ヨロイ島から帰ってきて、数日が経過した。
我が愛しの故郷、バウタウン。
潮風が気持ちよく、海にはポケモンが泳ぎ、街の人たちもみんな優しい。
いやぁ、実に素晴らしい。
やはり故郷というものはいい。
……ただ、一つだけ問題があるとすれば。
「ムーちゃん! ちょっと待って!」
「グソ?」
「歩幅! 歩幅を合わせて!」
我が相棒、色違いグソクムシャのムーちゃん。
この子が、思っていた以上に目立つのである。
そりゃそうだ。
白く重厚な装甲に、真っ赤な触角。
鋭い鎌のような前脚を持つ、全身甲冑の武者。
しかも色違い。
俺からすれば、歩く国宝である。
最高にイケメン。
いや、メスなのでイケウーマン?
……まあ、細かいことはいいか。
しかし一般人からすれば、五歳児が百キロを超える巨大なグソクムシャを連れて歩いているわけで。
「……あの子、すごいポケモン連れてるね」
「グソクムシャだろ? 珍しいなぁ」
「しかも色が違わないか?」
……聞こえる、聞こえるぞ。
我が相棒への称賛が!
そうでしょうとも!
なんたって俺のムーちゃんだからな!
「ムーちゃん! みんながかっこいいって!」
「グソ……!」
照れたように俺の背中へ隠れようとするムーちゃん。
待って?
「ムーちゃん! 君、身体のサイズ考えて!?」
「グソ?」
俺、五歳。
ムーちゃん、グソクムシャ。
身長差は圧倒的。
そもそも隠れられるわけがないのである。
むしろ、俺が完全に隠されている。
かわいい、だがデカい。
情報量が多すぎる。
♦
さて、そんな俺たちが向かっていたのは、バウタウンの港である。
別に何か用事があるわけではない。
ヨロイ島で教わった、ポケモンとの散歩も立派な修行という教えを実践しているのだ。
決して、野生ポケモンの中に色違いがいないか確認しているわけではない。
……いや、ちょっとくらいは確認しますけどね?
色違い廃人だもの、仕方ないね。
「おっ、リンじゃないか!」
「あ! おじさん!」
港で働く顔見知りのおじさんが、俺たちに声をかけてきた。
「帰ってきたって聞いたぞ! 道場はどうだった?」
「すっごくたのしかった!」
「そうかそうか! それにしても、立派なグソクムシャになったなぁ!」
「グソッ!」
ムーちゃんも嬉しそうに返事をする。
うむ、やはり褒められると嬉しいらしい。
「おお、いい返事だ! ちょっと触ってもいいか?」
「いいよ! ムーちゃん、だいじょうぶ?」
「グソッ!」
本人の許可も取れたので、おじさんがそっと装甲を撫でる。
「いやぁ、強そうだなぁ!」
「えへへ!」
「もう怖いものなんてないだろ?」
……ん?
その瞬間だった。
バシャァァン!
「グソォッ!?」
「うわっ!?」
突然、海面からコイキングが跳ね上がった。
ただのコイキング。
どこにでもいる、あのコイキングである。
しかし、ムーちゃんは大慌て。
ものすごい勢いで俺の後ろへ回り込んだ。
いや、コイキングにビビるグソクムシャって何!?
「……ムーちゃん?」
「グソ……」
恐る恐る海を覗き込むムーちゃん。
その姿を見たおじさんが、思わず吹き出した。
「ははは! なんだ、怖がりなのか!」
「そうなんだよねぇ」
俺も苦笑する。
ヨロイ島で一年以上修行して、以前よりずいぶん落ち着いてきた。
それでも、突然の大きな音や予想外の出来事は苦手なままだ。
……まあ、いい。
怖がりだからって、悪いことではない。
マスタード師匠も言っていた。
ムーちゃんには、ムーちゃんの強さがあるのだと。
「だいじょうぶだよ、ムーちゃん。コイキングだから!」
「グソ……?」
「そうそう! あの魚!」
ムーちゃんが、そろりと顔を出す。
海面では、例のコイキングが何事もなかったかのように泳いでいた。
いや、本当に何だったんだ、あいつ。
通りすがりのコイキングによる精神攻撃。
効果は抜群だ!
♦
そんな平和な港で、事件が起きたのはその少し後だった。
ガシャァン!
突然、大きな金属音が響き渡った。
「うわっ!?」
「グソッ!?」
振り向くと、荷物を運んでいたゴーリキーが、驚いて荷車を揺らしていた。
どうやら、近くで金属製の道具が倒れたらしい。
ゴーリキー自体はすぐに落ち着きを取り戻した。
しかし。
「あっ! 危ない!」
誰かが叫んだ。
荷車に積まれていた木箱が、傾いている。
そのすぐ近くには、転んでしまった小さな男の子。
……まずい!木箱が落ちる!
「ムーちゃん!!」
「グソッ!?」
俺が声を上げると、ムーちゃんはびくりと身体を震わせた。
……怖いんだ。
突然の大きな音。
倒れそうな荷物。
慌てる人たち。
そりゃ怖いよな……でも。
「ムーちゃん! こっち見て!」
「グソ……!」
ムーちゃんが俺を見た。
俺は、男の子と木箱を指差した。
「まずい! あの子をまもってあげて!」
一瞬、ムーちゃんの身体が止まった。
しかし。
「グソォッ!!」
次の瞬間、大きな身体が地面を蹴った。
ムーちゃんは男の子の前へ飛び出し、分厚い装甲を木箱へ向ける。
ドンッ!
落下した木箱が、装甲にぶつかった。
「グソッ!」
ムーちゃんは衝撃に耐えながら、前脚で木箱を押さえ込む。
その間に、駆けつけた大人たちが男の子を安全な場所へ引き離した。
「大丈夫か!?」
「け、怪我は!?」
「……だいじょうぶ!」
男の子が答える。
……よかった。
幸い、誰も怪我をしていない。
荷車のゴーリキーも、持ち主に宥められて落ち着いている。
俺は慌ててムーちゃんへ駆け寄った。
「ムーちゃん!」
「グソッ!」
「だいじょうぶ!? けがしてない!?」
装甲を確認する。
目立った傷はない。
前脚も問題なさそうだ。
……よし、よかった。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「こわかったよね?」
ムーちゃんは、一瞬だけ視線を逸らした。
そして、小さく頷く。
……そっか、やっぱり怖かったんだ。
でも。
「よくがんばったね!」
「……グソ?」
「すっごくかっこよかった!」
俺は、ムーちゃんの大きな身体に抱きついた。
「ありがとう、ムーちゃん!」
「……グソッ!」
ムーちゃんが嬉しそうに鳴く。
……ああ、そうか。
これが、マスタード師匠の言っていたことなんだろうな。
怖がりな性格がなくなったわけじゃない。
怖いものは、今でも怖い。
それでも、どうすればいいのか。
何をすれば、大切な誰かを守れるのか。
俺たちはこの一年間、それを一緒に学んできた。
……うん、ちゃんと成長してるんだな。
俺も、ムーちゃんも。
……と。
「おにいちゃん!」
先ほど助けた男の子が、駆け寄ってきた。
「ありがとう!」
「……ん?」
「グソクムシャ、すっごくかっこよかった!」
おっ聞いたか、ムーちゃん。
かっこいいって!
「グソ……!」
ムーちゃんが嬉しそうに身体を揺らした。
そして、勢いよく俺を抱きしめ――
「ぐえっ!?」
どすん。
地面が近い。
非常に近い。
「グソッ!?」
慌てて俺から離れるムーちゃん。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
「グソ……!」
「愛が重いだけだから!!」
……いや、マジで。
俺の相棒、百キロ超えてるんですよ。
そろそろ甘え方を考えていただきたい。
……まあ、可愛いから許すけどね!
♦
さて。
港でのちょっとした英雄譚から帰宅した俺は、自分の部屋である作業に取りかかっていた。
……そう、オシャボ整理である。
ヨロイ島から持ってきた、大量のモンスターボール。
ハイドと二人で試行錯誤して完成させた、俺たちの努力の結晶。
それを一つずつ並べていく。
「ムーンボール!」
「グソ!」
「ルアーボール!」
「グソッ!」
「ヘビーボール!」
「グソ!」
これぞ芸術。
オシャボ厨にとって、最高の光景である。
いやぁ、たまりませんなぁ!
色違いポケモンを、どのボールに入れるか。
それだけで一晩語り明かせる自信がある。
……ちなみに、俺の隣にはそんな俺を不思議そうに眺めるムーちゃんがいる。
「グソ?」
「ん? ムーちゃんもきになる?」
「グソッ!」
「ふっふっふ。これはね、ロマンなんだよ」
「……グソ?」
……うん。
伝わってないね、仕方ないね。
オシャボの魅力は、そう簡単に理解できるものではないのだ。
そして。
「……おっ」
箱の底から、二つの特別なボールを取り出した。
一つは、青と黒の独特な模様を持つウルトラボール。
もう一つは、紫色の上部に大きな『M』の文字が描かれたマスターボール。
「……マスボかぁ」
俺は、手の中のマスターボールを見つめた。
ハイドと一緒に作った、世界に一つだけの試作品。
あのときは本当に驚いた。
ウッウロボから、まさかマスターボールが出てくるとは。
リアルで「は?」って声が出たもんな。
……まあ実際に言ったんですけど。
「……何につかおうかなぁ」
前世なら、伝説のポケモンに使っていたかもしれない。
捕獲が面倒な相手に投げれば、一発で終わる。
なんとも便利なアイテムである。
ただし、今の俺はちょっと考え方が違う。
だって、せっかくのマスターボールだぞ?
好きなポケモンに使ってこそ、ロマンがあるってもんでしょう!
伝説だから使う。
強いから使う。
そんな理由だけじゃ、つまらない。
自分が本当に気に入った子を、特別なボールで迎える。
それが俺の理想なのである。
「……まあ、まだ相手はきめてないけどね」
「グソ?」
「いつか、すっごくきにいった子に使おうかな!」
「グソッ!」
ムーちゃんが嬉しそうに頷く。
……うむ、そうしよう。
どうせ一個しかないんだ。
使い道くらい、自分の好きに決めたい。
もちろん、ハイドが頑張って作ってくれた大切なボールだから、無駄遣いはしない。
そこはちゃんと考える。
……え? 普通のポケモンに使ったら無駄?
いやいや、色違いなら全然アリでしょ。マスボもオシャボなんだから。
むしろ大歓迎なんですが?
……まあ、まだ出会ってもいないポケモンの話をしても仕方ないか。
今は、大切にしまっておこう。
♦
「リンー! おやつよー!」
「はーい!」
ママンの声が聞こえたので、俺はボールを箱に戻してリビングへ向かった。
そこには、パパンも座っていた。
「おっ、リン。今日は港で活躍したんだって?」
「うん!」
「聞いたぞ。ムーちゃんが子供を助けたんだろ?」
「そうなの!」
パパンが嬉しそうに笑う。
「偉かったな、ムーちゃん!」
「グソッ!」
ムーちゃんも、ちょっと誇らしげ。
……ふふん。
さすが俺の相棒である。
「でも、無茶しちゃ駄目よ?」
ママンが念を押してきた。
「リンもムーちゃんも、怪我をしたら大変なんだから」
「わかってる!」
……そこはちゃんと気をつけよう。
そして、しばらくおやつを食べながら、家族でのんびり過ごしていたのだが。
「そういえば、リン」
パパンが思い出したように言った。
「ヨロイ島では珍しいボールをたくさん作ったんだってな?」
「そう!」
「父さんが昔旅をしていたときも、珍しいボールを探したものだよ」
……お?
パパンの昔話か? これは聞き捨てならない。
「パパンもオシャボあつめてたの!?」
「いや、そこまでこだわってたわけじゃないけどな」
なんだ、同士かと思ったのに。
はい、解散。
「そういえば、シンオウにいた頃は――」
「シンオウ!?」
「お、おう……」
「パパン、シンオウにもいったことあるの!?」
「ああ。昔、少しな」
……マジ?
うちのパパン、結構いろんな地方に行ってるな!?
もしかして、まだ俺が知らない面白い話がいっぱいあるのでは?
これは今後、じっくり聞き出す必要がありますねぇ。
そう思っていると。
ピロリロリン♪
リビングに置かれた通信端末から、着信音が鳴り響いた。
「あら?」
ママンが画面を覗き込む。
「……あ、おばあちゃんからだわ」
おばあちゃん?
「リン、おばあちゃんからよ!」
「おばあちゃん!」
俺は慌てて駆け寄った。
画面には、優しそうな顔をしたおばあちゃんが映っている。
『あらあら! リンちゃん、久しぶりだねぇ!』
「おばあちゃん! ひさしぶり!」
『まあ、大きくなったねぇ! ヨロイ島から帰ってきたんだって?』
「うん!」
『楽しかったかい?』
「すっごく!」
おばあちゃんが嬉しそうに笑う。
『それはよかったねぇ。そうだ、リンちゃん』
「なに?」
『今度、おばあちゃんのところにも遊びにおいで』
……ん?
おばあちゃんのところ?
確か、おばあちゃんって。
「……カンムリせつげん?」
『そうだよ。フリーズ村の近くに住んでるんだから』
……カンムリ雪原。
……カンムリ雪原!?
おいおいマジか、このタイミングでカンムリ雪原に行けるの!?
ダイマックスアドベンチャー!
伝説ポケモン!
マックスダイ巣穴!
そして、豊富な野生ポケモンたち!
うおおおおお!!
DLC第二弾キターーー!!!
「リン?」
パパンが不思議そうにこちらを見ている。
……おっと、またやっちまった。
「……せつげん、たのしみ!」
誤魔化し成功……たぶん。
『ふふっ。リンちゃんもポケモンが好きなんだねぇ』
「だいすき!」
『じゃあ、今度ゆっくり遊びにおいで。珍しいポケモンもたくさんいるよ』
珍しいポケモン。
つまり、色違いの可能性もあるということ。
ふっふっふ、これは楽しみになってきたぞ。
♦
おばあちゃんとの通話を終えたあと。
俺は、さっそくカンムリ雪原について調べ始めた。
カンムリ雪原。
ガラル地方南部に広がる、雪と氷の大地。
寒冷地に暮らすポケモンたち。
そして、伝説のポケモンにまつわる数々の噂。
……うーん、控えめに言って最高。
ちなみに今回の旅行は、まだ数か月先。
次の休暇に家族で訪れる予定らしい。
しかし。色違い廃人という生き物は、準備を怠らない。
行くと決まったからには、今から計画を立てなければならないのである。
「……まずは、ボールだな」
俺は、さっそくオシャボの箱を開けた。
ムーンボール。
ルアーボール。
ヘビーボール。
……ふむ。
どれを持っていこうか。
雪原だから、寒そうな色のボールもいいよな。
でも、色違いポケモンの配色によっては、別のボールが似合うかもしれない。
よし、全部持っていくか。
いや、待て、さすがに全部は多いか?
……じゃあ、百個くらい?
うむ、それなら十分だろう。
というわけで。
「ママン!」
「なあに?」
「カンムリせつげんにいくとき、ボールいっぱいもっていっていい!?」
「……ボール?」
「うん!」
「何個くらい?」
ふむ、何個か……ここは正直に答えよう。
「百個くらい!」
「……リン?」
「なに?」
「旅行よ?」
「うん!」
「おばあちゃんのお家へ遊びに行くのよ?」
「うん!」
「……ポケモンを捕まえに行くわけじゃないのよ?」
……え?ちげぇの?
おばあちゃんの家に遊びに行く。
そのついでにポケモンを探す。
何も矛盾していないのでは?
「……ママン」
「なに?」
「りょこうとえんせいって、なにがちがうの?」
「全然違います!!」
あっ、はい。すみません。
どうやら俺とママンの間には、埋めようのない価値観の壁が存在するらしい。
……しかし、大丈夫。
俺には、まだ数か月という準備期間がある。
ここから少しずつ交渉すればいいのだ。
なにせ俺は、前世世界一位の対戦廃人。
読み合いには自信がある。
……まあ、ママンとの読み合いには、いまだに勝率が安定しないんですけどね。
母親、強すぎ問題。
ナーフはよ。
♦
その日の夜。
俺はベッドの上で、ムーちゃんと一緒に図鑑を眺めていた。
「ムーちゃん、つぎはゆきのところだって!」
「グソ?」
「すっごくさむいらしいよ!」
「……グソ」
……あ。
ムーちゃん、ちょっと嫌そう。
そういえば、この子も寒いのは苦手だったな。
「だいじょうぶ! あったかいところもあるはずだから!」
「グソッ!」
……うん。今の返事、完全に温かい場所があることへの喜びだったな。
まったく……。
怖がりで、甘えん坊で、寒がり。
外見だけなら歴戦の武士なのに、中身は実に可愛らしい。
でも、そんなところも全部含めて。
俺の大切な相棒なんだよな。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「また、いっしょにぼうけんしような!」
「グソッ!」
ムーちゃんが、そっと頭を寄せてくる。
俺はその装甲を、優しく撫でた。
……うん。次の冒険も、きっと楽しくなる。
どんなポケモンと出会えるのか。
どんな景色が見られるのか。
そして。
次の色違いは、どんな子だろう。
……あれ?そういえば、カンムリ雪原って。
確か、あのポケモンも出るんじゃなかったっけ?
……まあ、いいか。
今から考えても仕方ない。
とりあえず、旅行までにしっかり準備しておこう。
……あ、そうだ。
ママンには百個って言ったけど。
こっそり百五十個くらい持っていってもバレないのでは?
……いや、やめておこう。
バレたら間違いなく怒られる。
しかも、ママンの追及は恐ろしく鋭い。
あの人、たぶん特性『いかく』持ってる。
たぶん『プレッシャー』も……。
とにもかくにも。
次なる冒険の舞台は、カンムリ雪原!
今度はいったい、どんな出会いが待っているのだろうか。
楽しみだな、ムーちゃん!