色違いタイプ統一縛りニキのポケ界転生日記   作:霜月ルイ

16 / 17
chapter:15 マスボをシズクモに使う俺に物申したい奴、前に出ろ。

 世の中には、どうしても理解し合えない価値観というものが存在する。

 

 例えば、きのこの山とたけのこの里。

 目玉焼きに醤油をかけるか、ソースをかけるか。

 

 そして、マスターボールを、どのポケモンに使うべきなのか。

 

 伝説のポケモン?

 幻のポケモン?

 それとも、捕獲が難しい強力なポケモン?

 

 ……ふむ、なるほど。

 言いたいことはわかる。

 

 確かにマスターボールは貴重だ。

 

 どんなポケモンでも捕まえられるという、まさにチートアイテム。

 

 普通なら大事に取っておくのだろう。

 

 だが、しかし。

 俺には俺の美学がある。

 

 色違いポケモンには、似合うボールを。

 お気に入りのポケモンには、特別なボールを。

 それこそが、オシャボ厨としての矜持である!

 

 ……まあ。

 この考え方のせいで、後ほどおばあちゃんの頭を抱えさせることになるのだが。

 

 ♦

 

 色違いフェローチェを保護してから、三日が経過した。

 

 現在の状況を簡潔に説明しよう。

 

 フェローチェ。

 ウルトラビースト。

 色違い。

 超絶美人。

 

 そして。

 俺への好感度、たぶんマイナス。

 

 ……いや、嫌われているわけではないと思いたい。

 思いたいのだが。

 

「フェローチェ! おはよ!」

 

「…………」

 

「きょうもいいてんきだね!」

 

「…………」

 

「……あの、きこえてます?」

 

 ぷいっ…………。

 

 無視。

 

 徹底した無視である。

 なんということでしょう。

 

 匠の手によって完成したウルトラボールから現れたのは、圧倒的な塩対応を誇る美人さんでした。

 

 ビフォーアフター以前の問題なんですが?

 ちなみにムーちゃんが挨拶しても、結果は変わらない。

 

「グソッ!」

 

「…………」

 

 ……うん、ムーちゃん。

 気にするな。

 

 俺たちは悪くない。

 たぶんね。

 

 もちろん、無理に仲良くなろうとはしていない。

 おばあちゃんからも、今はゆっくり休ませてあげるように言われている。

 

 フェローチェのために用意された静かな部屋。

 そこには、温かい寝床と食事がある。

 

 必要なものは揃っている。

 しかし、本人は相変わらず警戒心全開。

 

 俺が近づこうものなら、素早さ151を遺憾なく発揮して距離を取る。

 その素早さ、今使う必要ある?

 

 危険度で言えば、野生のコイキングと大差ないと思うんですが?

 

 ……まあ、あいつからすれば、俺は知らない人間だからな。

 

 仕方ない……そう自分に言い聞かせてはいるものの。

 

「……はぁ」

 

 思わず、ため息が出た。

 

 やっぱり、ちょっと寂しいのである。

 

 ♦

 

「リンちゃん」

 

「……ん?」

 

 縁側でぼんやりしていると、おばあちゃんが声をかけてきた。

 

「ずいぶん元気がないねぇ」

 

「……そうかな」

 

「そうだよ。せっかく遊びに来たのに、毎日あの子のことばかり考えているんじゃないかい?」

 

 ぐうの音も出ない。

 その通りでございます。

 

「……だって、なかよくなりたいんだもん」

 

「ふふっ。そうだねぇ」

 

 おばあちゃんは、俺の隣に腰を下ろした。

 

「でもね、リンちゃん。ずっと考え込んでいても、いい答えが出るとは限らないんだよ」

 

「……うん?」

 

「たまには気分転換も必要さ」

 

 そう言って、にっこり笑う。

 

「今日はおばあちゃんと、お散歩に行かないかい?」

 

 散歩?

 

 ……おっ、いいじゃないか。

 

 カンムリ雪原に来てから、巣穴の騒動やフェローチェの保護で、まともに観光できていなかったし。

 

 何より、野生ポケモンを観察できる。

 

 ……いや、違うぞ?

 

 あくまで気分転換である。

 

 決して色違いを探しに行くわけではない。

 

「いく!」

 

「ふふっ。じゃあ、準備しようかねぇ」

 

「ムーちゃんもいこう!」

 

「……グソ?」

 

 暖炉の前で丸くなっていたムーちゃんが、こちらを見た。

 

 そして、窓の外に広がる雪景色を確認。

 ゆっくりと顔を逸らす。

 

 おい、露骨すぎるだろ。

 

「ムーちゃん! きょうはあったかいところだって!」

 

「……グソ?」

 

「おんせんみたいなところ!」

 

「グソッ!」

 

 即座に立ち上がった。

 現金なやつめ。

 

 まあ、かわいいから許す。

 

 ♦

 

 おばあちゃんに連れられてやってきたのは、フリーズ村から少し離れた岩場だった。

 

 周囲には雪が積もっている。

 しかし、不思議なことに、その一角だけ雪が解けていた。

 

「……あれ?」

 

 俺は目を丸くする。

 岩の隙間から、湯気が立ち上っている。

 

 さらに、その下には小さな水辺。

 透き通った水が、緩やかに流れていた。

 

「おばあちゃん! ここ、ゆきがない!」

 

「ふふっ。不思議だろう?」

 

「うん!」

 

「この辺りはね、地面の下から温かい水が湧いているんだよ」

 

 ……ほう、地熱か!

 

 なるほどなるほど。

 

 雪原の中に、こんな場所があったとは。

 

「温泉みたいなもの?」

 

「そうだねぇ。ただ、人が入るには少しぬるいけどね」

 

 ……ふむ。

 

 つまり、天然の温水プール?

 

 そして、俺の隣では。

 

「グソォ……」

 

 ムーちゃんが、ものすごく幸せそうな声を漏らしていた。

 

 もう駄目だ。

 

 完全に気に入ってる。

 

「ムーちゃん、あったかい?」

 

「グソッ!」

 

 水辺に前脚を浸し、満足そうにしている。

 

 ……君、ヨロイ島での修行より生き生きしてない?

 

 まあいいか。

 本人が楽しそうなら、それでよし。

 

 ♦

 

 しばらく水辺を眺めていたときのことだった。

 

「……グソ?」

 

 ムーちゃんが、不思議そうに首を傾げた。

 

 そして、水の中を覗き込む。

 

「どうしたの?」

 

「グソッ」

 

 前脚で、水辺の一角を示す。

 

 ……ん?何かいる?

 

 俺はムーちゃんの隣にしゃがみ込んだ。

 

 透明な水。

 小さな水草。

 水底に転がる丸い石。

 

 そして。

 

 ……ぷくっ。

 

「……ん?」

 

 何かが動いた。

 

 水草の間から、小さな影が姿を現す。

 

 丸い水泡。

 細い脚。

 そして、特徴的な顔。

 

 …………。

 

 ……お?

 

 ……おお?

 

 これって。

 

「……シズクモ?」

 

 むし・みずタイプ。

 

 水泡を頭に纏い、水中で暮らす小さなポケモン。

 

 進化すれば、優秀な耐久性能を誇るオニシズクモになる。

 

 ……ただ。

 

 なんか、おかしくない?

 

 あの脚の色……。

 

 俺は思わず目を擦った。

 もう一度見る。

 

 水草の間にいる、小さなシズクモ。

 その身体は、通常個体とは明らかに違う色をしていた。

 

 は!?色違いシズクモ!?

 いやいやいやいや!!

 おかしいだろ!!

 つい数日前、色違いフェローチェを保護したばかりだぞ!?

 

 なのに、今度は色違いシズクモ!?

 

 何!?

 今世の俺、色違い遭遇率に上方修正でも入ってる!?

 運営さん!?確率設定、本当に大丈夫ですか!?

 

 1/4096じゃないんですか?!

 それとも、転生特典で色違い補正でも付いてる!?

 

 ……いや待て、落ち着け俺。

 ここで叫んだら、逃げられるかもしれない。

 

 相手はシズクモ。

 まだこちらに気づいていない。

 

 ここは慎重に――

 

「……うおっ」

 

「リンちゃん?」

 

「……い、いや、なんでもない!」

 

 危ない。

 もう少しで発狂するところだった。

 

 前世から染みついた色違い廃人の習性、恐るべし。

 

 ♦

 

「……シズ?」

 

 そのとき。

 

 水草の間にいたシズクモが、こちらを向いた。

 

 …………。

 

 目が合った。

 

 ……おっと。まずい。

 

 逃げられるか?

 

 しかし。

 

「……シズ?」

 

 シズクモは、首を傾げた。

 

 そして。

 

 てちてち。

 

 こちらへ歩いてくる。

 

 ……え?

 

 逃げないの?

 

「……こんにちは?」

 

「シズッ!」

 

 ……おお、返事した。

 

 しかも元気。

 なんだこの子、かわいい。

 めちゃくちゃかわいい。

 

「ムーちゃん! シズクモだよ!」

 

「グソ?」

 

 ムーちゃんが顔を近づける。

 普通の小さなポケモンなら、巨大なグソクムシャを見て驚くかもしれない。

 

 だが。

 

「シズ!」

 

 シズクモは、何のためらいもなく近づいてきた。

 そして、ムーちゃんの前脚へぷにっと、触った。

 

「……グソ?」

 

 ムーちゃんも困惑。

 

 シズクモはそんなことなどお構いなしに、水泡をぷるぷると揺らしている。

 

 なにこの平和空間。

 かわいすぎん?

 

 あまりの尊さに、俺の脳内で何かが爆発した。

 

 これが……てぇてぇ……?

 

「……シズッ!」

 

 シズクモは、今度は俺の足元へやってきた。

 

 そして、小さな脚で靴をつつく。

 

「……ん?」

 

「シズ!」

 

「……あそびたいの?」

 

「シズッ!」

 

 駄目だ。

 

 この子、かわいい。

 もう無理。

 

 俺の中の何かが、完全に陥落した。

 

 即落ち二コマって、こういうことか。

 

 ♦

 

 それからしばらく、俺たちはシズクモと遊んでいた。

 

 水辺に小石を並べると、シズクモが一つずつ水の中へ運んでいく。

 ムーちゃんが前脚を伸ばすと、そこへちょこんと乗る。

 俺が手を差し出せば、水泡を揺らしながら近づいてくる。

 

 ……うむ。

 実に素晴らしい。

 

 フェローチェとのコミュニケーション難易度が最高ランクだとすれば、こちらは完全に初心者向け。

 

 チュートリアルで仲間になるタイプのポケモンである。

 同じポケモンという生き物なのに、どうしてここまで違うんだ?

 個体差ってレベルじゃねぇぞ!

 

「ふふっ。ずいぶん懐かれたねぇ」

 

 おばあちゃんが、楽しそうに笑っている。

 

「うん!」

 

「ムーちゃんとも仲良しみたいだし」

 

「グソッ!」

 

「シズッ!」

 

 ……おお。息ぴったり。

 

 これは、将来有望なコンビである。

 

 そんなことを考えていた、そのときだった。

 

 ――ざばっ!

 

「……ん?」

 

 少し上流のほうから、水音が聞こえた。

 

 振り返る。

 

 流れてきたのは、一本の木の枝。

 ただし、普通の枝ではなかった。

 

「……ユキッ!?」

 

 小さなユキハミが、枝に引っかかっていたのである。

 

 …………。

 

 ……え?

 

 おいおい。何してんの、あの子!?

 

 どうやら、雪の上を歩いている途中で滑り落ちたらしい。

 枝にしがみついているものの、水の流れに押されている。

 しかも、少し先には流れの速い場所がある。

 

 ……まずい。

 

「おばあちゃん!」

 

「……あら、大変!」

 

 おばあちゃんも、すぐに異変へ気づいた。

 

 だが、ここは雪原の水辺。

 不用意に入れば危険だ。

 

「リンちゃん、近づいちゃ駄目だよ!」

 

「うん!」

 

 俺は素直に頷いた。

 

 ……さて、どうする。

 

 ムーちゃんを使えば、枝を引き寄せられるかもしれない。

 

 ただし、力加減には注意が必要だ。

 

 あの巨体で勢いよく動いたら、ユキハミまで巻き込んでしまう可能性がある。

 

 ……むむむ。

 

 どうしたものか。

 

 そのときだった。

 

「シズッ!」

 

 足元にいたシズクモが、水辺へ駆け出した。

 

「……あっ!」

 

 シズクモは迷うことなく水へ飛び込む。

 

 そして、小さな身体を器用に動かしながら、枝へ近づいていった。

 

 ……速い!

 

 いや、フェローチェほどじゃないけど!

 

 水中での動きが、めちゃくちゃ上手い!

 

「シズッ!」

 

 シズクモは枝にしがみついたユキハミの横へ回り込んだ。

 

 そして、頭の水泡を使い、ユキハミの身体をそっと支える。

 

 水泡が、ふわりと広がった。

 

「……ユキ?」

 

 ユキハミの身体が、水面に浮かぶ。

 

 ……おお、なるほど!

 

 水泡で浮力を確保したのか!

 

「ムーちゃん!」

 

「グソッ!」

 

「あのえだ、おさえて!」

 

 ムーちゃんが水辺へ身を乗り出す。

 そして、大きな前脚をゆっくり伸ばした。

 

 ……よし、焦らなくていい。

 

 力を入れすぎず、慎重に。

 

「……そうそう!」

 

「グソッ!」

 

 ムーちゃんが枝を押さえる。

 

 その間に、シズクモがユキハミを岸へ誘導した。

 

 俺はおばあちゃんと一緒に、少し離れた安全な場所から見守る。

 

 やがて。

 

「……ユキッ!」

 

 ユキハミが、無事に岸へたどり着いた。

 

「やったぁ!」

 

 思わず声が出た。

 

 ユキハミは、しばらく身体を震わせていたが、やがて元気を取り戻したようだった。

 

 そして。

 

「ユキッ!」

 

 シズクモとムーちゃんに向かって、小さく鳴く。

 

 お礼を言っているのだろうか。

 

「シズッ!」

 

「グソッ!」

 

 ……実に素晴らしい。

 なんという連携。

 

 初対面のポケモン同士とは思えない。

 俺、ちょっと感動してしまった。

 

「シズクモ! ありがと!」

 

「シズッ!」

 

 シズクモが、水泡を揺らして返事をする。

 

 ……ああ。

 

 この子、本当に優しいんだな。

 

 ♦

 

 ユキハミが無事に雪原へ戻ったあと。

 俺たちは、そろそろ帰ることにした。

 

 おばあちゃんも、ほっとした様子で荷物をまとめている。

 

「リンちゃん、いいものが見られたねぇ」

 

「うん!」

 

「シズクモも、ムーちゃんも、よく頑張ったね」

 

「グソッ!」

 

「シズ!」

 

 ……うむ。

 今日の散歩、大成功である。

 

 フェローチェのことばかり考えていた気持ちも、少しだけ軽くなった。

 やっぱり、ポケモンと触れ合う時間は大切だな。

 

 ……さて、そろそろ帰るか。

 

「シズクモ! またね!」

 

「シズッ!」

 

 俺は手を振った。

 

 シズクモも、元気よく返事をする。

 

 そして、俺たちは歩き始めた。

 

 ……てちてち。

 

 ……ん?

 

 てちてち。

 

 てちてち。

 

 …………。

 

 あれ?

 

 俺は振り返った。

 

 そこには。

 

「シズ!」

 

 先ほどのシズクモがいた。

 

 ……ん?

 

「……シズクモ?」

 

「シズッ!」

 

「おうち、あっちだよ?」

 

 俺は水辺を指差した。

 

 しかし、シズクモは動かない。

 むしろ、俺の足元へ近づいてくる。

 

 ……おや?

 

 これはまさか?

 

「……いっしょに、きたいの?」

 

「シズッ!!」

 

 今日はシズクモで優勝していくわよ(大〇丸)

 

 かわいい、まぢ無理、尊い。

 

 何この子!?

 こんなに懐いてくれることある!?

 フェローチェとの温度差で風邪引くんですが!?

 いや、ここはカンムリ雪原だから、普通に風邪引く可能性あるけど!

 

 俺は思わず、おばあちゃんを見た。

 

「おばあちゃん!」

 

「ふふっ。どうやら、一緒に行きたいみたいだねぇ」

 

「……いいかな?」

 

 おばあちゃんは少し考えた。

 

「リンちゃん。新しいポケモンを迎えるなら、ちゃんと面倒を見るんだよ?」

 

「うん!」

 

「ご飯も、お世話も、全部必要になるからね」

 

「わかってる!」

 

「それに、パパとママにも相談しないとねぇ」

 

「……うん」

 

 ……そうだった。

 ママンとの約束がある。

 

 新しいポケモンを迎えるときは、必ず相談すること。

 ここは重要である。

 

 ……というわけで。

 おばあちゃん立ち会いのもと、パパンとママンへ連絡。

 

 事情を説明し、シズクモが自分からついてきていることも伝えた。

 ムーちゃんとの相性もよさそうだ。

 

 そして、何より。

 俺がちゃんと世話をすること。

 

 その約束をして、無事に許可をもらうことができた。

 ……よし!

 

 これで問題なし!

 合法的に色違いポケモンをお迎えできる!!

 

 ……いや、言い方もっと他にあるだろ、俺。

 

 ♦

 

「……さて」

 

 俺は、鞄の中へ手を伸ばした。

 

 ふっふっふ。

 いよいよである。

 

 新しい仲間。

 しかも色違い。

 しかも自分からついてきてくれる。

 

 これ以上ないほど素晴らしい出会いだ。

 

 ……ならば。

 

 最高のボールを用意しなくてはなるまい。

 

「……これだ!」

 

 俺は、小さなケースを取り出した。

 

 その中に入っていたのは。

 

 紫色の上部。

 白と赤の装飾。

 そして、大きく描かれた『M』の文字。

 

 マスターボールである。

 

「……リン?」

 

 おばあちゃんが、首を傾げた。

 

「なに?」

 

「……それ、マスターボールじゃないのかい?」

 

「うん!」

 

 俺は元気よく頷いた。

 

「……本物?」

 

「ほんもの!」

 

「……ヨロイ島で作ったっていう?」

 

「そう!」

 

 おばあちゃん、沈黙。

 

 俺、満面の笑み。

 

 シズクモ、ぷるぷる。

 

 ムーちゃん、きょとん。

 

 ……うむ、実に平和な光景である。

 

「……リンちゃん」

 

「うん?」

 

「……まさか、それを使うつもりなのかい?」

 

「うん!」

 

「……シズクモに?」

 

「うん!」

 

 ……あれ?

 おばあちゃんの表情が、ちょっと変わった。

 

「……もったいなくないかい?」

 

「……なんで?」

 

 今度は俺が首を傾げた。

 

 もったいない?

 何が?

 

 別に俺エリクサー症候群じゃないよ?

 

「……だって、マスターボールなんだよ?」

 

「うん!」

 

「どんなポケモンでも捕まえられる、とても貴重なボールなんだよ?」

 

「うん!」

 

「……もっと強いポケモンに使うものじゃないのかい?」

 

 いやいや、待っておくれよおばあちゃんや。

 確かに言いたいことはわかる。

 わかるんだけど。

 

「……だって、色違いシズクモだよ?」

 

「……そうだねぇ」

 

「しかも、かわいい!」

 

「……うん」

 

「それに、すっごくいいこ!」

 

「……そうだね」

 

「だからマスボ使うんだよ!」

 

「……理屈がわからないよ!?」

 

 ……えぇ。

 

 なんで!?

 こんなにわかりやすい話なのに!?

 

 色違い!

 かわいい!

 ボールの色もぴったり!

 マスターボール!

 

 ……ほら!

 

 完璧な四段論法じゃないか!

 

 ……いや、三段論法だったか?

 

 まあ、細かいことはいい。

 大事なのはロマンなのである!

 

 ♦

 

 もちろん、マスターボールがどれほど貴重なのかは理解している。

 何しろ、ハイドと一緒に作った一品物だ。

 

 特殊な材料を大量に使い、ウッウロボの制御装置まで壊してしまった。

 おそらく、同じものをもう一個作るのは難しいだろう。

 

 しかも、あるところにはあるとはいえ(ブルーベリー学園並みの感想)

 まだ一般流通していない試作品。

 ヨロイ島での確認に加え、今回持参する前にも大人たちに状態を調べてもらっている。

 

 それでも、普通のボールとは違う。

 慎重に扱わなければならない。

 

 ……だがしかし。

 俺は、最初から決めていた。

 

 あのマスターボールは、自分が本当に気に入ったポケモンに使おうと。

 

 伝説のポケモンだから。

 強いから。

 捕獲が難しいから。

 

 そんな理由ではない。

 俺が一緒にいたいと思ったポケモンに使いたい。

 

 そして。

 今、目の前には。

 

「シズッ!」

 

 俺の足元で、水泡をぷるぷると揺らす色違いシズクモ。

 

 ……うん。決まりだな。

 

「おばあちゃん!」

 

「……なんだい?」

 

「おれ、このこがいい!」

 

 俺はシズクモを見つめた。

 

「このこ、すっごくやさしいし!」

 

「……うん」

 

「ムーちゃんともなかよしだし!」

 

「……そうだね」

 

「それに、いっしょにきたいって!」

 

 おばあちゃんは、しばらく俺を見つめていた。

 

 そして。

 

「……ふふっ」

 

 小さく笑った。

 

「そうかい」

 

「……うん!」

 

「だったら、大切にしてあげるんだよ」

 

「もちろん!」

 

 ……よし。

 

 これで完全に決まった。

 俺は、マスターボールを手に取った。

 

 ♦

 

「シズクモ!」

 

「シズ?」

 

「いっしょにいこう!」

 

「シズッ!」

 

 シズクモが、元気よく鳴いた。

 

 ……うむ。いい返事だ。

 

「このボールに、はいってくれる?」

 

「シズ!」

 

 シズクモが、ちょこんと近づいてくる。

 

 俺はマスターボールを軽く掲げた。

 

 ……さて。

 ここは、かっこよく決めたいところである。

 

 なんたって、世界に一つだけの特別なボール。

 

 しかも、色違いシズクモ。

 これ以上ないほどの記念すべき瞬間だ。

 

 ……よし。

 

「シズクモ! ゲットだぜ!」

 

 俺は、そっとボールを投げた。

 紫色のボールが、緩やかな弧を描く。

 

 そして、シズクモへ触れた瞬間。

 白い光が弾けた。

 

 シズクモの身体が光に包まれ、ボールの中へ吸い込まれていく。

 

 ころん。

 

 雪の上へ落ちたマスターボール。

 

 そして。

 

 ――カチッ。

 

「……やった」

 

 俺は、ゆっくりとボールへ近づいた。

 

 拾い上げる。

 

 紫色の表面が、陽の光を反射していた。

 

 ……ああ。

 

 ついに。

 

 ついに。

 

 マスボ入り色違いシズクモ、爆誕!!

 

「うおおおおおおお!!」

 

 俺は思わず叫んだ。

 

「やったぁぁぁぁ!!」

 

「グソッ!」

 

 ムーちゃんも嬉しそうに鳴く。

 

 俺はマスターボールを両手で掲げた。

 

 ……最高。

 マジで最高。

 

 これはもう、家宝にしてもいいレベルである。

 

 いや、家宝というか。

 中にいるのは、生きてるシズクモなんですけどね。

 

 もちろん、大切に育てる。

 当たり前だ。

 

 前世では何度も見た、色違いシズクモ。

 でも、この子は違う。

 

 水辺で出会って。

 一緒に遊んで。

 ユキハミを助けて。

 そして、自分から俺たちについてきてくれた。

 

 そんな特別な出会いをしたポケモンなのだ。

 

 これからよろしくな、シズクモ!

 

 ♦

 

「……リンちゃん」

 

「なに、おばあちゃん?」

 

 俺が大喜びしていると、おばあちゃんが静かに声をかけてきた。

 その表情は、何やら複雑そうだった。

 

「……本当に使っちゃったんだねぇ」

 

「うん!」

 

「……世界に一個しかないんでしょう?」

 

「ん?あるところにはあるよ!」

 

「……そうかい」

 

 …………。

 

 なんだろう。

 微妙に納得していない雰囲気。

 

 いや、仕方ない。

 価値観というものは、人それぞれである。

 

 おばあちゃんは貴重なボールを大切に取っておきたいタイプ。

 俺はお気に入りのポケモンに使いたいタイプ。

 

 どちらが正しいという話ではない。

 

 ……まあ。

 俺としては、大満足なんですけどね!

 

「……ところで、リンちゃん」

 

「うん?」

 

「ママには、どう説明するつもりだい?」

 

 あー……しまった。

 その問題があった。

 

 新しいポケモンを迎えること自体は、ちゃんと許可をもらっている。

 しかしマスターボールを使うとは、一言も言っていない。

 

 ……やっべ。

 ママン……あのマスターボール、大事にしておきなさいって言ってたよな。

 

 しかも、ハイドと一緒に作った特別なボール。

 なくさないようにって、専用ケースまで用意してくれたんだった。

 

 これ、詰んだのでは?

 

「……リンちゃん?」

 

「……はい」

 

「どうするんだい?」

 

「……いまから、かんがえる」

 

 おばあちゃんが、盛大にため息をついた。

 

 ……うん。

 

 完全に自業自得である。

 

 ♦

 

 その日の夕方。

 

 俺は、ハイドに連絡を取った。

 理由はもちろん、マスターボールの使用報告である。

 

『リン! 久しぶり!』

 

「ハイド!」

 

『どうしたの? 何かあった?』

 

「マスボ、つかった!」

 

『……え?』

 

 なんか嫌な予感。

 

『……マスターボール?』

 

「うん!」

 

『……ぼくたちが作った、あの?』

 

「そう!」

 

『……何を捕まえたの?』

 

 聞いて驚け。

 

「色違いシズクモ!」

 

『……えぇ?』

 

「シズクモ!」

 

『……シズクモ?』

 

「うん!」

 

『……伝説のポケモンとかじゃなくて?』

 

「シズクモ!」

 

『……リン』

 

「なに?」

 

『……君って、本当にすごいね』

 

 おっ、褒められた?

 

『ぼくたちが苦労して作ったマスターボールを、迷いなくシズクモに使うなんて……』

 

「だって、かわいいんだもん!」

 

『……ははっ』

 

 ハイドが、笑った。

 

『……まあ、リンらしいね』

 

「えへへ!」

 

『でも、大切にしてあげてよ?』

 

「もちろん!」

 

『その子、きっと幸せだと思うから』

 

 ……ああ。

 

 いいこと言うじゃん、ハイド。

 やはり持つべきものは、優秀な発明仲間である。

 

 俺は、手元のマスターボールを見つめた。

 

 ……うん。

 絶対に、大切にする。

 

 そう決めた。

 

 ♦

 

 そしてその夜。

 

 俺は、おばあちゃんの家のリビングで、ママンと向かい合っていた。

 

 ……あれ?なんで正座してるんだろう、俺。

 別に悪いことはしてないよね?

 

 ちゃんと許可も取ったし。

 新しいポケモンを迎えただけだし。

 

 ……ただボールの種類が、少々特殊だっただけで。

 

「……リン」

 

「はい」

 

「……シズクモを捕まえたのね?」

 

「はい!」

 

「……色違いの?」

 

「はい!」

 

「……それで?」

 

 今回の核心部分である。

 

「……どのボールを使ったの?」

 

 俺は、ゆっくりとマスターボールを取り出した。

 

 紫色のボール、大きな『M』の文字。

 

 ママン、沈黙。

 パパン、沈黙。

 おばあちゃん、苦笑。

 

 ムーちゃん、そっと後退。

 

 おい、ムーちゃん。

 君だけ逃げるな。

 せめて一緒に怒られてくれ。

 

「……リン」

 

「……はい」

 

「……どうして、これを使ったの?」

 

 ……ふむ。

 どうして、か。

 

 そんなもの決まっている。

 

「……いちばん、きにいったから!」

 

 俺は、にっこり笑った。

 

「シズクモ、すっごくかわいいんだよ!」

 

 ママンは、しばらく俺を見つめていた。

 

 そして。

 

「……はぁぁぁ」

 

 深いため息。

 

 ……これは、怒られるやつだ。

 

 そう思ったのだが。

 

「……もう」

 

 ママンは、少しだけ笑った。

 

「本当に、あなたらしいわね」

 

「……え?」

 

「でも、その子のことは、ちゃんと大切にするのよ?」

 

「……うん!」

 

「それから、貴重なものを使うときは、先に相談しなさい!」

 

「はい!」

 

 ……ふぅ、なんとか許された。

 危ない危ない、あと一歩で説教コースだった。

 

 ……いや、すでに結構説教されている気もするけど。

 

 まあいいか!

 

 ♦

 

 その日の夜。

 

 俺の隣には、二匹のポケモンがいた。

 

 我が愛しの相棒、色違いグソクムシャのムーちゃん。

 そして、新しく仲間になった色違いシズクモ。

 

「ムーちゃん、シズクモ! これからよろしくね!」

 

「グソッ!」

 

「シズッ!」

 

 ……うむ。

 

 いい返事だ。

 

 ムーちゃんが前脚を差し出すと、シズクモがちょこんと乗る。

 そのまま、二匹で仲良くしている。

 

 ……あ~かわええ~。

 てぇてぇ。

 もう言葉が出ない。

 

 でも。

 ふと、廊下の向こうへ視線を向けた。

 

 そこには、フェローチェのために用意された部屋がある。

 

 あの子は、まだ俺たちと一緒に過ごそうとはしない。

 今日も、ほとんど顔を合わせてくれなかった。

 

 同じ日に出会ったわけではない。

 同じように捕まえたわけでもない。

 

 それぞれ、性格も違う。

 

 ……そうだよな。

 

 ムーちゃんにも、ムーちゃんの時間があった。

 シズクモには、シズクモの時間がある。

 そして、フェローチェにも、あの子なりの時間が必要なのだろう。

 

「……ムーちゃん」

 

「グソ?」

 

「……シズクモ」

 

「シズ?」

 

「いつか、フェローチェともなかよくなれたらいいな」

 

 ムーちゃんは、静かに頷いた。

 

 シズクモは、不思議そうに首を傾げる。

 

 ……うん。

 焦らず、ゆっくり。

 それでいい。

 

 俺は、二匹の頭を優しく撫でた。

 

 ……さて。

 これで、色違いむし統一パーティーは三匹。

 

 グソクムシャ。

 フェローチェ。

 シズクモ。

 

 全員色違いとか、冷静に考えてヤバくない?

 

 しかも、一匹はウルトラビースト。

 一匹はマスターボール入り。

 

 ……なんというか、六歳児の手持ちとしては情報量が多すぎる。

 

 ……まあ、いいか!

 

 残りはあと三匹。

 ここからどんな仲間と出会えるのか。

 今から楽しみで仕方ない。

 

 ……しかし。

 

 次に色違いを見つけたら、またママンに怒られるのだろうか。

 

 色違い厳選より、ママンの説得のほうが難易度高くない?

 

 誰か、母親攻略Wikiとか作ってくれません?




こんばんは。

今日はここまでとなります。
連続投稿となりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。

まだ書き溜めはありますので、明日からの分はご安心ください。

感想、評価、お気に入り、お待ちしております。
今後ともよろしくお願いいたします。

※UAが1万を爆速で超えて震えております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。