世の中には、どうしても理解し合えない価値観というものが存在する。
例えば、きのこの山とたけのこの里。
目玉焼きに醤油をかけるか、ソースをかけるか。
そして、マスターボールを、どのポケモンに使うべきなのか。
伝説のポケモン?
幻のポケモン?
それとも、捕獲が難しい強力なポケモン?
……ふむ、なるほど。
言いたいことはわかる。
確かにマスターボールは貴重だ。
どんなポケモンでも捕まえられるという、まさにチートアイテム。
普通なら大事に取っておくのだろう。
だが、しかし。
俺には俺の美学がある。
色違いポケモンには、似合うボールを。
お気に入りのポケモンには、特別なボールを。
それこそが、オシャボ厨としての矜持である!
……まあ。
この考え方のせいで、後ほどおばあちゃんの頭を抱えさせることになるのだが。
♦
色違いフェローチェを保護してから、三日が経過した。
現在の状況を簡潔に説明しよう。
フェローチェ。
ウルトラビースト。
色違い。
超絶美人。
そして。
俺への好感度、たぶんマイナス。
……いや、嫌われているわけではないと思いたい。
思いたいのだが。
「フェローチェ! おはよ!」
「…………」
「きょうもいいてんきだね!」
「…………」
「……あの、きこえてます?」
ぷいっ…………。
無視。
徹底した無視である。
なんということでしょう。
匠の手によって完成したウルトラボールから現れたのは、圧倒的な塩対応を誇る美人さんでした。
ビフォーアフター以前の問題なんですが?
ちなみにムーちゃんが挨拶しても、結果は変わらない。
「グソッ!」
「…………」
……うん、ムーちゃん。
気にするな。
俺たちは悪くない。
たぶんね。
もちろん、無理に仲良くなろうとはしていない。
おばあちゃんからも、今はゆっくり休ませてあげるように言われている。
フェローチェのために用意された静かな部屋。
そこには、温かい寝床と食事がある。
必要なものは揃っている。
しかし、本人は相変わらず警戒心全開。
俺が近づこうものなら、素早さ151を遺憾なく発揮して距離を取る。
その素早さ、今使う必要ある?
危険度で言えば、野生のコイキングと大差ないと思うんですが?
……まあ、あいつからすれば、俺は知らない人間だからな。
仕方ない……そう自分に言い聞かせてはいるものの。
「……はぁ」
思わず、ため息が出た。
やっぱり、ちょっと寂しいのである。
♦
「リンちゃん」
「……ん?」
縁側でぼんやりしていると、おばあちゃんが声をかけてきた。
「ずいぶん元気がないねぇ」
「……そうかな」
「そうだよ。せっかく遊びに来たのに、毎日あの子のことばかり考えているんじゃないかい?」
ぐうの音も出ない。
その通りでございます。
「……だって、なかよくなりたいんだもん」
「ふふっ。そうだねぇ」
おばあちゃんは、俺の隣に腰を下ろした。
「でもね、リンちゃん。ずっと考え込んでいても、いい答えが出るとは限らないんだよ」
「……うん?」
「たまには気分転換も必要さ」
そう言って、にっこり笑う。
「今日はおばあちゃんと、お散歩に行かないかい?」
散歩?
……おっ、いいじゃないか。
カンムリ雪原に来てから、巣穴の騒動やフェローチェの保護で、まともに観光できていなかったし。
何より、野生ポケモンを観察できる。
……いや、違うぞ?
あくまで気分転換である。
決して色違いを探しに行くわけではない。
「いく!」
「ふふっ。じゃあ、準備しようかねぇ」
「ムーちゃんもいこう!」
「……グソ?」
暖炉の前で丸くなっていたムーちゃんが、こちらを見た。
そして、窓の外に広がる雪景色を確認。
ゆっくりと顔を逸らす。
おい、露骨すぎるだろ。
「ムーちゃん! きょうはあったかいところだって!」
「……グソ?」
「おんせんみたいなところ!」
「グソッ!」
即座に立ち上がった。
現金なやつめ。
まあ、かわいいから許す。
♦
おばあちゃんに連れられてやってきたのは、フリーズ村から少し離れた岩場だった。
周囲には雪が積もっている。
しかし、不思議なことに、その一角だけ雪が解けていた。
「……あれ?」
俺は目を丸くする。
岩の隙間から、湯気が立ち上っている。
さらに、その下には小さな水辺。
透き通った水が、緩やかに流れていた。
「おばあちゃん! ここ、ゆきがない!」
「ふふっ。不思議だろう?」
「うん!」
「この辺りはね、地面の下から温かい水が湧いているんだよ」
……ほう、地熱か!
なるほどなるほど。
雪原の中に、こんな場所があったとは。
「温泉みたいなもの?」
「そうだねぇ。ただ、人が入るには少しぬるいけどね」
……ふむ。
つまり、天然の温水プール?
そして、俺の隣では。
「グソォ……」
ムーちゃんが、ものすごく幸せそうな声を漏らしていた。
もう駄目だ。
完全に気に入ってる。
「ムーちゃん、あったかい?」
「グソッ!」
水辺に前脚を浸し、満足そうにしている。
……君、ヨロイ島での修行より生き生きしてない?
まあいいか。
本人が楽しそうなら、それでよし。
♦
しばらく水辺を眺めていたときのことだった。
「……グソ?」
ムーちゃんが、不思議そうに首を傾げた。
そして、水の中を覗き込む。
「どうしたの?」
「グソッ」
前脚で、水辺の一角を示す。
……ん?何かいる?
俺はムーちゃんの隣にしゃがみ込んだ。
透明な水。
小さな水草。
水底に転がる丸い石。
そして。
……ぷくっ。
「……ん?」
何かが動いた。
水草の間から、小さな影が姿を現す。
丸い水泡。
細い脚。
そして、特徴的な顔。
…………。
……お?
……おお?
これって。
「……シズクモ?」
むし・みずタイプ。
水泡を頭に纏い、水中で暮らす小さなポケモン。
進化すれば、優秀な耐久性能を誇るオニシズクモになる。
……ただ。
なんか、おかしくない?
あの脚の色……。
俺は思わず目を擦った。
もう一度見る。
水草の間にいる、小さなシズクモ。
その身体は、通常個体とは明らかに違う色をしていた。
は!?色違いシズクモ!?
いやいやいやいや!!
おかしいだろ!!
つい数日前、色違いフェローチェを保護したばかりだぞ!?
なのに、今度は色違いシズクモ!?
何!?
今世の俺、色違い遭遇率に上方修正でも入ってる!?
運営さん!?確率設定、本当に大丈夫ですか!?
1/4096じゃないんですか?!
それとも、転生特典で色違い補正でも付いてる!?
……いや待て、落ち着け俺。
ここで叫んだら、逃げられるかもしれない。
相手はシズクモ。
まだこちらに気づいていない。
ここは慎重に――
「……うおっ」
「リンちゃん?」
「……い、いや、なんでもない!」
危ない。
もう少しで発狂するところだった。
前世から染みついた色違い廃人の習性、恐るべし。
♦
「……シズ?」
そのとき。
水草の間にいたシズクモが、こちらを向いた。
…………。
目が合った。
……おっと。まずい。
逃げられるか?
しかし。
「……シズ?」
シズクモは、首を傾げた。
そして。
てちてち。
こちらへ歩いてくる。
……え?
逃げないの?
「……こんにちは?」
「シズッ!」
……おお、返事した。
しかも元気。
なんだこの子、かわいい。
めちゃくちゃかわいい。
「ムーちゃん! シズクモだよ!」
「グソ?」
ムーちゃんが顔を近づける。
普通の小さなポケモンなら、巨大なグソクムシャを見て驚くかもしれない。
だが。
「シズ!」
シズクモは、何のためらいもなく近づいてきた。
そして、ムーちゃんの前脚へぷにっと、触った。
「……グソ?」
ムーちゃんも困惑。
シズクモはそんなことなどお構いなしに、水泡をぷるぷると揺らしている。
なにこの平和空間。
かわいすぎん?
あまりの尊さに、俺の脳内で何かが爆発した。
これが……てぇてぇ……?
「……シズッ!」
シズクモは、今度は俺の足元へやってきた。
そして、小さな脚で靴をつつく。
「……ん?」
「シズ!」
「……あそびたいの?」
「シズッ!」
駄目だ。
この子、かわいい。
もう無理。
俺の中の何かが、完全に陥落した。
即落ち二コマって、こういうことか。
♦
それからしばらく、俺たちはシズクモと遊んでいた。
水辺に小石を並べると、シズクモが一つずつ水の中へ運んでいく。
ムーちゃんが前脚を伸ばすと、そこへちょこんと乗る。
俺が手を差し出せば、水泡を揺らしながら近づいてくる。
……うむ。
実に素晴らしい。
フェローチェとのコミュニケーション難易度が最高ランクだとすれば、こちらは完全に初心者向け。
チュートリアルで仲間になるタイプのポケモンである。
同じポケモンという生き物なのに、どうしてここまで違うんだ?
個体差ってレベルじゃねぇぞ!
「ふふっ。ずいぶん懐かれたねぇ」
おばあちゃんが、楽しそうに笑っている。
「うん!」
「ムーちゃんとも仲良しみたいだし」
「グソッ!」
「シズッ!」
……おお。息ぴったり。
これは、将来有望なコンビである。
そんなことを考えていた、そのときだった。
――ざばっ!
「……ん?」
少し上流のほうから、水音が聞こえた。
振り返る。
流れてきたのは、一本の木の枝。
ただし、普通の枝ではなかった。
「……ユキッ!?」
小さなユキハミが、枝に引っかかっていたのである。
…………。
……え?
おいおい。何してんの、あの子!?
どうやら、雪の上を歩いている途中で滑り落ちたらしい。
枝にしがみついているものの、水の流れに押されている。
しかも、少し先には流れの速い場所がある。
……まずい。
「おばあちゃん!」
「……あら、大変!」
おばあちゃんも、すぐに異変へ気づいた。
だが、ここは雪原の水辺。
不用意に入れば危険だ。
「リンちゃん、近づいちゃ駄目だよ!」
「うん!」
俺は素直に頷いた。
……さて、どうする。
ムーちゃんを使えば、枝を引き寄せられるかもしれない。
ただし、力加減には注意が必要だ。
あの巨体で勢いよく動いたら、ユキハミまで巻き込んでしまう可能性がある。
……むむむ。
どうしたものか。
そのときだった。
「シズッ!」
足元にいたシズクモが、水辺へ駆け出した。
「……あっ!」
シズクモは迷うことなく水へ飛び込む。
そして、小さな身体を器用に動かしながら、枝へ近づいていった。
……速い!
いや、フェローチェほどじゃないけど!
水中での動きが、めちゃくちゃ上手い!
「シズッ!」
シズクモは枝にしがみついたユキハミの横へ回り込んだ。
そして、頭の水泡を使い、ユキハミの身体をそっと支える。
水泡が、ふわりと広がった。
「……ユキ?」
ユキハミの身体が、水面に浮かぶ。
……おお、なるほど!
水泡で浮力を確保したのか!
「ムーちゃん!」
「グソッ!」
「あのえだ、おさえて!」
ムーちゃんが水辺へ身を乗り出す。
そして、大きな前脚をゆっくり伸ばした。
……よし、焦らなくていい。
力を入れすぎず、慎重に。
「……そうそう!」
「グソッ!」
ムーちゃんが枝を押さえる。
その間に、シズクモがユキハミを岸へ誘導した。
俺はおばあちゃんと一緒に、少し離れた安全な場所から見守る。
やがて。
「……ユキッ!」
ユキハミが、無事に岸へたどり着いた。
「やったぁ!」
思わず声が出た。
ユキハミは、しばらく身体を震わせていたが、やがて元気を取り戻したようだった。
そして。
「ユキッ!」
シズクモとムーちゃんに向かって、小さく鳴く。
お礼を言っているのだろうか。
「シズッ!」
「グソッ!」
……実に素晴らしい。
なんという連携。
初対面のポケモン同士とは思えない。
俺、ちょっと感動してしまった。
「シズクモ! ありがと!」
「シズッ!」
シズクモが、水泡を揺らして返事をする。
……ああ。
この子、本当に優しいんだな。
♦
ユキハミが無事に雪原へ戻ったあと。
俺たちは、そろそろ帰ることにした。
おばあちゃんも、ほっとした様子で荷物をまとめている。
「リンちゃん、いいものが見られたねぇ」
「うん!」
「シズクモも、ムーちゃんも、よく頑張ったね」
「グソッ!」
「シズ!」
……うむ。
今日の散歩、大成功である。
フェローチェのことばかり考えていた気持ちも、少しだけ軽くなった。
やっぱり、ポケモンと触れ合う時間は大切だな。
……さて、そろそろ帰るか。
「シズクモ! またね!」
「シズッ!」
俺は手を振った。
シズクモも、元気よく返事をする。
そして、俺たちは歩き始めた。
……てちてち。
……ん?
てちてち。
てちてち。
…………。
あれ?
俺は振り返った。
そこには。
「シズ!」
先ほどのシズクモがいた。
……ん?
「……シズクモ?」
「シズッ!」
「おうち、あっちだよ?」
俺は水辺を指差した。
しかし、シズクモは動かない。
むしろ、俺の足元へ近づいてくる。
……おや?
これはまさか?
「……いっしょに、きたいの?」
「シズッ!!」
今日はシズクモで優勝していくわよ(大〇丸)
かわいい、まぢ無理、尊い。
何この子!?
こんなに懐いてくれることある!?
フェローチェとの温度差で風邪引くんですが!?
いや、ここはカンムリ雪原だから、普通に風邪引く可能性あるけど!
俺は思わず、おばあちゃんを見た。
「おばあちゃん!」
「ふふっ。どうやら、一緒に行きたいみたいだねぇ」
「……いいかな?」
おばあちゃんは少し考えた。
「リンちゃん。新しいポケモンを迎えるなら、ちゃんと面倒を見るんだよ?」
「うん!」
「ご飯も、お世話も、全部必要になるからね」
「わかってる!」
「それに、パパとママにも相談しないとねぇ」
「……うん」
……そうだった。
ママンとの約束がある。
新しいポケモンを迎えるときは、必ず相談すること。
ここは重要である。
……というわけで。
おばあちゃん立ち会いのもと、パパンとママンへ連絡。
事情を説明し、シズクモが自分からついてきていることも伝えた。
ムーちゃんとの相性もよさそうだ。
そして、何より。
俺がちゃんと世話をすること。
その約束をして、無事に許可をもらうことができた。
……よし!
これで問題なし!
合法的に色違いポケモンをお迎えできる!!
……いや、言い方もっと他にあるだろ、俺。
♦
「……さて」
俺は、鞄の中へ手を伸ばした。
ふっふっふ。
いよいよである。
新しい仲間。
しかも色違い。
しかも自分からついてきてくれる。
これ以上ないほど素晴らしい出会いだ。
……ならば。
最高のボールを用意しなくてはなるまい。
「……これだ!」
俺は、小さなケースを取り出した。
その中に入っていたのは。
紫色の上部。
白と赤の装飾。
そして、大きく描かれた『M』の文字。
マスターボールである。
「……リン?」
おばあちゃんが、首を傾げた。
「なに?」
「……それ、マスターボールじゃないのかい?」
「うん!」
俺は元気よく頷いた。
「……本物?」
「ほんもの!」
「……ヨロイ島で作ったっていう?」
「そう!」
おばあちゃん、沈黙。
俺、満面の笑み。
シズクモ、ぷるぷる。
ムーちゃん、きょとん。
……うむ、実に平和な光景である。
「……リンちゃん」
「うん?」
「……まさか、それを使うつもりなのかい?」
「うん!」
「……シズクモに?」
「うん!」
……あれ?
おばあちゃんの表情が、ちょっと変わった。
「……もったいなくないかい?」
「……なんで?」
今度は俺が首を傾げた。
もったいない?
何が?
別に俺エリクサー症候群じゃないよ?
「……だって、マスターボールなんだよ?」
「うん!」
「どんなポケモンでも捕まえられる、とても貴重なボールなんだよ?」
「うん!」
「……もっと強いポケモンに使うものじゃないのかい?」
いやいや、待っておくれよおばあちゃんや。
確かに言いたいことはわかる。
わかるんだけど。
「……だって、色違いシズクモだよ?」
「……そうだねぇ」
「しかも、かわいい!」
「……うん」
「それに、すっごくいいこ!」
「……そうだね」
「だからマスボ使うんだよ!」
「……理屈がわからないよ!?」
……えぇ。
なんで!?
こんなにわかりやすい話なのに!?
色違い!
かわいい!
ボールの色もぴったり!
マスターボール!
……ほら!
完璧な四段論法じゃないか!
……いや、三段論法だったか?
まあ、細かいことはいい。
大事なのはロマンなのである!
♦
もちろん、マスターボールがどれほど貴重なのかは理解している。
何しろ、ハイドと一緒に作った一品物だ。
特殊な材料を大量に使い、ウッウロボの制御装置まで壊してしまった。
おそらく、同じものをもう一個作るのは難しいだろう。
しかも、あるところにはあるとはいえ(ブルーベリー学園並みの感想)
まだ一般流通していない試作品。
ヨロイ島での確認に加え、今回持参する前にも大人たちに状態を調べてもらっている。
それでも、普通のボールとは違う。
慎重に扱わなければならない。
……だがしかし。
俺は、最初から決めていた。
あのマスターボールは、自分が本当に気に入ったポケモンに使おうと。
伝説のポケモンだから。
強いから。
捕獲が難しいから。
そんな理由ではない。
俺が一緒にいたいと思ったポケモンに使いたい。
そして。
今、目の前には。
「シズッ!」
俺の足元で、水泡をぷるぷると揺らす色違いシズクモ。
……うん。決まりだな。
「おばあちゃん!」
「……なんだい?」
「おれ、このこがいい!」
俺はシズクモを見つめた。
「このこ、すっごくやさしいし!」
「……うん」
「ムーちゃんともなかよしだし!」
「……そうだね」
「それに、いっしょにきたいって!」
おばあちゃんは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……ふふっ」
小さく笑った。
「そうかい」
「……うん!」
「だったら、大切にしてあげるんだよ」
「もちろん!」
……よし。
これで完全に決まった。
俺は、マスターボールを手に取った。
♦
「シズクモ!」
「シズ?」
「いっしょにいこう!」
「シズッ!」
シズクモが、元気よく鳴いた。
……うむ。いい返事だ。
「このボールに、はいってくれる?」
「シズ!」
シズクモが、ちょこんと近づいてくる。
俺はマスターボールを軽く掲げた。
……さて。
ここは、かっこよく決めたいところである。
なんたって、世界に一つだけの特別なボール。
しかも、色違いシズクモ。
これ以上ないほどの記念すべき瞬間だ。
……よし。
「シズクモ! ゲットだぜ!」
俺は、そっとボールを投げた。
紫色のボールが、緩やかな弧を描く。
そして、シズクモへ触れた瞬間。
白い光が弾けた。
シズクモの身体が光に包まれ、ボールの中へ吸い込まれていく。
ころん。
雪の上へ落ちたマスターボール。
そして。
――カチッ。
「……やった」
俺は、ゆっくりとボールへ近づいた。
拾い上げる。
紫色の表面が、陽の光を反射していた。
……ああ。
ついに。
ついに。
マスボ入り色違いシズクモ、爆誕!!
「うおおおおおおお!!」
俺は思わず叫んだ。
「やったぁぁぁぁ!!」
「グソッ!」
ムーちゃんも嬉しそうに鳴く。
俺はマスターボールを両手で掲げた。
……最高。
マジで最高。
これはもう、家宝にしてもいいレベルである。
いや、家宝というか。
中にいるのは、生きてるシズクモなんですけどね。
もちろん、大切に育てる。
当たり前だ。
前世では何度も見た、色違いシズクモ。
でも、この子は違う。
水辺で出会って。
一緒に遊んで。
ユキハミを助けて。
そして、自分から俺たちについてきてくれた。
そんな特別な出会いをしたポケモンなのだ。
これからよろしくな、シズクモ!
♦
「……リンちゃん」
「なに、おばあちゃん?」
俺が大喜びしていると、おばあちゃんが静かに声をかけてきた。
その表情は、何やら複雑そうだった。
「……本当に使っちゃったんだねぇ」
「うん!」
「……世界に一個しかないんでしょう?」
「ん?あるところにはあるよ!」
「……そうかい」
…………。
なんだろう。
微妙に納得していない雰囲気。
いや、仕方ない。
価値観というものは、人それぞれである。
おばあちゃんは貴重なボールを大切に取っておきたいタイプ。
俺はお気に入りのポケモンに使いたいタイプ。
どちらが正しいという話ではない。
……まあ。
俺としては、大満足なんですけどね!
「……ところで、リンちゃん」
「うん?」
「ママには、どう説明するつもりだい?」
あー……しまった。
その問題があった。
新しいポケモンを迎えること自体は、ちゃんと許可をもらっている。
しかしマスターボールを使うとは、一言も言っていない。
……やっべ。
ママン……あのマスターボール、大事にしておきなさいって言ってたよな。
しかも、ハイドと一緒に作った特別なボール。
なくさないようにって、専用ケースまで用意してくれたんだった。
これ、詰んだのでは?
「……リンちゃん?」
「……はい」
「どうするんだい?」
「……いまから、かんがえる」
おばあちゃんが、盛大にため息をついた。
……うん。
完全に自業自得である。
♦
その日の夕方。
俺は、ハイドに連絡を取った。
理由はもちろん、マスターボールの使用報告である。
『リン! 久しぶり!』
「ハイド!」
『どうしたの? 何かあった?』
「マスボ、つかった!」
『……え?』
なんか嫌な予感。
『……マスターボール?』
「うん!」
『……ぼくたちが作った、あの?』
「そう!」
『……何を捕まえたの?』
聞いて驚け。
「色違いシズクモ!」
『……えぇ?』
「シズクモ!」
『……シズクモ?』
「うん!」
『……伝説のポケモンとかじゃなくて?』
「シズクモ!」
『……リン』
「なに?」
『……君って、本当にすごいね』
おっ、褒められた?
『ぼくたちが苦労して作ったマスターボールを、迷いなくシズクモに使うなんて……』
「だって、かわいいんだもん!」
『……ははっ』
ハイドが、笑った。
『……まあ、リンらしいね』
「えへへ!」
『でも、大切にしてあげてよ?』
「もちろん!」
『その子、きっと幸せだと思うから』
……ああ。
いいこと言うじゃん、ハイド。
やはり持つべきものは、優秀な発明仲間である。
俺は、手元のマスターボールを見つめた。
……うん。
絶対に、大切にする。
そう決めた。
♦
そしてその夜。
俺は、おばあちゃんの家のリビングで、ママンと向かい合っていた。
……あれ?なんで正座してるんだろう、俺。
別に悪いことはしてないよね?
ちゃんと許可も取ったし。
新しいポケモンを迎えただけだし。
……ただボールの種類が、少々特殊だっただけで。
「……リン」
「はい」
「……シズクモを捕まえたのね?」
「はい!」
「……色違いの?」
「はい!」
「……それで?」
今回の核心部分である。
「……どのボールを使ったの?」
俺は、ゆっくりとマスターボールを取り出した。
紫色のボール、大きな『M』の文字。
ママン、沈黙。
パパン、沈黙。
おばあちゃん、苦笑。
ムーちゃん、そっと後退。
おい、ムーちゃん。
君だけ逃げるな。
せめて一緒に怒られてくれ。
「……リン」
「……はい」
「……どうして、これを使ったの?」
……ふむ。
どうして、か。
そんなもの決まっている。
「……いちばん、きにいったから!」
俺は、にっこり笑った。
「シズクモ、すっごくかわいいんだよ!」
ママンは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……はぁぁぁ」
深いため息。
……これは、怒られるやつだ。
そう思ったのだが。
「……もう」
ママンは、少しだけ笑った。
「本当に、あなたらしいわね」
「……え?」
「でも、その子のことは、ちゃんと大切にするのよ?」
「……うん!」
「それから、貴重なものを使うときは、先に相談しなさい!」
「はい!」
……ふぅ、なんとか許された。
危ない危ない、あと一歩で説教コースだった。
……いや、すでに結構説教されている気もするけど。
まあいいか!
♦
その日の夜。
俺の隣には、二匹のポケモンがいた。
我が愛しの相棒、色違いグソクムシャのムーちゃん。
そして、新しく仲間になった色違いシズクモ。
「ムーちゃん、シズクモ! これからよろしくね!」
「グソッ!」
「シズッ!」
……うむ。
いい返事だ。
ムーちゃんが前脚を差し出すと、シズクモがちょこんと乗る。
そのまま、二匹で仲良くしている。
……あ~かわええ~。
てぇてぇ。
もう言葉が出ない。
でも。
ふと、廊下の向こうへ視線を向けた。
そこには、フェローチェのために用意された部屋がある。
あの子は、まだ俺たちと一緒に過ごそうとはしない。
今日も、ほとんど顔を合わせてくれなかった。
同じ日に出会ったわけではない。
同じように捕まえたわけでもない。
それぞれ、性格も違う。
……そうだよな。
ムーちゃんにも、ムーちゃんの時間があった。
シズクモには、シズクモの時間がある。
そして、フェローチェにも、あの子なりの時間が必要なのだろう。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「……シズクモ」
「シズ?」
「いつか、フェローチェともなかよくなれたらいいな」
ムーちゃんは、静かに頷いた。
シズクモは、不思議そうに首を傾げる。
……うん。
焦らず、ゆっくり。
それでいい。
俺は、二匹の頭を優しく撫でた。
……さて。
これで、色違いむし統一パーティーは三匹。
グソクムシャ。
フェローチェ。
シズクモ。
全員色違いとか、冷静に考えてヤバくない?
しかも、一匹はウルトラビースト。
一匹はマスターボール入り。
……なんというか、六歳児の手持ちとしては情報量が多すぎる。
……まあ、いいか!
残りはあと三匹。
ここからどんな仲間と出会えるのか。
今から楽しみで仕方ない。
……しかし。
次に色違いを見つけたら、またママンに怒られるのだろうか。
色違い厳選より、ママンの説得のほうが難易度高くない?
誰か、母親攻略Wikiとか作ってくれません?
こんばんは。
今日はここまでとなります。
連続投稿となりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。
まだ書き溜めはありますので、明日からの分はご安心ください。
感想、評価、お気に入り、お待ちしております。
今後ともよろしくお願いいたします。
※UAが1万を爆速で超えて震えております。