モブ中生の僕でも冒険者になればマンモーネから抜け出せますか? 作:タカリ
昇格試験で手に入れたエンプーサのカードだけど、これはショップ売ってしまうと大した金額にならない。
まずギルドのDランクカードの買取価格は市場価格の10%と決められている。
エンプーサは今の相場で600万と言われているのでギルドでの買取価格は60万。どんなマイナススキルがついていても買い取ってくれる代わりに買い叩きが酷い。
ギルド以外のカードショップ、例えば『最安』の店長ならもう少し買取価格を上げてくれるけど、それでも100万くらいだろう。よほど優秀なスキルがない限りエンプーサが200万を超えることはない。
600万の価値があるカードを売ってもたったの100万で買われてしまう。
そんな悲しい現実に負けないために、僕はネットの掲示板を頼ることにした。冒険者がカードの売買を行うための専用の掲示板で、利用者はそこそこ多い。そこにこんな感じでコメントを投稿した。
【出)エンプーサ・瑕疵なし 『写真添付』
求)500+魔道具 or カード+魔石
※カードはシルキーかアルラウネ、マイナススキル持ちでもスキル次第で交換可。応相談】
「零落持ちのシルキーかアルラウネが出てきたら最高だけど、さすがにないかな」
シルキーもアルラウネも人気の高い女の子カードだ。零落カードでも気にせずに買っちゃう人がいるから市場でも数が少ない。どちらかというとアルラウネの方が手に入れるのが難しいかな?
「ただ、アルラウネが出てきたら嬉しいけど、瑕疵なしのアルラウネは1000万。僕のエンプーサを600万だから、400万円分足りないんだよね……」
その場合、僕が追加で魔石かカードを出して差額を埋めないといけないんだけど、そんな大量の魔石もカードも持っていない。
「瑕疵なしアルラウネがほしい気持ちと、多少の瑕疵ありでもいいから安くアルラウネが欲しい気持ちがある。複雑な心境だよ……」
とはいえ、そもそもトレードの応募がなかったらどうしようもないんだけど。
■
「――来ちゃった」
ど、どうしよう。
瑕疵なしアルラウネのカードと交換希望のメールが届いちゃった。
しかも相手から差額分の魔石400万も要求されている。でもそんな用意はない。
「トレードしたいけど、さすがに手元にないのに受けられないよね。残念だけど魔石の量が足りないので諦めますって返事をしよう」
そう思って正直にメールを送ったところ、すぐに相手から返事が返ってきた。
「え? 少しならまけてくれる? 魔石がどのくらいあるのか教えてほしい? えっと、今ある分は……」
前回のEランク迷宮踏破の魔石(30万)も残っているので他のカードや魔石を合わせて全部で50万くらい。400万には遠すぎる。
「え? これでいいの? 交換に応じてくれるって?」
けれど相手の希望でトレードが成立してしまった。
こちらは600万のエンプーサのカードと、50万円分の魔石やEFランクのカード。
相手は1000万のアルラウネのカード。
差額350万。本当にこんなトレードでいいんだろうか。
*
週末。相手の人と待ち合わせしていた喫茶店に入った。
僕の住んでいる駅から電車で一本出たところにある知らない街だ。
喫茶店の中には20代半ばの少しチャラそうなお兄さんが一人だけ席についていた。
「こんにちは。緑茶さんですか?」
「え、はい。もしかして、カケルさんですか?」
「はい、そうです。今日はよろしくお願いします」
カケル、僕の名前の
緑茶さんは僕が若いことに驚いたみたいだけど、すぐに笑顔になって席を進めてくれた。ウェイトレスさんがやってきたのでオレンジジュースを注文する。
「それで、今回のトレードだけど。このカードと交換でいいんだよね」
喫茶店の上に無造作に置かれたアルラウネのカード。
1000万の価値があるカードが、剥き出しだ。
「え、ええ。アルラウネのカードと交換です」
「ちゃんとカードと魔石は持ってきた?」
「エンプーサのカードも魔石も持ってきてます」
他のお客さんはいないけど、喫茶店のマスターらしい人やウェイトレスさんは店内にいる。
それなのにこんなに無造作にカードを置いて、いいんだろうか?
「OK、じゃあ早速出してよ。交換しよう」
「え、もう?」
「ん? 他に何かあるか? カードを交換して終わりだろ?」
「えっと……」
確かに他には何もない。カードを交換したら終わりだ。
「あの、今回の交換、僕の出す方がかなり少ないと思うんですけど……」
「ああ、その件ね。まあ350万の差額は痛いけど、君みたいな小さい子から大金を取るのも悪いから今回はサービスしてあげるよ」
「はぁ……」
サービスで350万もまけてもらっていいんだろうか。
「そんなことはいいからさ。ほら、さっさと交換しようぜ。こっちも後の予定が詰まってるんだから」
「あ、すみません」
緑茶さんがイライラしたような様子でトレードを急かす。
後の予定ってなんだろう? 数百万のカードを交換するより大事な予定なんだろうか。
疑問に思うけど仕方ない。時間がないって言うならすぐに行動しよう。
「じゃあ、迷宮に移動しますね。近くにあるFランク迷宮でいいですか?」
「え?」
注文したジュースはまだ来ていないけど、緑茶さんを待たせたら悪いし、お会計を済ませてお店を出ちゃおう。
「まま待った、なんで迷宮に?」
「え、だって迷宮じゃないとカードや魔石が本物かどうか分からないじゃないですか」
ギルドやお店を介さない個人同士のトレードで一番怖いのは偽のカードや偽の魔石を使った詐欺だ。そして本物か偽物か判断するなら迷宮で確認するのが一番早くて確実だ。
カードは実際に目の前で召喚してもらえばいいし、魔石が本物かどうかはカードたちに聞けば応えてくれる。魔石の大体の価値も判別してくれるので魔石の金額で揉める心配もない。
「い、いや、実は俺、冒険者免許を持ってなくて……」
「え? 冒険者じゃないのにこんな高額のカードを持ってるんですか?」
1000万のアルラウネを持っているだけでも驚きなのに、アルラウネと交換で僕のエンプーサを手に入れて何するんだろう? 部屋に飾っておくの?
「ん、実は、個人で札商の真似事をね、はは……」
「へえ、緑茶さんって札商だったんですね」
話している間にジュースが届いたので喉の渇きを潤す。これは……果汁100%じゃないな。
「じゃあ札商の登録証かなにか持ってます?」
「登録証!? そんなものないよ! 個人だって言ってるだろ!」
個人でもちゃんとした札商なら登録証を持っている。それにカードの売買をした時にちゃんと公認された札商じゃないと税金がかかってしまうとか色々と問題があるんだ。
「いいから早くトレードしろよ! こっちが譲歩してやってるんだからな!」
バン!とアルラウネのカードを力強くテーブルに叩きつける。思わず眉をひそめた。カードの扱いが目に余る。
「……わかりました」
「やっと! それじゃあ早速――」
「じゃあ、冒険者ギルドに行きましょう。あそこなら鑑定もしてくれますから安心ですよ」
「お前――!」
ガタッと緑茶さんが立ち上がった。
中学生になったばかりの僕より背が高く、腕も足も太い。
じっとりとした目が僕に向けられていた。
「……わかった。ギルドに行こう。そこで鑑定してもらったら安心だよな」
「はい。よろしくお願いします」
グラスの中に残ったジュースを飲み干して、僕と緑茶さんは喫茶店を出た。
無言。二人で並んで歩道を歩く。緑茶さんが車道側だ。
さっきまでと打って変わって、緑茶さんはなにも言わない。
そのまま歩き続けてギルドの建物が見えてきた。駅からすぐそこだ。
「カケルくん」
「はい?」
隣を歩く緑茶さんを見上げると、気持ち悪いほどに笑顔だった。
「大人を舐めるな、クソガキ」
緑茶さんは僕を思い切り突き飛ばすと、僕が手に持っていた鞄を奪って走り出した。
「泥棒ー!!! 僕の荷物を返せ!!!」
運動不足丸出しでヨタヨタと走る緑茶を追った。運が悪いことに緑茶の進行方向に女の子がいた。
「お姉さん危ない!」
「どけどけどけ!! 邪魔だあ!!」
僕と緑茶の声に気がついたお姉さんが振り返り、大声で怒鳴る緑茶を見て身を竦めた。
「どけっつってんだろ!!!」
緑茶がお姉さんを突飛ばそうとして――
「あ?」
お姉さんを突飛ばそうとした手が空振りし、ぐらりと体勢を崩して……走行中の車に接触した。
「うわぁ……」
車の正面ではなく、側面にぶつかった緑茶は衝撃でコマのように回りながら歩道に跳ね返された。
歩道の上を何メートルも転がってダラァと地面に倒れ込む緑茶はまるで死体のようだった。
まあ、気絶していただけで死んではなかったんだけど。
こうしてカード詐欺の容疑とひったくりの現行犯で緑茶は逮捕されました。
……怪しいとは思っていたけど、やっぱり詐欺だった。あのアルラウネも偽物だった調べたけど偽物だったらしい。
*
「君も災難だったわね」
「いえ、お姉さんの方こそ何の関係もないのにお疲れ様です」
緑茶を救急隊員と警察官が連れていった後、僕とお姉さんは警察署に事情聴取に呼ばれた。
緑茶とのメールのやり取りや喫茶店での会話、僕の荷物を奪って走り出したこと、そして最後に自分から車道に突っ込んで事故にあったことまで全部素直に説明した。
お姉さんはお姉さんで警察官に詳しく聞かれていたみたいで、緑茶がお姉さんを突き飛ばそうとしたから暴行未遂になるとかそんな話をされたらしい。
それで話は終わり、二人とも駅まで送ってもらったところだ。
「ネットでトレード相手を探したみたいだけど、ああいう犯罪者も利用しているんだから気をつけないとダメよ?」
「同じことを警察の人も言われました……」
やっぱり似たような詐欺が多いらしく、極力ギルドや大手のカードショップを利用するようにと言われてしまった。
「でも、ショップで売ると買い叩きが酷すぎて。折角の高額カードだから少しでも高く売りたいじゃないですか」
「気持ちは分かるけど……君、星はいくつ?」
「二つです。もしかしてお姉さんも冒険者ですか?」
「ええ、そうよ。実は私も同じ二ツ星冒険者なの」
そう言ってお姉さんがライセンスを取り出した。
『
「それで、君が売ろうとしていたカードって何なの? 適正価格ならお姉さんが買い取ってあげてもいいわよ」
「えー。それは……」
さすがに需要はないと思うけど、念のため。
「Dランクのエンプーサです。市場価格は600万くらいですね」
「エンプーサ、淫魔かぁ……」
「無理しないでいいですよ」
さすがに女性に無理して買ってもらうのは気まずい。
「……いえ、むしろちょうどいい機会かもしれないわね」
「機会?」
「実は今度、近くの迷宮で知り合いの冒険者だけを集めてカード交換会をするのよ」
「カード交換会……!」
「一ツ星から三ツ星だけでプロはいないけど、Dランク以下のカードが多数集まるし大量に魔石を持っている人も来るはず。もしも興味があるなら貴方も参加してみる? 私が話を通してあげるわよ」
「お願いします!! 参加したいです!!」
緑茶に詐欺られそうになったのは最悪だけど、意外な出会いからカード交換会へ参加することになった。
いったいどんなカードが集まるのか、そして僕のエンプーサはいくらで売れるのか、カード交換会が楽しみだ!
【Tips】カード詐欺
偽カードを渡してカードや魔石を騙し取る詐欺と、偽魔石を渡してカードを騙し取る詐欺の二種類がある。
迷宮内ならカードが偽カードや偽魔石を判別できるため、迷宮内でトレードした方が安心できる。また、虚偽察知のスキル持ちがいると交渉では非常に有利に進める。
もしも万が一騙された場合でも、冒険者ライセンスから相手の特定ができるので警察やギルドに相談するといい。
迷宮外で取引する場合はしっかりしたショップや札商を利用するのが一番安全である。
【Tips】手荷物の中身
緑茶が奪った手荷物は実はただの空箱。
名付けしているカードは服の下に隠してあって、他のカードと魔石は駅のコインロッカーにしまってあった。
緑茶が怪しいからコインロッカーには向かわずに直接ギルドに向かった、というオチ。
ちなみに車との接触事故は、この後犯人側の過失として処理されるので問題ない。