――ウゥゥゥゥゥ!!
けたたましい警報音が、臨時詰め所に響き渡っていた。
「巣穴内部のエネルギー反応、さらに上昇!」
「観測カメラの映像が途切れました!」
「現地班との通信は!?」
「駄目です! 応答がありません!」
……なんか思ってた以上に大事になってない?
ついさっきまで、俺は調査員のお姉さんと楽しくポケモン談義をしていたはずなのだ。
それがどうして、こんなことになっているのだろうか。
完全にイベントの強制進行である。
しかもスキップ不可。
運営さん、ちょっと難易度設定を見直していただけません?
「リン!」
「……パパン?」
パパンが俺の肩を抱いた。
「おばあちゃんと一緒に、避難するぞ」
「……うん!」
俺は素直に頷いた。
今ここで駄々をこねたところで、何もいいことはない。
むしろ調査員さんたちの邪魔になる。
マスタード師匠に教わったことを思い出せ。
自分の知識だけで判断しない。
目の前の状況をちゃんと見る。
……よし。俺は六歳児。
無茶をするべきではない。
「ムーちゃん、いこう!」
「グソッ!」
ムーちゃんが俺の隣へ寄り添う。
その大きな前脚を軽く撫で、俺たちはおばあちゃんと一緒に建物を出た。
すると。
――ゴゴゴゴゴ……。
「……え?」
足元が、微かに揺れた。
………地震?
いや、違う。
何かが地面の奥で動いているような、不気味な振動だった。
「……これは」
パパンが顔をしかめる。
俺も、思わずマックスダイ巣穴のある方角を見た。
遠くに広がる雪原。
その向こうにある岩山。
そして――
――ピカァァッ!!
「……っ!?」
青紫色の光が、空へと伸びた。
昨夜、おばあちゃんの家から見たものと同じ光。
ただし、今度は明らかに規模が違う。
空に向かって伸びた光の柱が、まるで空間そのものを裂こうとしているかのように揺らめいていた。
……いや、あれは……まさか。
「……ウルトラホール?」
思わず、呟いていた。
♦
俺たちは調査員の誘導に従い、村側に設けられた避難場所へ移動した。
幸い、ここは巣穴から十分に離れている。
現場周辺では立ち入り規制が始まり、住民たちも次々と避難してきていた。
ママンはおばあちゃんの家にいる。
おそらく、そちらにも連絡が入っているだろう。
「リンちゃん、大丈夫かい?」
「……うん」
おばあちゃんが、俺の手を握ってくれた。
その手は温かい。
俺は、少しだけ安心した。
……しかし気になる。
気になって仕方がない。
あの光。
異常なエネルギー反応。
そして、観測されたという謎の高速移動体。
もし俺の予想が正しければ、あそこには――
「……リン?」
パパンの声で、我に返った。
「どうした? 何か気になるのか?」
「……あのひかり」
「ああ……」
パパンも、遠くの空を見上げた。
「普通のダイマックス現象とは、少し違うみたいだな」
……やっぱりパパンにもわかるんだ。
なら、なおさら可能性は高い。
……ウルトラホール。
異次元へとつながる、不思議な空間。
そこから現れる、ウルトラビーストと呼ばれる存在。
前世の俺にとっては、何度となく戦い、捕獲してきたポケモンたちである。
だが、ここは現実。
もし本当に現れたのだとすれば、それは単なるゲームのイベントでは済まない。
そんなことを考えていた、そのときだった。
――ドォォン!!
「きゃっ!?」
「なんだ!?」
遠くから、激しい音が響いた。
同時に、光の柱が大きく膨れ上がる。
そして。
――バチンッ!!
まるで何かが弾けるような音とともに、光が消えた。
……え、終わった?
そう思った、次の瞬間。
「……何か出てきたぞ!!」
誰かが叫んだ。
♦
それは、一瞬の出来事だった。
巣穴のある岩山の斜面。
雪煙の中から、何かが飛び出した。
白い影。
細長い四肢。
不思議な形の頭部。
そして、人間離れした体型。
……いや、人間じゃない。
ポケモンだ。
しかも、俺はあの姿を知っている。
知っているどころの話ではない。
前世で何度も使った。
対戦で何度も相手にした。
圧倒的な素早さと攻撃性能を誇る、むし・かくとうタイプ。
「フェローチェ……!!」
喉から、掠れた声が漏れた。
遠くの斜面に現れた影が、一瞬だけ立ち止まる。
その姿が、はっきりと見えた。
細く、優雅な身体。
白く輝く上半身。
そして、特徴的な長い脚。
間違いない、フェローチェだ。
ウルトラビーストの一匹。
UB02 BEAUTY。
そして――
………ん?ちょっと待って。
あいつ、脚の色黒くない?
俺は思わず目を凝らした。
通常個体とは異なる、黒い色彩が目立つ脚。
見間違いではない。
あの姿は……。
いやいやいや、嘘だろ?
そんな、こんなところで?
しかも、まさかの。
「……色違い?」
心臓が、大きく跳ねた。
色違いフェローチェ!?
うおおおおおお!!
マジか!!マジで!?こんなことある!?
色違いウルトラビーストだぞ!?
しかもフェローチェ!!
何その神引き!?
URどころの騒ぎじゃないんですが!?
俺の頭の中で、盛大なファンファーレが鳴り響いた。
脳内ガチャ演出、虹色確定。
天井知らずの大当たり。
前世の俺なら、間違いなくその場で叫んでいた。
……そう。
前世の俺なら。
♦
「……っ!?」
フェローチェが、突然身体を翻した。
次の瞬間。
――ザッ!!
雪煙が舞い上がる。
……速い、速すぎる。
先ほどまで岩場にいたはずのフェローチェが、次の瞬間には何十メートルも離れた場所にいた。
…………いや、知ってる。
種族値は知ってるよ。
Sは最近のZ進化勢と同じ151。
あの異常な俊敏性も、前世の俺にとっては馴染み深い。
でも……違う。
実際に目の前で見ると、話が違う。
これ、人間の目で追える速度じゃない。
「未確認ポケモンを確認!」
「移動速度が速すぎる!」
「周辺の警戒を強化してください!」
離れた場所で、調査員たちが声を上げている。
どうやら、現場にいた人々もフェローチェを確認したらしい。
数匹のポケモンが、調査員たちを守るように前へ出る。
しかし。
「……フェロッ!!」
フェローチェが、鋭く鳴いた。
その瞬間、近づこうとしたポケモンたちが足を止めた。
……ん?
今のは……威嚇?
いや、それだけじゃない。
フェローチェは攻撃しようとしたわけではなかった。
むしろ、距離を取ろうとしている。
人間が一歩近づけば、二歩下がる。
ポケモンが動けば、反対方向へ飛び退く。
それでも進路を塞がれそうになると、鋭い声を上げる。
……こいつ……もしかして。
「……こわがってる、のか?」
♦
よく見れば、おかしなところはいくつもあった。
フェローチェの動きは、確かに速い。
だが、一定ではない。
急に方向を変えたり、同じ場所を何度も行き来したり。
どこへ向かえばいいのかわからないような動きをしている。
雪に足を取られ、体勢を崩す場面もあった。
……そうか。
ここは、カンムリ雪原。
雪と氷に覆われた、極寒の大地である。
フェローチェにとって、馴染みのある環境とは限らない。
そもそも、あいつが本当にウルトラホールから現れたのなら。
ここは、自分の世界ですらないのだ。
……なんだろう。
急に、胸の奥がざわついてきた。
さっきまで、あんなに興奮していたのに。
色違いフェローチェだとわかった瞬間、あれほど嬉しかったのに。
今は……その姿が、どうしても気になってしまう。
「……リンちゃん?」
おばあちゃんが、俺の肩に手を置いた。
「どうしたんだい?」
「……おばあちゃん」
「うん?」
「……あのポケモン」
俺は、遠くにいるフェローチェを指差した。
「……すっごく、こわがってる」
おばあちゃんは、しばらく黙ってその姿を見つめていた。
そして。
「……そうだねぇ」
小さく頷いた。
「きっと、知らない場所へ来てしまって、びっくりしているんだろうね」
……知らない場所。
その言葉が、妙に胸に残った。
♦
――ザザッ!
フェローチェが、再び動いた。
今度は岩場から雪原へと飛び出す。
調査員の一人が、近くのポケモンへ声をかけた。
「追跡できるか!?」
しかし、そのポケモンが動くよりも早く、フェローチェは遠くへ跳んでいた。
「……フェロッ!!」
振り返り、鋭く鳴く。
そして、また逃げる。
……これじゃ駄目だ。
このまま追いかけても、きっと余計に怖がらせるだけだ。
俺は、思わず一歩踏み出した。
「……リン!」
パパンが、すぐに俺の肩を掴む。
「どこへ行くつもりだ?」
「……あ」
……そうだった。
俺は六歳。
しかも相手は、ウルトラビースト。
いくら前世で使い慣れたポケモンだからといって、今の俺が不用意に近づいていい相手ではない。
「……ごめん」
「……リン?」
「……あのこ、たすけたい」
パパンが、少しだけ目を見開いた。
俺は、遠くの雪原を見つめる。
フェローチェは、まだ逃げていた。
何から逃げているのか。
どこへ向かおうとしているのか。
それは、わからない。
……でも。
あの子が今、怖がっていることだけは。
なんとなく、わかる気がした。
「……そうか」
パパンが、静かに頷く。
「でもな、リン」
「……うん」
「助けたいからって、危険な場所に飛び込んでいいわけじゃないんだ」
……うん、わかってる。
……わかってるよ。
「まずは、調査員さんたちに任せよう」
「……うん」
「それで、俺たちにできることがあれば、そのときに考えればいい」
「……わかった」
俺は、ゆっくり頷いた。
♦
しばらくすると、フェローチェは雪原の向こうへ姿を消した。
調査員たちは周辺の安全確認を優先し、無理な追跡は行わないことになったらしい。
巣穴付近の立ち入り規制も、当面は続けられるという。
俺は、フェローチェが消えた方角を見つめていた。
あの姿、あの速さ、あの美しい色彩。
間違いなく、色違いフェローチェだった。
前世の俺なら、大喜びしていただろう。
色違い厳選で何百時間も費やしたポケモンが、目の前に現れたのだから。
しかも、むしタイプ。
今世の俺が目指している、色違いむし統一パーティーにぴったりの存在である。
……欲しい。
正直に言えば、めちゃくちゃ欲しい。
ウルトラボールだって持っている。
ハイドと一緒に作った、特別なボール。
まるで、今日という日のために用意していたかのような巡り合わせだ。
……だけど。
俺は、もう一度フェローチェの姿を思い出した。
周囲を警戒する目。
落ち着かない動き。
何度も振り返りながら、逃げ続ける姿。
……違う。
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
捕まえたいとか。
色違いだから欲しいとか。
そんなことよりも……あいつ、大丈夫なのか?
そのことが、どうしても頭から離れなかった。
♦
「……リンちゃん」
おばあちゃんが、俺の隣にしゃがみ込んだ。
「心配かい?」
「……うん」
「そうかい」
おばあちゃんは、優しく俺の背中を撫でてくれた。
「でも、今はあの子をそっとしておくことも大切だよ」
「……うん」
「知らない場所へ来て、知らない人たちに囲まれたら、誰だって怖いものだからねぇ」
知らない場所。
知らない人。
知らない世界。
……俺は、ふと考えた。
もし、……もしだ。
俺が突然、見知らぬ世界へ放り出されたら?
誰も知っている人がいなくて。
言葉も通じなくて。
自分がどこにいるのかもわからなかったら?
……どうするだろう。
……怖い、だろうな。
そりゃ、怖いに決まっている。
……ん?いや、俺も転生してきた人間だったわ。
……でも、俺にはママンがいた。
パパンがいた。
温かい家があって、優しくしてくれる人たちがいた。
そして、今はムーちゃんもいる。
だけど、あのフェローチェには……何があるんだろう。
誰か、知っている相手はいるんだろうか。
安心して眠れる場所は、あるんだろうか。
わからない。
本当に、何もわからない。
♦
「……グソ?」
隣から、ムーちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
……そうだった。
ムーちゃんも、ここにいるんだった。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「……あのこ、こわかったのかな」
「……グソ」
ムーちゃんは、少し考えるように首を傾げた。
そして、小さく頷いた。
……ああ、そうだよな。
ムーちゃんだって、昔はそうだった。
初めてバトルをしたとき。
野生ポケモンが近づいてきただけで、俺の背中に隠れていた。
身体が大きくなってからも、急な物音に驚いていた。
でも、今は。
怖いときでも、俺の声を聞いてくれる。
俺も、ムーちゃんが怖がっていることに気づけるようになった。
……そう。
時間をかけて、少しずつ。
それが、俺たちの一年間だった。
そこで、ふと思い出した。
ヨロイ島を卒業するとき。
マスタード師匠が、俺に言ってくれた言葉。
『ポケモンのことを、たくさん知っとるのは立派なことじゃ』
『じゃがのう』
『知っていることと、わかってあげられることは違うんじゃよ』
……嗚呼、そうか。
俺は、フェローチェのことを知っている。
タイプも。
種族値も。
特性も。
覚える技も。
どんな相手に強くて、どんな相手が苦手なのかも。
前世で何度も使ってきたから、全部と言っていいほど知っている。
……でも、あのフェローチェのことは何も知らない。
どこから来たのか。
何を怖がっているのか。
何を望んでいるのか。
そもそも、どうしてあんなに必死に逃げていたのか。
……何一つ、わからない。
…………。
……なるほどなぁ。
俺は、そっとムーちゃんの頭を撫でた。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「……おれ、まだまだだね」
ムーちゃんが、不思議そうに首を傾げる。
俺は、小さく笑った。
「……もっと、ポケモンのこと、しらなきゃ」
「グソッ」
……うん。
そうだな。
♦
その後、俺たちはおばあちゃんの家へ戻った。
ママンは俺の姿を見るなり、ぎゅっと抱きしめてきた。
「リン! 大丈夫だった!?」
「……うん!」
「怪我はない?」
「ないよ!」
「……よかった」
ママンは、ほっと息をついた。
……心配かけちゃったんだな。
「……ごめんね、ママン」
「……いいのよ。無事なら、それで」
俺は、ママンの腕の中で考えた。
フェローチェにも。
こんなふうに、心配してくれる誰かがいるのだろうか。
元の世界に、帰りを待っている仲間がいるのだろうか。
それとも。
……本当に、一人ぼっちなのだろうか。
♦
その夜。
俺は、なかなか眠れなかった。
隣ではムーちゃんが、暖炉の近くで丸くなっている。
窓の外では、雪が静かに降り続いていた。
昼間の騒動が嘘だったかのような、穏やかな夜。
……でも。
あの子は、今どこにいるんだろう。
寒くないだろうか。
お腹は空いていないだろうか。
怖がっていないだろうか。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
俺は、小さく声をかけた。
「……あのこ、だいじょうぶかな」
ムーちゃんは、しばらく俺を見つめていた。
そして、そっと前脚を伸ばしてくる。
俺は、その大きな前脚に手を添えた。
……ああ、あったかい。
ムーちゃんが隣にいてくれるだけで、こんなに安心できるんだな。
……だったら。
あの子にも、こんな場所があればいいのに。
俺は、窓の外を見つめた。
真っ暗な雪原。
冷たい風。
そして、その向こうに広がる、見知らぬ世界。
…………。
「……なぁ、ムーちゃん」
「グソ?」
「……あのこ」
少しだけ、言葉を探した。
そして。
「……帰り道が、わからないのかな」
ムーちゃんは、何も答えなかった。
ただ、俺の手にそっと触れてくれた。
……うん、そうだよな。
わからないよな。
でも、もし本当に帰る場所がわからないのなら。
もし、あの子が今も一人で震えているのなら。
何か……、できることはないだろうか。
俺はまだ六歳。
力だってない。
大人たちのように、自由に行動できるわけでもない。
それでも……あの子を、助けたい。
そんな気持ちが、胸の奥で静かに膨らんでいた。
色違いだからじゃない。
ウルトラビーストだからでもない。
ただ、あんなに怖がっているポケモンを、放っておきたくなかった。
……師匠。
俺、ちょっとだけわかった気がするよ。
ポケモンのことを知っていることと、わかってあげることは違う。
その意味が。
……ほんの少しだけ。
♦
こうして。
俺はカンムリ雪原で、一匹の色違いウルトラビーストと出会った。
前世なら、間違いなく大喜びしていたであろう存在。
しかし今の俺は、ただその無事を願っていた。
……まあ。
正直に言えば、捕まえたい気持ちがないわけではない。
だって色違いフェローチェだぞ?
むしタイプ統一を目指す俺にとって、これ以上ないほど魅力的なポケモンである。
……でも。
今は、それよりも大切なことがある。
まずは、あの子が安心できる場所を見つけること。
そして、もし許されるなら。
少しだけでも、仲良くなれたら嬉しい。
……そんなことを考えながら、俺はムーちゃんの隣で目を閉じた。
♦
……なお、このときの俺はまだ知らなかった。
この出会いが、これから何年にもわたる、とんでもなく長い付き合いの始まりになることを。
そして。
元世界一位の対戦廃人を、ここまで手こずらせるポケモンが存在するとは。
いや、ほんと。
後から思えば、この時点で覚悟しておくべきだった。
フェローチェ。
あの美しく、気高く、圧倒的な強さを持つウルトラビースト。
……まさか、あんなに塩対応の化身みたいな子だったとは。
……まあ。
それは、もう少し先のお話。
今日は書き溜めから何話か投稿します。
よかったら、お気に入り、★、感想お願いします。
投稿三日くらいで思ったより反響があってうれしく思います。
今後ともお付き合いいただけますと幸いです。
感想も一つ一つ大切に読ませていただいております。
また、まとまった機会に返していこうと思いますので、たくさんのご感想お待ちしております。