――それから、およそ一年。
俺は四歳になった。
いやぁ、早いものですなぁ。
ついこの間まで寝返りに四苦八苦していたというのに、今では自分で服を着替えられるし、歯も磨けるし、一人でトイレにも行ける。
成長って素晴らしい。
ちなみに最近のマイブームは、ママンとパパンにポケモンクイズを出すことである。
「パパン! もんだいです!」
「お、なんだ?」
「みずタイプに、でんきタイプのわざはこうかばつぐんです。では、ヌオーにはどうでしょう!」
「ええ? ヌオー?」
「せいかいは、こうかがない、でしたー!」
「いや、まだ答えてないんだが?」
「じめんタイプがあるからね!」
「……お前、ほんとにどこで覚えてくるんだ、そういうの」
毎度のことである。
今では両親も、俺がポケモンに妙に詳しいことを半ば諦めている節がある。
そんなある日のこと。
「リン、今日は天気もいいし、少し遠くまで散歩に行くか?」
「いく!!」
食い気味で即答した。
だってパパンとのお出かけだぞ?
つまり、野生ポケモンを見られる可能性があるわけだ。
「行きたい場所はあるか?」
「だいにこうざん!」
「……また随分と渋い場所を選んだな」
ふっ、わかってないなパパン。
第二鉱山といえば、バウタウンとエンジンシティはずれをつなぐ鉱山である。
ゲームでは、カムカメやカメテテ、カラナクシなど、様々なポケモンが出現する場所だ。
そして何よりコソクムシがいる。
そう、むし・みずタイプの、あの臆病なポケモンである。
進化先はグソクムシャ。
特性『ききかいひ』で強制交代してしまう癖の強さはあるものの、高い攻撃と防御、そして何より先制技『であいがしら』のロマン!
俺は前世から、グソクムシャが大好きだった。
あの重厚な甲冑のような見た目。
武士を思わせる佇まい。
そして、名前。
グソクムシャ。
かっこよすぎん?
何回声に出してもかっこいい。
ちなみに俺は、色違いグソクムシャの配色も大好きである。
白い装甲に赤い差し色。
最高、実に素晴らしい。
ぜひとも現物を拝みたい。
まあ、そんな都合よく色違いがいるわけないんですけどね。
うん、さすがの俺もそのくらいは理解している。
……していた。
♦
第二鉱山の入口付近は、思っていた以上に賑やかだった。
岩肌に囲まれた道。
ところどころに溜まった水。
湿った土と、潮の混じったような匂い。
遠くからは、ポケモンの鳴き声が聞こえてくる。
「ほら、リン。あそこにカラナクシがいるぞ」
「ほんとだ!」
パパンが指差した先には、青い身体のカラナクシがいた。
おお。
にしのうみではなく、ひがしのうみの姿ですな。
……あれ?
逆だったっけ。
いや、青はひがしのうみで合っている。
危ない危ない。
前世の知識が曖昧になっている部分もあるのかもしれない。
さすがに転生して四年も経てば、忘れることだってあるだろう。
「リン、あんまり近づくなよ」
「はーい!」
「知らないポケモンには勝手に触るなよ?」
「はーい!」
「あと、勝手に走っていくなよ?」
「はーい!」
「……本当にわかってるか?」
「わかってる!」
信用されていない……なぜだ。
……三歳の頃、勝手に家を出ようとしてママンに捕獲された前科があるからか。
なるほど、納得。これが因果応報か。
そんなことを考えながら、パパンと一緒に鉱山の外側を歩いていた。
道の脇には小さな水路があり、その先は岩場へと続いている。
そこに、何かが動いた。
「……ん?」
灰色の、小さな影。
細長い身体。
何本もある脚。
岩陰からそろそろと顔を出し、周囲を警戒している。
……コソクムシだ。
やっぱりいた!
俺は思わず足を止めた。
小さなコソクムシが、濡れた石の上を歩いている。
どうやら、流れ着いたものを漁っているらしい。
おお……。
生コソクムシ……。
かわいい……。
これが、あのグソクムシャになるんだよなぁ。
感慨深い。
しかし、次の瞬間俺はあることに気づいた。
……ん?
……んん?
ちょっと待て。
コソクムシって、こんな色だったか?
通常のコソクムシは、灰色っぽい装甲に紫がかった身体。
だが、目の前にいる個体は違う。
白っぽい装甲に、鮮やかな赤色の身体。
……。
…………。
………………は?
いやいやいや……すてーいすてーい。
落ち着け俺。
落ち着いて確認しろ。
見間違いという可能性もある。
光の当たり方とか、そういうやつだ。
そうに違いない。
だって、そんな。
そんな都合のいい話が――
コソクムシが、こちらを向いた。
赤い。
どう見ても赤い。
…………。
色違いじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!
「うおおおおおおおおお!!」
「うわっ!? どうしたリン!?」
「いろちがいぃぃぃぃ!!」
やってしまった。
完全にやってしまった。
脳内の冷静な俺が、声を上げるなと警告していた。
わかっていた。
わかっていたとも。
だが無理だった。
だって色違いだぞ!?
それも、よりにもよってコソクムシ!!
俺の大好きなグソクムシャの進化前!!
これを見て叫ぶなというほうが無理だろう!
色違い廃人を舐めてもらっては困る!!
しかし、そんな俺の興奮とは裏腹に。
「コソッ!?」
コソクムシが、びくんと身体を跳ねさせた。
そして。
くるり。
ダダダダダダダダッ!!
「あっ」
逃げた。
全力で逃げた。
すごい速度だった。
なんだあれ。
速すぎるだろ。
あの短い脚のどこにそんな出力があるんだよ。
「待てやごらぁぁぁぁああ!!」
「リン!?」
俺も走った。
当然である。
目の前に色違いコソクムシがいるんだぞ?
逃がしてたまるか!!
「ちょっ、リン! 危ないって!」
「待たんかいぃぃぃいい!」
ダダダダッ!
コソクムシが走る。
たたたたっ!
俺が走る。
…………。
うん。
追いつけるわけがなかった。
当たり前だ、こちらは四歳児。
相手は生粋の逃走特化型ポケモン。
そもそも勝負にならない。
数秒後には、赤い小さな影は岩の隙間へと消えてしまっていた。
「…………」
俺は立ち尽くした。
そして、その場にゆっくりと膝をつく。
……嘘だろ。
逃げられた。
初めて見つけた色違いに。
逃げられた。
前世では何百時間も厳選を繰り返し、色違いを捕まえてきたというのに。
俺の、ポケモン世界初の色違いが。
目の前から消えた。
「……リン?」
パパンが心配そうに近づいてくる。
「どうした? 転んだのか?」
「…………」
「どこか痛いのか?」
「…………こころが」
「心!?」
痛い。
心が痛い。
深刻なダメージである。
「だいじょうぶか!? リン!」
「……パパン」
「お、おう」
「おれ……」
「うん?」
「いろちがいに……にげられた……」
「…………」
パパンは何とも言えない顔をした。
そりゃそうだ。
四歳の息子が、岩場で膝をついて人生の終わりみたいな顔をしているんだから。
しかも原因が、珍しい色のポケモンに逃げられたこと。
我ながら面倒くさい息子である。
「……また来ればいいじゃないか」
パパンが、ぽんと俺の頭に手を置いた。
「え?」
「そのポケモン、ここで暮らしてるんだろ? だったらまた会えるかもしれないぞ」
……なるほど?
たぁしかに?一理どころか千理ある。
ゲームだったらシンボルが消えたら終わりだが、ここは現実。
野生のポケモンには、それぞれ生活がある。
縄張りも、寝床も、餌場も。
だったらまた会える可能性は十分にある。
俺は顔を上げた。
「パパン!」
「なんだ?」
「また、ここにきたい!」
「……ああ。ちゃんと約束を守れるならな」
よし、決まった。
この瞬間、俺の中で新たな目標が生まれた。
色違いコソクムシ、絶対にゲットする。
こうして俺の、人生二度目にして初めての色違い厳選が始まったのである。
……なお、リセット機能は存在しない。
ハードモードにも程があるだろ……。
今日は書き溜めから何話か投稿します。
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