目の前には、一匹の色違いフェローチェがいる。
むし・かくとうタイプ。
圧倒的な素早さと攻撃性能を誇る、ウルトラビーストの一種。
前世では何度も対戦で使ったし、相手にしてきたポケモンである。
その姿を、まさかこんな近くで見ることになるとは思わなかった。
しかも色違い。
本来ならテンション爆上がりの大事件だ。
色違いフェローチェなんて、前世の俺だったら発見した瞬間にスクショを連打し、SNSに投稿し、友人に自慢し、最終的には意味不明な奇声を上げていたことだろう。
だが、今は違う。
なぜなら。
「……フェロ」
岩陰に身を寄せたフェローチェが、か細い声を漏らした。
細長い脚には雪が付着し、美しい身体もすっかり冷え切っているように見える。
こちらを警戒する目だけは鋭い。
しかし、いつでも逃げ出せるように構えているその姿勢が、かえって痛々しかった。
……うん。
やっぱり、放っておけないな。
俺は手の中にあるウルトラボールを見つめた。
ハイドと一緒に作った、たった一つの特別なボール。
まさかこいつを、こんな形で使うことになるとは。
人生、何があるかわからないものである。
……いや、人生二周目なんですけどね。
それでも想定外の出来事が多すぎる。
運営さん、もうちょっと事前告知とかしてくれません?
♦
「……リン、本当にそのボールを使うつもりか?」
パパンが、俺の手元を見つめていた。
「うん」
「でもな、リン。相手はウルトラビーストなんだぞ?」
「……わかってる」
そう、そこが問題なのである。
普通のポケモンとは、生態も習性も異なる可能性がある。
ましてや、異世界から突然やってきた個体だ。
こちらの常識が通用する保証はない。
それに、いくらウルトラボールがウルトラビーストに対して高い捕獲性能を持っているとはいえ、何でも解決できる万能アイテムではない。
ゲームなら、話は簡単だった。
まず相手のHPを削る。
状態異常を入れる。
ウルトラボールを投げる。
揺れる。
カチッ。
はい、捕獲完了!
……実にわかりやすい。
だが、今回はそんなことをするつもりはない。
そもそも、相手はすでに弱っている。
ここからさらに攻撃してどうする。
下手をすれば、そのまま倒れてしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けたい。
「……パパン」
「ん?」
「おれ、あのこにボールをなげたくない」
「……え?」
「じぶんで、はいってもらいたい」
パパンは、少し驚いたようだった。
そして、ゆっくりとフェローチェへ視線を向けた。
「……なるほどな」
しばらく考えたあと、小さく頷く。
「じゃあ、調査員さんに相談してみよう」
「うん!」
そうと決まれば、さっそく相談である。
俺は近くにいた調査員のお姉さんへ、考えていたことを伝えた。
フェローチェを安全な場所へ連れていきたいこと。
ウルトラビースト専用のボールを持っていること。
そして、無理に捕まえるのではなく、本人の意思に任せたいこと。
お姉さんは真剣に話を聞いてくれた。
「……なるほど。ウルトラボールね」
「はい!」
「でも、その子が本当に中へ入ってくれるかしら?」
……それなんすよね。
ぶっちゃけ、全然わからない。
ウルトラボールを見せたところで、あの子がその用途を理解してくれるかどうかも不明である。
言葉だって通じる保証はない。
コミュニケーション難易度、最高ランク。
もはや初見殺しの高難易度コンテンツである。
……しかも、リトライ不可。
怖すぎる。
「……やってみないと、わかんない」
俺がそう答えると、お姉さんは少し考え込んだ。
「わかったわ。ただし、いくつか条件があるわね」
まず、フェローチェを刺激しないこと。
必要以上に近づかないこと。
逃げ道を塞がないこと。
そして、何かあった場合はすぐに大人の指示に従うこと。
ボールについても、ヨロイ島での製造記録を確認したうえで、携帯式の検査装置で異常がないか調べてもらった。
……いやぁ。
ちゃんと研究記録を残しておいてよかった。
ありがとう、ハイド。
君の几帳面さに救われたよ。
なお、完成したボールの安全性をすべて保証できるわけではないため、使用中も調査員さんたちが監視することになった。
当然である。
手作りの試作品だしね。
「リン君、本当に無理はしないでね」
「はい!」
「約束よ?」
「はい!」
…………。
なんだろう。
ここ最近、俺の返事の大半が「はい!」になっている気がする。
まるで道場に戻ったみたいだ。
……いや、今回は大人しくしておこう。
事態が事態である。
♦
調査員たちが用意したのは、小さな保温用のシートだった。
冷たい地面から身体を守るためのものらしい。
さらに、フェローチェが隠れている岩陰から少し離れた場所には、きのみと水も置かれている。
フェローチェは、それらをじっと見つめていた。
食べたい。
でも、近づきたくない。
そんな気持ちが、その動きから伝わってくる。
……ムーちゃんも、最初はこんな感じだったな。
知らない相手が近づくだけで、すぐ逃げようとしていた。
もっとも、ムーちゃんの場合は、今でも驚くと俺の後ろへ隠れようとするんですけどね。
身体のサイズ的に、まったく隠れられていないのはご愛嬌である。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「おれ、ちょっとおはなししてくるね」
「グソ……」
ムーちゃんが、心配そうに俺を見つめた。
俺はその前脚を撫でる。
「だいじょうぶ。むりはしないから」
「……グソッ」
ムーちゃんが静かに頷く。
そして、少し離れた場所へ下がった。
……うん、ありがとう。
俺はパパンと調査員さんが見守る中、決められた位置までゆっくり歩いた。
フェローチェは、すぐにこちらへ視線を向けた。
「……フェロッ!」
鋭い声。
身体がわずかに起き上がる。
今にも逃げ出しそうな姿勢だ。
俺は足を止めた。
「……こんにちは」
「…………」
返事はない。
まあ、そりゃそうだ。
突然現れた人間に挨拶されても、困るだけだろう。
「おれ、リンっていうんだ」
「…………」
「こっちは、ムーちゃん」
少し離れた場所にいるムーちゃんを指差す。
「グソッ!」
ムーちゃんが、小さく鳴いた。
フェローチェはその声に反応し、さらに身を強張らせた。
……まだ駄目か。
ムーちゃんに悪気はないんだけどな。
「……フェロ」
フェローチェが、低く鳴く。
こちらへ来るな。
そう言われている気がした。
俺は、それ以上近づかなかった。
代わりに、手の中のウルトラボールを掲げる。
「……これね」
フェローチェの視線が、ボールへ向いた。
青と白の模様。
独特な形状。
普通のモンスターボールとは、明らかに違う見た目。
……興味はあるらしい。
「ウルトラボールっていうんだ」
「…………」
「ポケモンが、なかにはいれるんだよ」
我ながら、説明が雑である。
いや、だって!
六歳児の語彙力で捕獲装置の仕組みを説明するの、難易度高すぎません!?
前世の知識なら、いくらでも説明できるんだけどさ。
急に専門用語を並べ立てても、たぶん意味ないし。
……というか。
そもそも人間の言葉がどこまで伝わるんだろう。
この辺り、マジで手探りだ。
♦
俺はゆっくりと膝を曲げた。
そして、ウルトラボールを雪の上へ置く。
フェローチェは、その動きをじっと見つめていた。
すぐには近づいてこない。
当然だ。
初対面の人間が置いた、見知らぬ道具なのだから。
「……これね」
俺はボールを指差した。
「なかに入ったら、あったかいところまでつれていけるよ」
「…………」
「ごはんもあるし、ねるところもある」
フェローチェは無反応。
ただ、こちらから目を離さない。
「……でも」
少しだけ言葉を探した。
「いやだったら、はいらなくてもいい」
「……フェロ?」
ほんのわずかに、首が動いた。
俺は続ける。
「むりやり、つかまえたりしないから」
……そう、それだけは決めていた。
俺はフェローチェを捕まえたい。
正直、めちゃくちゃ捕まえたい。
色違いフェローチェだぞ?
むし統一を目指す俺にとって、これ以上ないほど魅力的なポケモンである。
だが、それは俺の都合だ。
この子には、この子の都合がある。
……もし、俺たちのところへ来たくないなら。
それも、ちゃんと受け入れなければならない。
「……でもね」
俺は、冷たい雪の上に座るフェローチェを見た。
「ここにいたら、あぶないからさ」
冷たい風が吹く。
フェローチェの細い身体が、小さく震えた。
「……あったかいところで、やすんでほしいんだ」
それだけ言って、俺は立ち上がった。
そして、ゆっくり後ろへ下がる。
一歩、二歩、三歩。
フェローチェとの間に、十分な距離を作る。
パパンが、俺のそばへ来てくれた。
「……リン」
「……うん」
「よく頑張ったな」
俺は小さく頷いた。
……あとは。
あの子が決めることだ。
♦
時間だけが、ゆっくりと過ぎていった。
フェローチェは動かない。
ボールを見る。
俺たちを見る。
周囲を警戒する。
そして、またボールを見る。
正直、ものすごく緊張する。
こんなに緊張したのは、前世で一位を懸けたシーズン以来かもしれない。
あのときは、相手の選出を読み、技を選び、勝ち筋を追い続けた。
だが、今回は違う。
俺にできることは、もう何もない。
指示を出すわけでもない。
技を選ぶわけでもない。
ただ待つだけ。
……これが、こんなに難しいとは思わなかった。
♦
どれくらい経っただろう。
フェローチェが、わずかに身体を動かした。
「……!」
俺は思わず息を止めた。
細い脚が、雪の上を踏む。
一歩、また一歩。
フェローチェが、ウルトラボールへ近づいていく。
……来た。
いや、落ち着け。
まだわからない。
触れた瞬間に投げ飛ばされる可能性だってある。
最悪、ボールが壊れるかもしれない。
……それはそれで困る。
ハイドに何て説明すればいいんだ。
『ごめん、せっかく作ったウルボをフェローチェに破壊されました☆』
……いや、無理。
絶対に泣く、主に俺が。
そんなくだらないことを考えてしまうくらい、緊張していた。
フェローチェは、ボールの前で立ち止まった。
ゆっくりと身を屈める。
細い指先が、表面へ伸びた。
そして。
――コツン。
ウルトラボールに、そっと触れた。
次の瞬間。
青白い光が、フェローチェの身体を包み込んだ。
「……っ!」
光が収束し、その姿がボールの中へ吸い込まれていく。
ウルトラボールが、雪の上へ落ちた。
……ころん。
一度、揺れる。
ころん。
二度目。
…………。
俺は、ただ見つめていた。
そして。
――カチッ。
小さな音が響いた。
……捕まった?
…………捕まったぁぁぁ!?
♦
「……やった」
口から、自然と言葉が漏れた。
「……やったぁ!」
俺は思わず両手を上げた。
「フェローチェ、ゲットだ!!」
「グソッ!」
ムーちゃんも嬉しそうに鳴く。
パパンが、ほっと息を吐いた。
おばあちゃんも、少し離れた場所で微笑んでいる。
……ああ、よかった。
本当によかった。
捕獲できたことも嬉しい。
そりゃ、めちゃくちゃ嬉しい。
だって色違いフェローチェだぞ?
前世なら、間違いなく発狂案件である。
……でも、それ以上に。
あの子が、自分からボールへ入ってくれたことが嬉しかった。
少なくとも、俺たちの用意した道具を使うことを選んでくれた。
今は、それだけで十分だ。
「リン君、すごいわね」
調査員のお姉さんが、近づいてきた。
「無理に捕獲せずに、あの子が入るのを待つなんて」
「……えへへ」
俺は照れくさくなって笑った。
「でも、まだわかんないこと、いっぱいあるから」
「……そうね」
お姉さんは頷いた。
「まずは安全な場所へ連れていって、健康状態を確認しましょう」
「うん!」
俺は雪の上に落ちたウルトラボールを、そっと拾い上げた。
……温かい。
いや、実際には冷たいボールなんだけど。
なんとなく、そう感じた。
この中に、あのフェローチェがいる。
異世界からやってきた、色違いのウルトラビースト。
これから、よろしくな。
♦
おばあちゃんの家へ戻ったのは、それからしばらく経ってからだった。
もちろん、調査員さんたちも一緒である。
フェローチェは未知の生態を持つ可能性があるため、まずは健康状態と安全面の確認が必要らしい。
ママンにも事情を説明した。
……ちなみに。
「……リン」
「はい」
「……ウルトラビーストを、捕まえたの?」
「……はい」
「……色違いの?」
「……はい」
「…………」
ママン、沈黙。
これ知ってる。
ヨロイ島から帰ってきたときのやつだ。
あの大量のオシャボを見せたときと、まったく同じ表情である。
……ママン、またあなたの息子がやらかしてしまいました。
でも、今回はちゃんと許可をもらったんだよ?
本当だよ?
「……あとで、詳しく聞かせてもらうわね」
「……はい」
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
ウルトラビーストよりママンのほうが怖い説、あると思います。
……いや、これは俺が悪いわけではない。
今回はちゃんと、みんなに相談したんだから。
♦
健康状態の確認は、できるだけフェローチェを刺激しない方法で行われた。
調査員さんたちが離れた場所から測定装置を使い、身体の状態を調べていく。
どうやら、長時間の移動と寒さによる消耗が大きいらしい。
幸い、命に関わるような怪我は確認されなかった。
ただし、十分な休息が必要とのこと。
……そっか。よかった。
俺は、心から安心した。
そして。
「……じゃあ、出してあげてもいい?」
お姉さんに尋ねる。
「ええ。準備したお部屋なら大丈夫よ。ただし、驚かせないようにね」
「うん!」
よし。いよいよである。
あのフェローチェと、初めてゆっくり話せる。
捕獲前は、怖がらせないように距離を取っていた。
今なら、少しは落ち着いてくれているかもしれない。
まずは自己紹介からだな。
名前を教えて。
ムーちゃんを紹介して。
それから、少しずつ仲良くなって。
いずれは、一緒にバトルなんかできたら最高だ。
……いやぁ、夢が広がりんぐですわぁ!
俺はウルトラボールを構えた。
「フェローチェ! でておいで!」
白い光が弾ける。
その中から現れたのは、美しい色違いフェローチェ。
細長い脚。
優雅な体型。
そして、気品すら感じさせる立ち姿。
……うおお、やっぱりすげぇ。
近くで見ると、めちゃくちゃ綺麗だな。
さすがUB02 BEAUTY。
美しさの暴力である。
……よし、まずは挨拶だ。
挨拶は大事、古事記にも書いてある。
「こんにちは! おれ、リン!」
「…………」
……ん?
「これから、よろしくね!」
「…………」
……あれ?
聞こえてない?
「……フェローチェ?」
フェローチェは、俺を一瞥した。
そして。
ぷいっ。
顔を背けた。
……えぇ~?
今、確実に無視したよね?
「……ムーちゃん!」
「グソッ!」
俺は気を取り直し、ムーちゃんを紹介することにした。
「このこ、ムーちゃん! おれのいちばんさいしょのなかま!」
「グソッ!」
ムーちゃんが、優しく鳴いた。
しかし。
「…………」
フェローチェは、ちらりとムーちゃんを見る。
そして、また顔を逸らした。
……おお。徹底している。
圧倒的な塩対応。
もはや岩塩である。
ソルトバスターを食らっている気分だ。
……いや、そんな技はないけど。
「……えっと」
俺は、恐る恐る手を差し出した。
「……あくしゅ、する?」
…………。
一瞬。
フェローチェが、こちらを見た。
そして。
――シュッ!
「……え?」
気づいたときには、フェローチェが部屋の反対側にいた。
……今、何が起きた?
俺、ただ握手しようとしただけなんですが?
攻撃してないよ?
むしろ友好的な意思表示ですよ?
なのに素早さ151を全力で発揮して距離を取られたんですが!?
……えぇ~。
そんなに嫌ぁ……?
俺のこと、そんなに嫌なの?
ちょっと傷つくんですけど。
「……フェロ」
フェローチェは、部屋の隅から俺を見つめていた。
その視線は、明らかに警戒している。
そっか……そうだった。
この子は、まだ俺のことを信用していない。
ボールへ入ってくれたからといって、急に仲良くなれるわけではないのだ。
……うん。
考えてみれば、当然である。
知らない世界へ飛ばされて。
見知らぬ雪原を逃げ回って。
ようやく安全な場所へ来たばかり。
そんな子が、初対面の人間にいきなり握手を求められたら。
……そりゃ、警戒するよな。
でも、でもさ。
もうちょっと、こう。
何かない?
せめて、ちょっとだけ愛想よくしてくれても……。
……いや。
それも俺の都合か。
♦
「……リンちゃん」
おばあちゃんが、俺の肩に手を置いた。
「どうしたんだい?」
「……あのこ、おれのこときらいなのかな」
おばあちゃんは、フェローチェを見た。
部屋の隅。
そこから動こうとしない、色違いのウルトラビースト。
しばらく考えたあと、おばあちゃんは優しく笑った。
「嫌いなんじゃなくて、まだ怖いんだと思うよ」
「……こわい?」
「そう。リンちゃんのことも、ムーちゃんのことも、ここがどんな場所なのかも、まだわからないんだろうね」
……そっか。
まだ、何もわからないんだ。
俺だって、初めて知らない場所へ行くときは緊張する。
相手がどんな人なのかわからなければ、少し怖い。
……フェローチェも、きっと同じなのだろう。
「だからね、リンちゃん」
「……うん?」
「今は、無理に仲良くなろうとしなくていいんだよ」
……無理に?
「ただ、一緒にいるだけでいいんだよ」
その言葉に、俺は少しだけ考えた。
……なるほど。
一緒にいるだけ。
それなら、俺にもできるかもしれない。
「……わかった!」
俺は頷いた。
そして、フェローチェへ向き直る。
「……フェローチェ」
「…………」
「おれ、ここにいるからね」
返事はない。
しかし、俺はそれ以上近づかなかった。
代わりに、少し離れた場所へ座る。
ムーちゃんも、俺の隣へやってきた。
「グソ?」
「……だいじょうぶ」
俺は、ムーちゃんの頭を撫でた。
「……ゆっくり、なかよくなろう」
「グソッ!」
ムーちゃんが、嬉しそうに鳴いた。
……うん。そうだ。
焦る必要なんてない。
俺たちには、これからいくらでも時間があるのだから。
♦
その夜。
俺は、おばあちゃんの家のベッドで天井を見つめていた。
フェローチェは、別に用意してもらった静かな部屋で休んでいる。
調査員さんたちも、引き続き様子を確認してくれるらしい。
ムーちゃんは、いつものように暖炉の近くで丸くなっていた。
……平和である。
とりあえず、フェローチェを安全な場所へ連れてくることはできた。
健康状態も、ひとまず問題なさそう。
これで一安心だ。
……しかし。
問題は、ここからである。
俺は、今日の出来事を思い返した。
挨拶、紹介、フル無視。
握手に至っては高速回避。
なんだこの難易度。
いや、マジでここまで手こずるとは思わなかった。
対戦知識?
種族値?
技構成?
そんなもの、一切役に立たない。
そもそも、バトルをする以前の問題なのである。
俺は、枕元に置いていたウルトラボールを手に取った。
青と白の、不思議な模様。
ハイドと一緒に作った、大切なボール。
……捕獲成功。
それは、間違いない。
でも捕獲したからといって、仲間になれたわけじゃない。
……そういうことなんだろうな。
俺は、小さく息を吐いた。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
暖炉の近くにいたムーちゃんが、こちらを見た。
「……おれたちも、さいしょはこんなだったっけ?」
ムーちゃんは、少しだけ首を傾げた。
そして、そっと俺のそばへやってくる。
大きな前脚が、優しく俺の頭に触れた。
……ああ、そうだった。
ムーちゃんだって、最初からこんなに仲がよかったわけじゃない。
一緒に遊んで。
一緒に修行して。
失敗して。
時には怖がって。
それでも少しずつ、信頼を積み重ねてきた。
……だったら。フェローチェとも、……きっと。
「……よし」
俺は、そっと拳を握った。
「ムーちゃん!」
「グソッ!」
「これから、がんばろうな!」
「グソォッ!」
ムーちゃんが嬉しそうに鳴く。
そうだ、まだ始まったばかりじゃないか。
せっかく出会えたんだ。
焦らず、ゆっくり。
あの子のことを知っていけばいい。
……まあ、正直に言うと。
もうちょっとくらいデレてくれてもいいと思うんですけどね?
いや、贅沢は言うまい。
まずは、明日。
ちゃんと目を合わせてもらうところから始めよう。
捕獲成功って、仲良し確定演出じゃなかったんですね。
現実、厳しすぎ……。
今日は書き溜めから何話か投稿します。
よかったら、お気に入り、★、感想お願いします。
投稿三日くらいで思ったより反響があってうれしく思います。
今後ともお付き合いいただけますと幸いです。
感想も一つ一つ大切に読ませていただいております。
また、まとまった機会に返していこうと思いますので、たくさんのご感想お待ちしております。