BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~ 作:冬冬✻
BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~
第1話 Just Another Day
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あなたが空の玉座を欲しがるとして
世界はあなたを見つけるだろうか
世界があなたを欲しがるとして
私は世界を捨てられるだろうか
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「……居ない?」
「はい」
「さっきまで居たんでしょ?」
「ええ。確かにいらっしゃいましたが」
「どこ行ったんだ、あの人……」
五番隊隊舎、その執務室。
そこでは一人の青年が、隊士からの報告に頭を抱えていた。
青年の名は
黒髪に、どこか中性的な顔立ち、
その雰囲気はどこかそよ風のような柔らかさがある。
そんな彼が頭を抱えている理由は単純だった。
隊長が居ない。
正確に言えば、隊長室に居るはずの平子真子が、先程から姿を見せていないのだ。
彼がひょっこりと姿を消すのは普段もよくあることだ。
しかし、今日はただの日ではない。
十二番隊の新隊長就任式が執り行われる日である。
「……まあ、だいたい予想はつくんだけど」
柊はそんなことを呟きながら、ふと机の書類に視線を向ける。
東地区巡察班の報告書。
予定帰還時刻より二時間の遅延。
特記欄には何も書かれていない。
……こちらも後で確認しておく必要がありそうだ。
しかし、今は一刻も早く平子を捜索することが優先である。
柊はすぐに思考を切り替えた。
その時、柊に背後から穏やかな声がかかった。
「おはよう、柊君」
「おはようございます。藍染副隊長」
振り返ると、副官章を肩に付けた眼鏡の男が立っていた。
彼の名は藍染惣右介。
五番隊副隊長であり、柊の直属の上司にあたる人物だ。
「平子隊長のことかい?」
「はい。少し前までは居たみたいなんですけど」
「そうか……」
藍染は顎に手を当て、少し考えるような仕草を見せた。
「柊君。一つ確認してもいいかな?」
「はい?」
「隊長室は確認したかい?」
その問いを聞いて、柊も先程の自分の予想と藍染の予想が重なったことに気づく。
「やっぱり、副隊長もそう思います?」
「ええ。柊君も同じことを考えたようだね。
なら、そこを探してみるといいかもしれない」
その言葉に、柊は一瞬黙った。
そして、ゆっくりと藍染の顔を見る。
「……藍染副隊長、何か見ました?」
「さて、何のことかな」
藍染はいつもと変わらない笑みを浮かべていた。
「…………」
柊は溜息を吐いた。
「ちょっと行ってきます」
「頼んだよ。できれば、そのまま連れてきてくれると助かるかな」
藍染は苦笑しながら言った。
「それは保証できませんけど……
やれるだけやってみます」
柊も少し苦笑しながら部屋を後にした。
***
隊長室へ近づくにつれ、何やら軽快な音楽が聞こえてきた。
「…………」
柊は障子の前で立ち止まった。
そして一呼吸置き、声をかける。
「平子隊長」
返事はない。
「平子隊長、開けますよ」
「おお、周介。ええで」
障子を開ける。
すると目に飛び込んできたのは、隊長羽織を身に纏い、音楽に合わせて身体を揺らす金髪の男だった。
彼こそが、五番隊隊長、平子真子。
そして彼の目の前には、一台の蓄音機が置かれていた。
柊は黙ってそれを見つめる。
「…………」
「何や、周介。そないな顔して」
「いや、楽しそうですね」
「おう!ええやろ。現世で新しく出たジャズいう音楽や」
「そうですか……」
「お前も聴いてみい。なかなかええで」
「そうですね。時間があれば」
「何や、つれへんなあ」
「ところで平子隊長」
「ん?」
「今日、何の日か覚えてます?」
平子は至極当然のことのように答えた。
「当たり前やろ。十二番隊の新隊長就任式や」
「そうですよね」
柊は頷いた。
そして最大の疑問を投げかけた。
「じゃあ、何でここにいるんですか?」
「まだ、このレコード聴き終わっとらんねん」
「あとどれくらいです?」
「二時間やな」
「式典、始まりますよね?」
「せやな」
「…………」
柊は静かに障子へと手を掛けた。
「おい、周介。どこ行くんや」
「総隊長に報告してきます」
「何をや?」
「平子隊長は現世の音楽を聴くのにお忙しいため、式典には出席できないそうです、と」
「待て待て待て!!」
平子が慌てて立ち上がった。
「冗談や冗談!俺が灰になってもええんか!?」
「その時は葬儀でジャズを流してあげますよ」
「なんでや!? そこは、隊長が居らんなったら寂しいですねとか言うところやろ!」
「そのレコードを形見にしますので大丈夫ですよ、きっと。
隊首会でも、五番隊のところには蓄音機とジャズのレコードを置いとこうかな…」
「俺のちゃうねん!ローズのやぞ、これ!!
てか何で蓄音機とレコードが隊長なってんねん!?」
「その金の蓄音機と黒のレコードって、平子隊長に似てません?
髪と死覇装って感じで。
それに相談すればローズさんもわかってくれますよ」
「何を相談すんねん!!」
数分後。
五番隊隊舎の廊下には、不満そうな顔の男と、その後ろを歩く青年の姿があった。
「……お前なあ、もうちょっと上司を敬う気はないんか?」
「十分敬ってますよ」
「どこがやねん」
「だから、こうして迎えに来たんじゃないですか」
「お前もちっちゃい頃はもっと可愛かったのにな。
俺の後ろトコトコ着いて来て、袖のとこギューッと握ったりしてなぁ」
「いや、何歳ですかそれ?
そもそもの話、その歳で五番隊にいるのおかしいでしょ」
「ほらァ!そういうとこや!!
母さんは、そんな子に育てた覚えありません!」
「母親なら就任式行きたくないなんて
駄々こねないでください」
その一言を聞いた平子は、横目で柊を
見つめた。
そしてひとこと。
「周介」
「はい?」
「お前、ほんまに性格悪いな」
「平子隊長ほどじゃないですよ」
「はっはっは!そらそうや!」
平子は心底楽しそうに笑い出した。
そんな彼を見て、柊も思わず口元を緩める。
この人は本当に、感情が豊かな人だ。
隊務には少々問題があるが、いざという時には誰よりも周りを見ている。
そして、人のことをよく見ているからこそ、誰よりも適切な言葉を掛けられる人でもある。
そんな平子真子という人物を、柊は尊敬していた。
「それにしても、周介」
「何ですか?」
「惣右介とお前、最近ほんま似てきたな」
思わぬひとことに、柊が眉を上げる。
「そうですか?」
「せや。二人とも俺の扱いが雑になってきよる」
「それは平子隊長の普段の行いじゃないですか?
そもそも平子隊長を雑に扱わない人って
あまり見ないんですけど」
「ほら、そういうとこや」
二人が執務室へ戻ると、藍染は既に出発の準備を整えていた。
「お帰りなさい、柊君」
「ただいま戻りました」
「やはり、君に頼んで正解だったようだね」
藍染は平子へ視線を移し、穏やかに微笑んだ。
「見事に隊長の手綱を握ってくれたようだ」
「なんや惣右介、誰が馬やねん」
「誰も馬とは言っていませんよ」
「お前の顔が言うとるんや」
「それは手厳しいですね」
藍染は苦笑する。
平子は不満そうに彼を見ていたが、やがて柊へ顔を向けた。
「ほな、行くか」
「はい」
柊に続いて藍染も頷く。
「ええ。そろそろ出発した方がよろしいでしょう」
そうして三人は、一番隊へ向けて歩き出した。
***
浦原喜助。
それが本日、新たに護廷十三隊の隊長へ就任する人物の名だった。
元は二番隊第三席であり、隠密機動にも所属していた男である。
柊は彼と面識があった。
以前、二番隊隊長の夜一に紹介されたのだ。
率直に言えば、随分と変わった男だった。
いつも飄々としており、誰に対しても腰が低い。
こちらが年下であろうと、何故か敬語で話しかけてくる。
更には、新入隊士にすら同じ態度だった。
仮にこれだけであれば、ただの低姿勢な人物という印象で終わるだろう
だが、彼の変わったところは、それだけではなかった。
時々こちらの思考の死角にある様なことを口にするため、話していて飽きない人物であった。
「柊君」
一番隊へ続く道を歩きながら、藍染が声をかけた。
「はい?」
「君は浦原隊長と面識があるのだったね」
「ええ。夜一さんに紹介されて少しばかり」
「そうか。どんな人物なのかな?」
「そうですね……」
柊は顎に手を添えて少し考えた。
「基本的には人当たりのいい方ですよ。それと、話していて面白い人ですね」
「面白い?」
「はい。たまに俺の想像もしてないことを言ってくるので」
「……なるほど」
藍染は少しだけ目を細める。
そして、すぐにいつもの様に微笑んだ。
「興味深いね」
「そうですか?」
「ああ。君がそういう評価をするのは、少し珍しい気がしてね」
「珍しいですかね……」
「少なくとも、僕はそう思うよ」
藍染はそれ以上何も言わなかった。
柊も、そうなのかな、と少し思いながらも再び前を向く。
その少し前を歩いていた平子は、二人の会話を黙って聞いていた。
「…………」
そして、ほんの一瞬だけ振り返る。
藍染はいつもと変わらず、穏やかな表情を浮かべている。
平子はその顔を見た後、再び前を向いた。
***
一番隊に到着すると、各隊の隊長たちは既に大広間へ集まり始めていた。
白い隊長羽織の並ぶ光景は、それだけで見る者を圧倒するものだった。
「ほな、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
柊は笑顔で平子に返す。
「平子隊長、どうか式典ではお静かに」
藍染は平子に釘を刺す。
「惣右介、お前は俺のこと何やと思っとんねん……」
そう言い残し、平子は大広間へと入っていった。
平子を見送った後、柊と藍染は、式典が終わるまで一番隊の敷地内で待機することになった。
その場でずっと待っているのも何だから少しあるこうと藍染に言われ、柊も特にやることもないので応じる。
暫く歩いていると、藍染がふと足を止める。
「柊君。少しいいかな?」
「はい?」
「今朝の報告書のことなんだけど」
「ああ、東地区の分ですか?」
柊は、今朝確認していた書類を思い出した。
予定帰還時刻より二時間遅れていた巡察班の報告書。
しかし、特記欄には何も書かれていなかった。
「ええ。担当者から訂正が届いていたよ」
「そうだったんですか」
「帰還が遅れた理由も確認できたそうだ。班員の一人が途中で負傷していたらしい」
それを聞いた柊は、少し眉を寄せた。
「……怪我ですか?」
「重傷ではないそうだよ。ただ、本人が報告を控えていたらしい」
「なるほど……
大きな怪我じゃなくてよかったです」
柊は少し安堵する。
そして、そのまま考え込んだ。
「ただ…少し気になりますね」
「何がかな?」
「怪我をしたことじゃなくて、報告しなかったことです」
藍染はその言葉を聞いて、静かに柊を見つめた。
「……ほう」
「だって、負傷したのに報告しなかったのなら、無理してた可能性がありますよね。
もしかしたら、自分が抜けると隊務に支障が出ると判断したのかもしれないですし。
その場合、その人を責めるだけじゃ解決しない気がするんです」
「では、どうするつもりだい?」
「一度本人と話してみます。その上で、何か問題があるならその時に考えます」
「なるほど」
藍染はその答えを興味深そうに聞きながら
微笑んだ。
「実に、君らしい答えだね」
「そうですか?」
「ええ。君はいつも、報告書をただの紙でなく、向こう側にいる人間との対話として見ようとする」
柊は少し困ったように笑った。
「書類って、そのためにあるものじゃないですか?」
「……そうかもしれないね」
藍染は何かを考えるように、一瞬視線を伏せた。
そして、いつもの穏やかな表情に戻る。
「ただ、柊君」
「はい?」
「その考え方は、君自身にも向けてあげるといい」
「それって、どういう…?」
柊が聞き返そうとした、その時、大広間の方から人の声が聞こえてきた。
どうやら、式典が無事に終わったらしい。
「戻ろうか」
「あ、はい」
柊は少し腑に落ちないまま、藍染の後を追った。
***
同刻、瀞霊廷の遥か上。
雲海よりも、さらに高い場所。
地上からは決して望むことのできない空間に、巨大な建造物が浮かんでいた。
その一角。
一人の女性が、目の前に広がる景色を眺めていた。
「……いやあ」
女は思わず笑った。
「随分と高いところまで来たもんだねえ」
曳舟桐生。
つい先日まで十二番隊隊長を務めていた女性である。
彼女の目の前には、見慣れない四つの人影が立っていた。
一人は、立派な黒髭を蓄えた、僧形の大男。
一人は、天を突くようなリーゼントの男。
一人は、長い黒髪を垂らし、背に幾本もの絡繰の腕を従えた女。
そしてもう一人は、派手なサングラスを掛けた、褐色の肌の男だった。
「かっかっか! よう来たのう、曳舟!」
最初に口を開いたのは、僧形の大男だった。
その声は、辺り一帯に響き渡るほど大きい。
「今日からはおんしも、ここに住まうことになる。遠慮はいらんぞ!」
「はっはっは! 遠慮するにも、これじゃ何から遠慮すりゃいいのか分からないねえ」
曳舟が笑うと、リーゼントの男が口を挟んだ。
「おいおい、まだ何も見せてねえじゃねえか。驚くのはこれからだぜ」
「騒がしいのう。もう少し落ち着いて出迎えることはできぬのかえ」
背に腕を従えた女が、呆れたように呟く。
すると、派手なサングラスの男が両手を広げた。
「Hey!
せっかくの新入りなんだぜ!?
もっと派手に迎えてやろうYO!」
サングラスの男は世にも奇妙な口調で
大袈裟なポーズを取りながら言う。
背に腕を従えた女は、リーゼントの男から
サングラスの男へ目線を移動させ、冷たい目つきで見つめる。
「……お主もじゃ」
「Oh……手厳しいねェ!」
曳舟はそのやり取りを見て、とうとう吹き出した。
「はっはっは!
こりゃあ、退屈しなさそうだね!」
僧形の男が満足そうに頷いた。
「うむ! その意気じゃ!」
「それにしても……」
曳舟は、もう一度辺りを見渡した。
見たこともない建造物。
果ての見えない雲海。
そして、その向こうに聳える、さらに巨大な宮殿。
先程まで自分がいた尸魂界とは、まるで別の世界のようだった。
「これから、ここで新しい仕事をすることになるんだねえ」
「そういうことじゃ」
僧形の大男は、ゆっくりと背後へ振り返った。
「さて、まずはお主の新しい居場所を見せてやろうかのう」
「頼むよ」
曳舟も歩き出そうとしたその時、
その足がふと止まる。
「…………」
雲海の下。
そこには、もう姿形は見えないが、確かに瀞霊廷がある。
つい先日まで自らが居た場所、
護廷十三隊、十二番隊。
今頃、その十二番隊にも新しい隊長が来ているはずだ。
夜一が推薦したという、少し変わった男。
確か、浦原喜助という名だったか。
聞くところによれば、腕は確からしい。
それに、彼女が選んだ人間であれば、そう悪い人物でもないだろう。
ただ――。
「……あの子は、どうしてるかねえ」
曳舟は小さく呟いた。
頭に浮かんだのは、そばかすのある小柄な少女。
口が悪くて、気が強くて。
それでいて、誰よりも寂しがり屋な女の子だった。
「……今頃、新しい隊長に噛みついてるんだろうねぇ」
『なんで、こんなんがウチの隊の新隊長やねん!!』
容易に想像できる光景に、曳舟は思わず笑った。
きっと、すぐには受け入れられないだろう。
けれど、あの子にはあの子の人生があり、
いつまでも自分が傍にいてやれるわけじゃない。
「曳舟よ、どうした?」
先を歩いていた大男が振り返った。
「いや、何でもないよ!」
曳舟は笑顔で返した。
そして最後にもう一度だけ、遥か下方へと目を向ける。
元気でおやりよ。ひよ里ちゃん。
今度こそ、彼女は自分の進むべき方へ歩き出した。
***
一方、その頃。
瀞霊廷の一番隊では、新隊長就任式が終了していた。
大広間から出てきた隊長たちが、迎えの隊士と合流している。
柊も平子の姿を探していた。
その時だった。
「周介!!」
聞き慣れた声に振り返る。
すると、小柄な女性がこちらへ歩いて来ていた。
顔にはそばかす。
そして、その表情は見るからに不機嫌だった。
十二番隊副隊長、猿柿ひよ里である。
「アンタ、そこのアホと知り合いなんやってな!!」
「……浦原さんのこと?」
「せや!! 何であんなのがウチの隊の新隊長やねん!!」
「いや、俺に言われても……」
「何や、その反応!!」
柊は困ったように笑う。
正直なところ、決めたのは自分ではないから
決めた人たちに言ってくれと少し思った。
「まあ、浦原さんも悪い人じゃないと思うけど」
「何やと!? アンタまであいつの味方するんか!?」
「そういうわけじゃないけど…」
その時だった。
「いやァ、ありがとうございます、柊サン」
突然、背後から聞いたことのある声がした。
振り返ると、そこには本日の主役が立っていた。
浦原喜助。
真新しい隊長羽織を身に纏い、後頭部を掻きながら笑っている。
「久しぶりッスねェ」
「お久しぶりです。浦原さん。
隊長就任、おめでとうございます」
「いやァ、ありがとうございまス」
「そんなん祝わんでええわ!!」
ひよ里が横から怒鳴った。
浦原は少し困ったように笑う。
「参りましたねェ……」
柊はその二人を眺めていた。
曳舟桐生。
ひよ里が母のように慕っていた、前十二番隊隊長。
その後任として突然現れたのが、彼だった。
ひよ里がすぐに受け入れられないのも無理はない。
「まあ、でも……」
「何や、周介」
ひよ里が怪訝そうな目つきで柊を睨む。
「浦原さんとひよ里なら、何だかんだ上手くやれそうな気はするけど」
「はァ!?」
ひよ里が目を剥いた。
「何でそうなんねん!!」
「いや、何となくだけど」
「何となくで言うな!!」
「いやァ、ボクとしてはありがたいッスけどねェ」
浦原は笑った。
「それに、柊サンがそう言ってくれるなら、少し安心できまスよ」
「そうですか?」
「ええ」
その時、横から別の声が飛び込んできた。
今度の声はとても聞き覚えのある声だった。
「やっぱお前もそう思うか、周介」
振り返ると、そこには平子が立っていた。
「平子隊長。いつから居たんですか?」
「ひよ里がお前に絡む前からや」
「……それ、最初からじゃないですか」
「せやな」
平子は楽しそうに笑った。
「俺もな、喜助ならひよ里と上手くやれると思うとんねん」
「へえ。何でです?」
平子はその瞬間、少しだけ真剣な顔つきになった。
「そら、アイツが人の顔色伺うん、あんまし上手いように見えんからやな」
「……?」
柊は首を傾げた。
ひよ里も同じようにキョトンとした顔で平子を見ていた。
しかし、浦原だけは少し思うところがあったのか、笑みを薄くした。
「まあ、一番は周介と似たようなヤツなら、ひよ里とも上手くやれるやろってことや」
平子は再びニヤリと笑った。
「お前ら両方、右向け言うたら『左に何かあったらどうします?左も見れるようにしません?』とか聞いてきそうやんけ」
「ああ、それはありそうッスねェ」
浦原が頷く。
「柊サンなら確かに言いそうでス」
それを聞いた柊は思わず、ツッコミを入れる。
「いや、浦原さんのことも言われてますよね?」
「……あ、そうでしたね」
浦原がとぼけた顔で認める。
そして、そのやり取りを見ていた平子は盛大に吹き出していた。
「はっはっは!! やっぱり似とるわ、お前ら!!」
「どこがですか……」
柊は呆れたように言った。
「何じゃ、随分楽しそうじゃのう」
そこへ、よく通る声が響いた。
褐色の肌に、紫がかった髪。
猫のような瞳を持つ女性が、こちらへ歩いて来ていた。
二番隊隊長、四楓院夜一。
「あ、夜一さん。こんにちは」
「おお、柊か。久しぶりじゃのう」
「お久しぶりです。夜一さんは、相変わらず元気そうですね」
「かっかっか! お主も相変わらずの言いようじゃの」
「たぶん平子隊長の影響ですよ」
「それはありそうじゃ」
夜一が深く頷く。
「なんでやねん」
平子本人は不満そうに口を挟んだ。
夜一はそれを見て、再び笑い出す。
「ところで喜助」
「はい?」
「新しい隊はどうじゃ?」
「そうッスねェ。まだ分からないことばかりでして」
「ふむ。まあ、せいぜい苦労することじゃな」
「推薦した本人がそれ言いまス?」
「かっかっか! 儂が推薦したんじゃ。それくらい覚悟してもらわんとのう」
浦原は困ったように笑った。
ひよ里は相変わらず不機嫌そうだったが、先程よりは少し落ち着いていた。
柊はそんな様子を見ながら思う。
何だかんだ、二人は上手くやっていけるんじゃないだろうか。
少なくとも、相性が悪いわけではなさそうだ。
「ほな、そろそろ帰るで」
平子が声をかけた。
「はい」
「惣右介も、そないなとこ突っ立っとらんでこっち来いや」
少し離れた場所で待っていた藍染が、静かに歩み寄ってくる。
「はい、平子隊長」
平子はその顔を見て、少し首を傾げた。
「お前、全然話入って来んかったな」
「そうでしたか?」
「喜助のこと苦手なんか?」
藍染は一瞬だけ目を見開いた。
しかし、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「いえ。皆さん、とても楽しそうにしていましたので」
「……ほう」
「それに、お話自体は聞こえていましたよ」
平子はほんの一瞬だけ目を細めて呟く。
「……そうか」
しかし、それ以上は何も言わなかった。
その表情は、すぐにもとの軽いものに戻っていた。
「ほな、帰ろか」
そう言って、平子が前を向いたほんの一瞬のことだった。
藍染は、その背中へ静かに視線を向けた。
「…………」
眼鏡の奥で、目が僅かに細められる。
そして。
その口元に、誰にも気づかれない笑みが浮かんだ。
***
虚圏。
そこには、瀞霊廷に降り注ぐような陽光は存在しない。
果てしなく広がる白い砂。
その上に浮かぶ、黒い空。
そして、どこまでも続く静寂。
しかし、その静寂を破る場所があった。
白い砂漠の彼方。
巨大な宮殿の一角に設けられた広間である。
そこには、無数の虚が倒れていた。
あるものは頭を砕かれ、あるものは胴を引き裂かれている。
原形を留めていないものも少なくない。
その惨状の中心に、一体の虚が立っていた。
「…………」
大虚の進化の頂点。
最上級大虚――ヴァストローデ。
それは、通常の虚とは比較にならないほどの霊圧を宿し、存在自体が極めて稀なものとされる。
目の前にいるのは、紛れもなくその一体だった。
そして、その虚は周囲に散らばる残骸を静かに見渡していた。
「……困ったな」
やがて、溜息に似た声が漏れた。
「これでは、何の意味もないじゃないか」
その声は、心の底から目の前の光景が不本意なものだという意思を感じさせる。
虚の表情には一切の喜びはなく、ただ不満だけが浮かび上がっていた。
「せっかく、あれほど時間を掛けて集めたというのに……」
虚は足元の残骸を一つ拾い上げた。
その表面を観察する。
そして、何かを確かめるように指先に少しだけ力を込める。
――パキッ。
乾いた音とともに、残骸が砂のように砕け散った。
「……ああ。これも駄目か」
実験場の隅。
そこには、ただ一体だけ、まだ生きている虚がいた。
身体中に傷を負い、壁際に蹲っている。
既に戦意はない。
それどころか、目の前の最上級大虚に視線を向けることすらできずに、ただ下を向いていた。
「…………」
男のような声をした虚は、ゆっくりとそちらへ顔を向けた。
「……君が最後か」
そう言って、一歩踏み出す。
生き残った虚は、壁に背を押し付けた。
それ以上、逃げる場所はない。
そして、そのまま最上級大虚の指先が、
蹲る虚へと届いたその瞬間のことだった。
その手が、ぴたりと止まった。
触れられた虚の身体が崩れ出していたのだ。
「本当に、忌々しい」
その声には、先程までとは違う感情が滲んでいた。
「何故、こうも上手くいかない……
何故、私の足を引っ張る……
何故、君たちはそこまで弱くて脆い……!!」
次の瞬間。
――ミシッ。
広間の壁が軋んだ。
――ミシ、ミシミシッ。
音は、瞬く間に周囲へ広がっていく。
床に細かな亀裂が走り、天井から白い砂塵が降り注いだ。
大気が軋むほどの凄まじい霊圧。
まるで、広間そのものが巨大な存在に握り潰されようとしているようだった。
床に散らばる虚の残骸が次々と崩壊していく。
壁面の亀裂はさらに広がり、先程触れられた虚は跡形も無くなっていた。
最上級大虚は、一歩として動いていない。
ただ、不愉快そうに立っているだけだった。
それだけで、周囲の空間は悲鳴を上げていた。
「……ああ」
暫くして、その虚が小さく声を漏らした。
「……いけないな」
次の瞬間。
先程まで広間を満たしていた霊圧が、嘘のように静まった。
「思わず、感情的になってしまったようだ。
理性が戦闘本能に負けることは、完璧な生命への一歩を大きく妨げる」
虚は先程の怒りなどなかったかのように
冷静だった。
「困るんだよ。それでは」
ただ、淡々とそれだけを口にした。
「クックックック……」
不意に、広間の奥から低い笑い声が響いた。
最上級大虚がその声にゆっくりと顔を上げる。
そこには、巨大な玉座があった。
その上に腰を下ろす、骸骨のような姿の王。
頭上には王冠を頂き、周囲には黒い毛皮が広がっている。
虚圏の王。
バラガン・ルイゼンバーン。
王は頬杖をついたまま、実験場を見下ろしていた。
「相変わらずじゃのう」
その声には、先程の霊圧に対する怯えなど微塵もない。
「研究だ何だと騒いでおきながら、結局はこの有様か」
「…………」
「わざわざ集めさせた虚も、全て息絶えた」
王はひどく愉快そうに笑った。
「それほど殺しが好きなら、いっそ研究者などやめてしまえばよかろう。
お前なら、すぐに数万の屍を築きあげる
殺戮者となれるだろうに」
最上級大虚は答えない。
ただ、足元の残骸を見つめていた。
バラガンは、その様子を眺めながら、もう一度喉を鳴らした。
「クックック……」
そして、ゆっくりと口を開いた。
「一つ提案じゃが、聞いてみぬか?
お主も早く新しい実験体とやらが欲しいのであろう…
のう、ザエルアポロよ」
その名を呼ばれた最上級大虚が、静かに顔を上げた。
白い仮面の奥。
その眼が、玉座の王へ向く。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「……何でしょう、陛下?」
***
尸魂界。時刻は夕暮れ。
夕日も帰り支度を始めた頃、
五番隊隊舎にも、同じように帰り支度を始める隊士たちの声が響いていた。
柊は自席で、朝から確認していた報告書をまとめていた。
「……よし」
最後の一枚に判を押す。
これで、今日の仕事はおおよそ終わった。
あとは明日の分を確認しておけば問題ないだろう。
そう考え、次の書類へ手を伸ばした時だった。
「柊君」
「はい?」
顔を上げると、藍染が立っていた。
「まだ仕事をしていたのかい?」
「ええ。明日の分を少し見ておこうと思いまして」
「そうか……」
藍染は柊の机に目を向けた。
「君は本当に、仕事熱心だね」
「そうですか?」
「ええ。ただ、明日も仕事はあるんだよ」
「……はい?」
「書類は逃げたりしない。今日はもう休んでもいいんじゃないかな」
そう言った藍染の顔はとても穏やかだった。
柊は、手元の書類を一度見る。
確かに、今すぐ処理しなければならないものではない。
そして、少し考えた後、頷いた。
「……そうですね。これは明日の朝にします」
「それがいいでしょう」
藍染は満足気に微笑んだ。
「君は少し、自分のことを他人以上に他人として扱う癖があるからね」
「……他人以上に他人として扱う、ですか?」
「ええ」
「…………」
柊は、少し考えた。
しかし、藍染の言うことが自分にはあまり
ピンと来ていなかった。
「……藍染副隊長って、時々難しいこと言いますよね」
「そうかな?」
「はい。実際、今の話も、まだよく分からないです」
その言葉を聞いた藍染は、少しだけ笑みを深めた。
「……そうか」
夕陽が、眼鏡のレンズに反射していた。
「だが、君は分からないことを、分かったようには言わないのだね」
「……?」
柊は思わず首を傾げる。
「それは、君の長所だと思うよ」
「そうですかね……」
「少なくとも、僕はそう思っている」
「……ありがとうございます」
藍染は穏やかな表情のまま、続けた。
「これからも、そうであってほしいものだね」
柊は、その言葉を素直に褒め言葉として受け取った。
「はい」
そして、帰り支度を始めた。
***
執務室の外。
廊下に、平子真子の姿があった。
「…………」
平子は柱に背を預けながら、一冊の帳面を開いていた。
手には筆。何かを帳面に書き込んでいるようだった。
そして、障子の向こうからは二人の話し声が聞こえてくる。
「……君は分からないことを、分かったようには言わないのだね」
それを聞いた時、平子の筆が止まった。
「…………」
暫く、そのまま耳を傾ける。
やがて、再び筆が動き始めた。
帳面に何かを書き加える。
一行。そして、もう一行。
最後に筆を止めると、平子は静かに帳面を閉じた。
「……惣右介」
その声は、平子自身にすら殆ど聞こえないほどに小さかった。
「お前、今何考えとる……」
平子は、障子の向こうへ視線を向ける。
室内から、柊の声が聞こえてきた。
それに続いて、藍染の穏やかな返事。
「…………」
平子は小さく息を吐いた。
「周介……」
いつもの気楽な口調ではなかった。
「お前まで巻き込むんは、ちゃうからなぁ……」
そう呟くと、帳面を懐へしまい、廊下を歩き出した。
***
それから、一刻ほど後。
人通りの途絶えた建物の奥に、一つの部屋があった。
窓は閉ざされ、明かりもほとんどない。
机の上には、いくつかの容器が置かれている。
そして、その中の一つには白い破片のようなものが入っていた。
やがて誰かの足音が近づいてくる。
そして、扉が開かれた。
「…………」
入ってきたのは、一人の男だった。
肩には副官章。
眼鏡を掛けた、穏やかな顔立ちの男。
藍染惣右介。
先程まで五番隊で柊と話していた男が、今は無言で机の前に立っていた。
藍染は容器を手に取り、中の白い破片を見つめる。
「…………」
容器の底では、微かな霊圧の揺らぎが生じていた。
藍染はそれを暫く観察すると、机の上の帳面を開いた。
そこには、細かな数値と記号が並んでいた。
何枚も。
何枚も。
整然と記された記録の中に、一つだけ、短い言葉があった。
『境界』
藍染はその文字に視線を落とした。
そして、何かを書き加える。
「……なるほど」
呟きは、それだけだった。
暫くして、藍染は帳面を閉じた。
白い破片の入った容器を元の場所へ戻す。
そして、再び部屋を出る。
暗闇に沈む部屋。
その中で、男の足音だけが静かに遠ざかっていった。
***
尸魂界、瀞霊廷。
死神の世界。
霊王によって治められていると言われるその場所には危険など存在しない、そう思われている。
しかし、瓦礫の下に猛毒の蜘蛛が潜むように、この世界で外敵の存在がない場所など
初めからありはしないのかもしれない。
いくつもの白い建物が並ぶ街には、多くの影が落ちている。屋根の下。
壁の隙間。
建物と建物の間。
陽の光が届かない場所は、どこにでもあった。
そして――。
その影の内側には、誰も知らない世界がある。
霊子の世界。
そこは見えているのに、見えない世界。
その中に、巨大な白銀の建造物が、聳えている。
長く続く廊下に、一人の男の足音だけが響いていた。
男は長い金髪を持ち、整った顔立ちをしていた。
白い洋装を身に纏い、その腰には剣が下げられている。
やがて男は、広大な玉座の間へと辿り着いた。
「…………」
その最奥。
玉座には、一つの影があった。
しかし、それは動かなかった。
声もない。
身じろぎ一つしない。
それは、まるで時そのものが止まっているかのようであった。
そして、男は静かに歩み寄り、
玉座の前で片膝をついた。
「…………」
暫くの沈黙。
やがて、男は口を開いた。
「……九百年」
誰に聞かせるでもなく、静かな声が響く。
「長き沈黙も、やがて終わりを迎えます」
何も返事はなかった。
男は、そのことを当然のように受け入れていた。
「我らは、待ち続けております」
頭を垂れる。
「いつの日か、御身が世界の全てをその手に治め、歪にも分かたれたこの世界を無に返すその時を」
広間に、再び静寂が戻った。
男は、最後に一言だけ口にした。
「……陛下」
玉座の主は、何も答えなかった。
ただ、影だけがそこにあった。
***
瀞霊廷に、月明かりが射していた。
五番隊の隊士たちも仕事を終え、それぞれの自室へ戻っている。
柊も、その一人だった。
「……ふう」
布団に横になり、天井を見上げる。
今日も、何だかんだ多くのことがあった。
朝から平子隊長を迎えに行って。
藍染副隊長と色々なことを話して。
ひよ里が浦原さんに怒っているのを眺めて。
夜一さんともくだらない話をして。
そして、また、いつもと同じように帰ってきた。
「…………」
思い返してみれば、朝目覚めた時は
今日もいつもとそれほど変わらない一日だと思っていたかもしれない。
ただ、今になって振り返れば、
少しずつ昨日とは変化している。
十二番隊には新しい隊長が就任した。
曳舟元隊長は、もう護廷十三隊にはいない。
そして、浦原さんが抜けた二番隊にも、新しい人員が入るのだろう。
そう考えると、不思議なものだ。
確かに、明日も朝日は昇るかもしれない。
俺はまた、同じ机に座って、同じように報告書をめくるのだろう。
平子隊長が、きっとまた妙なことを言い出して、藍染副隊長は、そんな隊長に苦笑しながら仕事を進める。
そして俺も、何だかんだ言いながら、その二人と一緒に仕事をしているはずだ。
けれど。
今日、浦原さんが新しい隊長になったように。少しずつ、何かは変わっているのだろう。それはいいこともあれば、よくないこともあるかもしれない。
柊は、小さく呟いた。
「ずっと、このままではないのかもな……」
そのまま、暫く天井を眺めていた。
決して止まることなく、変わらぬスピードで淡々と進んでいく時計の秒針。
その中で何が変わり、何が変わらないのか。
そんなことは、その時にならなければ、
誰にも分からない。
そんなことを考えていたが、寝られなくなりそうだから考えるのをやめた。
そしてゆっくりと眠りにつく。
そうして。
柊周介の、何でもない一日が終わった。
第1話 Just Another Day 完