斯くして彼ら彼女らの青春ラブコメは終わり、また新たな青春ラブコメが始まる。 作:枕魔神
全編執筆済み、毎日投稿です。
よろしくお願いします。
凛と澄んだ青空に羊雲が流れ、芽吹くのを待つばかりとなった桜のつぼみが、確かな春の訪れを知らせる三月九日、総武高校の卒業式。
つづがなく先輩方を見送った、僕こと稲葉一朗太は、先人のベストプレイスに我が物顔で居座りながら、ブラックコーヒー片手に黄昏れていた。
「……さむい」
海岸からの風が吹きこみ、一気に身体が冷える。待ち合わせ場所、間違えたなと内心で反省しながら、僕は一人ただ空を見つめて待ち人を待つ。
春とは、終わりと始まりの季節である。
敬愛する我らが奉仕部の先輩の言葉を借りるとするならば、こんな書き出しになるだろうか。
とあるデータによると三月、初春と言えるこの時期は最もカップルが破局する時期だとかなんだとか。
なるほど、時期的にクリスマス辺りで盛り上がって付き合ったカップルが別れるには丁度いいという事なのかも知れない。
人は日照時間の増加や気温の上昇で、活動的に変化を求める傾向にあるらしいから、それも相まって破局率が高くなるのだろう。
つまりだ、新たな出会いを求めるからこそ、何かを始めようとするからこそ、別れや終わりがあるとも言える。
例えば春の行事の代名詞である入学式、この時新生活を前に古い関係性をリセットするのは珍しい事ではない。これもまた、始まりを求めた結果の終わりだろう。
勿論、春だからと言って皆が皆別れを経験するわけではない。そのまま関係性を継続する者、そちらの方が大多数だとは思う。
だがしかしだ、春は否が応でも進学やら就職やらで望まずとも変化は訪れる。冬から春へとガラリと風貌が変わるように、人間関係も変化が訪れる季節が春なのだろう。
だからきっと、彼女は動いたのだ。
両方が欲しいと願った彼女が、一年間とけして短くない時間で導き出した答えを伝えるために。
前を向くために、自分の中での一つの区切りとして、あやふやで、ぬるま湯のように居心地のいい関係を、一度精算をするために。
今日という日を過ぎても、また三人で笑いあう為に。
どんなに現状維持を望んでも、変わらぬ関係なんてないから、これ以上停滞して腐ってしまう前に、自らの手でメスを入れる。
きっとそれは冷水のように厳しく、辛いことだけど、きっと必要な事だから。
その結果を、僕は黙って受け入れよう。
どんなことがあっても、彼女の味方でいよう。
それが背中を押した者の責任だから。
そんな事を考えてたらしばらくして、こちらに近づく足音が聞こえる。この場所の主とはさっきすれ違ったし、こんな時にこんな辺鄙なところに来る人なんて、一人しか居ないだろう。
僕は立ち上がって振り返り、面接対策で黒にしてた為に久しく見る茶髪の団子をゆらし、胸元に卒業生の証である花を携えた、赤く晴らした目をした彼女に向き合った。
「やっはろー、いなばん」
「……どうでした? ガハマ先輩」
「……うん、ちゃんと振られてきたよ」
三月九日、総武高校の卒業式。この日卒業を迎えた彼女、由比ヶ浜結衣の恋は幕を閉じた。
◇
ことの発端は去年の五月。なんやかんやあって強制入部させられていた奉仕部とかいうトンチキな部活に、中学時代の先輩である由比ヶ浜結衣ことガハマ先輩が入部して少し経った頃まで遡る。
────
──────
『ガハマ先輩って比企谷先輩のこと好きですよね?』
『ふぇ!?』
『返事は答えはハイかイエスでお願いします』
『それ実質一択だよね!? ヒッキーとか無い無い無い! ちょー無いから!』
『そういうのいいんで。で、どうなんです?』
『良くないわ! いきなりなんだし!』
『いや、そうなら僕なりに応援やらアシストをしようかなと』
『へ?』
『僕、ガハマ先輩には幸せになって欲しいんで』
──────
────
そんなやり取りの末、僕はガハマ先輩の恋の応援団長【公認】になり、ありとあらゆる手を尽くして彼女をサポートして来た。
やれ誕生日プレゼントを選ぶのに付き合ってみたり。
やれ夏休みに花火大会に誘いたいからと、比企谷(妹)に比企谷先輩のスケジュールを確認して裏取りしたり。
体育祭の買い出しというていで、放課後デートをセッテングしたり。エトセトラ。
語っても語りきらないくらい、沢山の出来事があった約二年間。一年延長して続いたこの応援活動も、これにて終了。
「思えば、あっという間でしたね」
ガハマ先輩が隣に座ったのを見計らい、僕はそう切り出した。その言葉に彼女は「だねー」と予想より明るい声色で返した。
「ゆきのんが居て、ヒッキーが居て、いなばんが居て、奉仕部に入ってからはあっという間だったな。ほんっと、いなばんには色々とお世話になったよ」
ありがとね、と笑うガハマ先輩。その言葉に少し報われる、だって、もう本当に、
「本当に、色々とお世話しましたからね」
「謙遜とかしない感じだ!」
そりゃまぁ……本当に色々と手伝ったし。
「過度な謙遜は嫌味になると思ってまして。料理特訓、大変でしたね」
そういえば、ガハマ先輩はぐっと息をつまらせた。
おそらく一番大変だった料理の特訓。初めのクッキー云々から始まったそれは、それはもう大変だった。
作れど作れど美味しくないガハマ先輩の料理を延々と食べる、食べる。お手本を作って見せて、そして食べて、食べて、食べて。
苦ではなかった、楽しかったし役得ではあったが、大変な事には変わりない。雪ノ下先輩等の手も借りつつ、不器用なガハマ先輩を成長させていったのはいい思い出だ。
「おかげでクッキーに関しては本当に上手になりましたよね。最初の木炭が懐かしい……」
「今思うと、よくアレを食べてたよねいなばん」
「製作者のセリフじゃないですね。そりゃ食べますよ、ガハマ先輩が本気で作ったんですから」
「本当に良い子だよねー、いなばん。」
「中学からのよしみなんで、普通ですよ」
「いや、普通じゃないから! あたしマジでいなばんにはお世話になりっぱなしだよ」
「好きでやってる事なんで、気にしないでくださいよ」
そう言っても気にするんだろうな。実際、納得してないと先輩の顔には書かれていた。相変わらず律儀な人だなと思いつつ、いつもどおりの彼女の様子に僕はほっと息を吐いた。
「……案外元気そうですね」
「まぁね、分かってたから」
そう言って、あっけらかんと笑うガハマ先輩。無理してない訳じゃないんだろうけど、それはどこか晴れやかな表情で。きっと、ちゃんと終わらせることができたのだろう。
比企谷先輩が雪ノ下先輩と付き合ったのが今から一年前。好きな人を諦めたくない、だけど親友を失いたくない。その相反する願いを叶える方法を求め、悩み、苦しみ、進む決意をして、ガハマ先輩なりの答えが出せたというのなら、僕からは何という事は無ない。
「納得してるなら、本当に良かったです」
その結末を、僕がこれ以上聞くのは、彼と彼女の思い出に踏み込む事は野暮でしかない。
なにはともあれ、先輩が後悔しなくてよかったそんな気持ちを込めて、僕はそれだけを伝えた。すると先輩は、少しだけきょとんとして、ふっと表情を緩ませ笑う。
「いなばんが背中を押してくれて、ずっと精一杯悩んだからね。気持ちの整理もできたよ」
「僕がしたことなんて大したことじゃないですよ」
「あの時、あたしを無理やり奉仕部に連れ戻してくれたじゃん」
「うじうじ悩んで後悔するよりは、ガハマ先輩らしいと思っただけです。今思えば余計なおせっかいで、無責任だったと反省してます」
「確かにちょっと強引だったけど、いなばんがあたしたちの為にしてくれた事だし、おせっかいだなんて思わないよ」
「そうですか」
「うん、そうだ」
ガハマ先輩が可愛らしいドヤ顔でそう締めて、心地いい沈黙が流れる。また風が吹いた。今度は暖かな春風だった。
「いい天気だね」
うーんと伸びをしながら、先輩は呟いた。
「憎たらしいくらい晴れてますもんね。新たな門出にはピッタリかと」
「そうだね~。あーあ、終わっちゃったなぁ」
「それ、どっちの事言ってます?」
「どっちも〜。寂しいなぁ」
ゴロンと仰向けに寝そべり、空を見上げ、ガハマ先輩は、けどと言葉を続ける。
「終わってよかったんだよ、きっと。なんかスッキリしたし」
それはきっと、自分への慰めの言葉なんかじゃなかった。間違いだらけの青春を乗り越えた先輩のその顔が、僕にはやけに綺麗に大人に見えて、気恥ずかしさからふいっと視線を反らしてしまう。その事を誤魔化すように、僕は会話を続けた。
「そう言えるなら、良かったですね」
「うん、良かった。もうこれ以上ないってくらいハッキリとフラれたからね、逆にか清々しいまであるよね!」
「その自虐、比企谷先輩に似てて尚更笑えないんですけど……」
「えー、ヒッキーと似てるって、それはちょっと嫌だなぁ」
そう言って顔をしかめたガハマ先輩に、つい笑ってしまう。相変わらずこの人たち、比企谷先輩のこと大好きな割に辛辣だよなぁ。僕もかも知れないけれど。
「自虐してフラれたって笑ってますけど、逆にここで比企谷先輩がガハマ先輩の手を取ってたらどうしてました?」
「そりゃもう激怒だよ! ゆきのんと一緒に説教だよね!」
「僕も合わせて三人で処刑でしたね」
「だよね! いろはちゃんと小町ちゃんも呼ぼう!」
「リンチですね」
「この後の打ち上げが修羅場だったねー」
そんな冗談を言い合い、笑う。僕らにとっての日常的なやり取りだが、今日が終われば先輩は卒業、そう思うと少し、いやかなり感慨深い気がしてきた。
「ガハマ先輩。ご卒業、おめでとうございます」
寂しさを誤魔化すように、僕は改めて先輩にそう伝えた。これで彼女を見送るのは二回目だが、こればっかしはどうしてもやはり寂しいものだなって思う。
「ありがとう、いなばん」
本当に色々ありがとうね、そう言って先輩はよいしょと身体を起こした。
「あの時いなばんに言われた通り、逃げないで自分から行って良かったよ」
「僕が何をしなくても、ガハマ先輩ならじきに立ち上がったでしょうけどね」
「だとしても、あたしがいなばんに感謝してる事は変わらないから。だから頑張ったいなばんに、何かお礼したいな」
「お礼なんて……気にしないでくださいよ。好きでやってただけなんで」
「気にするよ。先輩なのに何も返せてないんだから」
「別にそんなことないんですけど」
お返しなんて、そんなの貰い過ぎてるまである、そう言っても先輩は納得しないんだろうけれど。そんな事を思っている僕を他所に、ガハマ先輩は腕を組んで頭を悩ませている。
「う~ん。何がいいかな」
「あの、大丈夫ですよ?」
「う〜ん……」
「駄目だ聞いてない……」
今まで何度も立ち会った見覚えのあるパターンに僕は悟った。
「……これ拒否っても無駄なやつですね」
「うん、いなばんはこういう所ヒッキーと同じで捻くれてるからね。同じようにあたしも好きでやるから、諦めて」
「そう言われたら何も言えねぇ……」
「先輩に勝てると思わない事だよ」と、ガハマ先輩は胸を張る。一度も勝てると思った事は無いし、出会ってからこれまで負け続けてる気がするんだけどな。
しかしまぁ、これ以上断るのも悪い気がするし、断っても無駄だし、僕は渋々先輩からのお礼とやらを受け入れる事にした。
「仕方ないんで、お礼を受け取ってあげます」
「なんか偉そう!? 渋々みたいな顔すんなし!」
「だって、なんか申し訳ない……」
「いなばんっていっつも遠慮しがちだよね。気にしなくていいのに、迷惑とかじゃないんだよね?」
「ガハマ先輩に迷惑とか思ったことないです」
「それなら、少しは嬉しそうにしろし」
まったく困った後輩だと言わんばかりの呆れた笑みを浮かべて、ガハマ先輩は再び僕へのお礼とやらを悩みだす。
そして十数秒悩んだ結果、こんな事を言い出した。
「そうだ! 今度はあたしがいなばんのサポートをするよ。好きな人いるんでしょ?」
いつか話した僕の想い人の話を思い出したガハマ先輩からの提案に、僕は「えぇ……」とつい声を漏らす。
「ろ、露骨に嫌そうな顔だ!」
「正直、今さっき振られた人からのアドバイスって効果あります?」
「ひどっ!? 」
酷くない、客観的な事実だと思います。
過去の依頼を振り返ってみても、この恋愛が絡むとポンコツだからなこの人。その辺の信頼は1ミリたりとしていなかった。
「そうじゃ無くても僕、ガハマ先輩だけには恋愛の相談はしないですよ。前にも言いましたよね」
「言ってたけどぉ、だいたいそれもなんでだし!」
「ガハマ先輩だからです」
「答えになってないから!」
ガハマ先輩から詰め寄られるが、答えでしかないんだよなぁ、僕の口からはガハマ先輩だからとしか言えない。
「だいたい、あたしばっかり相談して、たまにはいなばんも話していいんじゃない?」
「ガハマ先輩……恋バナしたいだけじゃ無いんですか?」
「そ、そんなこと無いよ!? 真剣に、いなばんの恋を応援するから!」
「そこは心配してないんですけど、けどなぁ……ガハマ先輩に相談かぁ」
「し、信用されてなさすぎる。ほら! 例えば、いなばんは女の気持ちとか全然わかってないじゃん! それを教える……的な?」
「まぁ、それは確かに。自慢じゃないですけれど、女心に関しては比企谷先輩と同じくらい分かってないと自負してますからね」
むしろリア充街道を走っている今の比企谷先輩より悪いかもしれない、たぶん……。というか、流石に僕には勝っててくれ比企谷先輩。
「本当に自慢することじゃないし……」
「事実ですので」
「なら尚更あたしの手助けが必要じゃない? たまには後輩らしく、先輩を頼ってもいいんだよ?」
任せて! とガハマ先輩は自信満々に力こぶを作るポーズをとる。
ノリノリだなぁガハマ先輩。やはり乙女というのはこう言う恋バナみたいなモノには引かれるのだろうか。
しかし、ガハマ先輩に恋愛相談ね。ガハマ先輩がそっち方面で頼りにならない以前の問題なんだけれど、まぁ、考えようによっちゃ手っ取り早いし好都合かもしれない。
僕もかれこれ二年間、来るかも分からないこのチャンスを待ち続けて我慢の限界なのだ。
そう考えるとまさにガハマ先輩の提案は渡りに船、この際だから全力で利用させて貰おう。
「……そうですね、そういう事ならお願いしたいかもです」
「え!? いいの!?」
「ガハマ先輩から言ってきたんでしょ? いいですよ、恋愛相談お願いします」
僕の反応が予想外だったのか、その大きな両目を目をキラキラさせたガハマ先輩は、グイッと身を乗り出して僕の肩を掴んだ。勢いが凄い、どれだけ嬉しいいんだよと苦笑い。
「任せていなばん! あたし、あたしがしてもらった以上にいなばんをサポートするからね!」
「ありがと御座います。そう言ってもらえて助かります」
「うん! もう大船に乗ったつもりでいいから、あたしに何でも聞いてね!」
「そうさせてもらいますね、では……」
遠慮なく、質問させて貰おう。ここからは僕のターンだ。
「……単刀直入に聞きますけど」
「うん!」
「ガハマ先輩ってどうやったら堕ちます?」
「う……ん?」
「ガハマ先輩的に、年下後輩男子とかってアリです?」
「へ?」
さっきまでの勢いが嘘のように、ぽかんと小首をかしげるガハマ先輩。
どうやら脳が理解してないようだ、受験勉強の疲れかも知れない。だから僕はもっと分かりやすく伝える事にした。
「中学の時から好きですガハマ先輩。僕、どうやったらガハマ先輩と付き合えますかね?」
「ふぁあ!!??」
◇
「フラれた」
「でしょーね」
翌日。事の顛末などを一応事情を知って居る友人の一色いろはに報告したら、めっちゃどうでもいいみたいな声で返された。解せない。
「なーに不服ですみたいな顔してるわけ? 不服なのは私のほうなんだが? このクソ忙しい時期に生徒会室にまで押し掛けて、そんな当たり前の結果知らされてる私の身にもなってくれませんかねぇ」
「だからこうやって、仕事を手伝ってるだろう? それと当たり前の結果とか言うな。傷つく」
「傷ついてる人の態度じゃ無いんだよなぁ。そもそも、なんでイケると思ったんでしょうね、このアンポンタンは」
書類を作る手だけは緩めずに、一色はしらーとした視線で僕を睨む。
「傷心の結衣先輩ならって思っちゃいました?」
「そんなわけ無いでしょ? あの人、めっちゃ乙女で一途だからね、そんなすぐに気持ちがきり替わるわけ無いじゃん」
「それが分かっててどうしてこうなったのか。卒業式の雰囲気に充てられてとか、柄じゃないんじゃないですか?」
「そういうのじゃ無くてさ、僕的にはタイミングは今だと思ったんだよ」
「その判断、絶対に間違ってるからね?」
ながーい溜息を吐く一色。あいからわず腹の立つ奴だ、少しは二年連続で生徒会長に就任した要因である、持ち前の愛嬌とやらで落ち込む友人を励ませないのだろうか。
今更僕相手に猫を被る一色を見て、耐えれきれず爆笑しないかどうかって事は置いておいて、薄情な友人に、僕は冷静に考えてあの時しかタイミングは無かったと、順を追って自身の正当性を説くことにした。
「まずそもそも話だが、僕はガハマ先輩から男として見られてない」
「まず、その次元なんだ……」
「あぁ、だから絶対に初回で告白が成功するわけが無いんだよね」
「まぁ確かに、いくら結衣先輩のパーソナルスペースが狭いって言っても、異性の稲葉くんに対する距離の近さは異常だもんね」
一色の意見に僕は首を激しく縦に振り、激しく同意を示した。
マジでガハマ先輩は俺に対する距離感が近すぎるのだ、普通にボディタッチはしてくるわ、抱き着いてくるわ、なんなら肩車を強請られたことさえある。ジャージ履いてるから大丈夫じゃないんだよなぁ、一個下の男子に対する距離感じゃなさすぎる。
僕だって男なので、そういう事を考えない訳じゃない、しかし敬愛する先輩に邪な視線や思惑を向けるなんて言語道断。たがら僕は万が一を避けるため、何度も距離感を改めるように言っていた。
そう、何度も言っているのだ、それなのにあの人、何度言っても「あたしと、いなばんの仲じゃん!」で改めてくれないんだよね。なら僕から避けろって? 僕がガハマ先輩を避けれる分けないじゃん、つまりもうお手上げなのである。男として見られている可能性もゼロである。
「完全に弟枠。恋愛に置いては明らかなマイナススタートだ」
「それ、自分で言って悲しくならない?」
悲しくならないわけが無いだろ。泣くぞ、触れるな。
「そんなマイナススタートの僕は、もうなりふり構ってられないんだよ、みすみすあのタイミングを逃し、そのままガハマ先輩を大学へ見送っていたらどうなってたと思う?」
「あー……結衣先輩モテるからなぁ」
「かわいい上に性格もいいからね、群がる虫は多いはず。ガハマ先輩の良さを真に理解しない浅い連中が殆どだろうが、その中にガハマ先輩の琴線に触れる奴が居ないとは限らない」
「あの人も、男の趣味悪いからなー」
「となるとだ、中々会えずに距離が縮められない僕を差し置いて、大学でぽっと出てきた男にガハマ先輩の心を取られてしまうってわけだ」
「まさに、稲葉くんが中学の時と同じ状況って訳だ」
だから態々口にして傷を抉りに来るな、泣くぞマジで。
「つまり! 大学の他の男どもより会う機会の少ない僕は、ガハマ先輩の入学までに、最低でも男としてのスタートラインに立ってなければいけなかったってわけ」
ただでさえ色々と出遅れてるのだ、少なくとも弟フィルターを剥がさないと話にならないし、まず意識してもらわないことにはそういう面での距離は縮まらないだろう。
多少その場の勢いと、我慢できなかった感は否めないが、元々近々告白するつもりだったし、ちゃんとした考えのもとで行われた告白だったのだ。
そんな僕の考えを一通り聞いた一色、「なるほどね〜」と気の抜けた返しをしながら、書き終えた書類をトントンと整理した後に、
「でもその結果、フラれちゃ世話ないよね」
そう言って、僕を鼻で笑いやがった。
コノヤロウ、ならば戦争である。
「……卒業式後に態々呼び出した挙句、結局チキって告白もせずに匂わせだけしてる奴よりマシだと思う」
僕は知っていた、昨日比企谷先輩がこっそり一色に呼び出されていたことを。比企谷先輩の反応をみる限り、どーせ何時ものそれっぽい匂わせ発言しかしなかったんだろうなって事も。
案の定僕の発言に、にこやかながらこめかみをピクつかせる一色。天下の生徒会長様が図星突かれてピキッていた。
「は? なにそれ誰のこと言ってます?」
「鏡見たら?」
「美少女しか見えないよ?」
「眼科医いけば?」
「は?」
「あ?」
まさに一触即発、第27回稲葉一色戦争開幕。そんな時だった、
ガラッ!
生徒会室の扉が勢いよく開かれて、
「失礼しまーぁ……」
「…………」
「…………」
「……した!」
ピシャッ!
勢いよく閉ざされた。
バッと僕らは席を立ち、廊下に飛び出して、あっという間に逃げようとしていた後輩を捕獲する。
「ちょ! この二人はや!?」
「待ってよお米ちゃん、なんで逃げるのかなぁ?」
「やぁ比企谷、生徒会の仕事しに来たんでしょ? たくさん残ってるよ、教室に戻ろうか」
一色に肩を掴まれ、僕に教室に誘導される哀れな後輩、比企谷小町は露骨に面倒くさそうな顔を隠しもせずに、ガックシと肩を落としてため息を吐いた。
「お二人の喧嘩の仲裁をしながら仕事するの、小町もう嫌なんですけど……」
「だからといって逃げないでよお米ちゃん。年度末で今すっごく忙しいんだから、もうそりゃこの恋愛下手くそ朴念仁の手も借りたいくらい忙しいんだから」
「喧嘩なんてしてないよ比企谷、ただ休憩がてらの雑談で、事実をちょっと突かれた生徒会長が大人気もなくピキッてただけだから」
「お互い様じゃないですかねー?」
「は?」
「あ?」
「はぁ……こうやって人は社会の理不尽さを知るんだね。今なら小町、お兄ちゃんの言ってたことが分かるよ……社畜ってクソだね、お兄ちゃん」
再びすぐに喧嘩し始める僕らに、項垂れる比企谷は遠い目をしてそう言った。
多分というか絶対に、比企谷先輩の場合は単純に働きたくなさ過ぎるだけだと思うけれど、比企谷のその意見には同意しよう。
「部下のワークライフバランスも調整できないトップが上だとお互い苦労するね、比企谷」
「あ?」
「は?」
「あーもう! すぐ喧嘩しない! はい、睨み会うのもストップです!」
呆れた様子の比企谷にそう止められて、流石の僕と一色もいったんメンチを切り合うを止める。
後輩にこれ以上迷惑はかけられないからね、無駄に苦労をかけさせて、比企谷まで彼女の兄の様な腐った目になったら目も当てられない。ただでさえ常識人枠は貴重なのだ、具体的には比企谷とガハマ先輩。捻くれた人間はこれ以上要らないのである。
「「ちっ……」」
「全くこの二人は、友達ならもう少し仲良くしてくれません?」
「僕は友達相手にはとことん雑になる一色が悪いと思います」
「私は友達の地雷を分かってて踏み抜く稲葉くんの方が悪いと思います」
「どっちもどっちなんだよなぁ……。それで、今回は何の話をしてたら喧嘩になったんですか?」
比企谷は僕らにそう尋ねるが、比企谷や一色とは違って事情を何も知らないので、いったい何処から説明したものかと僕が考えていると、
「稲葉くん、昨日フラれたんだってー」
一色がサラリと一番大事な所を話しやがった。おい、デリカシー。別に内緒にする気も無かったけど、どこ行ったデリカシー。
「えぇ!? この鉄仮面の稲葉先輩がぁ!? 誰に!?」
「結衣先輩」
「はぁああ!!?? 無謀すぎません!?」
お前もお前で驚きすぎだぞ比企谷、お前も何処かに消えたぞデリカシー。驚きすぎて失礼な事も言っちゃってるぞ。
「本当なんですか稲葉先輩!?」
「あー、うん。ほんとほんと、昨日告ってフラれたよ」
もうどうでもいいやと、そんな投げやりな返答をすれば、「嘘ぉ!!初耳ですよぉ!?」と比企谷は更に大袈裟に驚いた。
「そんなに驚く? 一色とかでしょうねの一言で済ませやがったよ?」
「私は知ってましたからねー、稲葉くんが結衣先輩が好きって。事情を知らなかったらだれでも驚くでしょ」
「そっか」
「そっかじゃないですよ!? 衝撃の事実ですよ!」
本当に大袈裟だと思う。自分で言うのは何だが、僕がガハマ先輩を慕っているのなんて、僕らの様子を見ていればすぐに分かるものだろうに。
「普通に見てて分かるくない? 僕のガハマ先輩に対する好感度が高いのなんて」
「だけどそれが恋愛的にって、誰も思わないよね」
「なんで?」
「稲葉くんと恋愛って、例えるなら水と油でしょ?」
「普通に失礼だね?」
「事実だよ? ね! お米ちゃん?」
「 いやぁ……前々から結衣さん大好きフリスキーだなぁとは思ってましたけど。まさか……稲葉さんが、えぇ…………?」
先程の驚きから一転、何故か段々と比企谷の表情がドン引きしているものに変わってゆく。何故だろう、理解不能だと言わんばかりの懐疑の視線すら向けられている気がする。
「ねぇ比企谷、なんで引いてんの?」
「えぇ……だって稲葉先輩、結衣さんの恋路を応援してましたよね。それも、かなりしっかり」
「そりゃお世話になった先輩だしね。全力で応援するでしょ」
「私も前に言ったけどさ、ソレ普通じゃないからね?」
「何処が?」
「全部が」
「普通の人なら、好きな人の恋路を全力で応援したり手伝ったりしないんですよ!普通の人は!」
「2回も強調して言うな、失礼な後輩だな」
「そのくらい頭のおかしい事なんですよ?」
自覚しろよ? と言外に語りかけてくる一色の視線をうっとおしく払う。そうは言われても僕のモットーからすればソレは普通のことなのだ。
「兄と雪乃さんが付き合ってからも、応援してましたよね!?」
「本人がまだ諦めてないなら応援だってするさ。誰だって好きな人には幸せになってほしいだろ」
「ぇ、えぇ……これ小町がおかしいのかぁ?」
比企谷が頭を抱えて悩んでいるが、そんなに理解できない事なのだろうか。
たしかに、僕だって自身の手でガハマ先輩を幸せにしてあげたいって思いもある。というかそういう事になったら絶対にする、できなきゃ腹を切る。
しかし、やはり一番優先すべきなのは、僕なんかの気持ちよりガハマ先輩の気持ちで。例えそれが僕の恋が実らない事に繋がろうと、ガハマ先輩が好きな人と付き合って、幸せになってくれた方が僕は嬉しい。
相手がガハマ先輩に相応しくない腐れ野郎なら僕が秘密裏に処理したが、比企谷先輩なら何も問題ないからね。
「僕、ガハマ先輩の幸せ第一だからね」
「こいつヤバ」
「小町、稲葉先輩の事、あの奉仕部の初期メンバーにしては普通だなって思ってたんですけど、ちゃんと面倒くさい人だったんですね! ドン引きです!」
「解せない」
かなり良いことを言ってるはずだと言うのに、この二人と来たら、身を引いて失礼な事極まりないったらありゃしない。
「重い、重すぎるよこの男。どうにかしてよお米ちゃん」
「いやー、ここまで拗らせてるのは小町もお手上げですね」
「……過去の僕の事はどうでもいいだろ、今はそんな事よりガハマ先輩にどう好きになってもらうかを考えることのほうが大切だ」
「本当に全然堪えて無いなコイツ」
「稲葉先輩、恋愛でも相変わらずの鋼メンタルなんだなぁ」
まるで理解できない生物を見るかのような二人の視線。そうは言われても、落ち込んです時間すら勿体ないのが現状。
「へこんで付き合えるならヘコむけど、そうじゃないからね」
「脳筋ですね」
「今まで全くそういう素振りを見せなかった事といい、両極端だよね、稲葉くん」
「今は引く理由も無くなったからね。なら押すでしょそりゃ」
中学時代からカウントして約三年ぶりのチャンスなのだ、押さなくてどうするって話である。
「だからって、その日に突撃は流石に無謀じゃないですか?」
「馬鹿なんだよ、馬鹿」
「それだけ切羽詰まってるんだよ。ガハマ先輩が大学生になる前に、この春休みにどれだけ頑張れるかが勝負なんだから」
前を向いたガハマ先輩は、きっとちゃんと立ち直っていつか、また素敵な恋をするだろう。ソレがいつになるかは分からない。一色が言ったように大学で出会いがあるかも知れない。
それじゃあ遅い、時期を見計らった結果、また諦めるのは懲り懲りなのだ。BSSを僕は認めない。もちろんNTRも大嫌いだ。
「なのでこの春休み、なりふり構わず動くと決めたから。二人に相談してもいいか? 忌憚のない意見が欲しい」
よろしくお願いしますと、僕は頭を下げた。何でもいい、少しでも話を聞いてくれたら助かる、そんな藁にもすがる思いにたいする返答は、聞き馴染みのある一色の呆れた様なため息だっな、
「はぁ……。あの稲葉くんが頭を下げるなんてレアだしね。いいよ、私が手伝ってあげます」
「一色……!」
つい感極まった声が出てしまう僕。男だけと言わずに女子までも手玉に取ってジャグリングし、挙句生徒会長にまで成り上がった彼女の言葉は、乙女心が分かってない僕にはまさに金言だろう。流石一色、肝心なところで頼りになる女である、
「その代わり、馬車馬の様に働いてもらいますからね〜」
「一色……」
すかさずニヤリと嫌らしい笑みを浮かべてそう告げた一色に、つい落胆の声が漏れた。
久方ぶりに君と友人に慣れて良かったと思ったのに。流石一色、がめつい女である。
駄目だコイツはと視線を切って、奴より遥かに頼りになる後輩にもお願いをする。
「比企谷もお願いしていいか?」
「はい、小町もオッケーです! もとを辿れば兄がダラダラとトドメを刺さなかったのも悪いんで!」
元気の良い比企谷の回答に、ありがたい半分、比企谷がそれを言うんだという思い半分。若干の複雑な思いは抱えたものの、コレで百人力だと僕はようやく本題に入る。
「デートってどこ行けばいいと思う?」
何事も順序って大事だよねと言ったら、二人からお前が言うなと声を揃えてツッコまれた。解せない。
◇
『いいですかガハマ先輩。眼の前に迫った夏休み、今まで以上に気を引き締めて比企谷先輩を落としますよ』
『うん! が、頑張るよ!』
『きっとあの比企谷先輩の事です、夏休みなんて外に出ないでしょうからエンカウント率は凄く低いです。それはもうはぐれメタルよりも低いです』
『駄目じゃん!?』
『はい、本来なら駄目なんです。出会えないならと正攻法で遊びに誘ってもあの人が素直に来るわけが無いんで本当に駄目なんです』
『なら夏休み、ヒッキーに会えないのかな』
『いいえ、お誂向きに我々奉仕部は林間学校いきますよね、ここがチャンスですそこで比企谷先輩と距離を詰めましょう』
『どうやって? あ! 上手なカレー作ってアピールとか?』
『それは今度にしましょう。ガハマ先輩の独創的なカレーで戦うには敵が強すぎます』
『誰のカレーが独創的だし!?』
『……確か千葉村って近くに川がありますよね、決めました水着で悩殺しましょう』
『凄く真面目な顔で凄くアホなこと言ってる!?』
『男子高校生なんて基本水着でどうにかなるんですから、効果的だと思いますよ?』
『なるほど? ……ならさ、いなばんが男の子が可愛いって思ってくれる様な水着選んでよ』
『……え? 僕が?』
『? ……うん!』
『…………』
『…………?』
『──っ、はい、分かりました理解しました納得しました頑張ります』
『やった! そうと決まればららぽへゴー!』
『はいはい、僕がガハマ先輩に似合う一番可愛いの選んであげますよ』
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