魔王城のいちばん近くで、間違えてマナ保全ギルドに入りました ~無能社畜、ここで初めて"チーム"を知る~ 作:太田 衡典
仕事とは、しんどいものだ。辛いものだ。そう思うようになったのはいつ頃だろうか。仕事仲間は友達とは違う。信頼や情なんてものは一切ない。いい成果を出すにはチームワークが大切だと言うが、信頼や情無しで一体どうやってチームワークを発揮できるのか。
高校を卒業して、僕は大学には行かず就職の道に進んだ。社会に飛び出して早5年。初めに感じていた煌めきはいつしかくすみ、社会の歯車として噛み合うことに徹底するようになった。
スーツを羽織りネクタイを締める。少し歪な三角が首元にひっついていた。なるべくキレイに、なるべく汚く浮かないように毎朝自分を飾っていく。よし、会社に行くか。
「何回言わせるんだ!」
ドン、と鈍い音が部屋中を駆け巡る。その音が合図かのように、ピタリと辺りの音が止まった。
す、すみません、と頭を下げた視線の先にはクシャクシャになった資料が見える。僕が昨日、一日中掛けて作った資料。頭の上でぶつぶつと課長が話しているが内容は入ってこない。毎日のように聞く怒号に、僕の鼓膜は脳へ伝達するのをサボっている。人間の適応力ってすごいな。
おい、あいつまた怒られてるよ、まぁ、仕事できねぇーしな、おい、聞こえるって。
適応力の弊害か、同僚のヒソヒソと話す声はよく聞こえるようになった。いや、聞こえてるって、と言うことができたら少しは状況は変わるだろうか。まぁ、そんな事を言えていたらそもそもこんなところにはいないだろう。
数十回頭を下げ終わった頃に、頭のテッペンで鳴り響く音が消えた。僕は課長の机の上に暴れている、クシャクシャの資料を救出して自身の席へ戻る。どこをどう修正するのか分からないが、とりあえず仕事をしている雰囲気を作ろう。僕はキーボードに手を置き、文字を消したり打ったりを繰り返す。
「なぁ、鈴木。お前毎日怒られてるよな」
左側から聞こえる声は、先輩の中村。普段は無口で目も合わない先輩から発せられた声は、どこか新鮮で少し怖い。よっぽど何か言いたいことがあるのだと思い、僕は吃りながら、は、はい、と答えた。
「お前さ、この仕事辞めたら? 向いてないよ」
中村は、キーボードをカタカタと鳴らしながらそう言い放った。視線は僕には向かずパソコンへと注がれている。無慈悲な優しさに僕の胸はキュッと締め付けられる。向いていない、そんなのは分かっていた。辞めたいと何度思ったか。しかし、他人に言われるのは初めてだった。
「そ、そうですよね。向いてないですよね」
僕は、無理やり笑顔を作り応える。中村に見向きもされないのに。
ふと、時計を確認する。短針は10を指していた。外は真っ暗で会社内の明かりは僕のパソコンだけ。課長によってクシャクシャになった資料は全くの新品へと生まれ変わった。僕は、プリンターから生まれた新たな資料を離れないようにホッチキスでロックすると課長の机の上に置いた。明日も怒られるんだろうな。そう思いながら僕は会社を後にした。
煌びやかなネオンに少し身体が重くなる。街行く人はどこか呑気で余裕を感じた。そうか、今日は金曜日だ。つまり、明日は休日。それが分かった途端、体重がドッと増えた感じがした。安堵感がここまで重たいものだとは。最近の休日の過ごし方といえば、睡眠。平日の仕事に備えての睡眠だ。休日という名の平日への準備。もはや、労働である。
ふと、眩しい光が目に差し込んだ。締まり切ったシャッター街に一つだけ、か細く呼吸をしている。恐る恐る近づいてみると、そこは小さな電気屋であった。招かれるように足を踏み入れると狭い店内にずらっと並んでいるゲームカセット。見たことのないパッケージやタイトル達に心が躍る。昔親に連れて行ってもらった電気屋の感覚。僕は、ゲームが大好きだった。非現実が閉じ込められた箱がこれでもかとある電気屋さんが大好きだった。その中から一つだけ選んでいいと言ってもらった時の高揚感は大人になってしまっては感じられないものである。
「あぁ、いらっしゃい」
真っ白い鬚を胸辺りまでたくわえたおじいちゃんが話しかけてきた。2頭身のフォルムはどこかマスコット的な可愛らしさを感じる。髭込みで測っていたので厳密には4頭身である。おそらく店主のようだが、カウンター下からヌルッと出てきたので、一瞬妖怪の可能性も考慮した。
「お主、この世界は嫌いかい?」
突然の質問に戸惑ってしまった。明らかに妖怪側の質問であったので妖怪としての線が濃くなったからである。
「ま、まぁ……でも、なんでそんなことを?」
「目が死んでおるからじゃよ。目が」
店主は目元を指さし、僕の死んだ目にとても老体とは思えぬ未来を見据えた眼差しを向けている。
「そんなお主にオススメのゲームがあるんじゃが……」
店主は、徐にレジカウンター下に潜り込んだ。そして、ヌルッと飛び出したかと思うと真っ白なパッケージのカセットを取り出した。
「なんですか?これ」
「ゲームカセットじゃよ、ほれ買って行きな」
「いや、いいですって」
「まぁ、そう言わずに」
目の前の妖怪は無理やり僕にゲームカセットを押し付けた。あまりの力にこの店主を正式に妖怪だと思うことにしたのだ。そして、たった今こんなシャッター街の中で唯一生き残っている、この店の生存戦略を見た気がした。メンタル弱者がホイホイと迷い込むような立地。そして、断りきれない押し売りがこの店のやり方なのだと。
「それじゃあ、9,000円ね?」
「え?」
「え? じゃなくて、そいつは一応商品なんだ。タダではあげられないよ」
僕は、首を傾げながら「わ、分かりました」と承諾した。首を傾げたのは、納得はしていないが承諾するまで帰れないような雰囲気を感じたが、やはり納得できない事をどうしても表現した悪あがきである。
電子決済すら使えなさそうだったので僕は財布を取り出した。いつ、引き出したのかさえ分からない一万円札を取り出しカルトンへ雑に提出する。側から見たら態度の悪い客だが、この妖怪に対してはここまでしてもやや譲歩しているような気がした。横目で見ていたが、僕が財布を取り出し一万円札をカルトンに置くまでの一挙手一投足をこの妖怪はニヤニヤとした面で眺めていたのだ。マスコット的な見た目とは裏腹にかなり金にがめつい性格なんだと察する。
妖怪は、「はい、まいどあり!」とワントーンいやツートーンほど声のトーンを上げて言い放った。僕は、首をあからさまに傾げてみせた。店を出るまでずっと。
ただいま、と玄関の扉を開けながら言い放つ。いつしか、優しくおかえりと返ってくるような生活を夢見て。革靴を脱ぎ、リビングまで向かった。妖怪が住まう店で買ったゲームカセットを雑に机に投げる。これが9000円もする代物なのか甚だ疑問である。9000円があれば、一体どれほどのことができたのだろう。映画も4、5回見られるし新たな洋服だって上下揃えられる。しかし、僕の休日と言えば平日に備えて寝る。ただそれだけであった。たまにはゲームも悪くないなと思えるほどになんら生産性のない休日を過ごしていた事を思い出した。
雑に置いたゲームカセットを手に取る。真っ白いパッケージからは、なんの情報も得られない。とんだクソゲーかもしれないし、神ゲーの可能性も孕んだこのゲームカセットにワクワクしている自分に腹が立つ。いつもは帰ってきて早々気絶するように眠りにつくのだが、明日が休日ということもあってか好奇心を試す余裕があった。
真っ白いパッケージを開け、真っ白いディスクを取り出す。ゲーム機の電源ボタンを押すと、元気良く音を立てながら起動した。そして、ディスクを挿入するとゆっくりと飲み込まれていく。これでクソゲーだったらクレームを入れてやると思った時には、意識がぷつりときれた。