「リン、見てよ! ついに完成したんだ!」
「……ハイド」
「うん!」
「……これは、まさか」
「そう! ウッウロボの新しい管理システムだよ!」
神はいた。
しかもヨロイ島にいた。
俺は今、猛烈に感動している。
何しろ目の前には、以前よりさらに改良されたウッウロボ。
素材の投入履歴を記録し、過去の生成結果を確認できるようになったらしい。
素晴らしい。
実に素晴らしい。
ぼんぐりを大量投入して、何が出てきたか一つずつメモしていた日々とはおさらばである。
「ハイド! これ、さっそくためしていい!?」
「もちろん! 今日は新しい組み合わせも――」
「二人とも?」
聞き覚えのある声。
そして、背筋に走る謎の緊張感。
振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたミツバさんが立っていた。
「研究を始める前に、何かすることがあったんじゃないかしら?」
「…………」
「…………」
俺とハイドは顔を見合わせた。
「……修行?」
「そうね」
「……研究は?」
「修行が終わってからね」
ウッウロボ、使用制限付きコンテンツだった件。
おかしい。
俺はこの島へ修行に来たはずなのに。
なぜ一番楽しみにしているものが、毎回報酬枠に設定されているのだろうか。
……いや。
修行に来たからか。
ぐうの音も出ない。
♦
ところで皆様。
俺には、前世から得意としていたものがある。
ポケモンバトル。
色違い厳選。
そして、効率化だ。
厳選に必要な時間を計算し、最短手順を組み立て、無駄な操作を削る。
そうして浮いた時間で、さらに厳選する。
……何?
浮いた時間で休めって?
色廃にそんな発想はありません。
そして今。
この能力を使うときが来た。
「……よし!」
俺はノートを開いた。
題して。
『リン式・修行最適化計画』
目的は単純。
修行をきっちり終わらせる。
そして、ウッウロボの研究時間を確保する。
ただし、修行の質は落とさない。
つまり、同じ時間でより多くの成果を得ればいいのだ。
……完璧。
俺、天才では?
さっそく時間割を作成する。
朝五時、起床。
……サイトウちゃんとの早朝練習に慣れた成果である。なお、寝起きの良さは別問題だ。
六時半、掃除。
七時、朝食。
八時、基礎鍛錬。
九時、野外修行。
十時、ぼんぐり採取。
十一時、ポケモンの観察。
十二時、昼食。
十三時――
「……あれ?」
俺は鉛筆を止めた。
野外修行とぼんぐり採取。
これ、同時にできるのでは?
というか、散歩とポケモン観察も一緒にできる。
……ふむ。
これは。
ひょっとして。
大幅な時間短縮が可能なのでは!?
♦
「師匠ぉぉぉ!!」
「ほっほっほ! 朝から元気じゃのう、リンちゃん!」
翌朝。
俺はマスタード師匠のところへ駆け込んだ。
手には、昨夜作った計画表。
自信作である。
「師匠! これみて!」
「ほう? なんじゃなんじゃ?」
「しゅぎょうの、じかんわり!」
師匠が紙を受け取る。
そして、書かれた内容を眺めた。
「……ほうほう」
「このルートなら、さんぽとぼんぐりひろいとしゅぎょうを、どうじにできる!」
俺は地図を指差した。
「しかも、むしポケモンのかんさつもできる!」
「……またぼんぐりかの?」
「いっせきさんちょう!」
「四つあるようじゃが?」
「いっせきしちょう!」
「増えたのう」
しまった。
勢いで盛ってしまった。
「それでのう、リンちゃん」
「なに?」
「この道、往復でどれくらいかかるんじゃ?」
「……さんじゅっぷん!」
「普通に歩けば一時間ほどじゃぞ?」
……あ。
「……はしれば!」
「しずくちゃんは、ついてこられるかの?」
俺はムーちゃんの前脚に乗ったしずくを見た。
「シズ?」
確かにしずくはまだ小さい。
ムーちゃんに乗っていれば移動できるが、それではムーちゃん自身の負担になる。
「……じゃあ、よんじゅっぷん!」
「途中で休憩も必要じゃのう」
「……ごじゅっぷん」
「ポケモンの観察もするんじゃろ?」
「……いちじかん」
あれ?おかしいな。
どこで計算が狂った?
「ほっほっほ! 効率を考えるのはよいことじゃ」
師匠は笑いながら、計画表を返してくれた。
「じゃが、急いで歩いたら、見えるものも見えなくなるぞい」
「……うぅ」
「それに、身体を休めるのも修行のうちじゃよ」
……なるほど。
休憩時間を削れば効率が上がると思っていたけど、そう単純じゃないらしい。
前世のゲームではボタンを押せば回復できた。
しかし、現実の身体にそんな便利機能はない。
……くっ。
現実世界、仕様が細かい。
「それで、師匠」
「なんじゃ?」
「ぼんぐりひろいは、していい?」
「ほっほっほ! 本当に好きじゃのう!」
師匠が大笑いした。
俺の計画表を覗き込んでいたムーちゃんが、しずくを抱えたまま小さく首を傾げている。
ああ、そうか。ムーちゃんにとっては、俺の予定どおりに歩くことより、しずくが安心して移動できることの方が大切なんだよな。フェリヤにも、その日の気分や疲れ具合がある。
全部を同じ時間割にはめ込もうとした時点で、俺の最適化計画は片手落ちだったらしい。
……くっ。効率化にも、相手の都合というパラメータがあるのか。現実のシミュレーション、奥が深すぎる。
「ちみは成長しとるのか、しとらんのか、わからん子じゃなぁ」
失礼な。
俺は成長しております。
身長も伸びたし、ポケモンも六匹になったし。
何より、ぼんぐりを拾う手際なんて以前の倍くらい速いんですよ?
……成長の方向性、これで合ってる?
♦
結局、俺の効率化計画は一部だけ採用された。
午前中はポケモンとの野外修行。
道中でぼんぐりを見つけたら、必要な分だけ採取してもいい。
ただし、フェリヤが同行する場合は、彼女のペースを優先する。
疲れたら休む。
無理に予定を詰め込まない。
……うん。
まあ、妥当だな。
「ムーちゃん! しずく! ルージュ! モス! かえで!」
「グソッ!」
「シズッ!」
「アブリッ!」
「ストライッ!」
「メラッ!」
五匹が揃って返事をした。
そして、少し離れたところにはフェリヤ。
今日は俺たちと一緒に歩くらしい。
……おっ嬉しい。
ただし、本人には何もお願いしない。
師匠との約束である。
フェリヤがどう過ごしたいのかを、もっと知ること。
そこは忘れちゃいけない。
さて、出発だ!
♦
二時間後。
「……つかれた」
「グソ……」
俺は道場の縁側に座り込んでいた。
隣には、同じく疲れた様子のムーちゃん。
その前脚では、しずくが気持ちよさそうにくつろいでいる。
……君だけ元気だな?
ルージュは花畑で遊び回り、モスは野生ポケモンとの軽い練習に夢中。
かえでは途中で転びかけたしずくを助けようとして、逆にムーちゃんに救助されていた。
そしてフェリヤは、最後まで自分の歩く場所を選びながらついてきた。
……うん。
それぞれにとって、いい時間だったと思う。
ただし。
「リン君!」
ミツバさんが顔を出す。
「お昼を食べたら、食器のお片づけをお願いね!」
「……はい」
「それから午後は、道場のお掃除もあるわよ!」
「……はい」
あれ、ウッウロボは?
俺の研究時間、どこいった?
昨日立てた計画では、もう少し余裕があるはずだったんだけど。
……なるほど。
計画に家事を入れ忘れていた。
痛恨のミス。
現実のタスク管理、難易度高くない?
♦
それでも、午後の修行と当番を終えたあと。
ようやく俺は、ハイドの研究室へたどり着いた。
「ハイドぉぉ!」
「リン! お疲れさま!」
「やっと、けんきゅうできる!」
「うん! 今日は新しい記録機能を試そう!」
……ふっふっふ。
待ちに待った研究時間である。
室内には改良されたウッウロボ。
その横には、色ごとに分類されたぼんぐりや、実験用の材料が並んでいた。
以前の研究室より、ずいぶん整っている。
……いや、整っている?
「……ハイド」
「ん?」
「このへん、けっこうちらかってない?」
俺が指差した先には、机の端に積まれた工具。
棚には使い終わった容器。
床の隅には、細かな材料の破片が落ちている。
「えっ? そうかな?」
「……うん」
「どこに何があるか、ぼくは全部わかるよ?」
……出た、片づけられない人間の常套句。
いや、俺も人のこと言えないんだけど。
自分の部屋で何度ママンに怒られたことか。
……しかしフェリヤが来たら、間違いなく嫌がりそうだ。
「……ハイド、まずおそうじしない?」
「えー!? 研究時間が減っちゃうよ!」
「でも、フェリヤが――」
そのときだった。
――カタン。
小さな音がした。
「……ん?」
振り返る。
研究室の入り口に、フェリヤが立っていた。
フェリヤ?
どうしてここに?
「……フェロ」
フェリヤは室内を見回した。
そして。
ぴたりと視線が止まる。
机の上に放置された、汚れた工具。
これは、非常に嫌な予感。
フェリヤは、ゆっくりと机へ近づいた。
俺とハイドが見守る中、工具を一つ手に取る。
そして。
すっ。
布で汚れを拭き取った。
続いて、別の工具。
きゅっ。
さらに、容器の位置を揃え始める。
……えぇ。何してるの?
「……リン」
ハイドが、小声で話しかけてきた。
「……うん」
「あの子、何してるの?」
「……そうじ」
「……え?」
「……そうじしてる」
なんということでしょう。
ウルトラビースト。
UB02 BEAUTY。
異世界からやってきた、圧倒的な素早さを誇るポケモン。
現在。
研究室の整理整頓を担当しております。
いや、何その才能?
戦闘以外の適性が高すぎるんですが?
♦
フェリヤの動きは、実に正確だった。
工具を大きさごとに並べる。
容器の向きを揃える。
汚れた部分を丁寧に拭き取る。
ただし、ウッウロボ本体には触れない。
危険なものと、そうでないものを見分けているのだろうか。
……いや。
勝手にそう決めつけるのはよくないな。
単純に、汚れが気になっただけかもしれない。
何にしてもすごい。
俺とハイドが二人で片づけるより、明らかに手際がいい。
「……フェリヤ」
俺は、思わず名前を呼びかけた。
しかしそこで口を閉じた。
……そうだった。
今は、無理に関わろうとしない修行中。
フェリヤが自分から何かをしているなら、邪魔をしないほうがいい。
俺は、静かにその様子を見守った。
やがて。
「……フェロ」
フェリヤが、最後の工具を机へ置いた。
そして、部屋の中を一度見回す。
完璧。
まるで新品の研究室である。
「……すごい」
ハイドが呟いた。
「……うん」
俺も頷く。
すると、フェリヤがこちらを見た。
ほんの一瞬。
俺とハイドの顔を、順番に眺める。
そして。
何も言わず、研究室を出ていった。
「……ハイド」
「……うん」
「……いまの、みた?」
「見た」
「……フェリヤ、じぶんからきてくれた」
「そうだね」
俺は、綺麗になった机を見つめた。
二年前。フェリヤは、俺が近づくだけで距離を取っていた。
同じ部屋にいることさえ、難しかった。
それが今。
自分から研究室へ来て。
俺たちの目の前で、何かをして。
そして、自分の意思で出ていった。
小さなことかもしれない。
単に汚れが気になっただけなのかもしれない。
それでも俺にとっては、嬉しい出来事だった。
♦
「……ハイド」
「……なに?」
「……フェリヤ、けんきゅうチームにはいってくれた?」
ハイドが、俺を見た。
それから、綺麗になった工具を見つめる。
「……片づけに来ただけじゃない?」
夢を壊さないでくれ!!
いや、わかってるよ!?
俺だって、それくらいわかってる!
でもさ!
ちょっとくらい期待したっていいじゃん!
もしかしたら、研究に興味があるのかもしれないし!
「でもリン」
「……なに?」
「フェリヤのおかげで、研究しやすくなったのは確かだよ」
確かに?
工具は整理され、机も綺麗になった。
これなら、材料の確認も進めやすい。
「……じゃあ、おれたちもがんばろう!」
「うん!」
俺たちは顔を見合わせた。
そして、ウッウロボの前へ向き直る。
……よし。
研究再開だ!
その瞬間。
「リンくーん! ハイドー!」
研究室の外から、ミツバさんの声が響いた。
「お夕飯の時間よー!」
俺は時計を見た。
研究室へ入ってから、すでに結構な時間が経っている。
掃除を見守り、感動し、ハイドと話しているうちに。
気づけば、夕食の時間。
今日の研究成果は?
「……ハイド」
「……うん」
「……ウッウロボ、うごかした?」
「……まだ」
研究時間、掃除だけで消滅しました。
おかしい……こんなはずでは。
完璧な効率化計画を立てたはずなのに。
何なら、昨日より研究できていないんですが?
「ほっほっほ!」
いつの間にか、研究室の入り口にマスタード師匠が立っていた。
「リンちゃん、今日もよい修行になったようじゃのう!」
……師匠。
何を言っているんですか。
俺、ウッウロボを一回も動かしてないんですよ?
すると師匠は、綺麗に整理された机を眺めて笑った。
「じゃが、フェリヤちゃんの新しい一面は見つかったんじゃろ?」
俺は、もう一度机を見た。
フェリヤが自分から研究室へ入ってきたこと。
俺たちがいる場所で、落ち着いて行動していたこと。
そして、何も求められずに、自分の意思で片づけをしたこと。
……うん、確かに。
今日の修行としては、大きな収穫だったのかもしれない。
それに、改めて考えれば、フェリヤは俺たちの研究のために掃除をしたわけじゃない。何が気になってあの部屋へ来たのか、本当のところはわからない。
便利だからといって、明日も片づけを頼むのは違うだろう。研究室を汚した俺たちが、自分で片づければいい話だ。
……ハイド、今度から工具を元の場所へ戻そうな。いや俺もなんだけどね。
「……師匠」
「なんじゃ?」
「……フェリヤのこと、ちょっとしれた!」
「ほっほっほ! それはよかったのう!」
まあ、いいか。
研究は明日でもできる。
でも、今日のフェリヤの行動は、今日しか見られなかったものだから。
……ただし。
俺は一つだけ、師匠に確認しておきたいことがある。
「……師匠」
「うむ?」
「……あしたは、ウッウロボつかってもいい?」
「修行とお手伝いが終わったらのう!」
師匠、そこはもう少し融通利かせてくれません!?
こうして、俺の修行効率化計画は見事に失敗した。
ただ、フェリヤの観察日記には、新しい一行が追加された。
『フェリヤは、ちらかったものを、じぶんからかたづけることがある』
……うん。今日は、これで十分。
なお、ハイドからは翌日。
『掃除専用ウッウロボって作れないかな?』
と相談されました。
……お前、母親に怒られる未来しか見えないぞ。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
よかったら、感想、評価、お気に入りいただけますと嬉しいです。
感想も一つ一つ大切に見させていただいております。
返せるときに全員返していきますので、軽率に感想いただけますと幸いです。