Simulation of the Simulacra → SALVATION PARADOX ← さあ、答え合わせに行こうか 作:ゼノリカの名もなき宣教師
「さらに、脳が分泌するホルモンや神経伝達物質が、通常ではあり得ない働きをする。幹細胞が異常なメキメキ分化し、細胞外マトリックスの急速な再構築によって、再生した細胞が組織として結合する。結果、俺の腹の傷は塞がった。以上、時間稼ぎ終了」
女は、黙った。
理解できない。
いや、理解する必要もない。
目の前の男は、異常だ。それだけでいい。
そう判断するに、値する現象である。
「あなた、何者?」
「俺か?」
男は、ゆっくりと立ち上がった。
腹部には、もう傷がないだろう。
衣服に残った血痕だけが、先ほどの出来事が現実だったことを示している。
「俺はーー」
その瞬間。
男の姿が、かき消えた。
「ーーっ?」
女の視界から、少年が消える。
次の瞬間、彼は女の懐にいた。
一瞬、反応が遅れた。
女は反射的にカウンターを放つ。
しかし。
「甘いぜ」
男は、その一撃を蹴りで弾いた。
「水分が足りてねえ砂の城みてえに甘えムーブだな」
「ーー!」
「何が言いたいかって? 俺もよくわかんねえよ」
そう言いながら、少年は女の腕を取った。
体勢が崩れる。
重心が浮く。
次の瞬間。
「頭からドーン」
背負い投げ。
しかも、頭から。
試合ではなく、殺し合いの技。
完璧な弧を描いた投げ技が、女の身体を地面へと叩きつけた。
重力を味方につけ、回転の最中に極限まで加速をつけたそれは、辺りに鈍い音を響かせる。
床板が軋む。
女の身体が跳ねた。
「…………」
男は、首を傾げた。
「おっと。これでもまだ動けるのか」
女が、すぐさま身体を起こそうとしていた。
その目には、驚愕と警戒が入り混じっている。
「……あなた……」
「人間、意外と頑丈だからな」
「俺みたいに、リミッターを外して即時回復する奴も世の中いるから」
「……っ!」
女が動いた。
速い。速い……はずなのに。
男は、女の動きを見ていた。
肩の動き。
足の向き。
重心の移動。
視線。
そのすべてを、つぶさに、冷静に観察していて。
女が一歩踏み込む。
男は、ちょうど半歩退く。
刃を振るう。
男は、その軌道を見切りきる。
文字通り紙一重。
頬をかすめ、実際殆ど表皮を切り裂くほどの距離を、何事もなかったかのように通り過ぎていく刃。
なんら危なげなく。
次の一手。
女は、さらに速く、鋭く、ナイフをセンへと向けた。
今度こそ捉えた。
そう確信した、その瞬間。
「残念。ナイフの扱いが下手っぴさ」
「えっ?」
間の抜けた声が漏れた。
何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
確かに、ナイフは男へ向かっていたはず。
なのに。
次の瞬間には、男の手にナイフがあった。
刃ではなく、その柄を握っていた。
奪われた……?
そう理解したときには、もう全てが遅かった。
女の手元には、何も残っていない。
(力負け……? この私が……?)
違う……
(そんな単純な話じゃない……)
腕力で押し負けたのなら、まだ理解できる。だが、今のは違う。
完全に、こちらの動きを読まれていた。
攻撃の始まりから、終わりまで。
自分が何をしようとしているのか、男には最初から分かっていたかのようだった。
(技術……圧倒的な、技術っ!)
女が息を呑む。
相手の身体能力は並。なのに、どうしてここまでの差ができるのか、その技術を養うのに、一体何年かかったのか。
想像もできなかった。
内心動揺していて、ポーカーフェイスに努めている女。
対して、男は奪ったナイフをぽけーっと眺めていた。
まるで、道端に落ちていた珍しい小物でも拾ったかのように見てから、
「ククリナイフね……久しぶりに使うけど、まあ、俺に使えない武器はねえから……」
そこで、何かを思いついたように視線を動かして、
「……いや、そうだな。ここで使っておくか。秘密兵器なんだけど」
そう言って、ククリナイフをポイッと捨てた。
「ビシャ、こい」
呼びかけに応じるように、背後に剣翼が出現する。
ーー第一機構:“ブレイクフォーミュラ“ーー
「“ブレイクフォーミュラ“状態なら、消費MP0で呼び出せるっぽいな。ビシャの中の力を使って召喚してんのかね。第二機構や第三機構とか、そこらへんの検証もしたい所だが……」
そして、その内から一本、剣を引き抜く。
女は、床に転がった自分のナイフを一瞥した。
たった今まで、自分の手にあったもの。
それを奪った男は、もう別の武器を手にしている。
最初からナイフなど必要なかったかのように。
女は、予備のナイフを取り出す。
使い慣れぬ柄。
同じ製造過程だろうに、いつもとは違う感覚が手の内を支配する。
そして、衝突。
金属音が響き渡る。
女の折れた刃が、床を転がっていった。
「っ……!」
「まあまあ、そう焦るもんでもないだろ? ここは殺し合いなんだ。のんびりいこう?」
ゆったりと、冗談を言うかのような少年の声は、
「……さて……」
一段低くなった気がして、
「テメェは俺を殺そうとした」
一歩、近づく。
「俺だけじゃなく、スバルも殺そうとした」
もう一歩。
そうして、剣を女に突きつけて、
「なら、死ぬ覚悟ぐらいできてるよな?殺すってのは脅しの道具じゃねえ。いや、お前の場合は即殺斬したからちげえんだがな。はは」
目の前の少年は、異常だった。
強い。
それだけではない。
自分を殺すことに、躊躇がない。
感情に任せて暴れているわけでもなく、
必要なことを、必要なだけ行う。
その姿勢が、何よりも恐ろしく……そして、
「……あはっ」
興奮に値した。
「あー、そう言うタイプの殺人鬼ね。危機的状況を認知するほど笑っちゃうタイプの……全く……こう言う変態が湧く世の中が悪いんだ。政治が悪いぃ!」
「変態呼ばわりなんて酷いわ……それに、私が変態なら、あなたもその枠組みに入ると思うのだけれど……あなたみたいに、無機質な目も、私は好き」
「恋焦がれている所悪いが、俺は先急いでてな。お前をムショ送りにしないといけないんだ。手伝ってくれるかい?」
そうして、少年は、女の動きを封じるように攻撃を重ねた。
無駄な動きはない。
派手な技もない。
ただ、相手が抵抗できなくなるよう、的確に動きを奪っていく。
そんな状況だった。
ーーそのとき。
「……あ、あなたたち……どういうこと!?あ、あなた……誰?す、スバルは?」
銀髪の少女が、部屋へと飛び込んできた。
その声を聞いた瞬間、少年の動きが止まった。
「サテラ、お前は引っ込んでな。ここからは俺の時間だ」
「さ、サテラって……」
「は? なんだ……? とてつもないアンジャッシュが起きてそうなんだが……」
そう言いながらも、センは普通に、女の持っていた武器を全部はたき落として、
「適当な命名で、羅刹一閃」
軽々しく、その全身を一瞬で、滅多切りにした。刹那で体から血が溢れ出す。
人間の目は、中心
が、男の技は、そのフレームすら超過していた。
「……ふふ、ほんと、どうなっているの……? あなたは……」
「ま、お疲れさん。豚箱の中でおねんねしてな」
そうして、失血させ、気絶。センは勝利したはず……
が、床に倒れていたはずの女が、驚くほどの速さで身体を起こす。
その傷が、目に見える速度で塞がっていく。
「なるほど」
センの声が、再び響いた。
「再生能力か……まあ、正直、だろうなと思ってたんだが。というか切った感覚、多分、人間ですらないんじゃないか? いや、元人間ってのが正しそうか?」
『んなこと言ってる場合かぁぁ!!』
内なるスバルが叫んだ。
女は、銀髪の少女へと飛びかかる。
「ーーっ!」
少女は即座に反応した。
冷気が広がる。
氷が生まれる。
魔法と刃が交錯する。
その隙に、センは周囲を見渡した。
倒れている老人。
その傍らにいる、金髪の少女。
そして、床にだんだんと広がる血。
「大丈夫か?」
センは、老人へと駆け寄った。
「わ、儂は大丈夫だ! それより、フェルトが……!」
「フェルト……?」
老人の視線の先。
そこには、金髪の少女が倒れていた。
彼女は、上腕を押さえていた。
指の隙間から、血が溢れている。
『……あー』
スバルは、思わず息を呑んだ。
さっきまでの自分なら、きっと何もできなかっただろう。
いや、今だって、何をすればいいのかわからない。
しかし。
今なら鮮明に、センの声が響く。
その声は、至極めんどくさそうで、
「はぁ……さっさとやるか……」
『……な、なんだよ……なにをやるんだ?』
「助けられるかもしれん」
センは、フェルトを見た。
彼女の顔色は悪い。
呼吸も浅い。
意識も、朦朧としているようだった。
『まさか、この状況を救うつもり……?』
「見た限り、上腕付近をやられている。避けきれなかったんだろうな。腹への攻撃を避けた結果、そっちをもらったのかもしれん。さて、問題は、出血性ショック、血管損傷、外傷性ショックだ」
「……は、はぁ?」
「それぞれ、大量出血によって全身に血液が回らなくなること。血管が傷ついていること。そして、重篤な外傷によって身体の機能が損なわれることだ」
「……」
「普通なら、かなり危険な状態だな」
スバルの喉が鳴った。
『……助けられるのか?』
「知らんよ。コイツ次第だ」
短い言葉だった。
スバルは、唇を噛んだ。
自分では、何もできない。
それが悔しかった。
目の前で死にかけ、苦しんでいる人間を救うこともできない。
☆
センは、まずフェルトの状態を確認した。
負傷部位。
意識。
呼吸。
出血。
そして、周囲の状況。
短時間で必要な情報を拾い上げる。
その目に、焦りはない。
「……なるほどな」
センは、爺さんの服を切って、ガーゼとして処置をする。
清潔とは言い難いが、何もないよりはマシだ。
傷口を直接圧迫する。
血が滲む。
暗赤色の血液が、布を染めていく。
フェルトが、薄く目を開けた。
「……アタシ……は、助かる、のか?」
センは、彼女を見た。
「普通なら、危険な状態だ」
「……っ」
「だがな」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「お前はまだ生きている。なら、俺が勝手に諦めるわけにはいかねえだろ」
「……」
「安心しろ」
フェルトの瞳が、わずかに揺れた。
「お前は前だけを見ていろ。その先には、俺がいるから」
見知らぬ誰かの言葉。
それなのに、そこには芯の通った強さと、豪傑さが入り混じっていた。
なぜ、そんなことが言えるのだろう。
なぜ、そこまで自信を持てるのだろう。
フェルトにはわからない。
けれど。
一つ、確実だったのは……
「……はは」
フェルトは、かすかに笑って、
「なんか……すっげえ偉そう……」
「神の王だからな。多少は偉いんじゃないか?」
「……よろしく頼む……ぜ」
日頃、神なんていたらぶっ飛ばしてやろうと思ったいたフェルトであったが、今の状況で歯向かうほど酔狂ではなかったようで……
見知らぬ男。
聞いたこともない肩書き。
それでも、その声には不思議な安心感があって、
自分が何者なのかも知らない相手なのに。
コイツなら、どうにかしてくれるかもしれない。
そう思わせてくれる、謎の男。
こんな時でも、人が死にかけているのに、軽口を叩く、その姿に、どこか心の底から安心出来るような、そんな声で言われたものだから、その言葉を最後に、彼女の意識が遠のいていく。
「……よし」
センは、圧迫を続けながら、周囲へと視線を向けた。
必要な救急処置は行った。
しかし、これで治療が終わったわけではない。
失われた血液。
損傷した組織。
そのすべてを、緊急治療だけで補えるわけではない。
それでも。
今、この瞬間にできることはある。
そして、彼はそれを実行した。
「処置は続ける。救急搬送が必要だ」
そう言ってから、
「おい、スバル」
頭の奥で、センの声が響く。
「これから、この世界の医療事情も調べておけ。魔法があるからといって、何もかも治せるとは限らん。俺が元いた世界同様、欠損治癒と治癒の違いもあるかもしれない」
『……わかった』
「よし」
センは、フェルトの状態を確認した。
呼吸はある。
反応も、わずかに残っている。
今は、それでいい。
次に、視線を向けたのは、銀髪の少女と戦っている女だった。
女は、すでに傷を完全に再生させていた。
やはり、まるで、先ほどまでの損傷など存在しなかったかのように。
センは、口元を歪めた。
「そういう能力ね……はいはい、テンプレテンプレ……異世界転移一章目で戦う敵としてはまあ及第点かね」
女が、こちらを見た。
そして、笑った。
「いつか、あなたのお腹をまた裂いてあげる」
「あ? 逃げる気?」
「ええ、あなたの相手をするのは楽しそうだけど、死ぬのはまだダメだもの」
その声には、先ほどまでの余裕が戻っていた。
「お名前を聞かせてもらえるかしら?」
その言葉を聞き、センは、ゆっくりと立ち上がった。
血に汚れた半羽織、血濡れた手。
その姿は、とてもではないが高貴な者には見えない。
しかし。
彼の目だけは、違った。
まるで、世界そのものを見下ろしているかのような、圧倒的な面構え。
センは、世界を睥睨するような、そんな余裕たっぷりな顔で、
「神界の深層を統べる暴君にして、運命を調律する神威の桜華」
そして。
「ーー舞い散る閃光、センエース」
彼は、そう名乗った
空間に響めきが走って仕方がない。そんな名乗りを受けて、殺人鬼は、
「そう、そうなのね……私は『腸狩り』エルザ・グランヒルテ……あなたに比べたら見劣りしちゃうけど、それもまた一興よね。今度会う時までに、精々腸を可愛がってあげて?」
「ああ、なでなでしとくよ。掻っ捌くのは勘弁な」
「ふふっ」
と、言うふうに笑顔でエルザは去って行った。
☆
「……あ、戻った」
スバルが動揺しているのも束の間、
「あの人が消えて、スバルになって……ど、どういうこと……? でも、そう! 徽章を返して! あれは大切なものなの!」
「それが探してたものなんだったっけか……一体どこにある感じ……?」
それに、爺さんが反応し、
「徽章……?ああ、あのフェルトが持ってきた物か……」
そうそれ! と言わんばかりにサテラは、うんうんと頷き、
「…………ん、アタシ、多分それ持ってるぞ」
騒ぎで昏倒していたフェルトが目を覚ました。
「これ」
そう、フェルトがポケットから徽章を出した時だった。
グオッと、その場が飲み込まれるような引力でも発生したんじゃないかってぐらい、大きな光をあげて、紀章は存在を主張する。
「……っ!それって……」
「なんか、すっげえ主張激しいなその徽章って奴……いや、普通にこんなもんなのか?」
「……ううん、全然。普通だったらもっと静か……じゃなくて、これってまさか……」
サテラはなにか考え事をしているようだった。
そして、結論が決まったのか、
「この子を王選に連れていくわ」
「王選? なんだそれ?」
「あなたには関係ない……って言いたいけど、あなたがいなかったらきっと回収できなかっただろうし……うーん、そうよね……」
『悩んでばっかだな』
「悩んでる姿も可愛いぜい!」
「冗談はやめなさい……私の来賓の方として招待するわ。身寄りがないみたいだし……それが、私に出来る恩返しになるのかな……」
『よかったな。ツキが回り始めたぞ』
「ああ、ナツキだけになアハハハハ」
『……あっヤバイ!スゴクいいッ!激ヤバかもしれないッ!』
「あの、その、なんとも言えない棒読みやめてくださる? 死にたくなるんで……」
と、そんなこんなでサテラは重傷のフェルトを連れて、騎士団の方々に搬送、徽章が光ったことも報告し、ことを終える。
そして、二章の幕を開けることになる
―― EVENT SWITCH 002 ON ーー
報酬:身体能力の一部回復 神性超極少量回復 乖離値上昇
毘沙門天の剣翼。
第一機構
“ブレイクフォーミュラ“
説明:消費マナが0の状態で顕現するとこうなる。スペックは低い。とてつもなく硬い刃ではある。この作品では基本この状態をデフォルトとして扱う。
第二機構
〈“アサルトフォーミュラ“〉
説明:マナさえ入れれば特に縛りなく顕現可能。火力特化のパワータイプ。
第七機構
《☆【✦◆✧ “ファイナルフォーミュラ” ✧◆✦】☆》
説明:ファイナルの名の通り、最後の機構。おそらく、きっと作中で使われないし、使えないので裏設定と化すだろう。
その能力は折り紙付きで、世界の魔剣を全て集めて、束にしても、ファイナルフォーミュラ状態のビシャには総合点(展開力、代償の軽さ、火力、装備者への愛)で及ばない。
しかし、発動条件がとにかく厳しい。その発動条件を満たすためなら、目の前の敵をぶっ倒した方が速いという本末転倒具合が魅力なビシャちゃん(無性)。
本質は使用者を守る剣であり盾である。ファイナルフォーミュラ状態では『理不尽な閃光』(ダメージカット99.999%)が通常より更に発動しやすくなり、世界破滅級のダメージを受けても殆ど無傷で済む。