chapter:0 色廃人、ポケモン世界へ。
全世界何千万人いるのかは知らんが、トレーナーの諸君。
俺はポケモンが好きだ。
どれくらい好きかって?
初代『赤・緑』が発売されてから、ほぼすべての作品を触ってきた程度には好きだ。
もちろん、ゲームだけじゃない。アニメも映画も見たし、攻略本を擦り切れるまで読み込んだことだってある。
新作の発売日前日は遠足前の小学生みたいに眠れないし、旅の相棒を選ぶ画面では毎回真剣に悩む。
いい歳した大人が何をやってるんだって?
うるせぇ。好きなものは好きなんだから仕方ないだろ。
生まれてこの方、三十数年。
俺にとって、ポケモンは人生そのものと言っても過言じゃない。
そんな俺が、ついにやってしまった。
対戦アプリ『ポケモンチャンピオンズ』で、シーズン最終一位を勝ち取ったのだ。
一位。
もう一度言うぞ。一位だ。
いや、すまん。もうちょっと言わせてくれ。
今まで二桁順位に入れただけでも小躍りしていた男が、ついに頂点に立ったんだ。
そりゃ浮かれもする。
もちろん、簡単な道のりじゃなかった。
環境が変わるたびに構築を考え直して、苦手な相手への立ち回りを研究して。
勝てると思った対戦で負け、勝てるはずのない相手に勝ち、連敗した日は天井を見上げながら「なんであそこで交代したんだ俺……」と反省会を開いた。
翌朝にはまた対戦してるんだけどな。
ポケモン廃人の性ってやつである。
努力を続け、環境を研究し、対策を積み重ねた。
それでも最後の集計が終わるまでは気が気じゃなかった。
画面に表示された順位を、俺は何度も見返した。
『1位』。
……いやぁ、長かった。
本当に、長かった。
これにはSNSやネットも少しだけざわついた。
なぜなら、俺が使っていたのは環境でよく見る強力なポケモンを寄せ集めたパーティーではない。
『
タイプ統一。
つまり、手持ち全員が共通のタイプを持つように組むパーティーのこと。
もちろん複合タイプはあり。
そこまで縛ったら俺の胃が死ぬ。
普通に勝ちたいだけなら、強いポケモンを採用して弱点を補い合えばいい。
俺だって、その理屈はよくわかっている。
でも、俺は違う。
せっかく好きなポケモンを使うんだ。
ほかの誰かが考えた正解をそのまま並べるんじゃ、どうにも物足りなかった。
自分の好きなタイプを軸にして、自分なりの勝ち方を探したかったのだ。
しかも、ただのタイプ統一じゃない。
使っているポケモンは、全員色違い。
そう。性能だけなら通常色と変わらない、色違いである。
対戦のために必要かって?
まったく必要ない。
でもな、何時間も粘って、ようやく目の前に現れたあの瞬間。
画面の向こうでキラッと輝いたあの一匹を、どうしても使いたかったんだよ。
何なら、色違いを見つけるために費やした時間のほうが、構築を練っていた時間より長いかもしれない。
うん。自分でもわかっている。
俺は筋金入りの色廃人なのだ。
最初は負け続けた。
好きなポケモンだけで勝とうなんて甘い、とも言われた。
だが、そこは愛ゆえの努力。
一匹ずつできることを洗い出して、技を入れ替え、選出を見直し、何度も何度も挑戦した。
そうしてレートは少しずつ上がり、あとから順位がついてきた。
そして今日、長年の努力がついに報われたというわけだ。
♦
「はぁ~……終わった……」
椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。
指先が少し震えていた。
最後の数戦なんて、心臓が口から飛び出るかと思ったぞ。
机の上には飲みかけの水。スマホには通知。
おそらくSNSの反応だろうけど、今はそれを見る元気もない。
俺はもう一度モニターへ目を向けた。
集計を終え、一位の順位とともに表示されたリザルト画面。
いつもならポイントや称号を受け取るだけなのだが、今日は何かがおかしかった。
「ん? ……特典の配布? なんだこれ……」
画面に表示されているのは、一枚のチケット。
見覚えのない模様が描かれていて、その下には『使用しますか?』の文字。
選択肢は『はい』。
……以上。
「いや、『いいえ』は? 拒否権ないんか?」
と、口では言ってみたものの、こういう限定報酬に弱いのがゲーマーの悲しい性である。
もしかしたら特別な称号かもしれない。
あるいは、記念の衣装とか。
いや待て。
ひょっとして、特別な色違いポケモンだったり?
「まぁ、なんかいいもん貰えるんかね?」
結局、深く考えずに『はい』を選択した。
その瞬間だった。
「うぉっ!? なんだ、クッソまぶし……!!!」
モニターがあり得ないほど光り輝いた。
眩しい。
比喩じゃない。
目を細めても、腕で顔を覆っても、まるで光が部屋そのものから溢れてくるみたいに視界が白く染まっていく。
おいおい、最近のゲームの演出、いくらなんでも派手すぎないか?
――色違いの登場演出にしたって限度があるだろ。
そんな間抜けなことを考えたのが、俺の最後の記憶だった。
♦
と、まぁこんな感じで、俺の三十数年にわたる人生は一度終わったわけだ。
何で終わったって言えるかって?
それはだな……。
「おギャー! おギャー!」
「ふふっ、リンは元気ねぇ」
……はい。
目の前には、ママンらしき女性。
いや、らしき、じゃないな。
今この人が俺を抱いている状況からして、間違いなくママンだ。
そして、俺の身体はベイビー。
手が小さい。足も小さい。
指を動かそうとすると、なんかもう、それだけで大仕事だ。
おまけに、口を開けば出てくるのは言葉じゃなくて泣き声。
「おぎゃ……」
あ、はい。そういう感じですか。
つまり、このママンから俺――リンが産まれたってわけ。
いやぁ、まさかね。
こんな自我がしっかりしてるオイラが、エケチェンになるなんて思いもしないよね!
しかも出てくるときは苦しくてしょうがなかった。
なんだろ、はえ~すっごい……って感じ。
いや、言語化を放棄するな俺……。
とりあえず、今の俺には転生したらしいという事実と、赤ちゃんの身体では何一つ自由にできないという現実だけがある。
「リン、どうしたの? お腹すいた?」
ママンが俺を抱き直し、小さな手をそっと握った。
……あったけぇ。
ぼんやりとした視界に顔が近づく。
表情ははっきりわからないのに、声が優しいことだけはよくわかった。
三十数年生きてきたはずなのに、こうして抱かれていると妙に安心する。
なんだこれ。
赤ちゃんの本能か?
それとも、俺が思っていた以上に甘えん坊だったのか?
まぁ、今の俺は赤ちゃんだし?
多少甘えたって許されるよな?
うん。ママン、すこだ。
……なんて、ちょっとほっこりしていた、そのときである。
でぇ……ここからなんですよ。
ぼやける視界の端で、ピンク色の何かが動いた。
人にしては小さい。
丸っこい。
あと、なんか耳が長いような……。
「タブンネ~」
「あら、ありがとうタブンネ。助かるわ」
……ん?
いや、待て。
今、タブンネって言わなかったか?
え? タブンネ?
あの? 経験値稼ぎといえばお馴染みの?
俺が何度もお世話になった、あのタブンネ!?
意識を全力でピンク色の何かに向ける。
ピントは合わない。
首も動かない。
正直、全然見えん。
だが、確かに聞こえる鳴き声。
ママンに何かを渡し、嬉しそうに返事をしているその様子。
俺の脳内で、幾千時間も遊んだゲームの記憶が一斉に騒ぎ始めた。
……嘘だろ。
まさか。
生後数時間の俺でもわかる。
ここは病院。
そして、この病院にはタブンネがいる。
つまり……。
ポケモンがいる世界だってことがな!!!
♦
とりあえず、ママンはお薬を持ってきてくれたタブンネを撫でている。
その手に合わせて、ピンク色の耳がぴこりと揺れた……ような気がした。
くっそ、見えねぇ!
もっとよく見たい!
触りたい!
あわよくば抱きつきたい!
だって本物だぞ、本物!
画面の中でドットだったりポリゴンだったりした存在が、今、同じ部屋にいるんだぞ!?
感動で涙が出そうになった。
いや、もう泣いていた。
赤ちゃんなので。
「よしよし、リン。大丈夫よ」
違うんだママン!
悲しいわけじゃないんだ!
むしろ嬉しすぎるんだよ!
……伝わるわけもなく、俺はただ小さく手足をばたつかせた。
混乱を通り越して、少しハイになっていたらしい。
おいおい、マジかよ!
ここって絶対ポケモン世界だよな!
ということは、まず確認すべきは、どこの地方なのかってことだ。
カントーか?
ジョウトか?
それともイッシュ?
病院にタブンネがいるからって、イッシュ地方だと決めつけるのは早計だ。
ポケモンだって地方を移動するし、ほかの土地で働いていたっておかしくない。
そして、もっと重要なのが年代である。
レッド=サンは今何歳なんだ?
ジムリーダーたちは?
あの事件やこの事件は、もう起きたのか、それともこれからなのか?
ああもう、確認したいことが山ほどある!
俺たちの伝説、レッド=サンにはいずれ会ってみたいし……。
あわよくば世界中を回ってみたい。
カントーで旅をして、ジョウトで景色を眺めて、ホウエンで秘密基地を作って。
シンオウの山も登りたいし、イッシュに行けるならPWTだって出てみたい!
何なら全地方でタイプ統一パを組んでみるか?
いや、待て待て。
その前に色違いだ。
俺の相棒たちも、いずれ迎えに行かなきゃな。
この世界で同じ子たちに出会える保証なんてない。
それはわかっている。
でも、あの子たちと同じ種族に出会って、また一緒に戦えたら。
……いやぁ、最高じゃぁないか。
頭の中ではすでに旅の計画が百個くらいできあがっていた。
しかし、ここで重大な問題に気づく。
……俺、まだ赤ちゃんなんだよなぁ……。
地方を調べるどころか、ママンに「ここどこ?」と聞くことすらできない。
色違い厳選?
無理無理。
タイプ統一パ?
夢のまた夢。
そもそも自分でベッドから降りられないし、寝返りすら打てねぇ!!
前世じゃ世界一位だった男が、今や自力移動すらできないってマジ?
難易度設定、極端すぎない?
「ふふっ、リン。そんなに元気なら、きっとすぐ大きくなるわね」
ママンが楽しそうに笑う。
……まあ、そうだな。
急いだところで、今できることなんて限られてる。
せっかくもらった二度目の人生だ。
まずはこの人に心配をかけない程度に、元気に育つところから始めようじゃないか。
うん。いい目標だ。
とりあえず、首が据わるところからか。
それがいい、うん。
そうしよう。
こうして、第二の人生に何の疑問も持たないアホの物語が、静かに始まったのだった。
初めまして。
普段はなろうで趣味で物書きをしております。
どうぞよしなに。