十三歳になった。
……いやぁ、早いものですね。
あの頃はコソクムシ一匹を連れて歩くのにも苦労していたというのに、今では色違いむし統一パーティーが六匹揃っている。
しかも、みんな立派に成長した。ムーちゃんは頼れるグソクムシャ、しずくはオニシズクモ。モスはバサギリとなり、かえではウルガモスの羽を広げている。ルージュは相変わらずいたずら好きだし、フェリヤも以前より穏やかに過ごしていた。
……うん。とんでもなく賑やかなパーティーである。
ただし、問題が一つ。
「ムーちゃん! ちょっと苦しい!」
「グソォ~♪」
「いや、嬉しいけど! 嬉しいけどさ!」
現在、俺は庭でムーちゃんに抱きしめられている。
身長も伸び、以前より身体も鍛えた。
それでも二メートル近いグソクムシャに抱きつかれると、さすがに身動きが取れない。
……十三歳にもなって、相棒の愛情表現に敗北する男。
俺です。
しかも隣では、しずくが楽しそうに水泡を揺らしている。
「オニシズッ!」
……助けてくれません?
君のお姉ちゃん、ちょっと力加減を間違えてるんだけど。
フェリヤは少し離れた日陰に座っていた。近頃はこうして同じ庭で過ごす時間も増えた。
……うん。焦らずいこう。
さて。そんな平和な日常を過ごしていた、ある日のこと。
パパンから、ちょっと変わった話を持ちかけられた。
♦
「リン。マスタード師匠から連絡があったぞ」
「師匠から?」
「ああ。カロス地方の研究者さんが、お前のグソクムシャを調べたいそうだ」
「……ムーちゃんを?」
「そうだ。グソクムシャの生態や、進化について研究しているらしい」
カロスの研究者。進化の調査。
……おや? 俺のオタク心をくすぐる単語が並んでいるぞ。
「その先生、何を研究してるの?」
「メガシンカだそうだ」
……ほーん?
「……メガシンカ?」
「ああ。カロスでは有名な研究分野なんだろ?」
メガシンカ研究者が、うちに来るって、コト?
いや、待て。
落ち着け。
相手はムーちゃんの生態を調査したいだけかもしれない。
ここで勝手に期待するのは早計だ。
……でもさぁ、メガシンカですよ?メガシンカ。
しかも俺は、十歳のときにマスタード師匠からキーストーンをもらっている。
あれ以来、ずっと大切に保管してきた。
対応するメガストーンがないので、今まで使う機会はなかったけど。
……これは、ひょっとして?
「パパン!」
「なんだ?」
「絶対会いたい!」
「……だろうと思ったよ」
パパンが苦笑した。
……さすが我が父。
息子の生態については、研究者より詳しいらしい。
♦
数日後。
我が家に、カロス地方から一人の男性研究者がやってきた。
年齢は四十歳前後だろうか。
穏やかな雰囲気の人で、眼鏡の奥の瞳がどこか楽しそうだった。
「初めまして。君がリン君だね?」
「はい! よろしくお願いします!」
「マスタードさんから話は聞いているよ。とても熱心なトレーナーなんだって?」
「師匠、そんなこと言ってたんですか?」
「ああ。それと、少し変わったボールの使い方をするとも」
師匠め、まさか。
「マスターボールにシズクモを入れた話かな?」
「…………」
師匠ぉぉぉ!!
何でそれまで言うんですか!?
いや、別に恥ずかしくないですよ!?
マスボ入り色違いオニシズクモは誇りですけどね!
「ふふっ。面白い子だね」
研究者は笑うと、持っていた鞄を机へ置いた。
「さて。今日はグソクムシャの調査をお願いしたいんだけど、その前に一つ見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「これなんだけどね」
鞄から取り出されたのは、小さな保護ケースだった。
透明なケースの中には、一つの石。
不思議な模様を持ち、光の角度によって色彩を変える鉱石。
……あれ?これはまさか。
「先生……それって」
「うん?」
「メガストーン、ですか?」
研究者が、ぴたりと動きを止めた。
「……よくわかったね」
…………Oh、マジか。
「メガストーン!? 本物ですか!?」
「もちろん。ただし、何に対応するかはわかっていないんだ」
「うわ、めっちゃ気になる……!」
「君、十三歳だよね?」
「はい!」
「……随分詳しいんだね」
まあ、前世でポケモンバトル世界一位になった男ですので。
……とは言えませんが。
「メガシンカ、大好きなんです!」
「それは嬉しいな。ただし、今回は安全を確認するための調査だよ。実際にメガシンカを試すわけじゃないからね」
「もちろんです!」
……うん、そこは大事。
ムーちゃんに無理をさせるつもりはない。
そもそも、この石が何のポケモンに対応しているのかすらわかっていないのだから。
♦
「ムーちゃん! 出ておいで!」
「グソッ!」
俺が庭へ呼びかけると、ムーちゃんが大きな身体を揺らして歩いてきた。
銀白色の装甲。
赤いアクセント。
そして、見慣れた優しい瞳。
「グソ?」
「今日はね、ムーちゃんのことを調べたい先生が来てるんだ」
「グソッ!」
ムーちゃんは研究者へ向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「……おお」
研究者が感心したように声を漏らす。
「素晴らしい個体だね。それに、随分と落ち着いている」
「ありがとうございます!」
「マスタードさんからは、昔はかなり怖がりだったと聞いているけど」
「はい。今でもびっくりすることはありますよ」
「グソッ!?」
ムーちゃんが慌てて俺を見る。
……あ、そこは秘密だった?
ごめん。
「でも、今はすごく頼りになる相棒です!」
「グソォ♪」
嬉しそうに俺の肩へ前脚を伸ばすムーちゃん。
……うん。
その反応だけでも、先生には伝わっただろう。
研究者はムーちゃんの装甲や身体の動きを観察し、いくつかの質問をした。
普段の食事や得意な技、進化前の様子、驚いたときの行動。俺は覚えている限り丁寧に答えた。
四歳の頃からずっと隣にいた相棒のことだ。話し始めると、つい長くなる。
そんなことを考えていた、そのときだった。
――ふわっ。
「……ん?」
研究者の手元で、淡い光が揺れた。
……あれ?今、何か光らなかった?
「……あれ?」
研究者も気づいたらしい。
保護ケースを持ち上げる。
すると。中のメガストーンが、微かに輝いていた。
……え?
「……先生?」
「リン君。少し、そのグソクムシャを見せてもらえるかい?」
「いいですけど……」
研究者は測定器を取り出し、石の反応を確かめ始めた。
「ムーちゃん、少しだけ近づける?」
「グソ?」
俺が尋ねると、ムーちゃんが一歩前へ出た。
――ふわぁっ。
光が、強くなった。
……お?
「もう少しだけ、いいかな?」
「ムーちゃん、嫌だったら離れていいからな」
「グソッ!」
ムーちゃんが、もう一歩。
すると。
――ぱぁっ!
ケースの中で、石がはっきりと輝いた。
「……まさか」
研究者が、目を見開く。
「先生?」
「この石……」
測定器の表示を確認する。
そして、顔を上げた。
「この石、君のグソクムシャに反応している!」
……え?
「……ムーちゃんに?」
「そうだ! 距離に応じて反応が強くなっている!」
ちょっと待て。
グソクムシャ。
メガストーン。
対応しているってことは……。
「グソクムシャナイト、ってコト!?」
「グソォッ!?」
ムーちゃんが飛び上がった。
そして。
「リン!! 声が大きい!!」
家の中からママンの声が響いた。
「ご、ごめんなさーい!!」
興奮が抑えられん。
だって、ムーちゃんがメガシンカするかもしれないんですよ!?
あの小さなコソクムシだった相棒に、さらなる可能性があるだと!?
そんなのテンション上がらないわけないだろ!!
♦
「……ところでリン君」
「はい!」
「君、キーストーンを持っているんだって?」
……そうだった。
俺は自分の部屋へ走り、大切にしまっていた小箱を持ってきた。
中には、十歳のときに師匠からもらったキーストーン。
虹色の輝きを宿す、不思議な石。
「これです!」
「……なるほど。立派なキーストーンだ」
研究者は、慎重に石を観察した。
「マスタードさんからの卒業祝いなんだってね」
「はい!」
「いい師匠を持ったね」
「本当にそう思います!」
……まあ、ウッウロボの研究を制限されたことだけは、いまだに納得してないんですけどね。
そこは今、関係ないか。
「二つの石を近づけて、反応を調べてみよう。ただし、強い共鳴が起きたらすぐに中断するよ」
「わかりました」
研究者は測定器を準備した。
ムーちゃんにも説明し、無理に近づけないことを確認する。
そしてキーストーンとメガストーンを、少しずつ近づけていった。
――ふわっ。
………光った。
キーストーンが。
――ふわぁっ。
続いて、メガストーンも。
「……おお」
研究者が小さく声を漏らす。
「共鳴している……!」
虹色の光が、二つの石の間で揺れた。
まるで、互いに呼び合っているようだった。
……すごい。
これが、メガシンカの力。
前世では何度も見た演出。
けれど、目の前で本物を見ると全然違う。
綺麗で。
不思議で。
何より、胸が高鳴る。
……しかし。
「……グソッ?」
そのときだった。
ムーちゃんの身体が、ぴくりと震えた。
……ん?
「グソッ……!?」
ムーちゃんが一歩後退する。
前脚が強張っていた。
呼吸も、少し乱れている。
……あ、まずい。
「先生、止めてください!」
「……!」
研究者が即座に装置を停止した。
二つの石が離れると、光はゆっくり収まっていった。
「ムーちゃん!」
俺は、すぐに駆け寄った。
「大丈夫!?」
「……グソ」
ムーちゃんが、小さく頷く。
けれど、まだ少し驚いているようだった。
俺は、その大きな身体へそっと手を添えた。
「……ごめん、ムーちゃん」
「グソ?」
「怖かったよな」
ムーちゃんは、しばらく俺を見つめた。
そして、ゆっくりと前脚を伸ばしてきた。
「……グソ」
俺の肩に、そっと触れる。
……ああ、よかった。
いつものムーちゃんだ。
「今日はもうやめよう」
「グソ?」
「続きは、また今度でいいからさ」
ムーちゃんが、静かに頷いた。
♦
「……すまなかったね、リン君」
研究者が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「予想以上の反応だった。身体への影響も、もっと詳しく調べる必要がある」
「いえ。俺も、ちょっと興奮しすぎました」
新しい力が見つかったのは嬉しい。でも、そのためにムーちゃんを怖がらせてしまったら、何の意味もない。
ヨロイ島で学んだのは、相手の気持ちを知ろうとすることだった。ここで忘れるわけにはいかなかった。
「先生」
「うん?」
「この研究、ムーちゃんが嫌がったら、やめてもいいですか?」
研究者は、少し驚いた顔をした。
しかし、すぐに優しく微笑んだ。
「もちろんだよ」
「……ありがとうございます」
「むしろ、そう言ってくれて安心した。ポケモン自身の意思を尊重しなければ、良い研究にはならないからね」
……うん、そうだよな。
ムーちゃんがメガシンカできるかもしれない。
それは、確かに嬉しい。
でも今のムーちゃんだって、十分に強い。
十分に優しい。
そして、俺にとっては最高の相棒だ。
新しい力を手に入れなければならない理由なんて、どこにもない。
♦
夕方。
研究者が帰り支度を始める頃には、ムーちゃんもすっかり落ち着いていた。
庭では、しずくと並んでくつろいでいる。
ルージュが二匹の周囲を飛び回り、かえでは少し離れた場所で羽を休めていた。
モスは相変わらず素振り中。
……君、本当に休まないな。
フェリヤは、庭に面した縁側へ腰を下ろしていた。
以前よりも、随分と近い場所にいる。
俺は、その光景を眺めながら研究者と話していた。
「リン君。今日の結果からすると、あの石がグソクムシャに対応している可能性は非常に高い」
「……本当ですか?」
「ああ。ただ、まだ断定はできない。追加の調査が必要だ」
研究者は、保護ケースを大切そうに鞄へしまった。
ふと、研究者の手元に『異次元現象』と書かれた資料が見えた。俺の頭に浮かんだのはフェリヤだった。
異次元研究。ウルトラホール。元の世界へ帰る方法。
九歳の夜、あの子に「帰りたければ方法を探す」と約束した。今のところ、確かな手段は見つかっていないけれど、忘れたわけじゃない。
「先生、ちょっと聞いてもいいですか」
「どうしたんだい?」
「異世界から来たポケモンが、うちにいるんです。もし帰りたいと言ったときに、安全に戻れる方法を知っておきたくて」
研究者は、冗談を言っているのではないとわかると、真剣な表情になった。
「僕の専門はメガシンカだから、今すぐ答えは出せない。でも、異次元現象の研究者へ相談してみるよ」
「……ありがとうございます!」
約束はまだ叶えられていない。それでも、探す手がかりは一つ増えた。フェリヤの答えを急かすためじゃなく、いつか本人が選べるようにするために。
研究者は改めてケースへ視線を向けた。
「もし、この石が本当にグソクムシャに対応しているなら……」
そして、静かに笑った。
「君の相棒には、まだ別の姿があるかもしれない」
……別の姿。
俺は、ムーちゃんを見た。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「お前、まだ進化するかもしれないんだって」
「……グソ?」
ムーちゃんが、不思議そうに首を傾げた。
……うん、そうだよな。
突然そんなこと言われても、わからないよな。
俺は、小さく笑った。
四歳の頃に初めて出会った、小さなコソクムシ。
臆病で、すぐに逃げて。
それでも、俺のそばにいてくれた。
グソクムシャへ進化したときは、本当に驚いた。
あんなに小さかったムーちゃんが、俺よりずっと大きくなったのだから。
それから、何年も一緒に過ごした。
ヨロイ島で修行して。
カンムリ雪原へ行って。
新しい家族を迎えて。
怖い思いも、嬉しい出来事も、全部一緒に経験してきた。
……そして今。
ムーちゃんには、まだ新しい可能性があるらしい。
「でもさ」
俺は、ムーちゃんの装甲を優しく撫でた。
「無理はしなくていいからな」
「……グソ?」
「俺は、今のムーちゃんも大好きだよ」
ムーちゃんは、しばらく俺を見つめた。
そして。
「……グソッ!」
小さく頷いた。
それから、いつものように俺へ身体を寄せてくる。
「おっと!」
俺は、その大きな身体を受け止めた。
……ははっ。
本当に、変わらないな。
どれだけ強くなっても。
どれだけ大きくなっても。
ムーちゃんは、ムーちゃんだ。
……それでいい。
今は、そう思った。
♦
翌日、研究者の先生から暫定報告が届いた。
『対応候補:グソクムシャ。キーストーンとの共鳴を確認。ただしメガシンカは未確認。生体への負担は継続調査。異次元関連の古い資料とも照合中』
……こうして文字で見ると、改めてとんでもないことを調べているんだなと思う。
メガシンカは夢だけど、今日明日で答えを出す必要はない。ムーちゃんの体調を見ながら、一歩ずつ確かめていこう。
そして、もし異次元に関する研究がフェリヤの帰郷にもつながるのなら。その可能性も、できるところから調べ続けたい。
今の俺にできることは、まず目の前の仲間たちときちんと暮らすことだ。
……よし。今日も、ムーちゃんの食事と睡眠の記録から始めますか!