俺には、九年間一緒に過ごしてきた相棒がいる。
四歳の頃、第二鉱山で出会った小さなコソクムシ。物音に驚けば逃げ出し、知らない相手を前にすると俺の後ろへ隠れていた子だ。
そんな彼女も、今では立派なグソクムシャになった。
「グソォ~♪」
「ムーちゃん、ちょっと重いって!」
……うん。立派になった。
現在、俺は庭で抱きしめられ、肺の容量を心配している。
十三歳になっても相棒の愛情表現に勝てない男。それが俺です。
しかし、そのムーちゃんに新しい可能性が見つかった。
メガシンカ。
しかも、メガグソクムシャである。
……いやぁ。そりゃテンション上がるでしょうが!
だって、考えてみてほしい。
初めて出会ったとき、あの子は俺の足音を聞いただけで岩陰へ逃げていた。俺もまだ四歳で、どう声をかけていいのかさえわからなかった。
それから何度も第二鉱山へ通って、やっと目の前でご飯を食べてくれるようになった。初めて近寄ってきてくれた日のことなんて、今でも昨日みたいに思い出せる。
その小さなコソクムシが、今では堂々と仲間たちを守るグソクムシャ。しかもメガシンカだぞ?
……いや、想像だけで泣きそうなんですが。
もちろん、心配だってある。最初の共鳴実験ではムーちゃんの身体が強張り、俺たちはすぐに中止した。あの反応を見てから、格好いい姿を見たいという気持ちだけで実験を続ける気にはなれなかった。
もちろん、安全が確認できて、本人が望むならという条件つきだけどね。
♦
カロスから来た研究者は、バウタウンでの滞在を数週間延ばしていた。
例の石はグソクムシャと強く共鳴する。ただし、最初の実験でムーちゃんが怖がったため、測定は短時間に限られている。毎日実験するわけでもない。
「先生、今日は測定しないんですか?」
「今日は休もう。体調に問題はないけれど、慣れるまで急がない方がいい」
「了解です!」
その判断はありがたかった。
メガシンカを試せるなら嬉しい。でも、ムーちゃんが苦しむ姿を見てまで手に入れたい力じゃない。
ある日、いつもの練習場でモスと軽い模擬戦をしていたときのことだ。
「モス、右から!」
「バサァッ!」
「ムーちゃん、受け流して!」
「グソッ!」
岩斧と装甲がぶつかる。モスは相変わらず好戦的で、ムーちゃんは無理な追撃をせず丁寧に動いていた。
練習を終えたあと、ムーちゃんが自分の前脚をじっと眺めていることに気づいた。
「どうした? どこか痛い?」
「グソ」
首を横へ振る。それから、進化したモスを見て、胸元へ手を当てた。
最近、かえでの羽を見たときにも似た仕草をしていたな。
「……もっと強くなりたい?」
「グソッ!」
即答だった。
怖がりな相棒は、昔から一生懸命ではあった。でも、自分から新しい力を求めている姿は少し新鮮だった。
……ああ、そっか。
守る相手が増えて、ムーちゃん自身にもやりたいことができたのかな。
しずくはいつもムーちゃんに甘えてくる。モスは勝負を挑み、かえでは頼りになる先輩として慕っている。ルージュだって、悪戯をしたあとにはなぜかムーちゃんの影に隠れる。
……何その大所帯のお姉さん。
もはや実質パーティーのお母さんでは?
でも、みんなから頼られることは、重荷にもなり得る。本人がそれを望んでいるのか、一度くらい確かめておきたい。
「ムーちゃん。強くなって、何をしたい?」
「グソ……」
ムーちゃんは考えるように首を傾げたあと、俺を指差し、庭で遊ぶ仲間たちへ前脚を向けた。
……俺たちのこと?
勝手に翻訳するのはよくないけれど、少なくとも一緒にいたい気持ちは伝わってきた。
「そっか。じゃあ、一緒に頑張ってみような」
「グソッ!」
もちろん、理由まではわからない。だから急がず、本人の気持ちを確かめていこう。
♦
そんな折、ハイドから連絡が入った。
『リン! 頼まれてた設計ができたよ!』
「マジか、ハイド!」
以前から相談していた、キーストーンとメガストーンを身につけるための専用アクセサリーだ。
ムーちゃんには白いベルト。俺は右耳のドロップピアスにしたい。
『ピアスなんだね。腕輪かと思ったよ』
「せっかくなら格好いい方がいいじゃん!」
『ムーちゃんが動きやすいように、ベルトの位置も調整したよ』
さすがハイド。天才。
俺の中二心だけじゃなく安全面まで考えてくれる、頼れる友人である。
カロスの職人に加工をお願いし、できあがった品を受け取った。
右耳には、黒い雫型の石飾り。光の角度によって奥のキーストーンが虹色に見える。
ムーちゃんの胸元には、赤いラインの入った白いベルト。装甲の動きを邪魔せず、メガストーンをしっかり固定できる。
「……どうよ、ムーちゃん」
「グソォ♪」
嬉しそうに鏡を覗くムーちゃん。
俺も横に並ぶ。
……うっわ、格好いい。
何これ、俺たちちょっと主人公っぽくない?
いや主人公なんですけどね、俺の人生の!
ピアスについてはママンへ相談し、専門の人に処置してもらった。手入れもきちんと教わっている。
「リン、似合ってるわよ。でも清潔にするのよ」
「はい!」
母親公認。よし、ひとつ大人になった気がする。
……見た目だけかもしれないが。
♦
安全確認が進み、短時間の変化なら試せるという判断が出た。
実験前日の夕方、俺は庭でムーちゃんと話した。
「ムーちゃん。怖かったら、やめてもいいんだよ」
「グソ?」
「今の姿でも十分強いし、俺にとっては最高の相棒なんだから」
ムーちゃんは、胸元のメガストーンへ前脚を添えた。
しばらく眺め、それから俺へ向き直って手を伸ばす。
四歳の頃、初めて心を許してくれたときと同じ仕草だった。
「……試してみたいんだね?」
「グソッ!」
力強い返事。でも、ほんの少しだけ前脚が震えていた。
怖くないわけじゃないのだろう。
それでも、自分で決めたらしい。
俺はその大きな手に、自分の手を重ねた。
「わかった。一緒にやってみよう。でも、苦しかったらすぐ教えてね」
「グソクシャ!」
うん。いい顔だ。
頼もしくなったなぁ、本当に。
♦
翌日、バウタウン郊外の特設練習場。
研究者が安全設備と測定器を確認し、パパンも立ち会ってくれた。ほかの仲間たちは離れた場所から見守っている。
しずくは水泡をゆっくりと揺らし、ムーちゃんの方へ何度も顔を向けた。大好きなお姉さんが見慣れない装置の前に立っているのが、不思議なのかもしれない。
モスはその横で斧を下ろしていた。いつもなら新しい力と聞くだけで対戦を申し込みそうなのに、今日ばかりは静かだ。
そしてフェリヤは、少し離れた清潔な足場に立ち、じっとこちらを見ている。何を考えているかはわからない。でも、誰かに呼ばれたわけでもないのに、ここまで見に来てくれた。
……なんだか心強いな。
この場所にいるのは俺とムーちゃんだけじゃない。みんなが、それぞれの距離で見守っているのだ。
「リン君、最初は短時間の共鳴だけ。異常があったら即座に中断しよう」
「わかりました!」
俺は右耳の黒い結晶に指を添えた。
十歳のとき師匠からもらったキーストーン。その相手が、ずっと隣にいてくれたムーちゃんになるなんて。
「ムーちゃん、準備はいい?」
「グソォッ!」
相棒の胸元でメガストーンが光り始める。
俺のキーストーンも、それに応える。
七色の光が俺とムーちゃんの間を結んだ。
「ムーちゃん、覚えてる? 第二鉱山で初めて会った日のこと」
小さなコソクムシが、何度も俺から逃げていた。
それでも諦めずに会いに行った。やがて近づいてくれたとき、あんなに嬉しかったことはない。
それから九年。
ヨロイ島で修行し、カンムリ雪原を歩き、少しずつ家族が増えた。怖かった日も、嬉しかった日も、全部一緒だった。
「これからも、いろんな場所へ行きたい。もっと強い相手とも戦いたい。でも、その隣にいてほしいのは、やっぱりムーちゃんなんだ!」
「グソクシャァッ!」
ムーちゃんが前脚を広げる。
光は強くなったが、呼吸は乱れていない。研究者も合図を返してくれた。
「俺たちの絆を、今ここに! ムーちゃん、メガシンカァァァッ!!」
虹色の光が輪になって広がった。
銀白色の装甲が組み替わり、肩から背中へ大きく張り出す。爪は長く、鋭く変わっていく。
そして、腕が増えた。
四本の腕を広げた重装甲の戦士が、光の中心から現れる。
「グソォォォッ!!」
……うおおおおお。
マジだ。
本当にメガグソクムシャになった。
重厚な銀白色の鎧。鋭い爪。全身を走る赤い模様。
俺が前世の『Pokémon Champions』で知っていた姿が、今、目の前に立っている。
しかも、うちのムーちゃんである。
……これ、感動しないわけなくない!?
「ムーちゃん……めちゃくちゃ格好いいじゃん!」
「グソ?」
勇ましい姿で首を傾げる。その声は、いつものムーちゃんだった。
彼女は新しく増えた腕を一本ずつ確かめ、最後に一番上の右手を俺へ差し出す。
俺は笑って手を重ねた。
「お前と出会えて、よかった」
「……グソ」
「これからも、よろしくな」
ムーちゃんがゆっくり俺を抱き寄せる。
いつもの勢い任せじゃなく、驚かせないように力を加減してくれている。
……参ったな。
泣くつもりなんてなかったのに。
目の前にいるのは、昔とまるで違う姿の相棒だった。増えた腕も、鋭く伸びた爪も、重厚な装甲も。前世の対戦画面で見れば、きっと種族値や技範囲ばかり考えただろう。
でも、今は違う。
初めて俺の手を取ってくれた日のことを思い出した。何度も一緒に食事をして、困ったときには助けられて。あれから九年、嬉しいことも怖いことも、ムーちゃんはずっと隣にいてくれた。
メガシンカしたから大好きなんじゃない。
大好きなムーちゃんが、また新しい一歩を踏み出せたことが嬉しいんだ。
……くっ。こんな顔、ママンに見られたら一生からかわれそうだな。
♦
「リン君、すごい結果だよ!」
研究者が測定器を覗き込んでいる。
「タイプまで変化している。むし・はがねタイプらしい!」
「やっぱり! 攻撃150、防御175で、特性はかたいツメですよね!」
……あ。
やっべ。
研究者がゆっくり顔を上げた。
「……リン君。まだ発表してない数字を、どうして知っているんだい?」
「……長年の勘です!」
「君、十三歳だよね?」
「むしタイプへの愛は年齢じゃ測れません!」
「そういう問題かな!?」
はい、前世知識が口から漏れました。
誰か俺の口にチャックを付けてくれ。
パパンはため息をつき、「うちの息子は昔からこうなんです」と説明してくれた。
助け舟のようで燃料投下にもなってるんですが!?
けれど研究者は、むしろ感心した顔をした。
「カロスへ来る機会があったら、研究所にも立ち寄ってほしいな」
「ありがとうございます! でも俺、トレーナーを目指してるので!」
研究者は少し残念そうだ。
……いや、そこは残念がらないでください。
そのとき、ムーちゃんが四本の腕を広げて近づいてきた。
「グソォ~♪」
「……ムーちゃん。抱っこは腕二本まででお願い」
「グソ?」
ぎゅむっ。
「四本! 四本使ってる! ちょっと苦しい!!」
メガシンカ、抱擁性能まで強化されるのは聞いてないんですが!?
これ、対戦用の図鑑に載らない隠し性能だろ!
ムーちゃんはすぐに力を緩め、申し訳なさそうに俺を見る。
「大丈夫、怪我はしてないよ。でも、次は優しくね」
「グソッ!」
パパンが額を押さえていた。
「……初めてのメガシンカで、一番慌てたのが抱擁とはな」
ごもっともで。
♦
研究者の指示でメガシンカを解除すると、銀白色の装甲が元の姿へ戻った。ムーちゃんはその場で一度大きく息を吐き、しずくが心配そうに近づいてくる。
「グソッ」
「オニシズ……」
しずくが水泡を揺らしながら身体を寄せると、ムーちゃんはいつもの前脚でそっと受け止めた。
……ああ、やっぱりこの二匹だな。
研究者に体調を確認してもらったところ、大きな異常は見つからなかった。それでも初めての変化である。今日はもう練習しないし、数日は食事や睡眠、疲れが残っていないかを記録することになった。
俺はメガストーンをじっと見つめた。こんなにすごい力を使えたからといって、毎回メガシンカする必要はない。頼りたくなったときほど、ムーちゃんの顔を見よう。
勝つための切り札より先に、守りたい相棒がいるのだから。
「リン君。研究所から正式な許可をもらっている。この石は君たちが持っていてほしい」
「……いいんですか?」
「もちろん。今後も安全確認のために協力はお願いするけどね」
俺は深く頭を下げた。
「大切にします!」
「グソッ!」
こうして、グソクムシャナイトは正式に俺たちのものになった。
ムーちゃんは白いベルトを嬉しそうに見下ろし、俺も右耳の黒いピアスへ触れた。
九年前に出会った相棒と、また新しい一歩を踏み出せた。
研究者はカロスへ帰る前、例の異次元研究についても調べ続けると約束してくれた。
「安全な帰還経路は、まだ何もわかっていない。でも、関係する研究者へ話をつないでおくよ」
その返事に、俺は頷いた。
フェリヤのことだ。帰りたいかどうかも、まだ本人に決めてもらうしかない。けれど、選択肢を探すことは続けたい。
夕方、俺はムーちゃんと並んで庭を眺めた。
「ねえ、ムーちゃん。これからもよろしくな」
「グソォ♪」
大きな手が、そっと俺の手を包む。
……ああ、変わらないなぁ。
鎧が増えても、腕が増えても、怖がりだったあの子がくれた優しさは同じだ。
……ただし。
「次にメガシンカしたときは、本当に抱きしめる腕を二本までにしてね?」
「グソ?」
……聞いてる?
四本腕の愛情表現は、俺の耐久種族値だと受け切れないから!!
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
よかったら、感想、評価、お気に入りいただけますと嬉しいです。
感想も一つ一つ大切に見させていただいております。
返せるときに全員返していきますので、軽率に感想いただけますと幸いです。