斯くして彼ら彼女らの青春ラブコメは終わり、また新たな青春ラブコメが始まる。 作:枕魔神
時系列は少し戻ります。
『待たないでこっちから行くと宣言したのは、ガハマ先輩にしては頑張りましたね。で、文化祭二人で回ったりして、なにか進展はあったんですか?』
『……いいえ』
『ハニトー食べただけ?』
『……はい』
『はぁ……』
『露骨にため息吐かれた!?』
『雪ノ下先輩は比企谷先輩と一緒に手作りコースターとか乗ってたらしいですよ。コースターだけに乗り遅れてますよいいんですか? ガハマ先輩』
『うぐっ、良くないけど、ヒッキーずっと実行委員で忙しかったし、最後は特に大変そうだったし』
『知ったことじゃ無いんですよそんな些事。強引にでも引っ張ってくださいよ。どうせあの人、程よくサボれる事しかやってないんですから。僕にぶん投げてくれたらやりましたよ』
『ぶっちゃけ過ぎだし!』
『いいですかガハマ先輩。恋は戦争です。先に奪った者の勝ち、勝てば官軍です』
『う、うん……なんでそんなに鬼気迫ってるの?』
『俺、ガハマ先輩に幸せにするが人生の目標なんで』
『もっと別の目標建てたほうがいいよ? いつも言ってるけど』
『いつも言ってますが却下します。それで、文化祭の遅れを取り戻すために今から比企谷先輩とデートしてきてください。すでに体育祭で必要な資材の買い出しと言う名目で比企谷先輩を呼んでますので』
『いつも以上に唐突にセッテングされてる!?』
『外に出たほうがサボれますよと言ったら簡単に連れましたよ。はい、放課後デートいってらっしゃい』
『ちょ! 背中押すなし!』
『パセラでちゃんとしたハニトーでも食べてきてください、丁度何かフェアしてましたよ』
『リサーチまで完璧すぎる! あーもう! 行ってきます! いつもありがと、いなばん!』
『はいはい、どうか幸せになってくださいねガハマ先輩』
◇
卒業式が終わった直後、ガハマ先輩との待ち合わせより前に、僕はいつもの場所に足を運んでいた。
何百回と通った廊下を歩いてたどり着く、その教室の目印は、可愛らしいシールで飾付された、空白のクラス札。
今はまだ紅茶の香りが薫るその教室、奉仕部部室の扉を開ければ、卒業式直後のこんな時だからそこ、ここに居るであろうこの部屋の主は嬉しそうにパッと顔を上げた。
「こんにちは雪ノ下先輩、珍しくご機嫌ですね」
「っ! ……あら、稲葉くん。こんにちは」
相手が僕だと認識した途端、瞬時に何時ものクールフェイスに戻り、何事も無かったかのように挨拶を返すは我らが部長。あぁ、なるほどね。
「すみません、比企谷先輩じゃなくて」
「……なんのことかしら?」
「いや、きっと高校生活最後にここで待ち合わせしてたんだろうなーっと察せまして。けどそこまで露骨にがっかりしなくても良くないですか?」
「べ、別にがっかりなんてしてないのだけれど」
「……激レアな満面スマイルでしたし、その後の氷の女王フェイスは流石に無理があるかと」
「……稲葉くん」
「はい」
「何か御用かしら?」
「いや、話しそら「稲葉くん」……はい」
「何か、御用?」
コホンと咳払いして、これ以上の追求は許さぬと話を切り替えた雪ノ下先輩。
確かに用事があったのは事実だし、これ以上は何故か身の危険も感じるから、がっかりされた不満は視線だけで伝える。
「沈黙は賢い選択ね」
「お手本が近くにいたもので」
「お手本? 比企谷くんの事を言っているのなら、彼は何時も余計な事を言うわよ?」
「なら、反面教師ですね」
「ええ、そうね」
軽い軽口のやり取りに微笑んだ雪ノ下先輩から、僕はおそらく最後になる紅茶を受け取る。そして何時もの席に座って、改めて本題に入った。
「まずは、ご卒業おめでとうございます」
「えぇ、ありがとう、稲葉くん」
「なにか感慨深いです。始めて雪ノ下先輩とあった時を思い出しますね。感情死滅したアンドロイドって言われた事、今でも根に持ってます」
あの時はガハマ先輩に気になる人がいるって判明して、すごくショックを受けてた時期だったから、雪ノ下先輩の言う通り顔面蒼白のアンドロイドみたいだったと思う。だからといってそれを指摘するのは流石雪ノ下先輩だとも思う。
初対面でいきなり喧嘩を売られて、何だこの女と思った僕は、荒れてたこともあり、かなりトゲトゲしい言葉を言い返したんだっけ、確か……
「あら、私も貴方が言ってくれた、高ニ病亜種って呼び名は忘れてないわよ」
そうそれだ。なんか世界をなんちゃらかんちゃら言ってたから思わず言ってしまったんだよね。
今思い返してみたら、本当に最悪のファーストコンタクトだったなぁと苦笑い。
「お互い、若かったですね」
「ふふ、本当ね」
今だと考えられないくらい険悪だった昔を思い出して、可笑しくなって笑った。
当時僕らの間に挟まれていた比企谷先輩には申し訳ないことをした、とばっちりを受けないように肩を縮こませて空気に徹していた比企谷先輩の姿を思い出す。結構な頻度で被弾していたことも思い出す。
「色々ありましたね」
本当に色々あった二年間だったと思う。
「えぇ、でもあっという間だった」
僕の言葉に雪ノ下先輩も微笑んで同意した。
「よく卒業まで保ちましたよね、絶対何処かで空中分解すると思ってましたよ」
「それは、由比ヶ浜さんのおかげね」
「僕もそう思います」
面倒くさい僕、もっと面倒くさい比企谷先輩、一番めんどくさい雪ノ下先輩の曲者三人衆が、この部室で共に過ごせたのは、間違いなく彼女の功績に他ならない。
「基本的にガハマ先輩いないと空気が死ぬんですよ。去年の今の時期とか地獄でしたもん」
去年の今頃、つまり雪ノ下先輩と比企谷先輩が付き合ったばかりの時期を指す。
気まずさから、ガハマ先輩の奉仕部への足が遠のいていた時期。あれは本当に地獄だった。
「そんなに酷かったかしら」
「はい、それは凄く」
後輩の前だからと表面上は二人とも冷静を装っていたけれど、付き合いたてのカップルの空気というは、恋愛に疎い僕にも分かるもので、所々目で語り合ったり、距離が明らかに近くなってたり。あれ、これ冷静に考えなくても僕邪魔だよねと、すっごい疎外感を感じたり。
そんな感じで一通りいちゃついたかと思えば、今度は二人とも不意にガハマ先輩を気にしてお通夜みたいな雰囲気になるし、本当に辛かったと目が比企谷先輩になる。
少しでもガハマ先輩が部に戻って来やすい様に意地でも部活には参加していたが、本当の本当にしんどかった。
「ガハマ先輩が吹っ切れて戻って来てくれた時は、女神かと思いましたね」
「あら、私はその背中を押したのは貴方だと聞いたのだけれど」
「僕のしたことなんて大した事ないですよ。ガハマ先輩がすごいだけです」
僕がしたことなんて少し助言をしただけで、本当に大した事なんてしていない、結局自分で自分に発破をかけて前に進んだのはガハマ先輩だ。
「随分と自分を過小評価してるのね」
「正当な評価だと思いますよ? 僕のしたことなんて、無責任に背中を押しただけですので」
あの時、僕はガハマ先輩の背中を押した。絶対に報われない恋だと知って、それでもあの人が諦めたくないのなら、恋の結末が少しでもいいものになるように、あの人の手から零れ落ちるものが少なくて済むように。
「結果的になんか上手く行きましたけど、もっと酷くなる未来だってあったんだと思います」
というか上手く行ったのは、ガハマ先輩と、雪ノ下先輩と、比企谷先輩の力による所が大きい。彼ら三人だから成立して、彼ら三人だから何とかなっただけに過ぎないのだ。
「今、こうして笑えて卒業できてるのは、先輩方が悩んで苦しんで答えを出したから。実際、僕がいなくとも何とかなったと思いますよ?」
僕がそう言って話をまとめると、はぁと深い溜息を吐いた雪ノ下先輩は、頭が痛いとばかりにこめかみを抑える。
「前々から思ってはいたけれど、ここまで来るともはや病気ね」
「え、酷い」
言うに事欠いて病気とまで言われた僕の反論に、異にも介さず雪ノ下先輩は、久しく見なかった冷たい視線で僕を見つめながら言葉を続ける。
「たらればの話をしても意味はないわ、貴方が由比ヶ浜さんの背中を押したおかげで今がある。その事実は変わらないでしょう?」
「まぁ、それはそうですけど。ほんと少し口出ししただけですよ?」
「その行いの評価を決めるのは貴方じゃ無いわ稲葉くん、少なくとも由比ヶ浜さんは感謝してたわよ」
「……そうですか」
「ええ、それに貴方は無責任と言ったけれども。もし何かあれば、貴方ならなんとかするでしょう?」
由比ヶ浜さんが困っているなら尚更ね。と、そう結論付けて、雪ノ下先輩は紅茶を一口。
それはまぁ何というか、かなり
「過大評価ですね」
「事実に基づいた意見よ。これまでに貴方が勝ち取った信頼とも言うかしらね」
雪ノ下先輩はそう言って更に一口。
なんとなく分かる、たぶん今、僕は過去一でこの人に褒められている。すっごく回りくどい言い方だけど、励まされてる。
その証拠に先程より紅茶を飲むペースが上がった雪ノ下先輩の耳は、ほんのりピンクさしていた。
「……何といいますか、雪ノ下先輩って本当に丸くなりましたよね」
「……それは褒められているのかしら?」
「もちろん。 凄く魅力的だと思いますよ」
この二年間、僕らは皆色んな変化があったけれど、その中でも一番変わったのは、雪ノ下先輩だと思う。
初期の頃の冷たくて人を寄せ付けなかった棘が取れて、これからの彼女はきっと、彼女の憧れにも負けない素敵な女性になるのだろう。
恋は人を変えるとはいうが、本当に凄いと思う。僕はここに居ない比企谷先輩に向けて、心の中で最敬礼をした。
「僕、雪ノ下先輩が部長で良かったです。本当に憧れの先輩ですよ」
お世話になった感謝を込めてそう伝えると、雪ノ下先輩は面食らった表情をした後に、白っとジト目をして意地悪な笑みを浮かべた。
「稲葉くん、褒めてくれるのは嬉しいのだけれど、憧れの先輩だなんて、由比ヶ浜さんに聞かれたら嫉妬されるわね」
「? そうですか?」
「普段からあれだけ貴方の一番の先輩だとアピールしているもの、ズルいって攻められるのが目に浮かぶわね」
そう言われて、なんとなく僕も想像してみる。
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『ゆきのんに憧れるのは分かるけど……けど! いなばんの一番の先輩はあたしだから! ヒッキーにもゆきのんにも譲らないからね!』
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どうしよう、いとも簡単に想像できてしまった。でも、もしそう思ってくれるのなら、すっごく嬉しいな。
「貴方、ニヤけてるわよ」
「……気の所為ですよ」
「そういう事にしておいてあげるけど、相変わらず由比ヶ浜さんに関してだけ素直ね」
「それはもう、一番の先輩なんで」
何なら稲葉一朗太の先輩ランキングどころか、その他諸々のランキングに置いての揺るぎない絶対王者である。不動の一位である。
「ぼく、ガハマ先輩が好きなんですよ」
そう宣言した僕に、雪ノ下先輩は、また言っているわと呆れた顔をした。
「それで? そんな愛しの由比ヶ浜さんよりも先に、私に会いに来たのには理由があるのでしょう?」
さらりとそう言う雪ノ下先輩。僕は図星を付かれてギクリと面食らう。
「え、気づきます?」
「随分盛り上がったけれど、思い出話をしにきた訳じゃないのでしょう?」
それで、本題は何かしら? と尋ねる雪ノ下先輩に、僕は一生この人には敵わないなと観念して、本来の目的を果たす事にした。
「実はその……近々ガハマ先輩に告白しようかと思ってまして」
「そう、やっとなのね」
「……やっぱり気づいてたんですね」
特に驚きもせずにサラリと返す雪ノ下先輩、やはり僕はこの人には敵わない。ガハマ先輩とは別のベクトルで頭が上がらない。
「これでもちゃんと貴方を部活の後輩として見てもの、私の目はそこまで節穴じゃないわ」
「その理論で行くと比企谷先輩は勿論のこと、挙げ句中学からの付き合いのガハマ先輩は大節穴ってことになりますけどね」
「比企谷くんはその通りね。由比ヶ浜さんは貴方が伝える気が無いだけでしょう?」
「まぁ、その通りなんですけどね。ちなみに、いつから知ってました?」
「去年のバレンタインね」
そう言われて思い返してみるけれど、比企谷先輩用のチョコを作るガハマ先輩の為に、東奔西走していた記憶しか無いのだが。
一体どの場面を見て察したのか、僕が悩んでいると、雪ノ下先輩は「片付けが全部終わった後に、由比ヶ浜さんからチョコを貰ってる貴方を見たのよ」と答え教えてくれた。
が、答えをもらってもピンとこない、ほんの数秒のやり取りだったと記憶しているんですけど。
「え、僕なにか変でしたか?」
そう尋ねると、本当に気がついてないのねと面白そうに笑った雪ノ下先輩。
「その時の貴方の顔がね」
「……顔」
「どことなく、由比ヶ浜さんに似てたからよ」
「…………」
「…………」
「……良くそれで気が付きましたね」
「さっきも言ったけど、節穴じゃないもの。私の目」
一瞬だけ、嬉しすぎてニヤけそうになった時のことを言っているのだろう。表には一切出してなかったのだが、雪ノ下先輩はそれに気がついたらしい、確かに素晴らしい観察眼である。
「それで? 私にその話をして、どうしたいのかしら。貴方みたいなアシストは出来ないわよ?」
推理が的中してドヤ顔の雪ノ下先輩が、意地悪い笑みを浮かべる。
「別にそんな事を頼みませんよ。ただ、部活内での恋愛ごとは、後輩として部長には報告しておいたほうが良いかと思っただけです」
「私はもう部長では無いし、卒業生なのだけれど?」
「はい、でも雪ノ下先輩はやっぱり俺の中では部長なんで。報告だけ。あとは娘さんを僕にください的なニュアンスも含まれていると思って貰っても大丈夫です」
「由比ヶ浜さんの親になった覚えはないわよ?」
「的なですよ、部長。親友としてガハマ先輩への真心はあるでしょう? ほら、略して親心ってね」
「貴方のそう言うところ、ほんと彼に似てきたわね。辞めたほうがいいわよ?悪影響だから」
眉間に指を当てて顔をしかめる雪ノ下先輩。
「何たる言い草……。あの人貴方の彼氏ですよね?」
「それとこれは話が別よ」
相変わらず比企谷先輩に厳しいなこの人。いや、多分僕の前だからツンケンしてるだけだろうな。比企谷先輩から聞いた話だとデレのんになってるらしいからね。ただしそれは口にしない、比企谷先輩も無くすのには惜しい命だからである。
話を本筋に戻す。
「後はまぁ、逃げ道を断つ的な決意表明の意味もありますね」
「決意表明って、そんな事しなくても貴方ならちゃんと前に進めるでしょう?」
「それはまぁそうですけど、気の持ちようってやつです」
他にも奉仕部の四人目として、筋として、三人には話を伝えときたかったと言う気持ちもあるが、これはまぁ言わなくてもいいだろう。伝わってるだろうし。
少しの沈黙のあと、雪ノ下先輩は一つ溜息を吐いた。
「由比ヶ浜さん、前に進むって言ってたわ」
「……ですね」
「強いわよね、あの子」
「……それは本当にそう思います」
「……貴方これから大変よ? なにせあの子、私と同じで男の趣味が悪いから」
「それ、自分で言うんですね」
「ええ、残念だけど、事実だもの」
そう言って雪ノ下先輩は紅茶を優雅に飲み干して、少しも残念じゃ無さそうに笑った。
僕は野暮なこと言わず、黙って同じ様に紅茶を飲み干してから立ち上がる。
「僕にできることは変わらないですよ。あの人の為にやれる事をやるだけです」
僕が選ばれるだなんて烏滸がましいことは思ってない。頑張ったら報われるだなんて思わない。
だけどここから先、指を加えて見ていることは出来ない。
自分の気持ちに正直な、欲張りな彼女の背中を僕は一番見てきたから。彼女の走った青春の足跡を追いかけてきたから。
「僕、変わらず今も、ガハマ先輩を幸せにするのが目標ですから」
願わくば、それは僕の手で成し遂げたい。
その為の一歩を踏み出す気持ちを引き締めるために、僕はここにやってきた。
「貴方のその気持ち悪いほどの献身……流石ね」
「ありがとう御座います」
「褒めてないわ。けど……頑張ってね」
微笑みながら僕を送り出してくれた雪ノ下先輩に、深々と頭を下げて、僕は二年間過ごしたこの奉仕部に別れを告げたのだった。
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