chapter:34 色違い六匹連れてたら街で有名になった件。
「ねえ、お母さん! あのお兄ちゃんだよ!」
「ん?」
バウタウンの港を歩いていた俺は、突然聞こえてきた声に足を止めた。
振り返ると、小さな男の子がこちらを指差している。
「ほら! むしポケモンしか使わないお兄ちゃん!」
「こら、指差しちゃ駄目でしょ!」
「あっ! 色違いのお兄ちゃんだ!」
……色違いのお兄ちゃん?
待ってくれ。
それだと俺自身が色違いみたいじゃないか。
いや、そもそも人間に色違いってあるの?
……ある意味、個体差はあるけどさ。
「こんにちは!」
俺が手を振ると、男の子は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! 今日もむしポケモンなの!?」
「そうだよ!」
「なんで?」
……え?なんでって。
「むしポケモンが好きだから!」
「ふーん!」
男の子は満足そうに頷いた。
……うむ、実に簡潔な質疑応答。
これでいいんだよ、これで。
しかし。
「ねえねえ! あの白い大きい子、グソクムシャでしょ!?」
「そう! ムーちゃんっていうんだ!」
「すごーい!」
「グソッ!」
ムーちゃんが嬉しそうに手を振る。
すると、男の子はさらに目を輝かせた。
「お母さん! やっぱり本物だ!」
……本物?
俺、いつから都市伝説になったんですか?
♦
十四歳になった。
バウタウンへ戻ってから、俺は相変わらずむしポケモンたちと修行を続けている。
手持ちは六匹。
もちろん全員色違い。
グソクムシャのムーちゃん。
オニシズクモのしずく。
アブリボンのルージュ。
バサギリのモス。
ウルガモスのかえで。
そして、フェローチェのフェリヤ。
……うん。
何度確認しても、最高のパーティーだ。
しかも去年、ムーちゃんはメガシンカまでできるようになった。
俺の右耳には、あのとき作ったキーストーン入りのピアス。
黒い結晶が揺れるドロップタイプで、今ではすっかりお気に入りになっている。
……十三歳の俺、なかなかいいセンスしてたな。
もっと褒めていいぞ。
そんなわけで、俺は順調に成長している。
……のだが。
最近、妙なことが起き始めた。
どうやら俺、地元でちょっと有名になっているらしい。
♦
「リン君! 今日もお散歩かい?」
「こんにちは! 今日は海沿いで練習です!」
「頑張るねぇ。ところで、また色違いのポケモン増えた?」
「増えてませんよ!」
「そうかい。今度は何を捕まえるのかと思ってねぇ」
港の魚屋のおじさん。
俺を何だと思っているんですか。
確かに色違いばかり捕まえてきましたけど。
そんな毎週のように遭遇するわけないでしょうが!
……過去の俺の遭遇率については、少々言い訳しづらいですが。
「おっ、むし博士!」
今度は八百屋のお兄さんだ。
「今日も珍しいポケモン連れてるな!」
「こんにちは!」
「そういえば聞いたぞ。ジムチャレンジに出るんだって?」
「まだ先ですけどね!」
「楽しみにしてるからな!」
……おお。ありがたい。
でもむし博士はやめていただけません?
なんだろう、別に悪口じゃないのはわかる。
むしタイプに詳しいのも事実。
しかし、十四歳にして博士扱いされるのは、少々複雑である。
そんな俺の横を歩くムーちゃんは、やたら上機嫌だった。
「グソォ♪」
「ムーちゃん、楽しそうだな」
「グソッ!」
……そっか、みんなに可愛がってもらえて嬉しいのか。
ちなみにしずくは、港の水面を眺めている。
ルージュは花屋の店先に釘付け。
モスは通りすがりのカイリキーを見つけて勝負を挑みたそうにしていた。
かえでは日差しを浴びながら、ゆったり羽を動かしている。
そしてフェリヤ。
彼女は少し離れた場所を、自分のペースで歩いていた。
以前なら人通りの多い場所へ出ること自体を嫌がっていた。
それが今は、混雑していなければ俺たちと一緒に散歩してくれる。
……もちろん、勝手に触ろうとする人がいたら止めるけどな。
本人が嫌がることは、させない。
それは我が家の約束である。
♦
そんなある日。
俺は、バウタウンのジムへやってきていた。
「リン!」
「あっ、ルリナ姉さん!」
声をかけてくれたのは、ルリナ姉さん。
昔からお世話になっている、頼れるお姉さんだ。
今では正式にジムリーダーとして活動し、忙しい毎日を送っている。
「また背が伸びたんじゃない?」
「そうかな?」
「うん。前はもっと小さかったのに」
「もう十四歳だからね!」
「ふふっ。そうね」
ルリナ姉さんは楽しそうに笑った。
「それにしても、最近は街でも有名みたいじゃない」
その話ですか。
「なんか、むしタイプしか使わない変わった子がいるって噂になってるらしいよ」
「風評被害では!?」
「事実でしょ?」
「……まぁ」
完璧な正論。
反論の余地なし。
……いや、でもさ。もう少し言い方があるじゃん?
『色違いむし統一を極めし少年』とか。
『バウタウンの新星』とか。
『未来のむしタイプマスター』とか!
「ちなみに、ポケモンのことになると急に早口になるって噂もあるわよ」
「……誰がそんなことを」
「この前、珍しいポケモンの写真を見せてもらって大騒ぎしたんでしょう?」
…………心当たりしかない。
♦
数日前。
港のおじさんが、旅行先で撮った写真を見せてくれたのだ。
『リン君、これ珍しいポケモンかい?』
『どれどれ?』
画面に映っていたのは、一匹のコイキング。
普通の赤色ではない。
黄金色。
…………。
『……おぉ?』
『ん?』
『ちょっと待って』
『どうした?』
『色違いコイキングじゃねぇかぁぁぁ!!』
うん、確かに騒いだ。
しかも港中に響くくらい。
だって金色のコイキングですよ!?
光り輝くあの姿!
進化すれば赤いギャラドス!
しかも写真の個体、めちゃくちゃ綺麗だったんですよ!?
……そりゃ叫ぶでしょうが!
「リン」
「……はい」
「昔から変わらないわねぇ」
ルリナ姉さんが、深いため息をついた。
「もう十四歳なんだから、少しは落ち着いたら?」
「いや、色違いを見つけて落ち着けるトレーナーなんて存在する?」
「いると思うわよ?」
……マジ?そんな人間がいるの?
逆に尊敬するわ。
♦
「それより、リン」
「ん?」
「ジムチャレンジのこと、本気で考えてるんでしょう?」
ルリナ姉さんの表情が、少しだけ真剣になった。
「もちろん!」
「そう」
彼女は、ジムのバトルコートへ視線を向けた。
「じゃあ、今のうちに知っておいてほしいことがあるの」
「……何?」
「公式戦は、いつもの練習とは全然違うわ」
ルリナ姉さんが、ゆっくりと話し始める。
「大勢の観客がいる。試合にはルールもあるし、時間の制限だってある」
「うん」
「何より、相手は勝つために準備してくるの。リンの得意な戦い方だって、研究されるかもしれない」
……なるほど。
俺は、静かに頷いた。
前世では、対戦環境を読み、構築を考えるのが得意だった。
相手のパーティーを分析することも。
勝ち筋を組み立てることも。
全部、何度も経験してきた。
でもここはゲームじゃない。
実際にポケモンが戦う世界だ。
観客の声。
スタジアムの熱気。
仲間たちの緊張。
そうしたものまで含めて、戦わなければならない。
「……楽しみだな」
「え?」
ルリナ姉さんが、少し驚いた顔をした。
「怖くないの?」
「もちろん緊張すると思うけどさ」
俺は笑った。
「でも、強いトレーナーと本気で戦えるんだろ?」
……それって、控えめに言って最高じゃないか!
「俺、早く挑戦してみたい!」
ルリナ姉さんは、しばらく俺を見つめていた。
そして、ふっと笑った。
「……ほんと、バトルが好きなのね」
「大好き!」
「じゃあ、私も楽しみにしてる」
……おっ。
「ただし」
「……ん?」
「私のジムに挑戦するときも、手加減しないからね?」
……おお、いいじゃないか。
その言葉、待ってました!
「望むところ!」
「ふふっ。その意気よ」
俺たちは顔を見合わせ、笑った。
いつか、あの広いスタジアムで。
ルリナ姉さんと、本気のバトルをしてみたい。
その日が、今から楽しみだった。
♦
ジムからの帰り道。
俺は、六匹の仲間たちと海沿いを歩いていた。
潮風が気持ちいい。
遠くでは、船がゆっくりと港へ入っていく。
……ジムチャレンジか。
いよいよ現実味を帯びてきたな。
練習の帰り道にはいつも、街の人が声をかけてくれるようになった。魚屋のおじさんは「強くなったな」と笑い、花屋のお姉さんはルージュのために花を選んでくれる。
ありがたい。とてもありがたい。
ただ、その分だけ、負けることへの怖さも少し生まれてきた。前世の対戦なら、負けたあと一人でリプレイを見直せばよかった。でも、この世界には俺を応援してくれる人がいる。
もちろん、その期待に応えるためだけに戦うわけじゃない。俺自身が大好きなポケモンたちと勝ちたいから挑むんだ。そこは、忘れないでおこう。
俺の手持ちは、十分に育っている。
ムーちゃんはメガシンカまで扱えるようになった。
しずくは、仲間を守れる頼もしいオニシズクモ。
ルージュは自由奔放ながら、最近は連携も上達している。
モスはバサギリとして力を磨き続けている。
かえでは、立派なウルガモスになった。
……うん。
みんな強くなった。
ただ。六匹の中で、一匹だけ。
まだ公式戦に出せるかわからない子がいる。
「……フェリヤ」
俺は、少し後ろを歩く彼女を見た。
フェリヤが、こちらへ視線を向ける。
「フェロ?」
「いや、何でもない」
俺は笑って、前を向いた。
……そう。フェリヤだ。
あのカンムリ雪原で出会った、不思議なウルトラビースト。
最初は、俺たちを怖がっていた。
触れることもできなかった。
声をかけても、目を逸らされた。
近づけば離れていく。
そんな日々が、何年も続いた。
今は、少し違う。
俺の近くで休んでくれる。
自分から部屋へ入ってくることもある。
みんなが集まっている場所で、静かに過ごすことも増えた。
……それでも。
バトルだけは、まだ参加しようとしない。
俺は、彼女が強いことを知っている。
あの速さ。
あの身体能力。
もし本気で戦ってくれたら、きっと凄まじい力を発揮するだろう。
……でも。それは、俺が決めることじゃない。
ヨロイ島で、師匠に何度も教えられた。
ポケモンには、それぞれの意思がある。
戦いたくない子を、無理に戦わせる必要はない。
そして。戦わないからといって、仲間ではなくなるわけでもない。
……うん。
それは、今でも変わらない。
♦
その日の夕方。
俺は、家の庭にあるベンチへ腰を下ろしていた。
ムーちゃんたちは、少し離れた場所でくつろいでいる。
しずくは、相変わらずムーちゃんの隣。
ルージュは花壇で遊び、モスは素振りの真っ最中。
かえでは大きな羽を畳み、夕日を浴びていた。
そしてフェリヤは、いつもの縁側にいた。
……うん、今日も静かだ。
俺は、海の向こうに沈んでいく夕日を眺めた。
あと一年ほどで、十五歳。
いよいよジムチャレンジを目指す年齢になる。
マスタード師匠に推薦の相談をして。
ルリナ姉さんのジムへ挑戦して。
ほかの街へも旅に出る。
……想像するだけで、胸が躍る。
でも。その旅に、フェリヤはどう関わりたいのだろう。
俺と一緒に行きたいと思ってくれるだろうか。
それとも、今の静かな生活を望むのだろうか。
……まだ、わからない。
だからこそ、決めつけるつもりはなかった。
すると。
――こつ。
小さな足音がした。
顔を上げる。
フェリヤが、縁側から降りてきていた。
彼女は庭をゆっくり歩き、俺から少し離れた場所で立ち止まった。
そして、そのまま腰を下ろす。
……今日は、こっちに来てくれるのか。
俺は、少しだけ笑った。
「……フェリヤ」
彼女が、こちらを見る。
「来年、俺はジムチャレンジに出るんだ。ガラルのいろんな街を回るつもり」
「……フェロ?」
「ムーちゃんたちとも一緒に旅したい。フェリヤも、よかったら来てくれる?」
フェリヤは俺を見た。すぐに頷くわけでも、立ち去るわけでもない。
「もちろん、ここで暮らしていたいなら、それでもいいよ。今すぐ決める必要もないし、途中で気が変わっても大丈夫」
俺はそう伝えて、夕日へ視線を戻した。
潮風が、庭を吹き抜ける。
フェリヤは、何も言わなかった。
ただ、しばらく俺を見つめていた。
そしてまた、静かに視線を逸らした。
……それだけだった。
でも。以前なら、こうして話しかけたあと、すぐにどこかへ行ってしまったかもしれない。
今のフェリヤは、俺のそばに残っている。
その事実が、少しだけ嬉しかった。
旅に出るからといって、毎日知らない人に囲まれる必要はない。静かな宿を選ぶこともできるし、疲れたら休めばいい。
……まあ、今のところ俺の頭の中にある旅程は、ジムリーダーとのバトルと美味しいもののことばっかりですけどね!
そういう小さな準備も、これからちゃんと考えていこう。
フェリヤがどうしたいかは、まだわからない。答えを急がせず、旅立ちまでの一年を一緒に過ごしたいと思った。
それに、カロスの研究者への問い合わせも続けている。フェリヤの故郷へ安全に帰る方法はまだ見つかっていないけれど、あの夜の約束は忘れていない。帰る手段がわかったら必ず伝える。あの子が選べるようにするための約束だ。
♦
ちなみにその翌日。
港で、また知らないおじさんに声をかけられた。
「おっ! 君が噂のむしタイプ少年か!」
「……こんにちは」
「聞いたぞ! 色違いばっかり連れてるんだって?」
「はい!」
「しかも、むしタイプしか使わないんだろ?」
「そうです!」
「変わった子だなぁ!」
だから、それは褒めてるんですか!?
いやまあ、事実なんですけど。
……でもさ。
少しくらい格好いい二つ名が欲しいじゃん?
例えば『白銀の蟲神使い』とかさ。
……おお。いいじゃないか、響きも悪くない。
よし、今度からそう名乗ろうかな。
そう考えていた、そのとき。
「おーい! むし博士ー!」
八百屋のお兄さんが、元気よく手を振ってきた。
もう博士で定着してるんかい!!
……十五歳になったら、絶対に格好いい二つ名をつけてもらおう。
そう心に誓った、十四歳の俺だった。