「ムーちゃん! そっちじゃない!」
「グソォッ!?」
「モス! まだ飛び出さないで!」
「ストライッ!!」
「ルージュ! 花粉は味方にも当たるから!」
「アブリッ!」
助けてください。
俺のパーティーが、開始五分で崩壊しました。
♦
色違いメラルバを迎えてから、数日。
俺の手持ちは、ついに六匹となった。
グソクムシャ。
シズクモ。
アブリボン。
フェローチェ。
ストライク。
メラルバ。
全員が色違いで、全員がむしタイプ。
前世で夢見た構成が、ようやく現実になったのである。
ちなみに、昨日は新入り二匹の命名式も行った。
まず、ストライク。
「きみのなまえは、モス!」
「ストライ?」
「そのきれいなみどりいろに、ぴったりだろ!」
「ストライッ!」
苔を思わせる鮮やかな緑色と、鋭い鎌。
短くて呼びやすい名前がいいと思った。
本人も気に入ってくれたようで、勢いよく鎌を掲げてくれた。
……危ないから、室内で振り回すのはやめようね。
続いて、メラルバ。
「きみは、かえで!」
「メラ?」
「ほら、あきになると、はっぱがあかくなるでしょ?」
小さな身体に宿る温かな炎。
秋の紅葉のような優しい色合い。
いつかウルガモスになったときにも、似合う名前だと思った。
「メラッ!」
かえでは嬉しそうに俺の手へ身体を寄せてきた。
……熱い。
いや、火傷するほどじゃないけど。
この子、天然のカイロなのでは?
冬場に大活躍しそうである。
こうして、六匹全員の名前が決まった。
ムーちゃん、しずく、ルージュ、フェリヤ、モス、かえで。
……うむ、完璧。
あとはチームとしての連携を磨くだけだ。
実際、六匹の顔を眺めているだけでも幸せだった。ムーちゃんはしずくを抱えるのが日課だし、モスは庭の岩へ向かって素振り。かえではその横で一生懸命真似をしている。ルージュは気づけば俺の髪の上にいて、フェリヤは自分で選んだ窓辺に座っている。
うむ。絵面だけなら最高のパーティーだ。
前世で六匹の構築を考えるときは、役割の被りや相性補完ばかり気にしていた。もちろん今も勝つための研究は好きだ。だけど、こうして暮らしていると、数字だけでは説明できないことがいくらでも出てくる。
例えば、しずくがムーちゃんと離れたくないという問題。これ、対戦考察サイトには載ってませんからね?
……まあ、連携の練習を始めれば、その辺も何とかなるだろう。
そう思っていた。
……少なくとも、昨日まではそう思っていた。
♦
「ほっほっほ! 六匹揃った記念に、今日は模擬戦をやってみるかのう!」
マスタード師匠の提案で、道場のバトルコートへやってきた。
相手は道場の先輩。
師匠の見守る中、交代しながら戦う練習である。
もちろん、フェリヤは参加しなくてもいい。
今回の修行では、本人が望まない限りバトルの指示を出さないと決めている。
フェリヤ自身も観戦できる場所を選び、少し離れた日陰に腰を下ろしていた。
だから、実際に戦うのは五匹だ。
……それでも、俺には自信があった。
前世では、六匹の役割を考えて構築を組み、何千回と対戦してきたのだ。
タイプ相性。
交代のタイミング。
技の組み合わせ。
全部頭に入っている。
……よし。
今日こそ、元世界一位の実力を見せてやろう!
「ムーちゃん! まずはお願い!」
「グソッ!」
最初の相手はコジョフー。
ムーちゃんが正面から向かい合う。
……うん。
いい感じ。
ところが。
「シズッ!」
後ろで待機していたしずくが、勢いよく前へ出た。
どうやら、ムーちゃんを応援したいらしい。
「しずく! そこはあぶない!」
「グソッ!?」
ムーちゃんが即座に振り返り、しずくを庇おうとした。
その隙に、コジョフーが踏み込む。
「ムーちゃん! まえ!」
「グソォッ!」
慌てて攻撃を受け止めるムーちゃん。
……危なかった。
いや、待って。
今の、完全に味方の位置取りが原因だよな?
ムーちゃんは悪くない。
しずくも悪気はない。
……じゃあ誰が悪い?
指示した俺ですね。はい。
そもそも、しずくをどこで待機させるか、俺は具体的に伝えていなかった。ムーちゃんがしずくを守ろうとするのは、前から知っていたことなのに。
バトルで一番怖いのは、相手の予想外の行動だと思っていた。まさか、味方の予想外の行動でここまで苦戦するとは。
……いや待て。考えてみれば、これもちゃんと予想できる範囲だったのでは?
世界一位の戦術眼、初手から反省会突入である。
♦
次はモスの出番だった。
「モス! あいてのうごきをよくみて!」
「ストライッ!」
モスは勇ましく鎌を構えた。
その姿は実に頼もしい。
ところが、相手のポケモンが攻撃を仕掛けた瞬間。
「ストライィッ!!」
一直線に突っ込んだ。
「モス! いったんひいて!」
「ストライッ!!」
聞こえていないわけではない。
しかし、目の前の勝負に夢中になっている。
せっかく交代の指示を出そうとしても、もう一撃を狙ってしまうのだ。
……なるほど。
この子、勝負になると熱くなるタイプか。
真っ向勝負が好きなのは知っていた。
だが、チームで戦うなら引くことも覚えてもらわないと困る。
そして、ルージュ。
「ルージュ! ようせいのかぜ!」
「アブリッ!」
風が舞う。
いいぞ。
そのまま――
「アブリッ!」
ぱふっ!
「……ぶえっくしょん!!」
…………。
俺の顔面に花粉が直撃した。
なんで!?
相手は向こう!!
トレーナーはこっち!!
攻撃方向、百八十度間違ってるから!!
しかも本人は楽しそう。
……ルージュさん。
お願いだから、試合中くらい真面目にやっていただけません?
♦
さらに、かえで。
「メラッ!」
小さなメラルバは、相手の攻撃を見るや否や、果敢に前へ出ようとした。
……勇敢。
実に勇敢。
しかし、まだ実戦経験が少ない。
距離の取り方も、相手の技を避けるタイミングも十分には身についていない。
「かえで! いまはむりしないで!」
「メラ……!」
悔しそうにするかえで。
……うん。
気持ちはわかる。
でも、今は少しずつ覚えよう。
そして、しずく。
「しずく! バブルこうせん!」
「シズッ!」
ぷくぷく。
水泡を揺らしながら、小さな泡を飛ばす。
……よし。
ちゃんとできた!
しかし次の瞬間。
「シズ?」
しずくは、地面に落ちた泡を追いかけ始めた。
…………。
……あれ?
試合中ですよ?
「しずく! こっちみて!」
「シズッ!」
元気な返事。
そして、もう一度泡を追いかける。
……。
自由すぎるだろ、このパーティー!!
♦
結局、模擬戦は途中で一度中断となった。
俺はコート脇に座り込み、頭を抱えていた。
「……これ、パーティーこうちくいぜんのもんだいでは?」
前世なら、六匹の役割を組み合わせて戦っていた。
受けるポケモン。
攻めるポケモン。
相手を崩すポケモン。
そうやって戦術を組み立てるのが得意だった。
でも、現実のポケモンは違う。
ムーちゃんは仲間が危なければ、自分の役割を忘れて守ろうとする。
モスは目の前の強敵に夢中になる。
ルージュは楽しいことを優先する。
かえでは勇敢すぎる。
しずくは、自分の興味に素直だ。
……これ、技構成を見直すだけじゃどうにもならないな。
「ほっほっほ! 賑やかなチームじゃのう!」
「師匠、わらいごとじゃないよ……」
「いやいや。なかなか面白かったぞい!」
……面白かったのか。
そりゃよかったですね。
俺は寿命が縮むかと思いましたけど。
「リンちゃん。ちみは、みんなに何をしてほしかったんじゃ?」
「……ちゃんとれんけいしてほしかった」
「ほうほう」
「でも、ぜんぜんうまくいかなくて……」
師匠は笑顔のまま頷いた。
「では、どうすればよくなるか、みんなと一緒に考えることじゃな」
……そうか。
俺が一方的に戦い方を決めるだけでは駄目なのだ。
それぞれの得意なことを知り、無理のない役割を見つける。
……今までフェリヤとの修行で学んできたことと、根っこは同じなのかもしれない。
そこで俺は、模擬戦の動画を見返す代わりに、五匹の様子をもう一度観察した。
しずくには、待機場所を目印で示しておこう。ムーちゃんには、しずくが安全だとわかる配置を作る。モスは一度攻撃したら合図を見る練習。ルージュには、花粉を使っていい場所を決める。かえでには前へ出る前に、俺と視線を合わせる癖をつけてもらう。
……地味だな。
もっとこう、必殺の連携技とかを考えていたんだけど。でも、まず必要なのは派手な作戦より、みんなが安心して動ける約束なのだろう。
「……師匠。明日も、れんしゅうしていい?」
「もちろんじゃ。じゃが、一度に全部直そうとせんことじゃぞ」
「……はい!」
確かに、その通り。六匹とも一日で別のポケモンになるわけじゃない。俺の方だって、一日で完璧なトレーナーにはなれないのだから。
師匠に頼んでその場で短い練習を再開し、まずしずくにコート脇の黄色い目印で待ってもらった。最初の数分だけだったけれど、ムーちゃんは安心して前を向けた。
おおっ。できたじゃん!
……と思ったら、しずくは途中でムーちゃんの方へ駆け寄ってきた。
うん、知ってた。
でも昨日と違うのは、俺が慌てて怒鳴らなかったことだ。いったん中断し、しずくが戻ってくるのを待ってから、もう一度やり直す。
完璧じゃない。それでも、一歩ずつ進めばいい。
♦
その日の夕方。
俺は一人、道場の縁側に座っていた。
庭ではムーちゃんたちが遊んでいる。
モスは木の前で鎌の素振り。
ルージュは花の蜜を集め、かえではその様子を興味深そうに見つめていた。
しずくは、もちろんムーちゃんの前脚の上。
……本当に個性豊かな面々である。
でも俺は、もう一匹のことを考えていた。
フェリヤ。
六匹の中で、唯一バトルに参加しないポケモン。
もしあの子が一緒に戦ってくれたら、戦術の幅は大きく広がる。
圧倒的な素早さ。
高い攻撃性能。
相手を一気に崩せる切り札。
……前世の俺なら、間違いなくそう考える。
だけど。
あの子は、戦いたがっていない。
そして俺は、その理由すらまだ知らない。
「……師匠」
いつの間にか隣に座っていたマスタード師匠へ、俺は声をかけた。
「フェリヤって、いつかたたかってくれるかな」
「ほっほっほ。どうじゃろうなぁ」
「……わかんない?」
「それを決めるのは、あの子じゃからのう」
……うん、そうだよな。
師匠は少しだけ表情を和らげた。
「リンちゃん。一つ聞いてもよいかのう?」
「……なに?」
「あの子が戦わなくても、一緒にいたいと思うかい?」
フェリヤが。
この先もずっと、バトルを拒んだとして。
俺の指示を一度も聞いてくれなかったとして。
それでも、一緒にいたいか。
……そんなの。
「……うん。もちろん」
俺は、迷わず答えた。
「だって、フェリヤは、もうおれのだいじなかぞくだもん」
師匠が、静かに頷く。
「そうかい」
「……たたかってくれたら、うれしいけど」
「うむ」
「でも、たたかわなくても、いっしょにいたい」
それが、今の俺の答えだった。
まだ、完全には理解できていない。
時々、焦ることもある。
それでも。
フェリヤを家族に迎えたことを、後悔したことは一度もなかった。
「ほっほっほ。なら、その気持ちを大事にするんじゃよ」
師匠はそれだけ言って、立ち上がった。
俺は、暮れ始めた空を見上げた。
♦
夕日が、道場の庭を赤く染めていた。
遠くから、波の音が聞こえる。
風が吹くたび、縁側の木が小さく軋んだ。
ムーちゃんたちは夕食の準備を手伝うため、ミツバさんと道場の奥へ行っている。
俺はそのまま、縁側に座っていた。
今日は色々なことがあった。
六匹揃っても、思い描いたようなチームにはならなかった。
けれど、それぞれのことをもっと知りたいと思えた。
今は、それでいい。
そんなことを考えていると、
かすかな足音がした。
顔を上げる。
廊下の向こうから、一匹のポケモンが歩いてきた。
フェリヤだった。
いつものように、美しい身体を静かに運んでいる。
俺は何も言わなかった。
フェリヤが庭へ出るのだと思ったからだ。
けれど、彼女は縁側の途中で足を止めた。
こちらを見た。
そして。
ゆっくりと、俺のほうへ歩いてきた。
胸が、小さく跳ねた。
フェリヤは俺から少し離れた場所に腰を下ろした。
手を伸ばしても届かない距離。
隣と呼ぶには、まだ少し遠い。
けれど、今までとは違った。
俺が呼んだからではない。
何かをお願いしたからでもない。
フェリヤが、自分でここを選んだのだ。
俺は、何も言わなかった。
ただ、夕日を見つめた。
フェリヤも、同じ方向を向いていた。
赤く染まった雲。
ゆっくりと揺れる草木。
遠くで飛ぶ鳥ポケモン。
言葉は、一つも交わさなかった。
それでも、不思議と寂しくなかった。
二年以上、一緒に暮らしてきた。
何度も名前を呼んだ。
何度も拒まれた。
近づこうとして、離れられたこともあった。
だからこそ。
今、この時間が何より嬉しかった。
俺は、フェリヤのほうを見なかった。
視線を向けたら、彼女が気にしてしまうかもしれない。
ただ、同じ夕暮れの中にいた。
しばらくすると、フェリヤが小さく身体を動かした。
立ち去るのかと思った。
けれど、違った。
彼女は長い脚を静かに畳み、少しだけ楽な姿勢になった。
それだけだった。
俺は、そっと息を吐いた。
まだ、フェリヤの気持ちはわからない。
どうして今日、ここへ来たのかも。
何を考えながら、夕日を見ているのかも。
きっと明日になれば、また距離を取られるかもしれない。
それでもいいと思えた。
今日、フェリヤは自分から歩いてきてくれた。
それは、誰かに命じられてできることではなかった。
日が沈み、庭に薄い影が広がる。
俺たちは、どちらからも立ち上がらなかった。
ただ静かに、同じ景色を眺め続けた。
いつか、彼女が俺の隣を心から安心できる場所だと思ってくれる日が来たらいい。
今は、その願いを口にせず、胸の中にしまっておいた。