色違いタイプ統一縛りニキのポケ界転生日記   作:霜月ルイ

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chapter:14 色廃人、ウルトラビーストを保護する。

 目の前には、一匹の色違いフェローチェがいる。

 

 むし・かくとうタイプ。

 

 圧倒的な素早さと攻撃性能を誇る、ウルトラビーストの一種。

 

 前世では何度も対戦で使ったし、相手にしてきたポケモンである。

 その姿を、まさかこんな近くで見ることになるとは思わなかった。

 

 しかも色違い。

 本来ならテンション爆上がりの大事件だ。

 

 色違いフェローチェなんて、前世の俺だったら発見した瞬間にスクショを連打し、SNSに投稿し、友人に自慢し、最終的には意味不明な奇声を上げていたことだろう。

 

 だが、今は違う。

 

 なぜなら。

 

「……フェロ」

 

 岩陰に身を寄せたフェローチェが、か細い声を漏らした。

 

 細長い脚には雪が付着し、美しい身体もすっかり冷え切っているように見える。

 こちらを警戒する目だけは鋭い。

 しかし、いつでも逃げ出せるように構えているその姿勢が、かえって痛々しかった。

 

 ……うん。

 やっぱり、放っておけないな。

 

 俺は手の中にあるウルトラボールを見つめた。

 

 ハイドと一緒に作った、たった一つの特別なボール。

 まさかこいつを、こんな形で使うことになるとは。

 

 人生、何があるかわからないものである。

 ……いや、人生二周目なんですけどね。

 

 それでも想定外の出来事が多すぎる。

 運営さん、もうちょっと事前告知とかしてくれません?

 

 ♦

 

「……リン、本当にそのボールを使うつもりか?」

 

 パパンが、俺の手元を見つめていた。

 

「うん」

 

「でもな、リン。相手はウルトラビーストなんだぞ?」

 

「……わかってる」

 

 そう、そこが問題なのである。

 

 普通のポケモンとは、生態も習性も異なる可能性がある。

 ましてや、異世界から突然やってきた個体だ。

 こちらの常識が通用する保証はない。

 

 それに、いくらウルトラボールがウルトラビーストに対して高い捕獲性能を持っているとはいえ、何でも解決できる万能アイテムではない。

 

 ゲームなら、話は簡単だった。

 

 まず相手のHPを削る。

 状態異常を入れる。

 ウルトラボールを投げる。

 

 揺れる。

 カチッ。

 はい、捕獲完了!

 

 ……実にわかりやすい。

 

 だが、今回はそんなことをするつもりはない。

 

 そもそも、相手はすでに弱っている。

 ここからさらに攻撃してどうする。

 下手をすれば、そのまま倒れてしまうかもしれない。

 

 それだけは絶対に避けたい。

 

「……パパン」

 

「ん?」

 

「おれ、あのこにボールをなげたくない」

 

「……え?」

 

「じぶんで、はいってもらいたい」

 

 パパンは、少し驚いたようだった。

 そして、ゆっくりとフェローチェへ視線を向けた。

 

「……なるほどな」

 

 しばらく考えたあと、小さく頷く。

 

「じゃあ、調査員さんに相談してみよう」

 

「うん!」

 

 そうと決まれば、さっそく相談である。

 

 俺は近くにいた調査員のお姉さんへ、考えていたことを伝えた。

 

 フェローチェを安全な場所へ連れていきたいこと。

 ウルトラビースト専用のボールを持っていること。

 そして、無理に捕まえるのではなく、本人の意思に任せたいこと。

 

 お姉さんは真剣に話を聞いてくれた。

 

「……なるほど。ウルトラボールね」

 

「はい!」

 

「でも、その子が本当に中へ入ってくれるかしら?」

 

 ……それなんすよね。

 ぶっちゃけ、全然わからない。

 

 ウルトラボールを見せたところで、あの子がその用途を理解してくれるかどうかも不明である。

 

 言葉だって通じる保証はない。

 コミュニケーション難易度、最高ランク。

 

 もはや初見殺しの高難易度コンテンツである。

 ……しかも、リトライ不可。

 

 怖すぎる。

 

「……やってみないと、わかんない」

 

 俺がそう答えると、お姉さんは少し考え込んだ。

 

「わかったわ。ただし、いくつか条件があるわね」

 

 まず、フェローチェを刺激しないこと。

 必要以上に近づかないこと。

 逃げ道を塞がないこと。

 そして、何かあった場合はすぐに大人の指示に従うこと。

 

 ボールについても、ヨロイ島での製造記録を確認したうえで、携帯式の検査装置で異常がないか調べてもらった。

 

 ……いやぁ。

 ちゃんと研究記録を残しておいてよかった。

 

 ありがとう、ハイド。

 君の几帳面さに救われたよ。

 

 なお、完成したボールの安全性をすべて保証できるわけではないため、使用中も調査員さんたちが監視することになった。

 

 当然である。

 手作りの試作品だしね。

 

「リン君、本当に無理はしないでね」

 

「はい!」

 

「約束よ?」

 

「はい!」

 

 …………。

 

 なんだろう。

 

 ここ最近、俺の返事の大半が「はい!」になっている気がする。

 

 まるで道場に戻ったみたいだ。

 ……いや、今回は大人しくしておこう。

 

 事態が事態である。

 

 ♦

 

 調査員たちが用意したのは、小さな保温用のシートだった。

 冷たい地面から身体を守るためのものらしい。

 

 さらに、フェローチェが隠れている岩陰から少し離れた場所には、きのみと水も置かれている。

 

 フェローチェは、それらをじっと見つめていた。

 

 食べたい。

 でも、近づきたくない。

 そんな気持ちが、その動きから伝わってくる。

 

 ……ムーちゃんも、最初はこんな感じだったな。

 知らない相手が近づくだけで、すぐ逃げようとしていた。

 

 もっとも、ムーちゃんの場合は、今でも驚くと俺の後ろへ隠れようとするんですけどね。

 身体のサイズ的に、まったく隠れられていないのはご愛嬌である。

 

「……ムーちゃん」

 

「グソ?」

 

「おれ、ちょっとおはなししてくるね」

 

「グソ……」

 

 ムーちゃんが、心配そうに俺を見つめた。

 

 俺はその前脚を撫でる。

 

「だいじょうぶ。むりはしないから」

 

「……グソッ」

 

 ムーちゃんが静かに頷く。

 そして、少し離れた場所へ下がった。

 

 ……うん、ありがとう。

 

 俺はパパンと調査員さんが見守る中、決められた位置までゆっくり歩いた。

 フェローチェは、すぐにこちらへ視線を向けた。

 

「……フェロッ!」

 

 鋭い声。

 

 身体がわずかに起き上がる。

 今にも逃げ出しそうな姿勢だ。

 

 俺は足を止めた。

 

「……こんにちは」

 

「…………」

 

 返事はない。

 

 まあ、そりゃそうだ。

 突然現れた人間に挨拶されても、困るだけだろう。

 

「おれ、リンっていうんだ」

 

「…………」

 

「こっちは、ムーちゃん」

 

 少し離れた場所にいるムーちゃんを指差す。

 

「グソッ!」

 

 ムーちゃんが、小さく鳴いた。

 フェローチェはその声に反応し、さらに身を強張らせた。

 

 ……まだ駄目か。

 ムーちゃんに悪気はないんだけどな。

 

「……フェロ」

 

 フェローチェが、低く鳴く。

 

 こちらへ来るな。

 

 そう言われている気がした。

 

 俺は、それ以上近づかなかった。

 代わりに、手の中のウルトラボールを掲げる。

 

「……これね」

 

 フェローチェの視線が、ボールへ向いた。

 

 青と白の模様。

 独特な形状。

 普通のモンスターボールとは、明らかに違う見た目。

 

 ……興味はあるらしい。

 

「ウルトラボールっていうんだ」

 

「…………」

 

「ポケモンが、なかにはいれるんだよ」

 

 我ながら、説明が雑である。

 

 いや、だって!

 六歳児の語彙力で捕獲装置の仕組みを説明するの、難易度高すぎません!?

 

 前世の知識なら、いくらでも説明できるんだけどさ。

 急に専門用語を並べ立てても、たぶん意味ないし。

 

 ……というか。

 そもそも人間の言葉がどこまで伝わるんだろう。

 

 この辺り、マジで手探りだ。

 

 ♦

 

 俺はゆっくりと膝を曲げた。

 

 そして、ウルトラボールを雪の上へ置く。

 フェローチェは、その動きをじっと見つめていた。

 

 すぐには近づいてこない。

 

 当然だ。

 初対面の人間が置いた、見知らぬ道具なのだから。

 

「……これね」

 

 俺はボールを指差した。

 

「なかに入ったら、あったかいところまでつれていけるよ」

 

「…………」

 

「ごはんもあるし、ねるところもある」

 

 フェローチェは無反応。

 ただ、こちらから目を離さない。

 

「……でも」

 

 少しだけ言葉を探した。

 

「いやだったら、はいらなくてもいい」

 

「……フェロ?」

 

 ほんのわずかに、首が動いた。

 

 俺は続ける。

 

「むりやり、つかまえたりしないから」

 

 ……そう、それだけは決めていた。

 

 俺はフェローチェを捕まえたい。

 正直、めちゃくちゃ捕まえたい。

 

 色違いフェローチェだぞ?

 むし統一を目指す俺にとって、これ以上ないほど魅力的なポケモンである。

 

 だが、それは俺の都合だ。

 この子には、この子の都合がある。

 

 ……もし、俺たちのところへ来たくないなら。

 それも、ちゃんと受け入れなければならない。

 

「……でもね」

 

 俺は、冷たい雪の上に座るフェローチェを見た。

 

「ここにいたら、あぶないからさ」

 

 冷たい風が吹く。

 

 フェローチェの細い身体が、小さく震えた。

 

「……あったかいところで、やすんでほしいんだ」

 

 それだけ言って、俺は立ち上がった。

 そして、ゆっくり後ろへ下がる。

 

 一歩、二歩、三歩。

 

 フェローチェとの間に、十分な距離を作る。

 パパンが、俺のそばへ来てくれた。

 

「……リン」

 

「……うん」

 

「よく頑張ったな」

 

 俺は小さく頷いた。

 

 ……あとは。

 

 あの子が決めることだ。

 

 ♦

 

 時間だけが、ゆっくりと過ぎていった。

 

 フェローチェは動かない。

 

 ボールを見る。

 俺たちを見る。

 周囲を警戒する。

 そして、またボールを見る。

 

 正直、ものすごく緊張する。

 

 こんなに緊張したのは、前世で一位を懸けたシーズン以来かもしれない。

 あのときは、相手の選出を読み、技を選び、勝ち筋を追い続けた。

 

 だが、今回は違う。

 

 俺にできることは、もう何もない。

 

 指示を出すわけでもない。

 技を選ぶわけでもない。

 ただ待つだけ。

 

 ……これが、こんなに難しいとは思わなかった。

 

 ♦

 

 どれくらい経っただろう。

 フェローチェが、わずかに身体を動かした。

 

「……!」

 

 俺は思わず息を止めた。

 

 細い脚が、雪の上を踏む。

 

 一歩、また一歩。

 フェローチェが、ウルトラボールへ近づいていく。

 

 ……来た。

 

 いや、落ち着け。

 まだわからない。

 

 触れた瞬間に投げ飛ばされる可能性だってある。

 最悪、ボールが壊れるかもしれない。

 

 ……それはそれで困る。

 ハイドに何て説明すればいいんだ。

 

 『ごめん、せっかく作ったウルボをフェローチェに破壊されました☆』

 

 ……いや、無理。

 絶対に泣く、主に俺が。

 

 そんなくだらないことを考えてしまうくらい、緊張していた。

 

 フェローチェは、ボールの前で立ち止まった。

 

 ゆっくりと身を屈める。

 細い指先が、表面へ伸びた。

 

 そして。

 

 ――コツン。

 

 ウルトラボールに、そっと触れた。

 

 次の瞬間。

 青白い光が、フェローチェの身体を包み込んだ。

 

「……っ!」

 

 光が収束し、その姿がボールの中へ吸い込まれていく。

 

 ウルトラボールが、雪の上へ落ちた。

 

 ……ころん。

 

 一度、揺れる。

 

 ころん。

 

 二度目。

 

 …………。

 

 俺は、ただ見つめていた。

 

 そして。

 

 ――カチッ。

 

 小さな音が響いた。

 

 ……捕まった?

 

 …………捕まったぁぁぁ!?

 

 ♦

 

「……やった」

 

 口から、自然と言葉が漏れた。

 

「……やったぁ!」

 

 俺は思わず両手を上げた。

 

「フェローチェ、ゲットだ!!」

 

「グソッ!」

 

 ムーちゃんも嬉しそうに鳴く。

 

 パパンが、ほっと息を吐いた。

 おばあちゃんも、少し離れた場所で微笑んでいる。

 

 ……ああ、よかった。

 本当によかった。

 

 捕獲できたことも嬉しい。

 そりゃ、めちゃくちゃ嬉しい。

 

 だって色違いフェローチェだぞ?

 前世なら、間違いなく発狂案件である。

 

 ……でも、それ以上に。

 あの子が、自分からボールへ入ってくれたことが嬉しかった。

 

 少なくとも、俺たちの用意した道具を使うことを選んでくれた。

 今は、それだけで十分だ。

 

「リン君、すごいわね」

 

 調査員のお姉さんが、近づいてきた。

 

「無理に捕獲せずに、あの子が入るのを待つなんて」

 

「……えへへ」

 

 俺は照れくさくなって笑った。

 

「でも、まだわかんないこと、いっぱいあるから」

 

「……そうね」

 

 お姉さんは頷いた。

 

「まずは安全な場所へ連れていって、健康状態を確認しましょう」

 

「うん!」

 

 俺は雪の上に落ちたウルトラボールを、そっと拾い上げた。

 

 ……温かい。

 いや、実際には冷たいボールなんだけど。

 なんとなく、そう感じた。

 

 この中に、あのフェローチェがいる。

 異世界からやってきた、色違いのウルトラビースト。

 

 これから、よろしくな。

 

 ♦

 

 おばあちゃんの家へ戻ったのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 もちろん、調査員さんたちも一緒である。

 

 フェローチェは未知の生態を持つ可能性があるため、まずは健康状態と安全面の確認が必要らしい。

 

 ママンにも事情を説明した。

 

 ……ちなみに。

 

「……リン」

 

「はい」

 

「……ウルトラビーストを、捕まえたの?」

 

「……はい」

 

「……色違いの?」

 

「……はい」

 

「…………」

 

 ママン、沈黙。

 

 これ知ってる。

 ヨロイ島から帰ってきたときのやつだ。

 

 あの大量のオシャボを見せたときと、まったく同じ表情である。

 

 ……ママン、またあなたの息子がやらかしてしまいました。

 でも、今回はちゃんと許可をもらったんだよ?

 本当だよ?

 

「……あとで、詳しく聞かせてもらうわね」

 

「……はい」

 

 怖い。

 めちゃくちゃ怖い。

 

 ウルトラビーストよりママンのほうが怖い説、あると思います。

 

 ……いや、これは俺が悪いわけではない。

 今回はちゃんと、みんなに相談したんだから。

 

 ♦

 

 健康状態の確認は、できるだけフェローチェを刺激しない方法で行われた。

 

 調査員さんたちが離れた場所から測定装置を使い、身体の状態を調べていく。

 どうやら、長時間の移動と寒さによる消耗が大きいらしい。

 

 幸い、命に関わるような怪我は確認されなかった。

 ただし、十分な休息が必要とのこと。

 

 ……そっか。よかった。

 

 俺は、心から安心した。

 

 そして。

 

「……じゃあ、出してあげてもいい?」

 

 お姉さんに尋ねる。

 

「ええ。準備したお部屋なら大丈夫よ。ただし、驚かせないようにね」

 

「うん!」

 

 よし。いよいよである。

 

 あのフェローチェと、初めてゆっくり話せる。

 

 捕獲前は、怖がらせないように距離を取っていた。

 今なら、少しは落ち着いてくれているかもしれない。

 

 まずは自己紹介からだな。

 

 名前を教えて。

 ムーちゃんを紹介して。

 それから、少しずつ仲良くなって。

 いずれは、一緒にバトルなんかできたら最高だ。

 

 ……いやぁ、夢が広がりんぐですわぁ!

 

 俺はウルトラボールを構えた。

 

「フェローチェ! でておいで!」

 

 白い光が弾ける。

 その中から現れたのは、美しい色違いフェローチェ。

 

 細長い脚。

 優雅な体型。

 そして、気品すら感じさせる立ち姿。

 

 ……うおお、やっぱりすげぇ。

 近くで見ると、めちゃくちゃ綺麗だな。

 

 さすがUB02 BEAUTY。

 美しさの暴力である。

 

 ……よし、まずは挨拶だ。

 挨拶は大事、古事記にも書いてある。

 

「こんにちは! おれ、リン!」

 

「…………」

 

 ……ん?

 

「これから、よろしくね!」

 

「…………」

 

 ……あれ?

 

 聞こえてない?

 

「……フェローチェ?」

 

 フェローチェは、俺を一瞥した。

 

 そして。

 

 ぷいっ。

 

 顔を背けた。

 

 ……えぇ~?

 

 今、確実に無視したよね?

 

「……ムーちゃん!」

 

「グソッ!」

 

 俺は気を取り直し、ムーちゃんを紹介することにした。

 

「このこ、ムーちゃん! おれのいちばんさいしょのなかま!」

 

「グソッ!」

 

 ムーちゃんが、優しく鳴いた。

 

 しかし。

 

「…………」

 

 フェローチェは、ちらりとムーちゃんを見る。

 そして、また顔を逸らした。

 

 ……おお。徹底している。

 

 圧倒的な塩対応。

 もはや岩塩である。

 ソルトバスターを食らっている気分だ。

 

 ……いや、そんな技はないけど。

 

「……えっと」

 

 俺は、恐る恐る手を差し出した。

 

「……あくしゅ、する?」

 

 …………。

 

 一瞬。

 

 フェローチェが、こちらを見た。

 

 そして。

 

 ――シュッ!

 

「……え?」

 

 気づいたときには、フェローチェが部屋の反対側にいた。

 

 ……今、何が起きた?

 俺、ただ握手しようとしただけなんですが?

 

 攻撃してないよ?

 むしろ友好的な意思表示ですよ?

 

 なのに素早さ151を全力で発揮して距離を取られたんですが!?

 

 ……えぇ~。

 そんなに嫌ぁ……?

 俺のこと、そんなに嫌なの?

 

 ちょっと傷つくんですけど。

 

「……フェロ」

 

 フェローチェは、部屋の隅から俺を見つめていた。

 

 その視線は、明らかに警戒している。

 

 そっか……そうだった。

 この子は、まだ俺のことを信用していない。

 ボールへ入ってくれたからといって、急に仲良くなれるわけではないのだ。

 

 ……うん。

 考えてみれば、当然である。

 

 知らない世界へ飛ばされて。

 見知らぬ雪原を逃げ回って。

 ようやく安全な場所へ来たばかり。

 

 そんな子が、初対面の人間にいきなり握手を求められたら。

 ……そりゃ、警戒するよな。

 

 でも、でもさ。

 もうちょっと、こう。

 

 何かない?

 せめて、ちょっとだけ愛想よくしてくれても……。

 

 ……いや。

 

 それも俺の都合か。

 

 ♦

 

「……リンちゃん」

 

 おばあちゃんが、俺の肩に手を置いた。

 

「どうしたんだい?」

 

「……あのこ、おれのこときらいなのかな」

 

 おばあちゃんは、フェローチェを見た。

 

 部屋の隅。

 

 そこから動こうとしない、色違いのウルトラビースト。

 

 しばらく考えたあと、おばあちゃんは優しく笑った。

 

「嫌いなんじゃなくて、まだ怖いんだと思うよ」

 

「……こわい?」

 

「そう。リンちゃんのことも、ムーちゃんのことも、ここがどんな場所なのかも、まだわからないんだろうね」

 

 ……そっか。

 まだ、何もわからないんだ。

 

 俺だって、初めて知らない場所へ行くときは緊張する。

 相手がどんな人なのかわからなければ、少し怖い。

 

 ……フェローチェも、きっと同じなのだろう。

 

「だからね、リンちゃん」

 

「……うん?」

 

「今は、無理に仲良くなろうとしなくていいんだよ」

 

 ……無理に?

 

「ただ、一緒にいるだけでいいんだよ」

 

 その言葉に、俺は少しだけ考えた。

 

 ……なるほど。

 一緒にいるだけ。

 それなら、俺にもできるかもしれない。

 

「……わかった!」

 

 俺は頷いた。

 そして、フェローチェへ向き直る。

 

「……フェローチェ」

 

「…………」

 

「おれ、ここにいるからね」

 

 返事はない。

 

 しかし、俺はそれ以上近づかなかった。

 代わりに、少し離れた場所へ座る。

 

 ムーちゃんも、俺の隣へやってきた。

 

「グソ?」

 

「……だいじょうぶ」

 

 俺は、ムーちゃんの頭を撫でた。

 

「……ゆっくり、なかよくなろう」

 

「グソッ!」

 

 ムーちゃんが、嬉しそうに鳴いた。

 

 ……うん。そうだ。

 

 焦る必要なんてない。

 俺たちには、これからいくらでも時間があるのだから。

 

 ♦

 

 その夜。

 俺は、おばあちゃんの家のベッドで天井を見つめていた。

 

 フェローチェは、別に用意してもらった静かな部屋で休んでいる。

 

 調査員さんたちも、引き続き様子を確認してくれるらしい。

 

 ムーちゃんは、いつものように暖炉の近くで丸くなっていた。

 

 ……平和である。

 

 とりあえず、フェローチェを安全な場所へ連れてくることはできた。

 健康状態も、ひとまず問題なさそう。

 これで一安心だ。

 

 ……しかし。

 問題は、ここからである。

 

 俺は、今日の出来事を思い返した。

 

 挨拶、紹介、フル無視。

 握手に至っては高速回避。

 

 なんだこの難易度。

 いや、マジでここまで手こずるとは思わなかった。

 

 対戦知識?

 種族値?

 技構成?

 

 そんなもの、一切役に立たない。

 そもそも、バトルをする以前の問題なのである。

 

 俺は、枕元に置いていたウルトラボールを手に取った。

 青と白の、不思議な模様。

 ハイドと一緒に作った、大切なボール。

 

 ……捕獲成功。

 それは、間違いない。

 

 でも捕獲したからといって、仲間になれたわけじゃない。

 ……そういうことなんだろうな。

 

 俺は、小さく息を吐いた。

 

「……ムーちゃん」

 

「グソ?」

 

 暖炉の近くにいたムーちゃんが、こちらを見た。

 

「……おれたちも、さいしょはこんなだったっけ?」

 

 ムーちゃんは、少しだけ首を傾げた。

 

 そして、そっと俺のそばへやってくる。

 大きな前脚が、優しく俺の頭に触れた。

 

 ……ああ、そうだった。

 ムーちゃんだって、最初からこんなに仲がよかったわけじゃない。

 

 一緒に遊んで。

 一緒に修行して。

 失敗して。

 時には怖がって。

 

 それでも少しずつ、信頼を積み重ねてきた。

 

 ……だったら。フェローチェとも、……きっと。

 

「……よし」

 

 俺は、そっと拳を握った。

 

「ムーちゃん!」

 

「グソッ!」

 

「これから、がんばろうな!」

 

「グソォッ!」

 

 ムーちゃんが嬉しそうに鳴く。

 

 そうだ、まだ始まったばかりじゃないか。

 

 せっかく出会えたんだ。

 焦らず、ゆっくり。

 あの子のことを知っていけばいい。

 

 ……まあ、正直に言うと。

 もうちょっとくらいデレてくれてもいいと思うんですけどね?

 

 いや、贅沢は言うまい。

 

 まずは、明日。

 ちゃんと目を合わせてもらうところから始めよう。

 

 捕獲成功って、仲良し確定演出じゃなかったんですね。

 

 現実、厳しすぎ……。

 




今日は書き溜めから何話か投稿します。
よかったら、お気に入り、★、感想お願いします。

投稿三日くらいで思ったより反響があってうれしく思います。
今後ともお付き合いいただけますと幸いです。

感想も一つ一つ大切に読ませていただいております。
また、まとまった機会に返していこうと思いますので、たくさんのご感想お待ちしております。
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