色違いタイプ統一縛りニキのポケ界転生日記   作:霜月ルイ

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chapter:29 マスボ入りシズクモ、ついに進化する。

「しずくー! そろそろ帰るぞー!」

 

「シズー!」

 

 ぽちゃん。

 

 返事だけが聞こえた。

 しかし、本人は水の中から出てこない。

 

 ……おい。

 返事の意味、理解してる?

 

「しずく! もうお昼だって!」

 

「シズッ!」

 

 ぷくぷく。

 駄目だ、完全にくつろいでやがる。

 

「ムーちゃん、お願い!」

 

「グソッ!」

 

 俺の隣にいたムーちゃんが、ゆっくりと水辺へ近づいた。

 そして、大きな前脚を差し出す。

 

 すると。

 

「シズッ!」

 

 先ほどまで一切動かなかったしずくが、ものすごい勢いで水面から飛び出してきた。

 そのまま、ムーちゃんの前脚へ着地。

 

 俺の呼びかけ、二回とも無駄だった件。

 

 いや、いいんですよ?

 仲がいいのは素晴らしいことですから。

 

 ただ、トレーナーとしては少々複雑な気持ちになるわけで。

 

「しずくさぁ……」

 

「シズ?」

 

「たまには自分で歩こうぜ?」

 

「シズッ!」

 

 元気な返事。

 なお、降りる気配はない。

 

 ……うむ、今日も平和である。

 

 ♦

 

 十一歳になった。

 ヨロイ島での二度目の修行を終え、バウタウンへ帰ってきてから約一年。

 

 俺の日常は、以前と比べて随分と変わった。

 一番大きいのは、行動範囲が広がったことだろう。

 

 もう十歳を過ぎているので、近場の修行や野生ポケモンの観察なら、俺一人でも出かけられるようになった。

 

 もちろん、危険な場所へ勝手に入るつもりはない。

 ママンには行き先を伝えるし、帰宅時間も守る。

 

 ……これを破ると、外出許可が消し飛ぶからな。

 

 ポケモンの技より恐ろしい、ママンの説教。

 あれだけは食らいたくない。

 

 最近はパパンにバトルを見てもらったり、ルリナ姉さんと水辺で練習したりすることも増えた。

 

 俺の手持ちも、少しずつ成長している。

 

 ムーちゃんは、頼れる相棒。

 モスは相変わらず強敵との勝負が大好き。

 ルージュは今日も元気にいたずら中。

 かえでは以前より慎重に動けるようになった。

 フェリヤとは、まだ静かな関係が続いている。

 

 けれど最近は、俺の隣で休んでくれることもある。

 

 そして、しずく。

 我がパーティーの最年少……というわけではないが、圧倒的末っ子枠である。

 

 ムーちゃんが大好き。

 水遊びが大好き。

 日向ぼっこも大好き。

 性格は、驚くほどマイペース。

 

 ちなみに。

 この子、まだ進化していません。

 

 ♦

 

 シズクモの進化先は、オニシズクモ。

 むし・みずタイプのまま、大きく成長するポケモンだ。

 

 立派な体格。

 優秀な耐久力。

 そして、特徴的な巨大な水泡。

 

 前世でも愛用していた俺としては、ぜひとも進化した姿を見てみたい。

 ……のだが。

 

 しずくは、なかなか進化しなかった。

 育成が足りないわけではない。

 

 実は、進化に必要な成長段階なんて、とっくに超えている。

 バトルはムーちゃんたちほど多くないものの、ヨロイ島でも十分に経験を積んできた。

 

 以前、一度だけ身体が淡く輝いたこともあった。

 けれど、そのときはすぐに光が消えてしまった。

 

 俺は進化を促さなかった。

 師匠にも相談したが、無理に進化させる必要はないと言われた。

 

 本人が今の姿を気に入っているなら、それでいい。

 

 何より。

 

「シズー♪」

 

「グソッ♪」

 

 この二匹。

 見ているだけで幸せになるんですよね。

 

 ムーちゃんの前脚に収まる、小さなしずく。

 それを大切そうに抱える、大きなグソクムシャ。

 

 ……ああ、今日も世界が美しい。

 

 俺の精神衛生上、この組み合わせは非常に重要なのである。

 

 ♦

 

「リンー!」

 

「あっ、ルリナ姉さん!」

 

 その日の午後。

 俺たちは、バウタウンの外れにある入り江へ来ていた。

 

 ここは潮の流れが穏やかで、野生の水ポケモンも多い。

 ルリナ姉さんとは、この場所で何度か練習している。

 

「今日も元気そうね!」

 

「もちろん!」

 

「ムーちゃんも、相変わらず立派ね」

 

「グソッ!」

 

 ムーちゃんが嬉しそうに胸を張る。

 

 その前脚から、しずくが顔を出した。

 

「シズッ!」

 

「ふふっ。しずくちゃんも一緒なのね」

 

「うん! 今日はしずくも練習するよ!」

 

 そう。今回の目的は、しずくの実戦練習である。

 最近は技の扱いにも慣れてきたので、少しずつ経験を積ませている。

 

 とはいえ、無理は禁物。

 しずくは、まだ身体が小さい。

 

 それに、本人が戦いたがらない日は、水遊びだけして帰ることもある。

 ……まあ水遊びのほうが多い気もするけど。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

「うん!」

 

 ルリナ姉さんが微笑んだ。

 

 ♦

 

 今日の練習は、野生のウデッポウとの模擬戦だった。

 

「ウデッ!」

 

「シズッ!」

 

 水辺で向かい合う二匹。

 

 ウデッポウが、大きなハサミを構える。

 

 しずくは水泡をぷるぷるさせながら、その場で待っていた。

 

「しずく! 相手をよく見て!」

 

「シズッ!」

 

 ウデッポウが水鉄砲を放つ。

 

「右へ!」

 

 しずくが、ひょいっと身体を動かした。

 水流が横を通り過ぎる。

 

 ……よし。

 以前より、ずっと上手い。

 

「今だ! バブルこうせん!」

 

「シズッ!」

 

 小さな泡が連続して飛び出し、ウデッポウの周囲へ広がった。

 

「ウデッ!?」

 

 ウデッポウが慌てて後退する。

 

 ……いいぞ!

 しずくは素早いポケモンではない。

 

 だからこそ、相手の動きを見て、無駄なく立ち回る必要がある。

 

 その点、この子は意外と器用なのだ。

 普段はあんなにのんびりしているのに。

 

「しずく、いい感じ!」

 

「シズー!」

 

 ……おっ、嬉しそう。

 俺まで嬉しくなってしまう。

 

 ところが次の瞬間だった。

 

 ――バシャッ!

 

「……ん?」

 

 少し離れた岩場から、大きな水音が聞こえた。

 

 振り返る。

 そこには、別の野生のウデッポウがいた。

 

 どうやら練習の音に驚いたらしく、ハサミをこちらへ向けている。

 その先には。

 

「メラ?」

 

 ……かえで!?

 

 見学していたかえでが、突然現れたウデッポウを見つめていた。

 

 ウデッポウがハサミを開く。

 水が集まっていく。

 

 ……まずい!

 

「かえで! 離れて!」

 

「メラッ!」

 

 かえでが動く。

 しかし、濡れた岩の上で足を滑らせた。

 

 ――ドンッ!

 

 勢いよく、水流が放たれる。

 

 かえでは、むし・ほのおタイプ。

 水技は大の苦手だ。

 

「ムーちゃん!」

 

「グソッ!」

 

 俺が叫ぶと同時に、ムーちゃんが駆け出した。

 だが、その前に。

 

「シズッ!!」

 

 小さな影が、かえでの前へ飛び込んだ。

 

 ……え、しずく?

 しずくが、頭の水泡を大きく膨らませた。

 そして、水流を正面から受け止める。

 

 ――バシャァッ!!

 

「シズッ!」

 

 小さな身体が、水圧に押される。

 それでも、しずくは退かなかった。

 

 かえでを背に庇い、必死に踏ん張っている。

 

 いつものしずくなら、驚いてムーちゃんの前脚へ戻ってきてもおかしくない。それなのに今は、後ろを振り返ることさえしなかった。

 

 かえでが動けるようになるまで、あの小さな身体で守るつもりなのだろうか。

 

 ……しずく。お前、そんな顔もできるんだな。

 

 ……嘘だろ?あのしずくが。

 いつもムーちゃんの後ろに隠れている、あの子が。

 

「しずく!!」

 

「シズッ!!」

 

 水流が弱まる。

 ムーちゃんが二匹の前へ到着した。

 

「グソォッ!」

 

 大きな身体で壁を作り、ウデッポウを牽制する。

 

 ルリナ姉さんも駆け寄ってきた。

 

「リン! 二匹を下がらせて!」

 

「うん!」

 

 俺はしずくとかえでを呼び戻した。

 

 幸い、大きな怪我はない。

 ウデッポウもこちらに敵意がないとわかったのか、岩陰へ戻っていった。

 

 ……ふぅ、危なかった。

 

 でも。

 

「……しずく」

 

「シズ?」

 

 俺は、目の前の小さなポケモンを見た。

 

 いつもはのんびり屋。

 ムーちゃんが大好きな、甘えん坊。

 

 そんな子が、自分より大きな相手に立ち向かった。

 かえでを守るために。

 

「……すごかったよ」

 

「シズ?」

 

「かえでを守ってくれて、ありがとう」

 

 しずくが、水泡を揺らした。

 そして俺の手に、そっと触れた。

 

 ♦

 

 その瞬間だった。

 

 ――ぱぁっ。

 

「……え?」

 

 しずくの身体が、淡く輝き始めた。

 

 白い光。

 水泡を包み込む、不思議な輝き。

 

 ……これは。

 

「リン!」

 

 ルリナ姉さんが声を上げる。

 

「しずくちゃん、もしかして……!」

 

「……うん!」

 

 間違いない、進化だ。

 

 しずくの身体が、ゆっくりと大きくなっていく。

 小さかった脚が伸びる。

 胴体が変化する。

 そして、頭を包んでいた水泡が、さらに巨大なものへと変わっていった。

 

 ……おお、おおお。

 

 俺は思わず、息を呑んだ。

 進化の光が収まる。

 

 そこに立っていたのは。

 

 大きな水泡。

 堂々とした体格。

 そして、色違い特有の美しい配色。

 

「うおおおお!! でっかくなったぁぁぁ!!」

 

 色違いオニシズクモ!!爆誕!!

 

 いや、待って!

 めちゃくちゃ格好いい!!

 しかも可愛い!!

 

 何この子!?

 さっきまでムーちゃんの前脚に乗ってたんですよ!?

 

 それが今や、ムーちゃんと並んでも見劣りしない体格!

 

 ……すごい。

 感動がすごい。

 感情が忙しい。

 

「……しずく?」

 

「オニシズッ!」

 

 元気な返事。

 

 ……うん。

 間違いなく、しずくだ。

 

 大きくなっても、あのマイペースな雰囲気は変わらない。

 そして、しずくはゆっくりとムーちゃんへ近づいた。

 

「グソ?」

 

 ムーちゃんが首を傾げる。

 

 すると。

 

「オニシズッ!」

 

 しずくが、ムーちゃんへ身体を寄せた。

 

 ……あ。

 

 いつものやつだ。

 前脚に乗せてもらおうとしている。

 

 もうサイズ的に無理なんですけど!?

 

「グソォッ!?」

 

 ムーちゃんも困惑。

 

 そりゃそうだ。

 昨日まで手のひらサイズだった妹分が、突然自分と同じくらい大きくなったんだから。

 

 ……いや、気持ちはわかる。

 俺もまだ混乱してる。

 

 しかし、しずくは気にしていない。

 ムーちゃんの隣へ身体を寄せ、そのまま満足そうにくつろぎ始めた。

 

 ああ、そうか。

 大きくなっても、変わらないんだな。

 

 しずくは、しずくのまま。

 ムーちゃんが大好きな、優しい女の子。

 

 ただ、今度は。

 守ってもらうだけじゃなく、誰かを守れるようになった。

 

 ……うん。

 立派になったなぁ。

 

 俺は思わず、目を細めた。

 

 ♦

 

「いやぁ……すごかったね」

 

 練習を終えたあと。

 ルリナ姉さんが、しずくを見上げながら笑った。

 

「まさか、あそこで進化するなんて」

 

「俺もびっくりした!」

 

「ずっと進化しなかったんでしょう?」

 

「うん。本人がまだ進化したくなかったみたいで」

 

 俺は、しずくの大きな身体を見つめた。

 

 進化に必要な経験は、とっくに積んでいた。

 それでも、しずくは小さな姿のままでいた。

 

 きっと、あの姿が好きだったんだろう。

 ムーちゃんの前脚に乗って、のんびり過ごす毎日。

 

 あれはあれで、幸せだったはずだ。

 

 ……でも今日、かえでを守ろうとしたとき。

 しずくは、自分の意思で進化を選んだ。

 

 ……そう考えると、なんだか、すごく嬉しい。

 

「……しずく」

 

「オニシズ?」

 

「これからも、よろしくな!」

 

「オニシズッ!」

 

 大きな水泡が、ぷるぷると揺れた。

 

 ……おお、かわいい。

 サイズアップしても、かわいさは健在。

 

 最高じゃないか。

 

 ♦

 

 帰り道。

 俺は、腰につけたマスターボールを眺めていた。

 

 紫色のボール。

 中央に刻まれた『M』の文字。

 極めて希少で、普通ならそう簡単に手に入らないマスターボール。

 とはいえ、この世に一つしかないわけじゃない。

 

 その中には。

 色違いオニシズクモ、しずく。

 

 ……うむ。我ながら、素晴らしい組み合わせだ。

 前世の俺が見たら、絶対に羨ましがるだろう。

 

 いや、そもそも。

 マスボ入り色違いオニシズクモとか、存在がロマンすぎません!?

 

 余は、大満足である。

 なおルリナ姉さんは、少し違う感想を抱いていたらしい。

 

「……ねえ、リン」

 

「ん?」

 

「しずくちゃんって、マスターボールに入ってるのよね?」

 

「うん!」

 

「……本物の?」

 

「もちろん!」

 

 ルリナ姉さんは、しばらく俺の腰のボールを見つめていた。

 

 そして。

 

「……なんで?」

 

 ……え?

 なんでって、そんなの。

 

「かわいいから!」

 

 俺は即答した。

 ルリナ姉さんが、深いため息をつく。

 

「……相変わらずねぇ」

 

 ちょっと待って。

 

 なんでみんな、マスターボールの使い道に疑問を持つんだ?

 

 極めて珍しい品なのは認める。実際、誰もが気軽に手に入れられる代物じゃない。

 ただ、世界に一個しか存在しないわけでもないんだ。

 

 前世のゲームでは、ブルーベリー学園のリーグ部にあったボールガチャから、マスターボールが出ることだってあった。……まあ、あれはゲームの話。こっちの世界でも同じ仕組みなのかは知らないけどね。

 

 ともかく、俺は貴重なボールだからこそ、大好きなしずくに使ったのである!

 

 だから大好きなポケモンに使って何が悪い?

 ……いや。むしろ、それ以上に素晴らしい使い道があるだろうか。

 

 俺には思いつかない。

 

「ルリナ姉さん!」

 

「なに?」

 

「しずく、すっごくかわいいでしょ!」

 

「……うん。それは認める」

 

「じゃあ、マスボでよくない?」

 

「……その理屈だけは、一生わからない気がするわ」

 

 ……むむ。解せぬ。

 

 価値観の壁、分厚すぎる。

 

 ♦

 

 その日の夜。

 俺は、庭で六匹の仲間を眺めていた。

 

 ムーちゃん。

 

 しずく。

 

 ルージュ。

 

 モス。

 

 かえで。

 

 そして、フェリヤ。

 

 しずくは進化して、随分と大きくなった。

 

 けれど、性格は変わらない。

 ムーちゃんの隣でのんびりとくつろぎ、時折水泡を揺らしている。

 

 かえでは、そんな二匹の近くで身体を丸めていた。

 今日、しずくに守ってもらったことを覚えているのだろうか。

 

「メラッ」

 

「オニシズッ」

 

 二匹が、小さく鳴き声を交わす。

 

 ……うん、いい光景だ。

 

 その少し離れた場所には、フェリヤが立っていた。

 以前よりも、俺たちの近くにいる時間が増えている。

 それでも、まだバトルには参加していない。

 

 ……だけど今は、それでいい。

 ムーちゃんには、ムーちゃんの成長がある。

 

 しずくには、しずくの成長がある。

 そしてフェリヤにも、きっとフェリヤなりの時間がある。

 

 焦る必要なんてない。

 俺は、しずくを見上げた。

 

「……しずく」

 

「オニシズ?」

 

「進化、おめでとう」

 

 しずくが、嬉しそうに水泡を揺らした。

 そして、俺の肩へ頭を寄せようとする。

 

 ……おっと。

 

 待って。

 ちょっと待って。

 

 君、もうシズクモじゃないからね?

 体格が全然違うからね?

 

「……うわっ!?」

 

 どすん。

 

 俺は、そのまま地面へ尻餅をついた。

 

「オニシズ?」

 

 かわいいよ?

 かわいいんだけど。

 進化後のスキンシップ、物理的に威力高いんだってば。

 

「グソォッ!」

 

 ムーちゃんが、慌てて俺を起こしてくれた。

 

 ……ありがとう、ムーちゃん。

 やっぱり君は頼りになるな。

 

 ……考えてみれば、俺のパーティーにはすでに巨大な甘えん坊が一匹いたわけで。

 そこへ、新たな巨大甘えん坊が加入したということは。

 

 ……あれ?

 

 これ、俺の身体も鍛えないと危なくない?

 

 色違いむし統一、トレーナーの耐久努力値まで要求される件。

 

 ……勘弁してください。

 




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