―9th April 20XX―
……結果から言うと、私が冴さんにやたらフレンドリーになることに然したる意義は無かったみたい。
その理由は、腕時計の日付と今立っている場所が克明に示している。
「明智さん、次は何を試します?」
「次は僕が行ってみるよ、真宮寺さんは見てるだけでいいから」
これを訳すと「やってみたいことがあるからちょっと黙ってろ」だ。
何を思いついたんだろう。開口一番言うってことは自信があるんだろうな。楽しみ。
そういえば、人の目もあるので一応外向けで話し掛けてみたけど、今までループしてたのってここでの会話が影響してたりはしないよね?
だったらかなり苦しくなりそうだ。猫被りって疲れる。
本日3回目の落ち着かない階段前。
吾郎くんが何か思いついてる様子なので私は静観と行こう。
そして少し待ってやってきた冴さんに、吾郎くんは最初の冴さんもびっくりな塩対応をしてみせたのだった。
―9th April 20XX―
黙って見つめ合う吾郎くんと私。
「塩対応は違ったね」
「ああ」
「塩すぎて冴さんの話聞くの断っちゃったね」
「そうだな」
「うっかりしちゃったね」
「……」
「それじゃループしちゃうのも仕方ないよね」
「……悪かった」
気まずそうに謝罪する吾郎くんを許すことにした。本人も一応自分が悪かったと思ってるみたいだしね。
なので「僕も忙しいんですよね。手短にお願いできます?そもそも、今日じゃないとダメなんですか?」なんて抜かしやがった吾郎くんのことは忘れてあげよう。
「次はもうちょっと冴さんに優しめに行こう。あと、私の事を忘れないでくれると嬉しいです」
「ああ、わかった」
と、珍しくしおらしい吾郎くんだったが結果は散々だった。
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「なんで進めねえんだよっ!」
「吾郎く…明智さん、素が出てますよ」
「うるせえどうせループするんだからどうでもいいだろ」
イライラを隠そうともしない吾郎くん。やさぐれてんなー。
まあ、そうもなるよね。
私達は通算n回目のループを迎えた所だった。n回目って結局何回目なのさ、って思うでしょう。わかんないんだわ、もう。10回超えてから数えるのやめた。
何回やっても正しくないみたいで、地検特捜部から永遠に出られない。なんで?
吾郎くんは私より遥かに短気なので数回前のループでは冴さんにもちょっと嫌味を言いそうになっててすごく焦った。それは八つ当たりって言うんですよ。
今だってブチギレて今までループした原因を声に出して確認してる始末。
周りの視線が興味本位からヤベーやつらを見る目に変わってきてる。ループすれば私達以外の記憶には残らないけどちょっとヒヤヒヤなんだわ。
「だからさっきのループで冴さんにやたらフレンドリーだったの?冴さんちょっと引いてたよ」
「それは八重もだろ」
さっき、つまり直前のループでの会話を思い出す。
『やあ冴さん!今日もお奇麗ですね!』
『えっ?え、ええ』
『そうだ、こちらは助手の真宮寺さんです。冴さんの話をしていたらどうしても会いたいって言うから連れて来ちゃいました』
『はじめましてー!私、明智さんの助手の真宮寺八重って言いまーす!冴さんて呼ばせてくださいね!聞いてた通りの美人な方で私、テンション上がっちゃいます!よろしくお願いします!』
『よ、よろしく…』
……うん、冴さん、ごめん。
ヤケクソでした。
「こうなったら見るしかない。ラヴェンツァメモ~」
「んなアホな呼び方してんのかよ」
アホでもなんでも、わかりやすさが大事なのだ。
「だって私達、12月まで行かなきゃいけないのにまだ4月9日よ?通してみたらまだ初日なんだよ?見るしかないでしょうが!」
吾郎くんがうっと言葉に詰まる。
そうなんだよ、こんだけグダグダやっててもこれまだ初日。あと8ヶ月も残ってんの。
序盤も序盤でこんなに長い事やってたらループとか終わらせる前に私達がおじいちゃんおばあちゃんになってしまいます。
……深く考えないようにしてたんだけど、ループしたら体の成長も元に戻るのかな。記憶は残ってるのに体は戻るって都合よすぎるよね…?
いや、これは考えるのやめよ。ちょっと怖い。後でいいよ後で。
「そうだとしても八重は見るな。僕が見る」
一人称も戻ってきたってことはちょいとばかりは頭も冷えたのか。
吾郎くんもラヴェンツァメモを見ることに決めたみたい。考え事は後にしよう。
私が見るのを止められたのは、このループが一応は吾郎くんの行動に沿ってるわけだからかな。
変に先読みしてネタバレするのも良くないだろうし。
吾郎くんにラヴェンツァメモを手渡す。
本を開いた吾郎くんはびしりと固まった。
「どうしたの?なんて書いてあるの?」
「…ない…司…」
掠れた声で言うからよく聞こえない。
どうしちゃったんだ、そんな衝撃的なメモだったの?
「え?なに?」
「だから!冴さんを回らない寿司屋に誘わないとダメだって書いてあるんだよ!」
今度のヤケクソ担当は吾郎くんのようだ。
心なしか顔が赤い。ていうか、今なんて言った?
「回らない…寿司屋…?それだけ?」
「後は全部合ってる!」
開いた口が塞がらないってこういうことかも。
じゃあなんだ。私達がめちゃくちゃループさせられていたのは、吾郎くんが回らない寿司屋に行きたいって冴さんに言わなかったから正しくなかったの?
回らない寿司屋が、吾郎くんにとってそんなに重要なわけ?
「ちょ…フフッ…ごめっ…!ウフッ…そんなに回らないお寿司が、アハハハハハ!!回らないお寿司ウフフフフフフ」
「クソが」
「ごめんて、ごめんごめん。知らなかったの、吾郎くんがそんなに回らないお寿司が好きだったなんて!アハハハハハ!お寿司が食べたくてループって!やめて苦しい!」
「八重お前、マジで後で覚えてろよ」
「全部終わったら記念にお寿司食べに行こうね、ンフッフフフフ」
そうして一頻り笑い転げた私は、ここがどこかを思い出した。
地検特捜部前だ。こんな所で呼吸困難になりそうなレベルの爆笑をかます女子高生なんて目立って目立って仕方ない。
さっき吾郎くんもヤケクソ絶叫しちゃってたし余計に。
周囲の目線が痛い。あとちょっとずつ人が集まってきてる。
これは吾郎くんのファンかな…。
仕方ない。これはもうループを逆手に取るしかない!
良い子も悪い子も絶対に何があっても真似しないでほしい。本来は禁じ手なわけだし。絶対にダメです。自己都合ループ、ダメゼッタイ。
「よし。じゃあさっさと冴さんにタップダンスでも披露してループといきますか」
「僕はやらない、絶対やらない」
「これでループ失敗したら私は初対面の検事さんにタップダンスを披露する狂人だし、吾郎くんはその狂人の連れってことになるね」
「……手拍子くらいならやってもいい」
「よし決まり」
タップダンスに手拍子要るか知らんけど。
そして私と吾郎くんは、おそらく本邦初であろう、タップダンスの為だけに地検特捜部へと踏み込むのだった。
―9th April 20XX―
何回やっても慣れないめまいからの覚醒。
場所は相変わらず地検特捜部前。
「回らない寿司屋ね」
「ああ」
吾郎くんと2人で頷く。
できればこれが最後の4月9日であってほしい。いやほんとマジでお願いします。
ほとんど吾郎くんの食い意地みたいなもんでループしちゃったことはこの際置いておきますから、もう10日に行かせてください。吾郎くんがなんでもします。
何回目かしれない落ち着かない階段前。
もう落ち着かないどころか親の顔より見た階段になりつつある。もうここ来たくない。
最初はキョロキョロしちゃってたけど、ここ数回のループでは絨毯の編み目の数を数えることに執心してるので、今回も編み目を数えることにする。
ややあって冴さんが登場する。
冴さんは私をちらっと見て「その子は?」と言う。
「……その子は?」
「僕の助手の真宮寺さんです。力になってもらってるんですよ」
吾郎くんの猫被りも順調。
次の冴さんは「そう。初耳だけど?」。
「そう。初耳だけど?」
合ってる。大丈夫。
「はじめまして、真宮寺八重と言います。私の事は内密にしてもらうように、私から明智さんにお願いしていたんです」
結局、一番初めの流れが一番安牌らしいことはわかってるので一言一句間違えないようにする。
私の挨拶に対する冴さんの返事が「新島よ。詳しくは明智君から聞いてるでしょうから省くわ。よろしくね」になればいい。
「新島よ。詳しくは明智君から聞いてるでしょうから省くわ。よろしくね」
良かった。ちゃんと行けてる。でも省かれると毎回心が痛むから、出来れば後で仲良くしてください。
……次は吾郎くんの番。
「それで、僕を呼び出すってことは事件ですか?」
吾郎くんも最初と同じ言い回し。
だから返事は――
「いいえ、気になる事があるから話をしたいだけよ」
――よし。何もおかしくない。ちゃんと進んでる。
「それじゃあ夕食でも一緒どうですか?あ、寿司なんてどうです?回らないやつで!」
吾郎くんがやけに張り切った声で冴さんにリクエストをする。もうほとんどヤケクソ。
本当にマジで絶対にもうループしたくないの、切実なんです。
お願いだから進んで…お願い…。
冴さんはコツコツと足音を立てて歩みを進める。そして息を吐いて一言。
「……回るやつね」
冴さんが返事をしてくれた!初めての流れ!
そして私達にめまいは起きていない。
進めた!?進めてるよね吾郎くん!?
感動のあまり吾郎くんの肩をバシバシ叩いてしまうが許してほしい。
吾郎くんも珍しく嬉しそうな表情だし、なんなら両手でガッツポーズを決めている。
私達が冴さんに着いてもいかないし、返事もしなかったことを不審に思ったらしい冴さんがこちらを振り返った。
冴さんの視界に入ったであろう、笑顔と涙目で吾郎くんの肩を叩く私と、嬉しそうな顔で両手でガッツポーズをしている吾郎くん。
「…そんなに寿司が食べたかったの?」
「そっ、そうなんですよ。特に彼女が大好きで」
「ハイ!オスシダイスキ!オスシウレシイ!」
「…………そ、そう」
……冴さんの、私達に対する見方がちょっと変わってしまったかもしれない。
主に食欲的な意味で。
そしてその後、回る寿司屋での夕食と、冴さんから最近解決に踏ん切りがつかない事件についての話を聞いた。
長かった…ここまで何日かけたんだろう。ループしてるから1日か。気持ち的には足したい。全部足したい。特捜部だけで1週間くらいになってると思う。
現在は、自宅まで送るという冴さんの申し出をありがたくお断りし、すっかり暗くなった駅までの道のりを歩いて帰っている最中。
お寿司屋さんからかなり離れた、人気の無い場所に差し掛かった辺りで吾郎くんがフウと息を吐いた。
「お疲れ様」
「ああ」
「眉間の皺ヤバいよ。まだ外だから我慢して」
「これくらいならバレねえよ」
小声で返してくるあたり、ちょっとは気を遣っているんだろう。
腕時計で時間を確認すると、時刻は23時半を過ぎた所だった。
もうすぐ4月10日になるということだけがすごく嬉しい。
でもそれを喜んでいる余裕はない。体力の方はまだ大丈夫そうだけど精神的に疲れすぎて頭がパンクしそう。
吾郎くんも外で猫被りの休憩するくらいだし、相当なものなんだろうな。
これはお互い早く休む必要があるぞ。
仕方ない。私んちの方が近いし吾郎くんにはうちに泊まっていってもらおう。
というか今日のまとめと今後の作戦会議もしたい。泊まるにせよ泊まらないにせよ、うちに寄ってもらう事にはなるんだわ。
「吾郎くん、スキャンダル狙いのカメラマンとか見たことある?」
一応ね、聞いておかないとね。
自意識過剰かもしれないけどこの時間帯に男女で歩いてたら関係性を疑われてしまうのは自明の理なのよ。
ループの原因になりかねないことについては石橋を叩き割るくらい慎重にならなきゃ。
「…いや?」
「吾郎くんが気付かないなら大丈夫か。私の家の方が近いからそっち行くよ」
「は?」
「万が一ループとかしちゃった時に離れた場所に居たら集まり直すの大変でしょ?」
「……俺が八重の家に泊まるの?」
「あ、やっぱ泊まりたい?帰るのめんどいしね。でも下着類は買っておきなさいよ、うちに男物なんて無いんだから」
でも吾郎くん、顔が既に知られまくってるから深夜のコンビニで下着を買ってたら変な感じになっちゃうかな。
仕方ねーな!私がパシられてやろうじゃないか。
「なっ!バッ…!別に泊まりてえ訳じゃ…!」
「ちょちょちょちょっと!声声声!声抑えろバカ!」
私が慌ててそう言うと吾郎くんはハッとした顔で辺りをキョロキョロと見渡した。
……セーフ。誰かに見られたりはしてないみたい。
「テンション上がりすぎ!いくら久しぶりに幼馴染の家に泊まるからってはしゃがないの!オールでゲームするわけでもないのに」
「幼馴染…ゲーム……」
「なに?ゲームじゃない方がいい?」
「………ハァ」
「なにそのため息!」
「…八重、君って本当に底無しのバカだよね」
「オールと言えば対戦ゲームが至高という持論は譲るつもりはない」
「そっちの話じゃねえよバカ」
「バカバカ言ってると自分がバカになるんだぞ」
「俺がバカになったとしても八重の方がバカ」
バカの連呼とかめちゃくちゃ失礼だけど、今日は疲れたしこれ以上何か言うのはやめよう。
そもそも、吾郎くんと私で何か起きようはずもないんだから年頃の男の子みたいな心配しなくてもいいのにね。
おもしろいやつめ。
「吾郎くん」
「ん」
あーあ、吾郎くんが拗ねちゃった。
口を尖らせてこっちを見てもくれない。
「からかってごめんね」
「別に。気にしてない」
「作戦会議がしたいだけなの。部屋は余ってるから疲れてるなら泊まって行ってね」
「そうさせてもらうよ。せいぜいゲーム機の充電を切らさない事だね」
なんだかんだ言ったけどゲームも付き合ってくれるのね。
ここで笑っちゃうとちょっとだけ直してくれた機嫌がまた斜めに逆戻りしてしまう。
吾郎くんに見えないようによそ見のフリをして笑った。
時刻は0時過ぎ、ようやく4月10日に来れたね。
おめでとう、私達。
お読みいただきありがとうございました。
評価、ブクマ、お気に入りなどもありがとうございます!