この世界で初めての相棒を手に入れてからというもの。
俺の生活は、劇的に変化していた。
「ムーちゃん、おはよう!」
「コソッ!」
朝起きたら健康チェック。ご飯を食べたらブラッシング。暇さえあれば図鑑を開いて育成計画を練る。
ちなみにムーちゃんとは、色違いコソクムシの名前である。
なんでムーちゃんかって?
そりゃお前、この子がメスだからだよ。
オスならムックとかになってた気もするが、名前なんて本人と俺が気に入ればそれでよし!
「ムーちゃん! きょうもレベリングするぞ!」
「コソッ……?」
……あれ?
今、ちょっと顔を背けなかった?
♦
そんな俺たちの最初の問題は、ムーちゃんが戦闘を怖がることだった。
パパンにお願いして、バウタウンから五番道路へ続く草むらに連れてきてもらった日のこと。
「ゴーリキー、見ててくれよ。危なくなったら止めてくれ」
「ゴーリッ!」
パパンのゴーリキーが見守る中、俺は野生のチラーミィを相手に初めての練習試合を申し込んだ。
相手は小柄。攻撃的でもない。タイプ相性もまぁ悪くはない。
よし、条件は整った。
「ムーちゃん、むしのていこう!」
「コソッ!?」
チラーミィが一歩跳ねただけで、ムーちゃんは全力で俺の背後に逃げ込んだ。
あっれぇ?
俺の脳内では、華麗に初勝利を決める予定だったんですが?
「リン。まずは怖くないって教えてやらないとな」
「……うん」
パパンの言うとおりだった。
前世なら技を選べばポケモンは動いてくれた。でも、目の前のムーちゃんは違う。
攻撃が飛んでくるのは怖いし、知らない相手と向き合うのだって怖い。
「ごめんな、ムーちゃん。いきなりはむずかしかったね」
「コソ……」
小さな頭が、俺の指に触れた。
……よし。焦るのはやめよう。
まずは二人で、少しずつだ。
♦
それからは、パパンとゴーリキーに付き添ってもらい、毎日少しずつ練習を重ねた。
最初は草むらを歩くだけ。
次はゴーリキーの後ろから野生ポケモンを観察。
慣れてきたら、安全な場所で『すなかけ』の練習。
ムーちゃんが怖がったら、その日はおしまい。
これが意外と効いた。
ある日、野生のレドームシを前にしても逃げなかったムーちゃんが、ようやく『むしのていこう』を放ったのである。
「やった! ムーちゃん、できた!」
「コソッ!」
たった一発。
けれど、俺には前世で世界一位を取ったときとは別の嬉しさがあった。
……そして、調子に乗った俺は重大な問題に直面する。
「リン! また外に行こうとして!」
「マ、ママン!?」
母親という名の最強エンカウントである。
いや、パパンは一緒だよ? でも最近、俺が朝から晩まで草むらの話しかしないので、とうとうお叱りを受けたのだった。
「まだ四歳なの。いつもパパが付き添えるわけじゃないでしょう?」
「……でも、ムーちゃんとつよくなりたい!」
「気持ちはわかるけど、危険なのは駄目」
ド正論でボディブローかましてくるのはやめてほしい。
しかし俺は、そう簡単に諦める男ではない。
「ママン! ポケモンバトルしよう!」
「……はい?」
「おれがかったら、パパンといっしょのれんしゅうをみとめて!」
「負けたら?」
「おとなしくいうこときく!」
ママンはしばらく呆れた顔をしていたが、やがてため息をついた。
「……いいわ。だけど勝っても、一人で外へ出るのは絶対禁止だからね」
「もちろん!」
交渉成立!
♦
我が家の庭。
向かい合うのは、俺とママン。
ママンの相棒は、いつも家事を手伝ってくれるオスのイエッサン。
ちなみにママンも、昔はジムチャレンジを目指していたらしい。途中でその厳しさに挫折したそうだが、元トレーナーであることに変わりはない。
「リン、今日こそちゃんと言うことを聞いてもらうわよ!」
「ママン、俺にだっていじってもんがある!」
「なら見せてもらうわ! イエッサン!」
「いくよ、ムーちゃん!」
二つのボールが開く。
……ふっ。残念だったな、ママン。
こちらには秘策がある。
「せんてひっしょう! ムーちゃん、メロメロ!」
「えっ!?」
ムーちゃんが小さく身を揺らすと、淡いハートがイエッサンへ飛んでいった。
「イエ……!?」
ふっふっふ。
メスのムーちゃん対オスのイエッサン。これぞ相性を突いた搦め手よ!
コソクムシはレベル技でメロメロを覚えない。
だがしかし! こんなこともあろうかと、パパンとの散歩で見つけたわざマシンを教えておいたのだ!
「イエッサン、ねんりき!」
「イエ……イエ~……」
イエッサンはムーちゃんを見つめるばかりで動かない。
よし、引いた! 行動不能!
「ムーちゃん、むしのていこう!」
「コソォッ!」
小さな身体から放たれた虫の力が、イエッサンを押し戻す。
むし技はエスパーに抜群。さらに相手の特攻まで下げる。完璧なプランだ!
「イエッサン、落ち着いて! もう一度ねんりき!」
「イエッ!」
今度は動いた。
「ムーちゃん、よこ!」
「コソッ!」
念動力が地面の小石を弾く。ムーちゃんは身をすくませたものの、今度は逃げなかった。
……ああ、そうだ。
怖くても、ちゃんと俺の声を聞いてくれてる。
「えらいぞ、ムーちゃん! もういっかい、むしのていこう!」
しっかり命中。
「イエッサン、まだいける!?」
「イエ……」
だがイエッサンは、ふらりと膝をついた。
……勝った。
「やったああ! ママン! かったよ!」
駆け寄ろうとした俺より先に、ムーちゃんが足元へ飛び込んでくる。
「コソッ、コソッ!」
「うん! こわかったのに、がんばったな!」
抱き上げると、ムーちゃんが嬉しそうに身体を揺らした。
「……はぁ。四歳の息子に負けるなんてね」
ママンは苦笑し、イエッサンを優しく撫でた。
「約束は約束。でも、五番道路の街に近い場所だけ。必ずパパか大人と一緒。四時までには帰ること。いい?」
「はいっ!」
それはそれとして、外出許可ゲットだぜ!
♦
――それから、およそ三か月。
ムーちゃんと俺は、パパンに見守られながら五番道路へ通い続けた。
野生のポケモンと戦い、遊び、きのみを分け合う日々。
ついでに色違いシズクモも探してみたのだが、これがさっぱり出てこない。
生息してるはずなんだけどなぁ。現実世界、ランダムエンカウント渋すぎ問題。
まあ、それはそれでいいんだわ。
今はムーちゃんとの時間が何より楽しい。
そして、その日。
「やったなムーちゃん! もうこのへんじゃ負けなしだ!」
「コソッ!」
野生のレドームシとの練習を終えたムーちゃんが、誇らしげに鳴いた。
次の瞬間。
「……お?」
その身体が、眩しい光に包まれた。
来た。
来た来た来た!
進化だぁぁぁ!!
光が膨れ上がり、小さな姿がぐんぐん大きくなる。
白い重厚な装甲。赤い触角。俺の身長をはるかに超える身体。
「……でっか」
いや、でっっっか……。
目の前にいるのは、間違いなく色違いグソクムシャ。
あの小さなコソクムシが、ついに……。
「ムーちゃん?」
「グソ……!」
低い鳴き声とともに、大きな身体がゆっくり屈む。
ムーちゃんは、昔と同じように俺の頬へ頭を寄せてきた。
……ああ。
大きくなっても、甘えん坊なのは変わらないんだな。
「ムーちゃん!」
思いきり抱きつくと、硬い腕がそっと俺を包み込んだ。
「これからも、よろしくね」
「グソッ!」
パパンは隣で、口をあんぐり開けていた。
「……三か月でグソクムシャって。お前、何をどう育てたんだ……?」
……いやぁ、愛と努力とレベリングの賜物ですかねぇ(ねっとり)
♦
帰宅後。
「ママン! ムーちゃん、しんかした!」
「へぇ、よかった――」
ママンの笑顔が固まった。
玄関いっぱいにそびえる白い装甲。
その陰から、ひょっこり顔を出す俺。
「……リン」
「なに?」
「……今朝まで、抱っこできる大きさの子じゃなかった?」
「そうだよ!」
「……そうだよ、じゃなくて」
パパンが頭を抱え、ママンが深いため息をつく。
あれ?俺、何かやっちゃいました……?(異世界テンプレ並みの感想)
「……あなた」
「……うん」
「一度、マスタードさんに相談しましょう」
……マスタード?
その名前を聞いた瞬間、俺の色廃人センサーが新たな反応を示した。
えっ、待って。
もしやあのマスタードか?
ヨロイ島、行けるってこと!?
……ムーちゃん。
どうやら俺たちの冒険、まだまだ忙しくなりそうだぞ。