―9th April 20XX―
キレた吾郎くんだけど、即座にここが学校で、人の目がある場所だって思い出したみたい。
「やだなあ僕ってば。寝ぼけて手袋を落としちゃったよ」とか言い訳しながら叩きつけた手袋を拾い上げた。
「教室に決闘申し込むの、終わった?」
「お前後でシバく」
小声なのに腹の底から響くような唸り声で威嚇されてしまった。
小動物が唸るのって、本人は必死なんだろうけど見てるとかわいくて和んじゃうよねー。
身長でっかいのにねー。オーラがチワワなのよ。チワワ。
「きゃーこわいこわい。じゃあ、作戦会議で私んちにレッツゴーってことでいい?」
「そうだね」
「ンフッ…じゃあ行きましょうか吾郎くん」
キャラ変猫被りモードの吾郎くんに思わず笑いそうになるのを一生懸命こらえた私、えらい。
当の吾郎くんにはギロリと睨まれたけど。
そんなこんなで本日2度目の我が家へご案内。
玄関先でさすがに同じやり取りはしなかったものの、流れは似たようなものなので割愛。
そういえば吾郎くんには私の前ではあんまり猫被りするなって言っておいた。
一応吾郎くんにも外向けのキャラがあるってことはわかっているんだけど、ずっとそのキャラで通すつもりが無いなら徐々に外向けのキャラの猫を軽くしていった方がいいんじゃないかって提案したわけだ。
そもそも探偵として有名になろうとしたのも獅童への復讐ゆえにって感じだったから、そのために作られただけで未練など無いであろうキラキラ系王子様キャラも数年くらいのスパンでポイできればいいなって思ってる。
とはいえ吾郎くんはまだ猫被りがイマイチ抜けてないみたいで、まだ私の前でも"僕"なんて言ってるからちょっと違和感。
早く慣れてくれ、私が笑ってしまう。
……あ、吾郎くんが横でなんかゴチャゴチャ言ってるな。
全く聞いてなかったけど多分「ループしたけど記憶あるよね?」っていうことをオブラートに包んで嫌味のリボンでラッピングしただけだから大丈夫大丈夫。
「それで、何故かループしちゃったわけだけどちゃんとその辺りの記憶ある?吾郎くん」
「問題ない。八重も問題無さそうだね。僕の話は全く聞いてなかったみたいだけど」
「それじゃあ原因究明といきますか」
ま、細かいことはスルーしますよっと。
そもそも私達は、この世界のループを抜け出すために何をしたらいいんだろう?
悪い行いをせず、無事に12月まで生きることだけでいいの?
でも、それじゃあ獅童は?
この世界で吾郎くんが獅童に接触せずに、精神暴走事件を起こさなければ獅童は無罪なのか?と言われたらそうではない。
さっきループする前に吾郎くんが教えてくれた話によれば、獅童は自分がこの国でのし上がるために大小様々な罪を犯している。
それを見過ごして生きるなんてこと、吾郎くんには出来るだろうか?
自分で考えるより本人に聞いた方がいいよね、ということで吾郎くんに聞いてみた。
「見過ごす訳が無い。あの野郎は必ず失脚させる。それにおそらく、このループを抜けるためにはあいつを潰す必要があるはずだ」
「……何か方法があるの?」
オリジナルの世界でやろうとしていたことは間違っていたのだから、それとは違う方法をとらないといけない。
それは吾郎くんにもわかってるだろう。それでも吾郎くんの返事は歯切れの悪いものだった。
「一応、無くは無い」
「まだその手段が確定出来ないから安易に話せないってこと?」
「そう」
「じゃあ話せる段階になったら教えてね」
話を戻すけど、さっきループしちゃったってことはつまり、寸前の行動で怪盗団または吾郎くんに何かが起こってしまうということだと思うんだけど…。
怪盗団の名前を聞くようになるのはまだ先の話だったような。
行動を確認できない怪盗団のことは置いておくとして、気になるのは吾郎くんの電話しかない。
吾郎くんも同じことを考えていたようで、時間を確認していた。
「さっきの検事さんからの電話がトリガー、かな?」
「話したいことがあるとか言ってたからな…」
「明らかにそれじゃん!次は断るなよ!絶対行けよ!でも人目の多いところにしなさいよ」
「は?」
「こいつ何言ってんの?」みたいなツラでこっち見てるけど、そんな変なこと言ってる?
もしその検事さんが吾郎くんも知らない獅童の息がかかっている人だったら、人気の無い所や密室は危ないよね?
こんなこと、吾郎くんなら考え込むまでもなくわかるでしょうに。
「…なに」
「僕だけに行かせる気?」
「一体何がどうなると女子高生が検事さんと仲良く晩飯食いに行く事態になるんですかね」
「僕の助手って事で行けるだろ。あと、飯じゃない」
電話の相手は夕食のお誘いじゃなくて検事さんだった模様。
女性の検事さん、新島冴さんって言ったっけ。
確か、ループ前に聞いた話だとその検事さんは怪盗団や吾郎くんにめちゃくちゃ関係のある人だったはず。
怪盗団のメンバーに私達と同じ年の妹さんが居るとかなんとか。
「うーん…ループの条件に私は関係無さそうだし、ハゲとは無関係な私が一緒に居た方がその後の行動に変化があっていいのかも?電話がきたらちゃんと話付けてよね」
「ああ」
そう言って吾郎くんはまた黙り込んでしまった。
2人しか居ない空間で黙られるからちょっと手持ち無沙汰になっちゃったじゃないか。
洗濯物取り込んでおこうかな…いやでもループしたら洗濯物もリセットなんだろうな…。めんどくさいな…。
あれ?そういえばどうしてループした時にラヴェンツァは居なかったんだろう?
ラヴェンツァから預かった本は持ってるけど、これってループに関係なく持ち越せる物なのだろうか。
立ちくらみみたいになって、気が付いたら放課後の教室に居たけど…1周目でざわめきが聞こえてホッとしたのはラヴェンツァからの話を聞いて本を受け取った後だ。
ラヴェンツァは、毎回
だからもし、このループの始点がラヴェンツァからの説明が無い始まりなのだとしても、ラヴェンツァが居ないだけで時間は同じ所から始まるはず。
でも、教室の時計は明らかに説明を受けた後に見たのと同じ時間だった。
……もしかして、
つまり、ループを脱出するための正しい選択をするとループの始点が進むってこと?
まるでゲームのセーブデータみたいに。
今回のケースで言えば"正しい選択"というのは、"ラヴェンツァが私達にループの存在を明かし、私達に攻略させる"ということ。
これが正しいから、その選択の直後がループの始点として上書きされた?
それ以前の周回と1周目のループで違う点といえば、これくらいしか思い付かない。ループ前の記憶が保持されてないから当たり前なんですけどね。
うーん、まだ断定するには材料が足りないか。でも、頭の片隅に置いておこう。
いっけね。私も考えすぎて吾郎くんを放置しちゃってたわ。
「……」
吾郎くんもまだ考えごとをしていたのでセーフとしよう。
邪魔するのも悪いし本でも読むか。神保町で買った"剣豪武勇譚"ってやつ。
学年が上がる前の春休みに買った本だから置いてあると思うんだけど…あ、あった。
吾郎くんもまだ考え中だし、いい所まで読めそうかな。
静まり返った室内に響くスマホの着信音で私はハッと現実に引き戻された。
あー、びっくりした。そういえば電話を待ってるんだった。
吾郎くんがスマホの画面を確認する。
おそらく、例の検事さんで間違いないんだろう。
「忘れないでね」
私がそういうと、吾郎くんは小さく頷いて電話を取った。
「もしもし?……ああ、お疲れ様です。冴さん」
よし、ちゃんとキャラ変猫被りバージョンになれてるね。
2回目だし笑うのは我慢しよう。うん。
『……明……?今……』
相変わらずよく聞こえないな。吾郎くんがちゃんと話せるかヒヤヒヤしちゃう。
よし、誘いに乗れ!乗るんだ吾郎くん!
「ええ、是非。そうだ、冴さんに会わせたい人が居るんですよ。今ちょうど一緒に居るので、連れて行ってもいいですよね?」
『私…会わ……?』
突然同伴者が居る話をされて電話口でちょっと困ってるみたい。ええ、至極真っ当な反応です。
「僕の推理のヒントを出してくれる助手のような存在なんです。だから、今回も助けてもらおうと思っていまして」
私はどうやら"助手のようなもの"になるらしい。ちょっとは賢そうにしてやろう。
賢いキャラといえばメガネ?
あ、ビン底みたいな分厚いレンズの伊達メガネがあったな。あれでも掛けて行こう。
■■■
吾郎くんに連れて行かれた先は地検特捜部。これから会う予定の検事、新島冴さんの職場だ。
ひええ、こんなお偉いさんばっかの場所に一介の女子高生は不釣り合いです!
なにやら高そうな作りの階段の、これまた高そうな手摺にもたれかかっている吾郎くんがスマホをいじっている。
多分、冴さんにチャットを飛ばしてるんだろうと思う。
絵になるなあ……ではなく!
いやもうチャットより私の緊張をどうにかしてくれ。粗相なんてできないんだからこんなとこで。
この手摺は何製なんですか!素手で触ったら怒られませんかね!吾郎くん!聞け!オイ聞け吾郎!
私の視線をガン無視でスマホばっかりいじってやがる。
これだから現代っ子は!
なんて憤慨していたら、階段のすぐ上の扉が開き、そこから思ったよりも若い女性がやってきた。
着ている物は一目で高級なそれとわかる出来。
袖にレースがあしらわれてて、既製品ではない雰囲気がありありと伝わってくる。
なんだっけ、そう、オートクチュール。
髪の毛は灰色がかったオリーブ色。長髪。瞳の色はこげ茶色、美人だけど目つきがギラついててちょっときつめの印象。
顔色があんまり良くないから日頃の疲れが取れてない可能性がある?
身だしなみは綺麗で所作は丁寧かつキビキビって感じがするから、性格的にも職業的にも四角四面なタイプと見た。
「……その子は?」
「僕の助手の真宮寺さんです。力になってもらってるんですよ」
苗字で呼ばれるなんて初めてだからちょっとびっくりしちゃった。
でもまあ女性ファンが山ほどいる探偵のただの助手が、その探偵さんから名前で呼ばれてたらちょっと只事じゃなくなりそうだもんな。
この辺全く打ち合わせしてなかったけどナイスパスだぜ吾郎くん。
「そう。初耳だけど?」
冴さん、なんか知らんけどやたらとツンツンしてるぞ。やっぱりお疲れなのでは!?
私のことはチラッと見ただけでスルーっぽい!
私置いてけぼりになっちゃいそう!まーたこれだ!こないだもやったような気がするこんな流れ!
「はじめまして、真宮寺八重と言います。私のことは内密にしてもらうように、私から明智さんにお願いしていたんです」
ビン底伊達メガネをクイッと上げて、私も負けじと猫被り。
助手だからね!助手たるもの、先生のことはさん付けで呼ぶんだ。なんかデキる助手って感じがするでしょ。
明智先生、だとちょっと硬すぎるので不採用。
「新島よ。詳しくは明智君から聞いてるでしょうから省くわ。よろしくね」
多分ね、その詳しく話す段階を踏むことで人は仲良くなるんだと思うの、冴さん。
ま、一応よろしくされたし?遠慮せず行きますけどね!
「それで、僕を呼び出すってことは事件ですか?」
「いいえ、気になる事があるから話をしたいだけよ」
「それじゃあコーヒーでも飲みながら。おすすめの喫茶店があるんですよ」
吾郎くんがそう言ったその時だった。
数時間前にも体感した、視界の上下左右が急にひっくり返ったようなあの感覚。
「えっ?」
「は?」
吾郎くんの気の抜けたような声も聞こえるので状況は同じだろう。
ループが始まる。
スイッチが切れたように足から力が抜けて階段に尻餅をついた。
何が悪かった?何かが正しくなかった?
「もっとよろしくしとけば良かったかな!?」
―9th April 20XX―
「もっと考えた断末魔にしろよ…」
吾郎くんの力ない呟きで意識が覚醒する。
「断末魔は考える間も無く言うものなんだよ吾郎くん」
場所は学校の教室でも私の部屋でもなく、地検特捜部入口。
腕時計で時間を確認すれば、時系列的には冴さんの電話の後だということがわかる。
さっきのループでの私の仮定が正しいなら、多分冴さんの電話でのお誘いを断らないのは正しい選択になるのだろう。
しかも、私は居ても大丈夫。私の同行がダメなら電話で私の話をしている時点でループになるはずだし。
やっぱりループの始点は進んでる。
ううん、結果を出すにはもう少し考えてからにしよう。慎重にね。
周りに聞こえないように小声で吾郎くんに話し掛ける。
「ところで冴さんがすっごい塩対応なんだけど、あれ標準?ブロークンハートなんだが?」
「この時期から冬にかけて徐々に荒れてくるぞ。原因は俺だけど」
「
吾郎くんが頷く。
冴さんが獅童に関係してるなんて言うから疑っちゃいそうになったわ。
どっちかというと正しい選択をするためには敵対しない方がいい相手じゃん!むしろ積極的に媚びてこ!
初めのループの時に、吾郎くんの当時の状況含め一切合切を説明してくれたと思ったけど、どうやら敢えて情報を小出しにしておいて私に判断させてるみたい。
変に先入観持たされるよりは自分で判断したいからいいんだけどミスリードが怖いわ。気を付けよう。
「どうしてループしたんだろう?何が正しくなかった?」
「ここで考えてる時間は無いよ。歩きながら考えろ」
小声でそう言った吾郎くんは建物の中へと向かって行った。
置いてかれてしまう、顔パスできるのは多分吾郎くんだけだから置いてかれたら積みだ。
慌てて吾郎くんの背中を追い掛ける。
あ、ここで情けなく「待ってくださいよ~!」ってセリフが入るとなんかすごく助手っぽい。
「真宮寺さん、髪の毛にゴミがついてるよ」
くるりと振り返った吾郎くんもとい明智さんのこのセリフに、何故か副音声で「バカな顔してるんじゃねえよバカ」って聞こえてきた。
声に出してたわけじゃないのに何か伝わってたのかしら。ひょっとしてエスパーかな?
さっきも来た階段で冴さんを待つ。
さっきっていうかループ前だから、通しで見れば初めて来る場所ではある……ややこしい。
落ち着かなかったけどやっぱり場違いな感じ。
ソワソワしちゃいそうになるけど我慢だ、我慢。
……あ、吾郎くんがスマホいじってるからそろそろかな。
「お疲れ様です、冴さん」
来た。今回は吾郎くんが先んじて声を掛けるスタートのようだ。
冴さんが何か言う前に挨拶しなきゃさっきと同じ流れになってしまう!
私は一歩前に出て、出来るだけ笑って元気よく見えるように話し掛けた。
「新島冴さん、はじめまして!私、明智さんの助手の真宮寺八重と言います!」
お読みいただきありがとうございました!
今回の話から毎週金曜日または土曜日に1話ずつ更新して参ります。よろしくお願いいたします。