―9th April 20XX―
ここで話していると目立つからってことで、私と吾郎くんは教室から場所を変えるという結論で落ち着いた。
学校から近いのが私が住んでいるマンションだったのでレッツゴー。
喫茶店とかでもファンの人達が目ざとく見つけてしまうので、マジで聞かれたくない話をするなら完全な個室の方がいいんだってさ。
「はい、いらっしゃいませ」
「一人暮らし?」
玄関の靴が私の物しかないことに気が付いたんだろう。
「両親ともに海外出張。兄、関西の大学。姉、北海道の大学へそれぞれ進学。末っ子私、優雅に一人暮らし」
ほんの2,3年前までは吾郎くんも私の家でご飯を食べてたから家族構成も覚えてるだろうけど一応説明だけはしておく。
吾郎くんも私も、中学生の時までは隣同士のお家に住んでいたのだが、高校入学を機にお互い引っ越してどこに住んでるかも知らない仲になったわけだ。
「八重相手だから何ともないような物で、本来なら、僕という人気者を女の一人暮らしの部屋に軽々しく入れるなんて危険すぎるよ。
もっと身体を大事にさせてほしいものだけど」
「巧妙に私を襲う側に仕立て上げるのやめてくれない?」
「あはははは!」
上品に、かつ、本当に面白いです!というツラで笑いながら私の部屋に上がる吾郎くん。
上がった瞬間スパッと仏頂面になったかと思いきや案内してもいないのにズカズカ進んで行って奥に置いてあるソファに片肘をついて、ふんぞり返るように座った。
「茶」
「もういっそすがすがしいね」
吾郎くんはどうやら人目に着きそうな場所でのキャラ変は続行するつもりのようだ。
マジで体のどこかにスイッチでもついてるんじゃないかってくらい華麗なキャラ変だった。見事だ。
あれはもうふてぶてしいとか計算高いとかいう感想を超越してくるよね。
外面は外見に釣りあわせて行くスタイルのようだし、私もそれに合わせてあげようと思う。
本当ならお外で上手に猫を被ってる吾郎くんに「あらやだ"僕"ですって!かわいこぶっちゃってるんだから!ぷぷぷーっ!」とかやりたいけど、多分あとでこれでもかってくらいしばき倒される。
ていうか入室早々2文字――音にすれば1音しか喋ってないけど、吾郎くんは他所ではちゃんとコミュニケーションは取れてるんだろうか。
ちょっと心配になってきたぞ。
おっといけね。さっさとお茶を出さないと吾郎くんが大魔神にキャラ変してしまう。
そういえば"高校生探偵・明智吾郎君がオススメする喫茶店特集"とかいうのをなんかの雑誌で見たっけ。
コーヒーは私も好きだけど今の気分は緑茶だから緑茶を出すよ。コーヒーが飲みてえだと?知るかバーロー。
来客用のちょっとハイソなカップとかもあるけど、吾郎くん相手に来客用のカップってもったいないよね?
そうだな、うん。私の予備のウサギちゃんのマグカップを貸してあげよう。
私愛用のマグカップがクマちゃんだから、絶妙に吾郎くんの方がかわいくなるけど、客の分際でカップの指定が出来るとは思わないでほしいものだ。
…さっきから吾郎くんがこっちをやたらジト目で見てくるのが気になるんだよなあ。
あれ?もしかして、
「全部声に出てた?」
「顔がうるさい」
「暴言も甚だしい…」
乙女の顔にうるさいは無いよね、うるさいはね。
きっとあいつは、デリカシーってやつを言葉を覚えた辺りの頃にゴミ箱にダンクシュートしてきやがったんだ。
いやまあこれくらいなら別にいいんだけどさ。
『今日はいい天気ですね』『そうですね』くらいと同レベルくらいの会話だし。
私のと同様に、濃い目の緑茶を吾郎くんに出してやる。
「……緑茶、不満?」
吾郎くんが、やけにまじまじと緑茶を見つめてるから思わず聞いてしまった。
あれ?昔は飲んでましたよね!?キャラ変して嗜好も変わったんですかね!?
「いや、懐かしいと思っただけ」
「最近はずっとコーヒーばっかりだったんじゃないの」
「ああ」
それだけ言って緑茶を飲んだ吾郎くんは、なにやら難しい顔をして黙り込んでしまった。これは何をしているかというと、これから話すことを整理してるだけなんだな。なまじ顔が良いのでそれだけの行動でもなんか雰囲気出ちゃうんだ。憎いやつ。
さっき教室でもそうしてたけどこれは昔からの癖。
大きくなってもあの頃の吾郎くんと本質は変わってないんだなって思えて嬉しくなった。
邪魔するのも悪いし黙っててあげようね。
いやしかし、顔がよろしい人というものは、難しい顔して黙ってるだけなのに華があるよなあ。
中身もまあ…キャラ変、もとい猫被りをしている時のなら女性人気もすごいし…。
ああ、そういえば、吾郎くんは昔っからイヤミばっかりの捻くれ者だったわけじゃないんだったな。
どちらかと言えば、今の猫を被っている状態に近かったというか…いや、年相応に子供らしかったという方が正しいか。
負けず嫌いなところは変わらないけど。
はっきり言っちゃえば、私達は2人揃って年相応にクソガキだった。
小学生の頃、2人でカブトムシを捕まえに行ったことがあるんだけどさ。
私のカブトムシがちょっとだけ大きいのが悔しかったからって、1日中カブトムシ狩りに付き合わされたのは忘れられない。
日中になってくるとカブトムシなんて捕まえられないから昆虫ならなんでもオッケーってルールに変更したけど、カブトムシにはカブトムシで勝ちたい吾郎くんは粘りに粘って、奇跡的に木に止まっていたやたらと大きなカブトムシを見つけ執念の勝利をもぎ取ったんだ。
あの時の吾郎くんの嬉しそうな顔ときたら。
そうだ、そういえば確かあの時、吾郎くんは。
そこまで思い出したところで、吾郎くんの視線が私にブスブス突き刺さっているのに気が付いたので、私の回想は終了した。
そして私は、ループ前に吾郎くんがやっていたことを、全てを、包み隠さず聞かされたのだった。
"ペルソナ"のこと。
歪んだ認知によって生まれてくる"パレス"のこと。
怪盗団の"世直し"が、パレスを利用してのものだったということ。
怪盗団のメンバーと吾郎くんは全員その"ペルソナ"が使えるということ。
吾郎くんの父親が、議員の獅童氏であること。
その獅童が精神暴走事件の黒幕であったこと。
ちょうど高校生になった頃、獅童の関係者と接触する機会があったこと。
復讐目的で獅童に近付き、信用を得るために獅童の計画の実行犯として、吾郎くんがパレスで何人もの人を手に掛けていたこと。
怪盗団にそれらの罪を着せようとしたこと。
12月15日に、怪盗団を始末するために入り込んでいた獅童のパレスの中で、獅童の認知上の存在である"明智吾郎"に殺されたこと。
殺される寸前に認知上の"明智吾郎"から、獅童は"明智吾郎"が実の息子だと勘付いていながら実行犯として都合よく利用し、用済みになったら殺すつもりでいたと知らされたということ。
「………」
長い話だった。
電気を付けていなかった部屋はいつの間にか薄暗くなっていて、吾郎くんの顔もよく見えないくらいになっていた。
そんなことにも気が付かないくらい、没頭していたし、呆然とした。
話を聞いていただけなのにものすごい疲労感。
吾郎くんの語り口は無感情に淡々と話していたけど、どんな気持ちだったんだろう。
まさか、人の道から外れるようなことまでしていたなんて。
子供の頃の吾郎くんは、どこの家庭にも当たり前に居るような、ごく普通の"お父さん"が自分にも居て、お仕事が忙しいから会えないものだと信じてた。
私にもいつもそういう風に言って、会ったこともない"お父さん"に会いたいっていつも言ってた。
お母さんがひとりで大変だからって、いつも家事の手伝いもしていたし、それなのに勉強だってがんばってて成績は常に1番だったし、学校でも外に居ても、誰にでも優しくしてた。
親に叱られる時は決まって「明智君を見習いなさい」と言われるくらい、みんなが吾郎くんを褒めてた。
お母さんと2人で暮らしていた頃の吾郎くんはまだ捻くれ者なんかじゃなくて、年相応に子供らしくてさ。
吾郎くんはお母さんのことも大好きだった。
優しくて美人で、私が遊びに行くといつも手作りのクッキーを出してくれていた吾郎くんのお母さんが、私も大好きだった。
彼女が亡くなってしまったのは、私や吾郎くんが小学3年になった頃。
お葬式がやたらとバタバタしていたことと、吾郎くんが呆然として泣くことすらできなくなっていたこと、そんな吾郎くんが心配で悲しくて辛くて、私の方が泣きながらずっと手を握っていたことだけをはっきりと覚えている。
まだ小さかったのに、1人で生きていける年頃でもないのに、吾郎くんのもとに"お父さん"が迎えに来てくれることは終ぞ無く、吾郎くんはひとりぼっちになってしまった。
吾郎くんの性格が変わってしまった原因はどう考えてもこれだ。どうして忘れていたんだろう。
母親を早くに亡くして、自分を守ってくれる人間が居なくなって、嫌でも大人の事情を知らなきゃいけなくなって、それで吾郎くんはクソッタレの捻くれ者になってしまったんだ。
カブトムシを捕まえた時、確かに吾郎くんは言っていた。
「お父さんに見せるんだ、『友達より大きいのを捕まえたんだよ』って!」と。
あれから吾郎くんはお父さんの話をしなくなって、私も聞いちゃいけないんだって思って何も聞けないでいた。
パレスという現実世界でない場所でとはいえ、父親から、ひとごろしを命令された時どんな気持ちだったんだろう。
ねえ、どうして断れなかったの。どんな気持ちで引き金を引いていたの。
「バカだね、
吾郎くん、きみは、あの頃からずっと、ただお父さんに「すごいね」「がんばったね」って言ってもらいたかっただけなんだね。
吾郎くんの心の中には、きっとまだあの頃の"ゴロちゃん"が居て、ずっと"お父さん"を待っていたんだろう。
褒めてもらいたくて、認めてもらいたくて、絶対にやっちゃいけないことまでやって、その最後に父親から殺されたような終わりになっちゃうなんて。
「ごめん…ごめんね……」
あの時からずっと、私が手を握ってあげていれば良かった。
私がいくら褒めても足りなかったのだとしても、私が毎日「がんばったね」って言ってあげれば良かった。
ごめんね。ごめんね。大バカなのは私だ。世界一のバカだ。
ちょっとテレビに出るようになったからって勝手に距離を感じて離れるなんて。
「だからお前に話すのは嫌だったんだよ」
「は?…わぶっ」
俯いていた顔を上げた瞬間、視界にタオルが飛び込んできた。
私、どうやら泣いていたみたい。
大号泣だ。気が付いたらなんだか息も苦しい。しゃくりあげすぎて息がうまく出来ないや。
……さすがに泣きすぎでは?
落ち着くために深呼吸をして、目から出た水分をタオルにゆっくり沁み込ませる。鼻がズビズビする。吾郎くん、ティッシュもください。
あれ?そういえばこのタオル、朝干しておいたやつだ!なんで吾郎くんが持ってるんだ!と思ったけど、洗濯物はソファの上のカーテンレールに部屋干ししてたんだった。
今更だけど下着とか干してなくて良かったー!タオルで良かったタオルで。
「…わっ、私には聞かせたくなかった話だったの?」
タオルで顔を包んだまま聞いてみる。
泣きすぎて恥ずかしいので、今は吾郎くんの顔を見たくない気分だ。あ、ティッシュありがとね吾郎くん。
「…八重に話したら1人で勝手に
「おっしゃる通りです」
お互いの行動がだいたい読めちゃうの、子供の頃からの付き合いの賜ですね。
吾郎くんは見たまんまプライドがエベレスト級なので、自分の手でやると決めたことを誰かに勝手にやられるのをすごく嫌がる性質なんだった。
それが良いことでも悪いことでも、自分の選択を後から間違っていたからって後悔するなんてしない。
だから他人に邪魔されて、手を出されて、己の与り知らぬところで解決していたとしたらすごく怒る。
自分の選択したことの結果が間違っていたとしても、その間違えた結果までもを良しとするのが明智吾郎なのだ。
だから、私が吾郎くんの代わりにクソハゲをぶん殴ったとして、それを喜ぶ男ではないということ。
寧ろめちゃくちゃキレるだろうけど、私もそれで引き下がるようなしおらしい性格をしているわけではないので、殴り合いの泥仕合になるのは必至。
うん、現役女子高生と現役男子高生のガチンコ殴り合いバトルはあんまり見たいものじゃないな。
その時、吾郎くんのスマホが鳴った。
……電話みたい。
吾郎くんにどうぞ、と隣の部屋に繋がるドアを指したけど、吾郎くんはそのままソファから立つことなく電話を取った。
この流れで吾郎くんはソファの虜になってるから動けない、とかだと最高におもしろいんだけど、おそらく内容を私に聞かれても構わないか、聞いておいた方がいい物ってことだろうな。
電話口の相手に吾郎くんの傍に誰かが居ると思われないように、出来るだけ息を殺して電話の声を聞き取る。
「もしもし?」
そういえば、ラヴェンツァは、確かに時間が逆行するって言ってたっけ。
それって、12月まで生き残ってループを脱出したら元の世界に戻るとかいう話じゃなくて、ループ脱出に成功したそのままの世界で進んでいくってことだよね。
だったら、吾郎くんがこのまま全うに生きることができて、ループを脱出できたなら?
ループする前とは別の結末が待っていて、そのまま年を取れるの?
もしそうだとしたら、ラヴェンツァは「世界を救って」と言ってたけど、このループは世界を救うためのループじゃなくて、私のためのループなんじゃないかと思う。
私の独りよがりな、こうだったらいいのにな、を体現したループ。
夢なら覚めないでほしいなって思う。ずっと。
「ああ、お疲れ様です。冴さん」
完全に猫被りバージョンの吾郎くんだ。当たり前なんだけど切り替えが早すぎてちょっとおもしろくなってくるんだよね。
『……明……?今…………』
……うーん、スピーカーじゃないからよく聞こえないな。わかることと言えば、声の主は女性らしいということくらいか。
あれ?時間帯を考えれば夕食のお誘いなんてあったりしちゃうのでは!?
おいおい吾郎くん、きみってやつは電話で女性から夕食のお誘いを受けてるのか!?
すげーな高校生探偵!モテるんだな!そんで連絡先を交換しちゃうくらいには良い関係ってことかな!?きゃーきゃーきゃー!恋愛トークしちゃいます?
おいコラ吾郎くん!顔、顔しかめちゃダメだぞ!そんな嫌ならなんで連絡先交換しちゃったんだ!
それともきみの携帯は非通知拒否にすらしてないってのか!セキュリティガバガバすぎんよー!
「すみません、今ちょっと手が離せない状態で。別な日に改めて…」
嫌そうな顔はそのままに、声だけおそろしくにこやかな調子でお断りしちゃった吾郎くん。
表情筋と声帯どうなってんだこいつ。
「はい、ええ。すみません、冴さん。じゃあまた」
そう言ってスマホを切った吾郎くん。
「吾郎くん、女性からのお誘いを断っちゃったの?」
「検事だよ。あのハゲ絡みで面識があるだけだからな」
「なるほど」
即座にスイッチオフした吾郎くんにも慣れてきたところで、さすがに部屋を明るくしようと立ち上がる。
その瞬間、視界の上下左右が急にひっくり返ったような感覚がして思わず座り込んだ。
「貧血かな!?」
「このバカ!どう考えてもループだろ!」
目の前の吾郎くんも同じ状態のようで顔色も真っ青になっている。
「あっそれもそうか!」
という実にアホらしいやり取りを最後に視界と思考がブラックアウトした。
―9th April 20XX―
「………」
「………」
遠くの方でガヤガヤと声や足音やいろんな物の音が聞こえてくる。
そうだ、いつもの放課後ってこんな感じ。
そう思った瞬間に肩の力が抜けて、深く息を吸う。ん?なんか覚えがあるこの流れ……
「あー…なんていうか、これ、ループしちゃってるよね」
「なんでだよっ!」
キレた吾郎くんが手袋を床に叩きつけた。
なんていうかまあ、気持ちはわかる。
お読みいただきありがとうございました!
次話以降は来週から定期的に更新していく予定です。
感想などいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。