全国のポケモントレーナーの皆様。
突然ですが、皆様はゲームでバグに遭遇したことがあるだろうか。
例えば、壁の中に埋まるNPC。
突然消滅する野生ポケモン。
明らかにおかしな挙動をする敵キャラクター。
あるいは、何の前触れもなく始まる謎のイベント。
そういうものに遭遇したとき、皆様はどうするだろう。
普通の人なら、ゲームを再起動するかもしれない。
運営に問い合わせる人もいるだろう。
だが、俺は違う。
とりあえず見に行く。
だって気になるじゃん!?
原因不明の現象とか、隠しイベントの匂いしかしないじゃん!?
……まあそれが許されるのは、あくまでゲームの中での話。
現在、六歳児として絶賛二周目の人生を謳歌している俺には、一つ大きな問題があった。
この世界、セーブもロードもできないのである。
……やっぱりクソゲーでは?
いや、世界そのものは最高なんだけどさ。
せめてオートセーブくらい実装してくれません?
♦
カンムリ雪原にあるおばあちゃんの家に滞在して、数日が経過した。
雪国での生活にも、少しずつ慣れてきた今日この頃。
朝起きて、温かいご飯を食べて。
おばあちゃんのお手伝いをして。
パパンと一緒に、村の近くを散歩する。
実に平和な日々である。
……なお。
「ムーちゃん、さんぽいくよ!」
「……グソ」
暖炉の前から動こうとしない、巨大な甲冑武者が一匹。
……おい、相棒。
君はいつから暖炉の番人になったんだ。
「ムーちゃん?」
「グソ……」
「おそと、いいてんきだよ?」
「……グソ」
ムーちゃんが窓の外を見た。
そこには、真っ白な雪景色。
そして、風に揺れる木々。
……うむ、実に美しい。
だが、ムーちゃんは再び暖炉へ向き直った。
拒否の意思、強すぎませんか?
「リンちゃん。ムーちゃんは寒いのが苦手なんだろう?」
おばあちゃんが笑いながら声をかけてきた。
「うん。でも、ちょっとはうごかないと……」
「無理に連れていかなくてもいいんじゃないかい?」
「……それもそうか」
確かに。
本人が嫌がっているのに無理やり連れ出すのは、よろしくない。
マスタード師匠にも言われたことだ。
「じゃあ、ムーちゃんはおるすばんね!」
「グソッ!」
返事早っ。
いつもより元気じゃん。
まったく……まあ、かわいいから許す。
♦
さて。
この数日間、フリーズ村では少々妙な噂が広がっていた。
発端は、マックスダイ巣穴である。
カンムリ雪原に存在する、巨大な地下空間。
ダイマックスエネルギーが集まる特殊な場所であり、珍しいポケモンが発見されることもある。
前世の俺も、何度となくお世話になった場所だ。
特にダイマックスアドベンチャー。
あれは本当に時間泥棒だった。
伝説ポケモンの色違いを狙い、延々と周回する日々。
出ない。
出ない。
出ない。
ようやく光ったと思ったら、目当てじゃない。
物欲センサー、お前だけは絶対に許さない。
とまあ、そんな思い出深い場所なのだが。
どうやら最近、様子がおかしいらしい。
「……また調査員さんが来てるねぇ」
ある日の昼下がり。
おばあちゃんと一緒に村の商店へ買い物に行くと、店先に数人の大人たちが集まっていた。
皆、何やら難しい顔をしている。
「昨日も光ったんだって?」
「ああ。いつもの赤い光じゃなかったらしい」
「計測器もおかしな数字を出したそうだよ」
「……何か危ないポケモンでもいるのかねぇ」
……ん?ちょっと待って。
今、なんて?
光った?計測器?
おかしな数字?
俺の中の色違い廃人センサーが、ピクリと反応した。
……いや、色違いとは関係ないかもしれないけど。
こういう話、気になるじゃん?
「おばあちゃん!」
「なんだい?」
「あのひとたち、なにのおはなししてるの?」
「マックスダイ巣穴のことだろうねぇ」
「……なにかあったの?」
「詳しくはわからないけど、最近調査員さんたちが忙しそうなんだよ」
……ふむ、なるほど。
これは、少し調べる必要がありそうですな。
俺はさりげなく、大人たちの会話に耳を傾けた。
「それがさ、昨日の観測で妙な影が映ったらしいんだ」
「影?」
「ああ。ものすごく速くて、何が何だかわからなかったって」
……速い影ねぇ?
「しかも、計測器が反応したと思ったら、すぐに消えたらしい」
「機械の故障じゃないのか?」
「それが、別の機械でも同じことが起きたんだと」
何それ。
通常と違う光。
異常なエネルギー。
ものすごく速い影。
そして、突然消える計測反応。
それ、絶対に何かのイベント始まってるやつじゃん!!
「……リンちゃん?」
「……はっ!」
おばあちゃんが、俺の顔を覗き込んでいた。
「どうしたんだい? ずいぶん真剣な顔をして」
「……なんでもない!」
危ない危ない。
思わず顔に出てしまった。
俺は平静を装いながら、おばあちゃんの手を握った。
……しかし。
頭の中では、一つの可能性がぐるぐると回っていた。
カンムリ雪原。
マックスダイ巣穴。
異常なエネルギー。
そして、謎の高速移動体。
まさか……ウルトラビーストだったりしない?
♦
その日の夕方。
俺は、家族会議を開催した。
議題はもちろんマックスダイ巣穴である。
「ママン!」
「なあに?」
「おばあちゃん!」
「なんだい?」
「パパン!」
「おう!」
よし、全員集合。
これより、第一回マックスダイ巣穴調査計画会議を開始する!
「マックスダイすあな、みにいきたい!」
「駄目よ」
……はい?
まだ議題の説明すら終わっていないんですが?
「ママン! まだなにもいってない!」
「行きたいって言ったでしょう?」
「……うん」
「危ない場所には行きません」
開始三秒で否決されたんですが?
これが母親という存在の判断速度なのか。
S種族値、いくつあるんですかね?
「おばあちゃん! ちょっとだけ!」
「駄目だよ」
「ひゃくメートルだけ!」
「駄目」
「じゃあ、ごじゅうメートル!」
「値切るんじゃありません」
完敗。
おばあちゃん、強すぎる。
これは完全に上位互換のママンでは?
何その鉄壁の防御力。
突破方法が見当たらないんですが!?
「パパン!」
「……なんだ?」
「パパンなら!」
「いや、父さんも駄目だと思うぞ」
味方、ゼロ。
詰みである。
いや、待て。まだ諦めるには早い。
俺は前世で数多の不利対面を覆してきた男。
ここから逆転する方法だって――
「リン」
ママンが、俺の目を見た。
「何か起きているかもしれないから、調査員さんたちが調べているのよ?」
「……うん」
「そんな場所に、まだ六歳のリンを連れていけると思う?」
……ぐぬぬ、ド正論。
しかも、言い返せない。
確かに危険かもしれない場所へ、わざわざ子供が近づく理由なんてない。
前世ならリセットできた。
でも、今は違う。
もし怪我をしたら、ママンもパパンも悲しむ。
ムーちゃんだって、きっと心配するだろう。
「……わかった」
「……リン?」
「むりにいかない」
俺がそう言うと、ママンは少し驚いたような顔をした。
そして、優しく頭を撫でてくれる。
「……うん。いい子ね」
……へへっ、まあね。
これでも一年以上、マスタード師匠の下で修行してきた男である。
自分の好奇心だけで、周りに迷惑をかけるわけにはいかない。
……ただ、気になるものは気になる。
どうにかならないものか。
「……ああ、そうだ」
そのとき、おばあちゃんが手を叩いた。
「調査員さんのお話を聞くだけなら、できるかもしれないねぇ」
「ほんと!?」
「うん。おばあちゃんの知り合いが、調査のお手伝いをしているんだよ」
……おお。
おばあちゃん、……あなたが神か。
「もちろん、危ない場所には入れないよ?」
「うん!」
「それに、お話を聞けるかどうかも、向こうの都合次第だからね」
「わかった!」
よし。完全勝利とはいかないが、情報収集の機会を得た。
これは大きい。
ポケモンバトルでも、情報は重要なのである。
相手の手持ち。
技構成。
持ち物。
そして、行動パターン。
情報があれば、対策も立てられる。
……まあ、今回はバトルするわけじゃないんですけどね。
♦
翌日。
俺はおばあちゃんとパパンに連れられ、村の近くに設置された調査員たちの臨時詰め所を訪れていた。
ちなみに、ムーちゃんも一緒である。
「ムーちゃん! きょうはちょっとおべんきょうだよ!」
「グソ?」
「へんなことが起きてるらしいから、しらべるの!」
「……グソ」
ちょっと不安そうだなぁ。
そりゃそうだよな。
未知の現象なんて、ムーちゃんにとっては怖いものだろう。
俺は、そっとその前脚を撫でた。
「だいじょうぶ! あぶないところにはいかないから!」
「グソッ!」
よし、納得してくれたらしい。
……ちなみに、俺たちがいるのは、あくまで村の安全区域。
巣穴の中へ入るわけではない。
そこはちゃんと約束を守っている。
六歳児、成長しました。
……まあ、少しだけ残念ではあるんだけどね。
だってマックスダイ巣穴だぞ?
前世だったら、即突入してた場所だぞ?
いや、やめよう。
今は我慢だ。
「……あら?」
詰め所に入ると、一人の女性がこちらへ歩いてきた。
白い上着を羽織り、手には書類の束。
いかにも研究者といった雰囲気である。
「もしかして、おばあちゃんのお知り合い?」
「ああ、そうだよ。久しぶりだねぇ」
どうやら、おばあちゃんとは顔なじみらしい。
「こちら、孫のリンちゃん。それから息子のコウジ」
「初めまして。リンです!」
「あら、ご丁寧にどうも!」
女性が笑った。
「私はマックスダイ巣穴の調査をしているの。よろしくね、リン君」
「よろしくおねがいします!」
……ふむ。
第一印象、良好。
よし。ここから、さりげなく情報を引き出すとしよう。
……と、思ったのだが。
「それにしても、立派なグソクムシャね!」
「ムーちゃんです!」
「ムーちゃん?」
「はい!」
「……可愛い名前ねぇ」
あれ、なんだろう。
このやり取り、最近何度もやっている気がする。
もはや定型文では?
ムーちゃんはムーちゃん。
名前が可愛いことに、何か問題でも?
……ないよね?
うむ。
ならよし。
♦
「……それで、リン君はマックスダイ巣穴に興味があるの?」
「はい!」
俺は元気よく頷いた。
「なんか、へんなことが起きてるってきいた!」
「……あら、よく知ってるわね」
「おばあちゃんから!」
……うん、嘘は言っていない。
全部を話しているわけでもないけど。
「実はね、最近ちょっと不思議な現象が観測されているの」
女性は、机の上に置かれた資料を一枚取り出した。
「普段のダイマックスエネルギーとは、少し違う反応が出ているのよ」
……ほう。
来たな、重要情報。
「どんな?」
「そうねぇ……説明が難しいんだけど」
女性は、少し考えてから答えた。
「普段は一定の範囲で変化するはずのエネルギーが、突然大きく跳ね上がるの」
「……うん」
「でも、その直後には反応がほとんど消えてしまうのよ」
…………。
……反応が消える?
「きかいがこわれたんじゃないの?」
「最初はそう思ったんだけどね。別の装置でも同じ現象が起きているの」
……なるほど。
機器の故障ではない可能性が高い、と。
俺は頭の中で情報を整理した。
異常なエネルギー。
突然現れて、消える反応。
普段とは違う発光現象。
……ふむ。
これだけなら、ダイマックス関連の異常という可能性も十分ある。
だが。
「……あとね」
女性が、少し声を落とした。
「実は、妙な影も観測されているの」
……来た、それだ。
「かげ?」
「ええ。巣穴の奥に設置してあるカメラに、何かが映ったのよ」
「ポケモン?」
「それが、わからないの」
わからない?
「すごく速く動くの。映ったと思った次の瞬間には、もう画面の外にいるのよ」
速い。
異常に速い。
しかも、正体不明。
俺の脳内で、あるポケモンの姿がちらついた。
細長い身体。
異常な素早さ。
そして、ウルトラビースト。
……いや。
まだ決めつけるのは早い。
速いポケモンなんて、いくらでもいる。
それに、映像が不鮮明なら別の可能性だってある。
……だけど。
もし、あの光が本当にウルトラホールだったとしたら。
「……おねえさん」
「ん?」
「それって、ダイマックスのポケモンなの?」
女性は少し考えた。
「……今のところ、わからないわ」
「おおきかった?」
「ううん。少なくとも、巨大なポケモンには見えなかったわね」
……おや?
大きくない?
高速移動?
エネルギー異常?
……これはますます怪しい。
イベントフラグ、立ってません?
いや、まだ早い。
落ち着け俺。
ここで勢いだけで答えを決めつけるのは、対戦廃人として三流である。
情報は多角的に見るべきだ。
相手の選出を一匹決め打ちして、裏から苦手なポケモンが出てきたときの絶望感。
俺は何度も味わってきた。
……いやぁ、懐かしい。
もう二度と味わいたくないですね。
♦
「……あの!」
俺は、思い切って質問することにした。
「おねえさん、ウルトラホールってしってる?」
……しーん。
あれ?
急に静かになった。
女性が、目を丸くしている。
パパンも、俺の顔を見ている。
……やべ。もしかして、六歳児が口にするには専門的すぎた?
「……リン君?」
「はい!」
「ウルトラホールって、どうして知ってるの?」
来た、この質問。
今世に転生してから、もう何度目になるだろう。
だが安心してほしい。
俺には、長年使い続けてきた万能の言い訳がある。
「……ポケモンがすきなので!」
完璧だ。
百点満点、模範解答。
前世の記憶を隠すうえで、これ以上便利な言葉があるだろうか。
いや、ない。
Q.E.D.
「……そ、そうなの?」
「はい!」
女性が困惑している。
……うむ。
当然の反応である。
しかし、俺がポケモンについて異常に詳しいことは、すでに家族の間では周知の事実。
パパンに至っては、もはや何も言わなくなっている。
「……こいつ、昔からこうなんです」
パパン。その説明、雑すぎません?
まあ、間違ってはいないけどさ。
「ウルトラホール……アローラ地方で研究されている、異次元につながる空間の裂け目のことね?」
「うん!」
……おっ、知ってた!
「どうして、それが関係あると思ったの?」
さて、ここからが問題である。
俺は一瞬、前世の記憶を整理した。
ウルトラホール。
ウルトラビースト。
異次元から現れるポケモン。
通常とは異なるエネルギー。
……そして、カンムリ雪原。
だが、確信はない。
原作ゲームとこの世界が、完全に同じとは限らないのだから。
「……えっとね」
俺は少し考えてから答えた。
「ふつうとちがうひかりがでて、へんなポケモンがいるなら、べつのせかいからきたのかなって!」
女性は、しばらく黙っていた。
そして。
「……なるほど」
……ん?なんか思ったより真剣に受け止めてくれてる?
「確かに、そういう可能性もあるわね……」
女性が資料へ視線を落とした。
「ウルトラホールの発生例について、もう一度調べてみる必要があるかもしれないわ」
おお、採用された。
六歳児の仮説が採用されたぞ!
やったぜ。
……いや、喜んでいいのか?
もし本当にウルトラホールなら、かなり大変なことになる可能性もあるわけで。
単純に喜べる話ではない。
……ふむ。
これは少々、慎重になる必要がありそうだ。
「……リン」
隣にいたパパンが、小さな声で話しかけてきた。
「お前、本当にどこでそんな知識を覚えてきたんだ?」
またその質問?
パパン。
そろそろ慣れよう?
「……ポケモンがすきなので!」
「……それは知ってる」
…………。
ですよね。
♦
それから、調査員のお姉さんはもう少し資料を見せてくれた。
もちろん、一般の人間にも公開できる範囲のものだけである。
難しい数字や専門用語もたくさんあった。
しかし、前世の知識がある俺にとっては、興味深いものばかりだった。
特に気になったのは、エネルギー反応の変化。
通常のダイマックスエネルギーとは、明らかに違う動きが観測されているらしい。
しかも、反応が現れる時間帯も一定ではない。
朝、昼、夜。
まるで、何かが勝手に出入りしているかのような……。
……ん?出入り?
もし本当に、ウルトラホールが開いているのだとしたら。
そこから何かが出てくることも、あり得るわけで。
いやいや……考えすぎかもしれない。
でも、あの異常な速さの影。
もし、それがウルトラビーストだったとしたら……。
……待てよ。
前世で、俺がよく使っていたむしタイプのウルトラビースト。
あの、とんでもない素早さを持つポケモン。
フェローチェ?
……いや、さすがに早計だ。
何の証拠もない。
そもそも、フェローチェがこの場所に現れる保証なんてない。
原作では出会えたからといって、今世でも同じとは限らないのだ。
……だが。
もし、本当にフェローチェがいたとしたら。
俺の中の色違い廃人が、全力で目を覚まし始めていた。
色違いフェローチェ……。
……いや待て、落ち着け。
まだ色違いどころか、フェローチェかどうかすらわからない。
ここで期待しすぎるのは危険だ。
色違い厳選で一番怖いのは、根拠のない期待。
期待した分だけ、出なかったときのダメージが大きい。
……うん、よく知ってるとも。
前世で何度も経験しましたからね。
物欲センサー、ほんと滅びてほしい。
♦
「……さて」
しばらくして、調査員のお姉さんが資料を片づけ始めた。
「リン君、今日はこのくらいにしておきましょうか」
「……はーい!」
「ふふっ。ずいぶん熱心だったわね」
「ポケモン、だいすきなので!」
「それはよくわかったわ」
女性が笑う。
……うむ。
どうやら、俺のポケモン愛は十分に伝わったらしい。
「ただし、絶対に一人で巣穴へ近づかないこと。いい?」
「はい!」
「お父さんやおばあちゃんの言うことも、ちゃんと聞くのよ?」
「はい!」
なんだろう。
最近、大人たちから同じことを言われ続けている気がする。
俺、そんなに信用ない?
でも今回は、本当に無茶をするつもりはない。
だって、あのマスタード師匠から教わったんだぞ。
知識だけで動くのではなく、目の前の状況をちゃんと見ること。
それが大切なのだと。
……よし、今日は情報収集だけで十分。
これ以上は調査員さんたちに任せよう。
「……ムーちゃん、かえろっか!」
「グソッ!」
ムーちゃんも元気よく返事をした。
おばあちゃんも、パパンも、安心したように笑っている。
……うむ、実に平和な一日であった。
さあ、帰ったらおばあちゃんの美味しいご飯が待っている。
今日は何かな。
シチューかな、それとも鍋かな。
寒い日の温かい料理って、最高なんだよなぁ。
……そんなことを考えながら、俺が出口へ向かおうとした。
そのときだった。
――ピピッ。
……ん?
どこかで、小さな電子音が鳴った。
振り向くと、調査員のお姉さんが机の上の端末を見つめていた。
「……あれ?」
女性の表情が変わる。
……ん?
何かあった?
「……また反応が?」
女性が、慌てて別の端末を操作する。
画面には、何やら細かい数字が表示されていた。
そのうちの一つが、急激に変化していく。
「……嘘」
……え?
お姉さん?
なんか、顔が怖いんですけど?
「……巣穴内部のエネルギー反応、急上昇……?」
……おや?
これはもしかして、さっき話してた異常現象?
「……そんな。昨日の数値を超えてる……!」
女性が、慌てて通信機を手に取った。
「こちら臨時詰め所! 巣穴内部で異常な反応を確認! 現地班、応答してください!」
おいおい、ちょっと待って。
なんか、急に雰囲気変わってない?
さっきまで和やかにお話ししてたよね?
どうして突然、緊急事態みたいになってるの?
……いや緊急事態なんだろうけど。
「……リン」
パパンが俺の肩に手を置いた。
「おばあちゃんと一緒に、外へ出よう」
「……うん」
俺は素直に頷いた。
ムーちゃんも、俺の隣にぴったりと寄り添っている。
「グソ……」
……怖がってる。
ムーちゃんの身体が、少しだけ強張っていた。
俺は、その大きな前脚をそっと握った。
「……だいじょうぶだよ」
「グソ……?」
「パパンも、おばあちゃんもいるから」
ムーちゃんが、ゆっくりと頷いた。
……うん。
俺たちは、無茶をしない。
何かあったら、ちゃんと大人たちの指示に従う。
……そのはずだった。
――ピピピピピッ!!
……え?
突然、部屋中に大きな警報音が鳴り響いた。
『警告。異常エネルギー反応を検知』
『警告。巣穴内部の観測データに異常を確認』
……は?
いやちょっと待て!なんか本格的にバグってません!?
調査員たちが慌ただしく動き始める。
「現地班と連絡が取れません!」
「観測カメラは!?」
「映像、復旧します!」
女性が端末を操作する。
画面が一瞬暗くなり、次の瞬間、巣穴内部と思われる映像が映し出された。
薄暗い洞窟。
赤く輝く鉱石。
そして、その奥に漂う奇妙な光。
……あれ?
あの光。
昨日、窓から見たものと……。
「……映像、拡大できますか!?」
調査員の一人が叫んだ。
画面が切り替わる。
青紫色の光が、洞窟の奥でゆっくりと揺らめいていた。
……いや、それどう見ても普通のダイマックスエネルギーじゃないだろ。
「……ウルトラホール?」
俺が小さく呟いた、その瞬間。
――バチッ!!
画面が激しく乱れた。
そして。
『警告。未確認の高速移動体を検知』
…………。
……え?
『警告。観測区域内に、未確認の生体反応』
…………。
……おい。
それ、完全にイベント開始の合図じゃん!!
調査員のお姉さんが、顔色を変えて通信機を握りしめた。
「……全員、現地班の安全確認を最優先! 周辺住民への注意喚起もお願いします!」
そして、俺たちへ向き直る。
「コウジさん! おばあちゃん! すぐに安全な場所へ移動してください!」
「……わかりました!」
パパンが俺の手を握る。
おばあちゃんも頷いた。
ムーちゃんが、俺たちを守るように前へ出る。
俺は、最後に一度だけ画面を見た。
乱れた映像。
青紫色の光。
そして、その奥を横切った――
白い、何か。
……え?
今の……いや、まさか。
……そんな。
俺は思わず息を呑んだ。
そのとき、詰め所の外から、ひときわ大きな警報音が響き渡った。
――ウゥゥゥゥゥ!!
あの~運営さん?
俺、ただおばあちゃんの家に遊びに来ただけなんですが?
まだ六歳なんですが?
そんな俺に、いきなり高難易度イベントをぶつけてくるのは、さすがにどうかと思うんですよ。
……いや、マジで、推奨レベル絶対に間違えてるでしょ!?
♦
こうして。
平和だったはずのカンムリ雪原に、得体の知れない異変が起ころうとしていた。
その正体が何なのか。
このときの俺は、まだ知る由もなかった。
……ただ一つ、はっきりと言えることがある。
この世界、隠しイベントの発生条件がガバガバすぎる。
勘弁してくれ、ほんとに。
今日は書き溜めから何話か投稿します。
よかったら、お気に入り、★、感想お願いします。
投稿三日くらいで思ったより反響があってうれしく思います。
今後ともお付き合いいただけますと幸いです。
感想も一つ一つ大切に読ませていただいております。
また、まとまった機会に返していこうと思いますので、たくさんのご感想お待ちしております。