流星のロックマンafter story ver.響ミソラ 作:山奥一登
「はあー疲れたよ~」
酔っぱらいかゾンビのようにフラフラとした足取りで家に辿り着くと、すぐにベッドにダイブした。ボスン、と空気が抜ける音がしてから、柔らかい毛布が私の体を優しく受け止めてくれた。
『今日もお疲れ様。でもそのまま寝ると服にシワがつくわよ』
ハンターから私のウィザード兼マネージャーであるハープの声がして、はーいと返事をする。分かっている。でも、体は動いてくれない。
『……ミソラ』
「分かってるって。ちょっとだけ休ませて」
『本当にちょっとよ。明日も朝早いんだから、早くご飯食べてお風呂入って寝るのよ』
「もう、分かってるってば~」
中学に入ってからこれまで以上に日常が目まぐるしくなった。朝は楽器のレッスンを受けてから学校に行って、放課後は遅くまで演技や発声のトレーニング、そして余った時間に歌を作って、休日は一日中ドラマや写真の撮影で終わる。へとへとになって家に帰ってきても、次の日に備えて慌ててご飯とお風呂を済ませて寝るだけ。あっという間に月日は過ぎていく。最後に休んだのはいつだったっけ。……もう数か月は休んでいない気がする。明日は土曜日だけど、どうせ仕事漬けだ。
「……明日は何時から?」
『朝6時から楽器のレッスン、9時から14時まで写真集の撮影、その後は夜までドラマ撮影よ』
ちらりと時計を見ると、時刻は既に22時。早めに寝ないと、睡眠時間も確保できない。
「……休んじゃおうかな」
そんな言葉が口を衝いて出た。聞こえていなかったのか、ハープからの反応はない。
倦怠感で体が重く動きにくい。体に引っ張られるように、最近はネガティブな思考に陥ってしまう、落ち込んでしまうことも多い。疲れだけじゃなくて、これが思春期というものなのかもしれない。早く一人前、そして大人になりたいと思っていたけど、成長するのはいいことばかりではないのかも。
ごろんと仰向けになって、ハンターでメッセージを確認する。直近のやりとりは仕事関係ばかりで、スバル君やルナちゃんとのメッセージのやりとりは下の方に埋もれていた。
みんなと最後に会ったのは中学校に入る前だっけ。もう9月。半年近く会えていない。
「……会いたいなあ」
そう呟いた途端、ハンターが振動した。
「うわ!」
手からハンターがこぼれ落ちて、おでこに直撃した。ゴツッと鈍い音がする。
「いてて……」
おでこを擦りながらハンターの画面を見ると、『着信 星河スバル』の文字。
「ス、スバル君!? どうして急に!」
慌ててベッドを飛び出し、鏡の前で前髪を整える。……ちょっとおでこが赤い以外は大丈夫そうだ。あーあー、と軽く発声してから通話ボタンを押す。ハンターから立体ディスプレイが表示され、そこにはスバル君が映し出された。
「ス、スバル君久しぶり! 急にどうしたの?」
『久しぶりミソラちゃん! 今から星を見に行こうと思ってたんだけど、一緒にどうかなって思って』
「うん大丈夫! 行く行く!」
即答した後にハープの咳払いが聞こえた気がした。けどスバル君には聞こえていないようなので私も聞こえていないふりをした。
『分かった。じゃあ電波変換して迎えに行くね』
「うん! 待ってるね!」
通話が終了し、ディスプレイが消える。と同時に、ハープが実体化する。
「ミーソーラー!!」
怒気を孕んだ声に、「だってー」と言い訳をした。
「最近スバル君たちと会えてなかったし。たまにはいいじゃん。気分転換は大事だよ」
ハープは少し考えた後、諦めたように「1時間だけよ」と言ってハンターの中に戻って行った。
「ありがと」
ハープにお礼を言ってから、急いで身支度を整えた。
スバル君はロックマンに変身してすぐに迎えに来た。私も久しぶりに電波変換して、案内してくれるロックマンを追いかけてウェーブロードを進んだ。
「スバル君とこうやって会うのは本当に久しぶりだね」
「そうだね。ミソラちゃんは忙しそうだから中々声かけられなくて。今日もダメ元だったんだけど、会えて良かったよ」
「うん。たまたま明日予定が空いてて……」
『嘘つき』
ぼそりとハープが呟いた。
「ん?」
スバル君が振り返る。
「な、何でもないよ。……スバル君はよく星を見に行くの?」
スバル君の疑念を誤魔化すように、私は慌てて話題を変えた。
「うん。いつもはコダマタウンの展望台なんだけどね」
「そうなんだ。……それって、一人で?」
「大抵は一人だけど、みんなと行くときもあるよ」
「……ルナちゃんも?」
「うん。もちろん委員長とも行くよ」
「ふーん」
ルナちゃんは有名お嬢様学校を勧める両親との相談の末、スバル君と同じ学校に通うことになったらしい。私も引っ越してみんなと同じ学校に行こうかと思ったけど、芸能活動を本格的にやっていこうと思ったら、理解のある芸能学校に行く方が都合が良かった。そのことを後悔はしていない。でも。
時々ルナちゃんが羨ましくなる。
「でもこれから行くところはミソラちゃんが初めてだよ」
「え! そうなの?」
私にだけ特別な場所を教えてくれる、ということだろうか。喜びで思わず声が上ずる。
「うん。遠いから電波変換しないと行けないんだ」
「……そういうことね」
本当の理由を知り、肩ががっくりと落ちた。
そんな会話をしていると、前方にウイルスの群れが見えた。避けては通れなそうだ。
「久しぶりにやっちゃおうかな」
ブランクがあるからちょっと不安だけど、と心の中で付け足す。戦おうとギターを構えると、スバル君が後ろ手で私を制止した。
「ここは僕に任せて」
スバル君はそう言って、あっという間にウイルスたちを撃破した。
「すごいねスバル君。また強くなったんじゃない?」
「そうかな? ディーラーの件の後もたまにシドウさんに呼ばれてるから、そのおかげかも」
「そうなんだ。私も呼んでくれればいいのに」
私なんてディーラーの件が終わって以降初めての電波変換だというのに。
「ミソラちゃんは芸能活動で忙しそうだからさ。サテラポリスにもミソラちゃんのファンが多いから、みんな気を遣ってるみたい」
「そうなんだ……」
みんなが気を遣ってくれているのは嬉しい。私のことを考えてのことだというのも分かっている。でも、少しだけ疎外感を覚えてしまう。……いけない。やっぱり疲れてるんだ。
首を振って、ネガティブ思考を無理やり吹き飛ばす。
「ここのウェーブステーションで下りよう。たまに人がいるから、電波変換も解いて」
下りたのは、田舎のある山の頂上近くだった。
「頂上に行くと、星がすごく綺麗に見える場所があるんだ」
スバル君が用意してくれていた懐中電灯を頼りに山道を登り始める。少し前に雨が降ったのか、足元がぬかるんでいて少し歩きにくい。
「足元悪いから気を付けて」
「うん。気を付ける。けど、ちょっと怖い、かな」
私は期待してスバル君の様子を伺う。
「大丈夫。そこまで危ない道じゃないから」
スバル君が期待とは違う反応をしたので、私は頬を膨らませた。
「スバル君、こういう時はね!」
「ん!」と言ってスバル君に手を伸ばした。
「えっと……。たしかにその方が安全だよね」
スバル君は私のしてほしいことをようやく察して、逡巡してから私の手を握った。
二人で手を繋いで、無言で山道を登っていく。
こうして手を繋いでいると、シーサーアイランドで盗まれたポーチをロックマンが取り返してくれた時のことを思い出す。あの時はスバル君が「夜の海が怖い」と言うから手を繋いだんだっけ。今回は全部が逆だ。
スバル君の手に引かれながら5分ほど歩くと、見晴らしのいい展望台に着いた。
「ここだよ」
「うわー、本当だ。星がすぐそこみたいに見える」
「標高が高いのもあるけど、田舎だから空気が綺麗なんだと思う。……あそこのベンチに座ろうか」
二人でベンチに座って星を眺めた。今日は人もいないようで、風が木を揺らす音と微かな虫の鳴き声だけが聞こえる。……世界に人間は私たちだけみたいだ。
夜空は私たちを包むようにどこまでも広がっていた。その広い夜空の中、星たちは小さく、けれど燦然と輝いていて、自分はここにいると私たちに主張しているように思えた。近く、すぐそこにあるように見えるけど、途方もないほど離れている宇宙。
「……スバル君は、何回か宇宙に行ってるんだよね」
「うん。ウェーブロードだけどね」
「いいなー。今度私も連れてってよ。きっと星も綺麗に見えるよね」
近くに行けばもしかしたら、星の声が聞こえるかもしれない。
「分かった。これまで宇宙に行くのは戦いのときばっかりだったから、ゆっくり星を見るために行くのもいいかも」
スバル君の手に少しだけ力が入った。……本当に星や宇宙が好きなんだな。
すぐ近くにある横顔を覗き見ると、スバル君の目も星のようにきらきらと輝いていた。その目は出会った頃よりずっと逞しくなっているように思う。それもそうだよね。世界を3度も救ったんだから。逞しく、かっこよくなるに決まってる。スバル君と星空を見ていると、私の中で歌が溢れてくる。
「ウェーブロード 広い世界 夜空見上げ 独りぼっち」
私が歌い出すと、スバル君は微笑んで、一緒に歌い始めてくれた。
「「絆探してただ彷徨う 嘘に怯え逃げ続けて 孤独にさえ気が付かずに ただ歌い続けていたの」」
歌っていると、自然とお互いの手を握る力が強くなった。確かめるような、優しい強さ。
「「星の光が輝く 私の心に降り注ぐ そしてあなたと巡り会えたんだ」」
スバル君はこの歌がスバル君のことを歌った曲だって気づいてるのかな。……スバル君のことだから気付いてなさそうだな。
二人で『シューティングスター』を歌っていると、スバル君との思い出が心を駆け巡っていく。私の宝物たち。目を瞑って、アルバムを見返すようにその思い出に浸っていると、擦り減っていた心が段々安らいでいくのが分かった。そして、全身から力が抜けて……。
「ん」
目を開けると、ぼんやりと景色を眺めた。ここはどこ……。私、何をしてたんだっけ……。
「おはよう、ミソラちゃん」
耳元でスバル君の声がして、ビクリと体が揺れた。そこでようやく今の状況を思い出す。……寝てしまっていた……。
「お、おはよう」
と言っても辺りはまだ真っ暗だ。
「ごめんね、つい寝ちゃって……」
「気にしないで。もう夜遅いし仕方ないよ」
スバル君はそう言って優しく微笑んでくれた。私は恥ずかしくて顔が紅潮していくのが分かって、思わず目を逸らした。
「私、いびきとかかいてなかったよね?」
「……気持ち良さそうに寝てたよ」
「それはどっち!?」
意地悪なスバル君を、繋いでいない方の手でぽかぽかと叩いた。「ごめんごめん」とスバル君は笑いながら謝った。
「そろそろ帰ろうか」
スバル君が立ち上がり、私もその後に続いた。
さっき登った道を、スバル君の手に引かれながら下った。名残惜しいけど手を離して、お互い電波変換する。ウェーブステーションを上がり、ウェーブロードを通って帰路を辿る。星の感想や、お互いの近況を話しながら帰路を辿った。スバル君は私を家の前まで送ってくれた。
「今日はありがとう。スバル君」
「こちらこそ。急だったのに来てくれてありがとう」
「でも、今日はなんで急に誘ってくれたの?」
私が尋ねると、スバル君は恥ずかしそうに頬をかきながら言った。
「さっきまでミソラちゃんが出てた歌番組を見てたんだ。そしたらなんか会いたくなっちゃって」
「そ、そうなんだ」
スバル君から「会いたい」と言われたのは初めてな気がする。嬉しさや照れが混ざって、顔が熱を帯びていく。
「それに、テレビでのミソラちゃんが何だか疲れてそうだったから。ゆっくり星を見たら気分転換になるかなって」
「スバル君……」
私のことを分かってくれているのが嬉しくて、今度は涙が出そうになった。涙をこらえる顔を見られたくなくて俯く。……感情がぐちゃぐちゃだ。きっとこれも、疲れと思春期のせい。
「ミソラちゃん、どうかした?」
不安そうに私の表情を伺うスバル君を、心配させないように明るく務めた。
「何でもないよ。スバル君が私のことを分かってくれてるのが嬉しくって!」
「そっか。……前にミソラちゃん言ってたでしょ? 僕のことなら何でも分かるって。それは僕も同じなんだよ。ミソラちゃんのことなら分かるよ」
潤む目でスバル君を見ると、スバル君は優しい笑顔を返してくれた。本当に、スバル君には支えられてばかりだ。スバル君への想いが溢れる。もっと、と思ってしまう。
「何でも分かるなら、今私がしてほしいこと分かる?」
「え? えっと……」
あたふたと慌てて考え始めるスバル君。……きっとスバル君には分からないだろうな。私は一歩、二歩、スバル君との距離を縮め、やがて体が重なった。
「ちょっと、ミソラちゃん?」
「こういうことだよ。今日は本当にありがとう」
私はスバル君をぎゅっと抱き締めて、心からの感謝を伝えた。名残惜しいけど、また明日から頑張らないと。もう十分すぎるくらいの元気はもらえた。
「じゃあ、またねスバル君」
「あ、うん、またね」
呆けた表情で手を振るスバル君に手を振り返して、サッと玄関のドアを閉めた。……真っ赤で泣きそうな顔を見られたくなかったから。
「ふう」
一人になって、改めてさっきまでのことを振り返ると自然と笑みがこぼれた。
「ねえハープ。私、明日からまた頑張れそう」
『ふふ。スバル君に感謝ね』
「うん。それにハープも。ありがと」
『あら、何のことかしら』
「時間。言わずにいてくれたでしょ」
もうすぐ1時。ハープの出した1時間という条件は過ぎている。
『ミソラなら家で眠るよりスバル君といる方が回復するかと思って』
「さすがハープ。私のこと分かってるね」
『スバル君には負けるけどね』
「それは当然だよ。……よし、明日からまた頑張るぞー!!」
私は身体中にエネルギーが満ちているのを感じながら、再び日常に戻っていった。
読んで頂きありがとうございました。次話は次の週の同じ時間に投稿予定です。