柊は、手元の書類を一度見る。
確かに、今すぐ処理しなければならないものではない。
そして、少し考えた後、頷いた。
「……そうですね。これは明日の朝にします」
「それがいいでしょう」
藍染は満足気に微笑んだ。
「君は少し、自分のことを他人以上に他人として扱う癖があるからね」
「……他人以上に他人として扱う、ですか?」
「ええ」
「…………」
柊は、少し考えた。
しかし、藍染の言うことが自分にはあまり
ピンと来ていなかった。
「……藍染副隊長って、時々難しいこと言いますよね」
「そうかな?」
「はい。実際、今の話も、まだよく分からないです」
その言葉を聞いた藍染は、少しだけ笑みを深めた。
「……そうか」
夕陽が、眼鏡のレンズに反射していた。
「だが、君は分からないことを、分かったようには言わないのだね」
「……?」
柊は思わず首を傾げる。
「それは、君の長所だと思うよ」
「そうですかね……」
「少なくとも、僕はそう思っている」
「……ありがとうございます」
藍染は穏やかな表情のまま、続けた。
「これからも、そうであってほしいものだね」
柊は、その言葉を素直に褒め言葉として受け取った。
「はい」
そして、帰り支度を始めた。
***
執務室の外。
廊下に、平子真子の姿があった。
「…………」
平子は柱に背を預けながら、一冊の帳面を開いていた。
手には筆。何かを帳面に書き込んでいるようだった。
そして、障子の向こうからは二人の話し声が聞こえてくる。
「……君は分からないことを、分かったようには言わないのだね」
それを聞いた時、平子の筆が止まった。
「…………」
暫く、そのまま耳を傾ける。
やがて、再び筆が動き始めた。
帳面に何かを書き加える。
一行。そして、もう一行。
最後に筆を止めると、平子は静かに帳面を閉じた。
「……惣右介」
その声は、平子自身にすら殆ど聞こえないほどに小さかった。
「お前、今何考えとる……」
平子は、障子の向こうへ視線を向ける。
室内から、柊の声が聞こえてきた。
それに続いて、藍染の穏やかな返事。
「…………」
平子は小さく息を吐いた。
「周介……」
いつもの気楽な口調ではなかった。
「お前まで巻き込むんは、ちゃうからなぁ……」
そう呟くと、帳面を懐へしまい、廊下を歩き出した。
***
それから、一刻ほど後。
人通りの途絶えた建物の奥に、一つの部屋があった。
窓は閉ざされ、明かりもほとんどない。
机の上には、いくつかの容器が置かれている。
そして、その中の一つには白い破片のようなものが入っていた。
やがて誰かの足音が近づいてくる。
そして、扉が開かれた。
「…………」
入ってきたのは、一人の男だった。
肩には副官章。
眼鏡を掛けた、穏やかな顔立ちの男。
藍染惣右介。
先程まで五番隊で柊と話していた男が、今は無言で机の前に立っていた。
藍染は容器を手に取り、中の白い破片を見つめる。
「…………」
容器の底では、微かな霊圧の揺らぎが生じていた。
藍染はそれを暫く観察すると、机の上の帳面を開いた。
そこには、細かな数値と記号が並んでいた。
何枚も。
何枚も。
整然と記された記録の中に、一つだけ、短い言葉があった。
『境界』
藍染はその文字に視線を落とした。
そして、何かを書き加える。
「……なるほど」
呟きは、それだけだった。
暫くして、藍染は帳面を閉じた。
白い破片の入った容器を元の場所へ戻す。
そして、再び部屋を出る。
暗闇に沈む部屋。
その中で、男の足音だけが静かに遠ざかっていった。
***
瀞霊廷に、月明かりが射していた。
五番隊の隊士たちも仕事を終え、それぞれの自室へ戻っている。
柊も、その一人だった。
「……ふう」
布団に横になり、天井を見上げる。
今日も、何だかんだ多くのことがあった。
朝から平子隊長を迎えに行って。
藍染副隊長と色々なことを話して。
ひよ里が浦原さんに怒っているのを眺めて。
夜一さんともくだらない話をして。
そして、また、いつもと同じように帰ってきた。
「…………」
思い返してみれば、朝目覚めた時は
今日もいつもとそれほど変わらない一日だと思っていたかもしれない。
ただ、今になって振り返れば、
少しずつ昨日とは変化している。
十二番隊には新しい隊長が就任した。
曳舟元隊長は、もう護廷十三隊にはいない。
そして、浦原さんが抜けた二番隊にも、新しい人員が入るのだろう。
そう考えると、不思議なものだ。
確かに、明日も朝日は昇るかもしれない。
俺はまた、同じ机に座って、同じように報告書をめくるのだろう。
平子隊長が、きっとまた妙なことを言い出して、藍染副隊長は、そんな隊長に苦笑しながら仕事を進める。
そして俺も、何だかんだ言いながら、その二人と一緒に仕事をしているはずだ。
けれど。
今日、浦原さんが新しい隊長になったように。少しずつ、何かは変わっているのだろう。それはいいこともあれば、よくないこともあるかもしれない。
柊は、小さく呟いた。
「ずっと、このままではないのかもな……」
そのまま、暫く天井を眺めていた。
決して止まることなく、変わらぬスピードで淡々と進んでいく時計の秒針。
その中で何が変わり、何が変わらないのか。
そんなことは、その時にならなければ、
誰にも分からない。
そんなことを考えていたが、寝られなくなりそうだから考えるのをやめた。
そしてゆっくりと眠りにつく。
世界は回る。
その中で生きる者たちも皆、
歯車のように回っている。
それは当然彼の知らぬところでも…
第4話 WHEN THE GERAS TURN 完
柊という一人の存在が加わったことで、これからBLEACHの世界がどのように変わっていくのか。
引き続き楽しんでいただければ幸いです。