我が家には現在、三匹のポケモンがいる。
一匹目。
色違いグソクムシャ、ムーちゃん。
見た目は歴戦の武士。中身は甘えん坊。
二匹目。
色違いシズクモ、しずく。
小さくて可愛くて、好奇心旺盛なマイペース娘。
そして三匹目。
色違いフェローチェ、フェリヤ。
圧倒的美貌。
圧倒的素早さ。
圧倒的潔癖。
ついでに、俺への好感度は絶賛測定不能。
……いやぁ。
パーティーの統一感、タイプ以外に存在しなくない?
全員むしタイプ。
全員色違い。
共通点、以上。
性格?
バラバラです。
生活習慣?
バラバラです。
コミュニケーション?
一匹だけ未実装です。
これもう、共同生活という名の異種族交流会だろ。
しかも主催者は六歳児。
責任者を出せ!……俺だったわ。
♦
「ムーちゃん! しずく! あさごはん!」
「グソッ!」
「シズッ!」
朝。
俺が声をかけると、ムーちゃんとしずくが揃ってやってきた。
正確には、ムーちゃんの大きな前脚にしずくが乗っている。
……最近、これが標準装備になっている。
グソクムシャ専用シズクモ輸送サービス。
料金無料。
安全運転。
乗り心地抜群。
しかも運転手がやたらと優しい。
サービス精神の塊である。
「しずく、おりられる?」
「シズッ!」
しずくが前脚から飛び降りようとする。
しかし、ムーちゃんが慌てて身体を低くした。
「グソッ!」
「シズ?」
……あ。なるほど。
高いところから飛び降りたら危ないってことね。
ムーちゃん、完全にお姉ちゃんじゃん。
俺は思わず頬を緩めた。
「ムーちゃん、やさしいねぇ」
「グソォッ!」
褒められたムーちゃんが、嬉しそうに俺へ抱きついてきた。
「ぐえっ!」
お姉ちゃん、俺への配慮もお願いします。
体重差を考えよう。
六歳児の耐久種族値、そんなに高くないんですよ。
♦
食事の時間にも、二匹の仲のよさは発揮される。
「シズッ!」
「グソ?」
しずくが、ムーちゃんのお皿を覗き込んでいる。
どうやら、そちらのきのみが気になるらしい。
するとムーちゃんは、自分の分から一つ選び、しずくのお皿へそっと転がした。
「シズッ!」
「グソッ!」
尊すぎる。
こんなの毎朝見せられたら、俺の情緒が保たない。
「ママン! みて! ムーちゃんが!」
「はいはい。しずくちゃんに分けてあげたのね」
「おねえちゃんしてる!」
「ふふっ。本当に優しい子ね」
ママンも笑っている。
……ああ、平和だ。
やっぱりポケモンとの暮らしって最高だな。
なお、この幸せな朝食風景には、一匹だけ参加していないポケモンがいる。
「……フェリヤ?」
少し離れた部屋の入り口。
そこに、フェリヤが立っていた。
相変わらず美しい。
そして相変わらず、こちらへ近づこうとしない。
「フェリヤも、ごはんたべる?」
「…………」
無言。
「きのみ、あるよ?」
「…………」
視線だけが、俺の手元へ向けられる。
……おっ。
食べたいのか?
「もっていこうか?」
俺が立ち上がると。
すっ。
フェリヤが一歩下がった。
……はい、拒否られました。
まだ近づくなということですね。
了解であります。
「……じゃあ、いつものところにおいとくね」
俺はフェリヤ専用のお皿にきのみを盛り、部屋の前の決められた場所へ置いた。
そのまま離れる。
フェリヤは、こちらが十分に距離を取ったことを確認してから、静かにお皿へ近づいていった。
これでいい。
少なくとも、ちゃんと食べてくれるようにはなった。
それだけでも、雪原にいた頃と比べれば大きな進歩だ。
……とはいえ。
同じ屋根の下で暮らしているのに、食事の受け渡しが非接触配送方式なんですが?
俺、宅配業者だったっけ。
♦
午後。
俺は庭で、ムーちゃんとしずくの遊び相手をしていた。
「しずく、こっち!」
「シズッ!」
小さな水桶を用意すると、しずくが勢いよく飛び込んだ。
ぱしゃん!
水泡がぷるぷる揺れる。
「シズー!」
「おお! たのしそう!」
しずくは水の中を泳ぎ回り、時折こちらへ顔を出した。
ムーちゃんは桶の隣にしゃがみ込み、その様子をじっと見守っている。
……完全に監視員である。
しずくが桶の縁へ登ろうとすれば、前脚を差し出す。
少し離れた場所へ歩こうとすれば、危なくないか確認するようについていく。
お姉ちゃん、働き者すぎる。
「ムーちゃん、そんなにしんぱいしなくてもだいじょうぶだよ?」
「グソ……」
……あ、ちょっと不安そう。
そうだよな。
ムーちゃんは元々、怖がりな子だ。
大切なしずくに何かあったらと思うと、心配なのだろう。
でも。
「しずくも、じぶんでできることあるからね!」
「……グソ?」
「こまったときに、たすけてあげよ!」
ムーちゃんが少し考え、頷いた。
「グソッ!」
……うん、そうそう。
守ることと、何もかも代わりにしてあげることは違うからな。
……ん?なんか俺、ちょっと保護者っぽくない?
六歳児なのに。
前世の精神年齢も合わせたら大人だけど。
……いや、考えるのやめよう。
ややこしくなる。
♦
「……フェリヤ!」
俺は、少し離れた窓際にいるフェリヤへ声をかけた。
「いっしょにあそばない?」
フェリヤは庭を一瞥した。
桶の中ではしゃぐしずく。
それを見守るムーちゃん。
そして、満面の笑みで手を振る俺。
……どうだ?
楽しそうだろう?
参加したくなってきただろう?
「…………」
フェリヤは、静かに顔を背けた。
……あっはぁ~い。
解散、勧誘失敗です。
俺は、その場にしゃがみ込んだ。
「……おれ、なにかきらわれることした?」
「シズ?」
しずくが首を傾げる。
「グソ?」
ムーちゃんも首を傾げる。
誰も答えを知らない件について。
いや、まあ。
嫌われていると決まったわけじゃない。
まだ信用されていないだけかもしれない。
でも、ここまで徹底して距離を取られると、さすがに気になる。
元世界一位の俺が、ポケモン一匹の気持ちすら読めない。
……バトルなら得意なのになぁ。
相手の行動を読むのも。
勝ち筋を探すのも。
積み重ねてきた経験には自信がある。
だけど、フェリヤとの間に必要なのは、勝つことじゃない。
……難しいな、これ。
♦
そんなある日のこと。
俺は、ちょっとした発見をした。
フェリヤの食事が終わったあと、部屋へ食器を取りに行ったときである。
「……あれ?」
お皿がない。
いや、正確にはいつもの場所に、ない。
慌てて周囲を探す。
すると。
「あっ!」
棚の端に、使い終わった食器が綺麗に並べられていた。
大きさごとに分けられ、向きまで揃っている。
水の器も、きちんと隣に置かれていた。
……何これ。
ホテルの朝食会場?
「……フェリヤが、やったの?」
少し離れた場所にいたフェリヤへ尋ねる。
返事はない。
しかし、こちらをちらりと見た。
……ふむ。
少なくとも、否定する様子はない。
それに、ママンもイエッサンも、まだ片づけには来ていない。
つまりフェリヤが自分で並べた可能性が高い。
……おお、なるほど。
潔癖なだけじゃない。
整理整頓も好きなのか。
前世の知識では、フェローチェが汚れを嫌うことは知っていた。
でも、この子が食器の向きまで揃えるなんて知らなかった。
……いや、攻略サイトにそんな情報、載ってるわけないんだけど。
俺は並んだ食器を見つめた。
……こういう発見を、一つずつ増やしていけばいいのかな。
「……フェリヤ、ありがと!」
声をかける。
フェリヤは、何も言わなかった。
ただ、俺が食器を持ち上げる様子をじっと見ていた。
……ん?なんだろう。
何か気になる?
俺は食器を持ち直し、台所へ向かった。
そのとき。
フェリヤの視線が、俺の指先へ移った気がした。
……指?
……あ。さっき、しずくと遊んでたから、少し濡れてるかも。
もしかして、それ?
衛生管理チェック、常時発動型なんですかね!?
♦
翌朝。
俺は、一つの決意を胸に掃除道具を手に取った。
……そう。
フェリヤのために、もっと綺麗な環境を作るのである。
床を拭き。
机を拭き。
棚の埃を取り。
最後に、窓際までしっかり掃除。
……完璧。
これはもう満点でしょう。
「ママン! おそうじおわった!」
「あら、ありがとう。よくできたわね」
よし!ママンからも高評価!
これならフェリヤも、きっと満足してくれるはず。
「フェリヤ! みてみて!」
俺は、綺麗になった部屋を指差した。
「ぴかぴか!」
フェリヤが、ゆっくりと室内へ入ってきた。
床を見る。
棚を見る。
窓を見る。
……おっ。
確認してくれている。
どうだ?
どうなんだ?
フェリヤ先生!
今回の出来栄えは!
フェリヤが、窓際へ近づいた。
そして。
棚の上に置いてあった布を手に取る。
すっ。
きゅっ。
きゅっ。
あれ、拭いてる?
俺がさっき掃除した場所を?
フェリヤは、何も言わずに棚を拭き直した。
続いて窓枠。
さらに机の端。
最後に、俺が見落としていた小さな埃を取り除く。
追試、開始されました。
「……フェリヤ?」
「…………」
「……おれのそうじ、あかてん?」
無言。
フェリヤは淡々と作業を続ける。
……いや、待って。
そんなに駄目だった?
ママンからは褒められたんだけど?
フェリヤ先生、採点厳しすぎません?
「……もしかして」
俺は、思わず呟いた。
「衛生観念に努力値252振りですか?」
フェリヤは、ちらりと俺を見た。
そして、再び机を拭き始めた。
回答なし。
でも、なんとなくわかった。
フェリヤの清潔基準。
俺の想像より、はるかに高い。
これ、掃除検定一級でも足りないのでは?
♦
結局、その日の掃除はフェリヤの手によって仕上げられた。
俺は、その様子を少し離れた場所から眺めていた。
相変わらず、フェリヤは俺に近づかない。
名前を呼んでも、ほとんど反応しない。
一緒に遊んでくれるわけでもない。
……でも。
今日、少しだけ新しいことを知った。
フェリヤは、食器を綺麗に並べる。
埃を見つけるのが得意。
そして、掃除については一切妥協しない。
……うん。
昨日よりは、ほんの少しだけ詳しくなれた気がする。
「……フェリヤ」
俺は、小さく笑った。
「また、おそうじおしえてね」
返事はなかった。
フェリヤは、使い終わった布を綺麗に畳み、元の場所へ戻した。
……ああ、そうか。
仲良くなるって、何も一緒にバトルすることだけじゃないんだ。
同じ家で暮らして。
相手の好きなものを知って。
苦手なことを知って。
少しずつ、距離を縮めていく。
……そういうことなんだろう。
そのとき。
「シズッ!」
「グソッ!」
廊下から、ムーちゃんとしずくが顔を出した。
しずくは今日も、ムーちゃんの前脚に乗っている。
……平和だなぁ。
俺は二匹へ手を振った。
「ムーちゃん! しずく!」
そして、フェリヤを見る。
……いつか。
フェリヤも、この輪の中に入ってくれたらいいな。
そう思った。
……なお、その直後。
「シズッ!」
しずくが勢いよく俺の部屋へ飛び込んできた。
ぷるんっ。
水泡から、小さな水滴が飛ぶ。
ぽたっ。
綺麗になった床に、一滴。
フェリヤが、ゆっくりと振り返った。
……あ、これはまずいっす。
「……しずく?」
「シズ?」
「……にげろ」
第二回・大掃除、開幕。
ちなみに俺も、しっかり参加させられました。
……なんでや。