chapter:1 色廃人、ガラルに生まれる。
俺がこのポケモン世界に爆誕してから、三年が経った。
三年である。
石の上にも三年という言葉があるが、赤ん坊の中に三十数年分の記憶を詰め込まれていた俺にとって、この三年間はまさしく修行だった。
何が修行かって?
まず首が据わらない。
寝返りが打てない。
ハイハイすらできない。
ついでに、目の前にポケモンがいてもまともに追いかけられない。
おいおい、どうなってんだこの身体。
前世ではポケモンの対戦環境にどっぷり浸かり、シーズン最終一位まで登り詰めた男だぞ?
そんな俺が生まれ変わって最初に挑んだ高難度コンテンツが、まさかの寝返り。
しかも普通に苦戦した。
いや、赤ん坊の身体ってマジで不便なんですよ。
頭では動かし方がわかっているのに、筋肉がついてこない。指一本まともに動かせない頃なんて、何度絶望したことか。
だがしかし!
人間とは成長する生き物である。
今ではどうだ。
歩けるし、走れるし、喋れる。
なんなら自分でスプーンを持ってご飯も食べられる。
なんと素晴らしい。
これぞ文明開化である。
俺はついに、人間として最低限の操作方法を習得したのだ!
「リンー? なに一人で笑ってるの?」
「なんでもないよ、ママン!」
「……また変なこと考えてるでしょ」
失礼な……。
俺は自分自身の成長に感動していただけだというのに。
ちなみに、俺の名前はリン。
前世とは違う名前だが、なかなか気に入っている。
そして、今俺に話しかけてきたのが、この世界での母親――通称ママンである。
もちろん実際に「ママン」と呼んでいる。
最初はちょっと変な顔をされたが、今ではすっかり定着した。
いいじゃないか、ママン。
可愛いだろう?
なお、父親はパパンである。
こちらも当然のように定着した。
小生、三歳児にして家庭内の呼称を完全掌握。
ふははは!実に順調な滑り出しと言えよう!
……まあ、未だに一人で遠出する許可は下りないんですけどね。
解せぬ。
♦
さて。
三年間もこの世界で暮らしていれば、さすがに色々なことがわかってくる。
まず、ここがポケモンの世界であること。
これは生まれた直後、病院でタブンネを見た時点で確信した。
あの感動は今でも忘れられない。
そして、もう一つ。
俺が生まれた場所についてだ。
結論から言おう。
ガラル地方、バウタウン。
…………。
いやっほぉぉぉぉぉぉい!!
ガラル!!
ガラル地方ですよ奥さん!!
ダイマックス! ジムチャレンジ! ワイルドエリア!
そして何より、あのガラル地方である!
前世で『ソード・シールド』を遊んだとき、何度この地方を走り回ったことか。
もうね、感無量。
しかも生まれた街がバウタウンときた。
海沿いに広がる港町。
青い海。
潮の香り。
港に停泊する船。
その上を悠々と飛んでいくキャモメ。
そして、遠くに見えるバウスタジアム!
うっひょぉぉぉ!
実物だぁぁぁ!
「リン、あんまり走ったら転ぶわよー!」
「だいじょうぶ!」
「この前もそう言って転んだでしょ!」
「それはそれ! これはこれ!」
「どこでそんな言葉覚えてきたのよ!」
ママンのツッコミを背中に受けながら、俺は港の遊歩道を駆けていく。
もちろん全力疾走だ。
……三歳児なりの。
ぜぇ……はぁ……。
…………おっふ。
スタミナが……スタミナが足りない。
誰だよ人間の種族値設定したやつ。
もうちょっとHとSに振ってくれてもよくない?
「ほら、言わんこっちゃない」
追いついたママンにひょいと抱き上げられる。
「むぅ……」
「むぅ、じゃありません。まだ小さいんだから」
ぐぬぬ。
正論パンチはやめていただきたい。
しかし、ママンに抱っこされながら眺める港も、なかなか悪くない。
魚を運ぶカイリキー。
船着き場で昼寝しているワンパチ。
漁師のおじさんの足元をうろちょろするカムカメ。
少し離れた場所では、ウッウが口いっぱいに何かをくわえている。
……あれ、飲み込んで大丈夫なやつか?
いや、ウッウだしな。
大丈夫じゃなくても飲み込みそうだな、うん。
実にポケモン世界である。
何度見ても飽きない。
ゲーム画面の中では当たり前だった光景が、今では目の前に広がっている。
風の匂いも、海の音も、ポケモンたちの鳴き声も。
全部、本物だ。
……いやぁ。
転生って、最高っすね。
♦
ところで、俺には最近、一つ大きな楽しみができた。
近所に住んでいるお姉さんである。
おっと、勘違いしないでほしい。
別に三歳にして年上のお姉さんに目覚めたわけではない。
……いや、前世の年齢を考えると色々ややこしいことになるので、その辺は深く考えないでいただきたい。
とにかく。
そのお姉さんの名前は、ルリナ。
そう、あのルリナである。
ガラル地方の水タイプ使い。
青い髪が印象的な、バウタウンの有名人。
前世で画面越しに見ていた人物が、ご近所さんとして普通に存在しているのだ。
すごくない?
すごいよね?
俺は初めて会ったとき、危うく叫びそうになった。
いや、ちょっと叫んだ。
「ルリナだぁ!」
「え? 私のこと知ってるの?」
あっ……しまった。
初対面で名前を呼ぶのは不自然だった。
しかし、そこは元世界一位の対戦勢。
咄嗟の判断力なら負けない。
「ゆうめいだから!」
「あはは! そっか、ありがと」
セーフ!!
あっぶねぇ!
人生三年目にして正体バレしかけたわ!
……まあ、正体がバレたところで「前世はポケモンゲームの世界一位でした」とか誰が信じるんだって話なんですけど。
そんなわけで、ルリナとは時々顔を合わせるようになった。
バウスタジアムでの用事を終えた帰りだったり、港を散歩しているときだったり。
顔を合わせると、向こうから声をかけてくれる。
「お、リン。今日も元気そうだね」
「ルリナ姉さん!」
「ふふ。姉さん、か。なんかくすぐったいね」
最初は「ルリナお姉ちゃん」と呼んでいたのだが、なんとなく俺の中で「姉さん」に落ち着いた。
本人も嫌がっていないので問題なし。
「今日は何してたの?」
「ポケモンのかんさつ!」
「へぇ。何を見たの?」
「キャモメと、カムカメと、ウッウ!」
「いっぱい見たね」
「あとね、カムカメはあごのちからがつよくて、いちどかみつくとなかなかはなさないんだよ!」
「……へぇ?」
「ウッウはね、さかなをのみこんで、たまにへんなものまでくわえて――」
「ちょ、ちょっと待って」
ルリナが目を丸くする。
「リン、そんなことまで知ってるの?」
「うん!」
「誰に教えてもらったの?」
…………。
やべっ……またやっちまった。
ママンからも、パパンからも、よく言われる。
お前はどうしてそんなことを知っているんだ、と。
仕方ないじゃん。
前世で三十年以上ポケモンやってたんだぞ。
生態もタイプ相性も、ある程度は頭に入ってるわけで。
だが、三歳児がそのまま説明するわけにはいかない。
俺は少し考えてから、胸を張った。
「ポケモンがすきだから!」
「……ふふっ」
ルリナが笑った。
「そっか。それなら仕方ないね」
なんという理解力、この頃はまだポンコツじゃなかっただろうに……。
おいたわしや姉上……。
じゃなくて、さすがルリナ姉さん。
将来、絶対いいジムリーダーになると思います。
「でもね、リン」
「ん?」
「ポケモンに詳しくても、危ないことはしちゃダメだよ?」
「……うん」
「特に野生のポケモン。見た目が可愛くても、怒らせたら危ないんだから」
頭をぽんぽんと撫でられる。
……はい、正論っすね。
でもですよ?わかってはいるんですよ。
わかっては。
だけどね。
ポケモン世界に生まれ変わった元色違い廃人に、野生ポケモンを見に行くなというのは――
ラーメン屋に入って麺を食うなと言っているようなものなのである。
無理難題が過ぎる。
♦
そして、その日の夕方。
俺は決意した。
野生ポケモンを見に行こう。
いや、だってさ。
ここバウタウンだよ?
街を少し外れれば、野生ポケモンたちが暮らす場所があるんだよ?
見たいじゃん。
当然じゃん。
色違いがいるかもしれないじゃん?
俺は玄関で靴を履き、小さなリュックを背負った。
中身は水筒とお菓子。
完璧だ。
右見て左見て、遠征準備ヨシ!(現場猫並みの指差し確認)
「それじゃ、いってきまーす(小声)!」
そーっと扉を開ける。
よし、誰にも気づかれていない。
ここから先はエデンだ。
待ってろ、野生ポケモンたち!
俺の冒険が今、始ま――
「リン?」
――らなかった。
振り返る。
そこには、にっこり笑うママンがいた。
…………。
あっ……。
これ、ダメなやつだ。
「どこに行くのかな?」
「……おさんぽ?」
「一人で?」
「……ちょっとだけ?」
「へぇ?」
にっこり。
笑顔なのに怖い。
どういうことだってばよ。
「野生のポケモンを見に行こうとしてたんじゃないでしょうね?」
「…………」
沈黙。
人間、不利な状況では沈黙が最善手になることもある。
前世で学んだ知恵だ。
「リン?」
「……はい」
読まれていた。
完敗である。
そして次の瞬間。
ひょいっ。
「わっ!」
「はい、捕まえた!」
ママンに抱き上げられた。
逃走失敗。
捕獲完了。
……。
…………。
ちょっと待って。
俺、野生ポケモンを捕まえに行こうとしたんだよね?
なんで俺が捕まってるの?
逆じゃない?
「一人で外に出ちゃダメって、いつも言ってるでしょ」
「……ごめんなさい」
「よろしい。ポケモンを見に行きたいなら、今度パパと一緒に行きなさい」
「……!」
今、なんと?
パパンと一緒なら、野生ポケモンを見に行っていい?
なんですと!?
「ほんと!?」
「ちゃんと約束を守れるならね」
「まもる! ぜったいまもるってばよ!」
「……そのお返事、昨日も聞いた気がするんだけど」
細かいことを気にしてはいけない。
とにもかくにも。
俺はついに、野生ポケモン観察の許可を取りつけたのであった。
なお、三歳にして初めての単独遠征を試みた結果、母親に即時捕獲された件については、俺の名誉のためにも伏せておこうと思う。
元世界一位、ママンに敗北。
……無念でござる。
今日は書き溜めから何話か投稿します。
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久しぶりに剣盾遊んで楽しかったので、ガラルスタートです。