モブ中生の僕でも冒険者になればマンモーネから抜け出せますか? 作:タカリ
【高瀬(ギルド職員)】
ギルドで仕事をしている時に受付嬢たちが天川くんの噂を話しているのを聞いてしまった。
冒険者登録からわずか一か月で二ツ星昇格試験に挑み、見事に合格。うちの支部でも最速に近い記録だ。
「あの【臆病】なルーパしか持っていなかったはずなのに、もう昇格?」
天川くんは最速に近いと言うだけで、天川くんより早く昇格した人もいる。
だが、そういう人は冒険者登録の前からしっかりと準備をしている。初期登録時にDランクカードを複数持っていたり、Cランク以上のカードを持っていて、すぐにEランク迷宮を踏破してもおかしくない、そういう人間なのだ。
マイナススキル持ちのDランクカード一枚で始めて一か月で昇格。これは明らかに異常な速度だった。
手元のPCを操作し、冒険者の迷宮入退記録を調べた。ダンジョンゲートの開閉時に冒険者ライセンスが必要で、ゲートを通った人間の記録が残るようになっている。
「なんだこれは……。冒険者になってから毎日、一日も欠かさずに迷宮に通っているじゃないか……」
そこにあったのは明らかに異常なデータ。
毎日最低でも3時間以上。週末は金曜の夕方から日曜の夕方まで、ほとんど迷宮の内部で過ごしていた。土曜の夕方に一回だけ外に出ているが、迷宮の主を倒したタイミングで外に出ただけだろう。
こんな異常なペースでの迷宮攻略は普通の人間には耐えられない。
迷宮とは異界、人間の世界ではなくモンスターが跋扈する世界なのだ。
いくら安全地帯にモンスターが侵入できないとはいえ、迷宮で長時間過ごすだけで心身は消耗する。登録したばかりの新人ならばなおさらだ。
「まさか……」
――【カードに魅入られた】?
恐ろしい考えが浮かんだ考え。
一部の冒険者やギルド職員などの間で密かに語られている話だ。冒険者の中に明らかに異常な頻度で迷宮に入って攻略をしている人間がいる、と。
普通の人間なら長時間の迷宮攻略の後に地上で休暇を必要とするが、彼らは地上に出てきたと思ったらまたすぐに迷宮の中に戻ってしまう。
『地上にいる時よりも迷宮の中の方が落ち着く』
それが彼らの言い分だった。
家族や友人、恋人などと疎遠になることも多く、人間関係は希薄になり、自分のカードにのめり込む。
迷宮に入るのも、大金を稼ぐのも、全てカードの為。より強い高ランクカードを手に入れるのが目標となってしまった者たち。
常軌を逸した攻略頻度にプロ冒険者でさえ敬遠し、実力は認めつつも声をかけるのを躊躇う。そんな彼らを指してこう言うのだ。
あいつは【カードに魅入られた】、と。
「まだ中学一年生、12歳の子供だぞ? しかも冒険者登録をしたばかり。まさか、そんなことが……」
ありえるはずがないと言いたかった。だが、言えなかった。
天川くんは【カードに魅入られた】のかもしれない。
そんな考えを、どうしても拭うことができなかった。
【最安の殿堂 店長】
天川くんとの出会いは今年の一月に遡る。
彼はエンジェルのソウルカードを蘇生させるために安いカードを探していた。
とはいえ、エンジェルはそれなりに人気のあるカード。Dランク最上位のアークエンジェルほどではないけど、見た目の良さと厄介なアンデッド系への特攻を持つことからそれなりの値段がする。
結局手持ちが足りなかった彼はエンジェルのカードを買うのを諦めた。
その後も何度も天川くんはやってきた。安いエンジェルのカードがあるのか確認し、EランクやFランクのカードでも良さそうなカードがないかを探していた。
「店長、このヘルハウンドのカードください」
「これを?」
そんな天川くんが欲したのは【能天気】のマイナススキルを持つヘルハウンドだった。本来ならEランクカードは最低10万はするけど、このカードの売値は3万となっている。
ただ、何も知らずにこのカードを買って、後から苦情を言われても困る。しっかりと注意をすることにした。
「このカードのマイナススキル【能天気】について説明するね。これは物事を深く考えず警戒心が薄いカードが持っていると言われているんだ」
一応マイナススキルと言われているが、アタッカーや回復役が持っているだけならあまり影響がないスキルだ。冒険者の中には「コミュしやすいからむしろ当たり」と言う人間もいるくらいだ。
「このスキルを持っていると注意しないといけないのが警戒役・斥候だね。警戒心が下がって敵に気づきにくくなる、接近するまで気がつかない、奇襲されやすくなるなどの明確なデメリットがあるよ」
これがヘルハウンドが3万で売られている理由だ。
Eランクカードを使うような初心者冒険者の場合、獣系のカードを斥候や警戒役にすることが多い。ヘルハウンドは斥候を兼ねた前衛になるだろう。
だけど【能天気】を持っているヘルハウンドは警戒役に向かない。獣系カードの利点を潰している。
そう説明したのだけど、天川くんには別の狙いがあった。
「このカードは別のカードと組み合わせるつもりだから大丈夫です」
「別のカード?」
「Dランクのルーパです。【臆病】のデメリットスキル持ちですけど」
親戚のおじさんから貰ったという【臆病】のルーパと、【能天気】のヘルハウンドを組み合わせる。それが天川くんの本当の狙いだった。
「その手があったか……!」
性格や精神、心系のスキルはランクアップに使っても残ってしまう。
ランクアップ前の性格がどうであれ、【臆病】や【能天気】というスキルも受け継がれてしまうのだ。これを嫌ってマイナススキル付きのカードをランクアップに使わない冒険者は多い。
だけど、天川くんをそれを逆手に取ることにしたんだ。
Dランクのマイナススキルを打ち消すために、一つ下のEランクのマイナススキルをぶつける。マイナス×マイナスでプラスにしようという、非常に面白い試みだ。
「もしもこれが成功したら、高ランクのマイナススキル付きのカードを低ランクのカードで打ち消すことができる……」
例えば一枚5000万のCランクカードがマイナススキル付きだから3000万になっていたとしよう。
そのカードに対し、一枚500万円のDランクカードをランクアップに使うことで、マイナススキルを打ち消すことができたら?
購入金額の3000万とランクアップに消費した500万で、5000万相当のCランクカードを手に入れることができる。
5000万-3500万=1500万。
なんと1500万の儲けというわけだ! これは凄い!
天川くんが【能天気】のヘルハウンドを買っていった後、店にあったマイナススキルつきのカードをもう一度調べてみた。
狙い目はEランクとFランク。どちらも大漁に在庫があるので、マイナススキルを持ったEランクカードに相反するスキルを持ったFランクカードを使ってランクアップさせてみる。
例えばEランクの【運動音痴】のカードにFランクの【武術】のカードを組み合わせるという感じだ。
――結果、全ての組み合わせで失敗した。
「そりゃそうだよ……」
よく考えたら最初から分かっていたことだ。
【ランクアップで元のスキルを引き継ぐかどうかは使い込みと運次第】と言われている。
全く使っていないFランクカードをランクアップに使っても【武術】が引き継がれるわけがなかった。当然、他の組み合わせも全滅した。
「まぁ、そう都合よくいかないよね、ははは」
数枚のFランクカードを損害に出しながら、実験は終わった。
*
「え? ルーパの【臆病】? 【能天気】のお陰でちゃんと消せましたよ」
――後日、冒険者デビューを果たした天川くんに【臆病】を消せたと教えられて、再び実験熱が燃え上がった。
そうだ、EランクとFランクだからダメだったんだ。次はDランクとEランクで実験してみよう、と。
【Tips】カードに魅入られる
一部の冒険者などが使っている言葉。
迷宮に入り浸る、迷宮を心地よく感じる、他の人間との関りが希薄になる、カードのために高ランク迷宮に挑む、愛用のカードたちに名付けをする、カードと恋愛関係になるなどの行動が見られる。
原作主人公のマロやファラオなどが該当し、他の冒険者から手遅れ認定される。
【Tips】ランクアップとスキルの引継ぎ
心系スキルや性格系スキルの引継ぎについては原作では詳しく説明されていない。
だがランクアップに使用する時に【閉ざされた心】や【臆病】といったマイナススキルが消えるなら、ランクアップ専用カードとして売買すればいいという話になってしまう。
そういう説明がなかったので、ランクアップに使用しても【閉ざされた心】や【臆病】は消えない、とするのが自然だと判断した。
また、覚えているスキルがランクアップ時に引き継がれるかどうかだが、これはランクアップ時にスキルの熟練度が減少するせい。熟練度が一定値以下になった場合、カードの後天技能欄からスキルの表記は消滅する。
だが、減少しても熟練度そのものは残っているので、訓練によって減った分の熟練度を稼ぐことで比較的簡単にスキルを習得することができる。
また、熟練度の減少でスキルが消滅せずとも下位のスキルにランクダウンすることもある。
逆に十分な熟練度が貯まった状態でランクアップした時に上位のスキルにランクアップすることもある。
それらも含めて【ランクアップで元のスキルを引き継ぐかどうかは使い込みと運次第】と言われている。