色違いタイプ統一縛りニキのポケ界転生日記   作:霜月ルイ

6 / 10
chapter:5 よろしくお願いします!マスタード師匠!

 

 拝啓、全国のポケモントレーナーの皆様。

 

 いかがお過ごしでしょうか。

 

 私は今、空飛ぶタクシーに揺られながら、眼下に広がる青い海を眺めております。

 

 いやぁ、アーマーガアの空飛ぶタクシーってすごいっすね。

 

 前世では何度となく利用したものだが、実際に乗ってみると迫力が段違いである。

 

 風が気持ちいい。

 

 景色が綺麗。

 

 何より、ポケモンが空を飛んでいる。

 

 最高じゃあないか?

 

 ……おっと。

 

 話が逸れてしまった。

 

 単刀直入に申し上げますと、不肖このリン。

 

 四歳にして島流しとなりました。

 

 …………いや、おかしくない?

 

 まだ四歳だぞ、俺。

 

 人生二周目とはいえ、今世ではまだ幼稚園児相当なんですけど?

 

 しかも行き先は、海の向こうに浮かぶヨロイ島。

 完全に島流しじゃん。

 これ、俺が何かやらかしたみたいになってない?

 

 ……まあ。

 心当たりがまったくないわけではないのだが。

 

 ♦

 

 事の発端は、ムーちゃんがグソクムシャに進化したことだった。

 

 我が愛しの相棒、グソクムシャ。

 

 白い装甲に赤い触角。

 

 立派な鎌のような前脚。

 

 そして、堂々たる体躯。

 

 うーん、何度見ても格好いい。

 

 なお、本人は相変わらず甘えん坊である。

 

「ムーちゃん! おいで!」

 

「グソッ!」

 

「ぐえっ!?」

 

 どすん。

 

 俺の呼びかけに応じたムーちゃんが、嬉しそうに抱きついてくる。

 

 いや、待って。

 

 重い。

 

 めちゃくちゃ重い。

 

 百キロを超える甲冑武者が、四歳児に全力で甘えてくるのである。

 

 愛が重い、物理的に。

 

「ムーちゃん……ちょっと、くるしい……」

 

「グソッ!?」

 

 慌てて身体を離すムーちゃん。

 

 進化してもかわいい。

 

 ただし、いかんせん身体が大きくなりすぎた。

 

 家の廊下では身体をぶつける。

 庭の植木鉢をうっかり倒す。

 俺に甘えようとして、床に敷いてあったマットを前脚で引っかける。

 

 あれ?

 

 もしかして、我が家に対する被害が深刻なのでは?

 

 そして、決定打となった事件が起きた。

 

 ある日の午後。

 庭でムーちゃんと遊んでいると、突然、大きな物音がしたのである。

 

 ガシャーン!

 

「うわっ!?」

 

 俺が驚いて振り向いた、その瞬間。

 

「グソォッ!!」

 

 ムーちゃんが俺の前に飛び出した。

 次の瞬間、分厚い装甲が近くにあった木箱へ激突。

 

 バキィッ!

 

 ……え、何事?

 

 恐る恐る見れば、木箱が見事に粉砕されていた。

 

 ……おお。

 

 これがグソクムシャの物理火力。

 

 素晴らしい威力ですなぁ。

 

 などと感心している場合ではない。

 

「……ムーちゃん?」

 

「グソ……」

 

 ムーちゃんは俺を背中に隠したまま、小さく震えていた。

 どうやら突然の物音に驚き、俺を守ろうとして飛び出したらしい。

 ちなみに音の正体は、風で倒れた掃除道具だった。

 

 ムーちゃん。

 

 気持ちは嬉しいんだ。

 

 でもね、そのパワーで毎回突っ込まれると、我が家が更地になりかねないんだよ。

 

「……リン?」

 

 背後から声がした。

 

 振り向く。

 

 そこには、折れた木箱と怯えるムーちゃんを見つめるママンがいた。

 

「……これは、どういうことかしら?」

 

 あ……終わったわこれ。

 

 ♦

 

「――というわけで、マスタードさんに相談してみようと思うんだ」

 

 その日の夕食後。

 

 パパンが、そんなことを言い出した。

 

「マスタード?」

 

「ああ。父さんが若い頃にお世話になった人でな。ヨロイ島で道場を開いているんだ」

 

「パパン! マスタードって、あのマスターどうじょうの!?」

 

「おお、知ってるのか?」

 

「しってる!」

 

 そりゃ知ってるわ!

 

 元ガラルチャンピオン!

 

 ダンデの師匠!

 

 そして、ガラル屈指の実力者!

 

 前世ではダクマを頂くのにお世話になりましたとも!

 

 ……ん?てか、ちょっと待て。

 

「パパンも、マスタードのところでしゅぎょうしたの?」

 

「ああ。昔、少しだけな」

 

 ……マジ?

 

 俺のパパン、元チャンピオンの弟子だったの?

 初耳なんですが!?

 

「父さんは途中でバトルの道を離れたけど、今でも時々連絡を取ってるんだ」

 

「へぇぇぇ……!」

 

 なんだよパパン!

 そんな重要情報、もっと早く言ってくれよ!

 

 しかし、隣に座るママンの表情は真剣だった。

 

「リン。あなたがポケモンを大好きなのは、ママもよくわかってるわ」

 

「……うん」

 

「ムーちゃんのことを大切にしているのも、ちゃんと知ってる」

 

「うん!」

 

「でもね。強くなったムーちゃんを、あなたがきちんと支えてあげられるかは、また別のお話なの」

 

 …………。

 

 俺は、足元にいるムーちゃんを見た。

 

「グソ……」

 

 さっきの木箱の件を思い出しているのか、少し申し訳なさそうに身体を丸めている。

 

「ムーちゃんは悪くないわ。あなたを守ろうとしてくれたんだもの」

 

 ママンは優しく続けた。

 

「ただ、怖いことがあったとき、どうすればいいのか。バトルのとき、どうすれば安心できるのか。そういうことを、ちゃんと教えてあげないといけないのよ」

 

「……そっか」

 

 確かに、ムーちゃんは進化したし、技も増えた。

 

 野生ポケモンとの勝負にも、ずいぶん慣れた。

 

 でも、怖がりなところはまだ残っている。

 

 いや、むしろ身体が大きくなって力が強くなったぶん、怖がったときの行動が危険になっているのかもしれない。

 

「だからね、リン」

 

 パパンが俺の頭を撫でた。

 

「一度、専門の先生に教えてもらおう。父さんも一緒に行くから」

 

「……マスタード師匠に?」

 

「そうだ」

 

「……!」

 

 なるほど。

 

 そういうことなら。

 

「いきます!!」

 

「切り替え早いな!?」

 

 そりゃそうよ!

 

 あのマスタードに教えてもらえるんだぞ!?

 

 むしろ行かない理由がない!

 

 ……というわけで。

 

 最初はパパンと一緒に道場を訪ね、しばらく体験してみることになった。

 

 問題がなければ、ミツバさんにも面倒を見てもらいながら、短期間の泊まり込み修行をするらしい。

 

 そう。島流しと言っても、親に捨てられたわけではないのである。

 

 よかったね、俺。

 

 ♦

 

 そして現在。

 

 アーマーガアの空飛ぶタクシーは、目的地へと近づいていた。

 

「リン、見えてきたぞ」

 

「……おお!」

 

 眼下に広がる青い海。

 

 その先に、緑豊かな島が見えてくる。

 

 広大な草原。

 

 入り組んだ海岸線。

 

 遠くには森や岩山。

 

 そして、島の中央付近に建つ大きな道場。

 

「DLCキターーー!!!」

 

「……DLC?」

 

 パパンが首を傾げた。

 

 当然の反応である。

 

 別にいいのだ、俺が興奮していることだけ伝われば。

 

「パパン! はやく! はやく!」

 

「わかったから落ち着け! まだ着陸してないぞ!」

 

 ぐぬぬ。

 

 四歳児、待機時間に弱い。

 

 なんとか着陸まで我慢して、俺たちはヨロイ島へ降り立った。

 

 ……いやぁ。

 

 来てしまった。

 

 ついに来てしまった。

 

 あのヨロイ島に!

 

 見渡す限りに広がる一礼野原。

 

 自由に歩き回る野生ポケモンたち。

 

 ゲーム画面では伝わらなかった草の匂いや、潮風の感触。

 

 全部、本物である。

 

「ムーちゃん! みてみて!」

 

「グソッ!」

 

 隣に立つムーちゃんも、興味深そうに辺りを見回している。

 

 ……よし。

 

 これから一緒に頑張ろうな、相棒!

 

 ♦

 

 マスター道場へ到着すると、入口で一人の女性が待っていてくれた。

 

「あら! いらっしゃい!」

 

 茶色の髪に、優しそうな笑顔。

 

 だけど、どことなく只者ではない雰囲気。

 

 ……ミツバさんだ。

 

「ミツバさん、すまないな。急な相談にもかかわらず……」

 

「いいのよ! ダーリンも久しぶりに会いたがってたもの!」

 

 パパンの言葉に、ミツバさんは朗らかに笑った。

 

「それで、あなたがリン君ね?」

 

「はい! きょうからおせわになります!」

 

「あら、ご丁寧にどうも。ふふっ、可愛いわねぇ」

 

 ミツバさんは俺と、その隣にいるムーちゃんを見比べた。

 

「……それにしても、立派なグソクムシャね。しかも色違い!」

 

「ムーちゃんです!」

 

「ムーちゃん?」

 

「はい!」

 

「ふふっ。可愛い名前ね」

 

 そうでしょう?わかってらっしゃる!

 

「それじゃ、さっそくだけど中に入りましょ!」

 

 ミツバさんに案内され、俺たちは道場へ足を踏み入れた。

 

 ……おお、広い。

 

 床も壁も綺麗に手入れされていて、いかにも武道場といった雰囲気である。

 

 そして、奥の部屋から聞こえてくるのは――

 

 ピコピコピコ。

 

 ピコピコ。

 

 ……。

 

 ん?

 

 この音は。

 

「ダーリン! コウジさんとリン君が来たわよ~!」

 

「ほいほーい! ちょいと待ってねぃ!」

 

 奥から、なんとも気の抜けた声がした。

 

 あ、知ってる。

 

 この話し方、絶対あの人だ。

 

 少しして、ゲーム機を片手に持った老人が姿を現した。

 

 白い髪に豊かな髭。

 

 人懐っこそうな笑顔。

 

 マスタード師匠だぁぁぁ!!

 

「おお! コウジちゃん、久しぶりだねぃ!」

 

「師匠、ご無沙汰しております。この度は愚息のことを、よろしくお願いいたします」

 

「コウジちゃん、固いよ~! 昔みたいに気楽にしてちょ!」

 

 マスタードは笑いながら、俺へ視線を向けた。

 

「で、この子がリンちゃんかな?」

 

「はい! リンです!」

 

「改めて、ワシちゃんはマスタード! これからよろぴくね~!」

 

「よろぴくで~す!」

 

「こら! リン!」

 

 パパンに怒られた。

 

 解せぬ。

 

 向こうがそう言ってきたから合わせただけなのに。

 

「いいのいいの! 元気なのはいいことだよ?」

 

「ふふっ。なんだか、ダーリンと気が合いそうね」

 

 マスタードとミツバさんが楽しそうに笑う。

 

 どうやら第一印象は悪くないらしい。

 

 よし、幸先のいいスタートである。

 

「それじゃ、とりあえず――」

 

 マスタードが俺とムーちゃんを交互に見た。

 

「チミの力を見てみたいし~、手始めにワシちゃんとポケモン勝負しちゃおっか!」

 

 おぉ、原作通り……。

 

「やる!!」

 

「ほっほっほ! 即答じゃのう!」

 

 そりゃ即答するわ!

 

 イベントバトルだぞ!あわよくばダクマください!何でもしますから!(なんでもするとは言ってな)

 

「師匠、リンはまだ四歳で……」

 

「大丈夫だよ、コウジちゃん。もちろん手加減はするし、危険なことはさせんからねぃ」

 

 マスタードは笑顔のまま、ムーちゃんを見つめた。

 

「それに、ちょいと確かめたいこともあるしのう」

 

 ……ん、確かめたいこと?

 

 まあいい。

 

 とにかくバトルだ!

 

 ♦

 

 道場の練習場。

 

 俺の前にいるのは、ムーちゃん。

 

 対するマスタードの手持ちは、コジョフーだった。

 

「コジョッ!」

 

 小柄な身体に、引き締まった手足。

 

 その立ち姿には、隙がない。

 

 ……なるほど、ここも原作通りコジョフーか。

 

 だが、問題なし。

 

 ムーちゃんのA種族値はの125!

 Bの種族値も140ある。

 

 進化したばかりとはいえ、その火力と耐久は伊達じゃない。

 

 

「それじゃ、始めるぞい!」

 

「いつでも!」

 

「コジョフー、準備はいいかの?」

 

「コジョッ!」

 

 コジョフーが構える。

 

 その瞬間。

 

「ムーちゃん! であいがしら!」

 

「グソォッ!!」

 

 白い巨体が、一気に加速した。

 

 ……速い!

 

 普段ののんびりした姿からは想像できない、凄まじい踏み込み!

 

 俺でなきゃ見逃しちゃうね!

 

「コジョッ!?」

 

 ムーちゃんの前脚がコジョフーを捉える。

 

 吹き飛ばされたコジョフーが、地面を滑った。

 

 であいがしらは場に出た直後しか使えない代わりに、強力な先制技。

 

 むし技を半減する相手にも、十分な圧力をかけられる!

 

「ほっほっほ! なかなかやるのう!」

 

「まだまだいくよ!」

 

 マスタードが目を細める。

 

「コジョフー、はっけいじゃ!」

 

「コジョッ!」

 

 コジョフーが地面を蹴った。

 

 ……来た!

 

 攻撃技!

 

「ムーちゃん、ふいうち!」

 

「グソッ!」

 

 コジョフーの拳が届くよりも早く、ムーちゃんがその懐へ飛び込む。

 

「コジョォッ!?」

 

 直撃、いいぞ!

 

 相手が攻撃しようとしたところへ先制する、ふいうち。

 

 これぞ元対戦廃人の真骨頂!

 

 相手より速く動く必要はない。

 

 相手より先に動ける状況を作ればいいのだ!

 

 ……まあ、相手が攻撃してくれなければ失敗するんですけどね。

 

「ほうほう。先制技の使い方をよう知っとるのう」

 

「えへへ!」

 

「じゃが、そろそろこちらも――」

 

「ムーちゃん! シェルブレード!」

 

「グソォォッ!!」

 

 ムーちゃんの前脚に、水の刃が形作られる。

 

 そのまま一気に踏み込んだ。

 

 ザシュッ!

 

「コジョォッ!」

 

 水の刃がコジョフーを捉える。

 

 コジョフーは数歩よろめき、その場に膝をついた。

 

 しばらくして。

 

「……コジョ」

 

 動かなくなった。

 

「やったあああ!! ムーちゃん、かったぞ!!」

 

「グソッ!」

 

 俺は両手を上げて喜んだ。

 

 マスタード相手に初勝利!

 

 いや、コジョフー一匹の模擬戦だから、本気の師匠に勝ったわけではないんだけどさ。

 

 それでも嬉しいものは嬉しい!

 

 ……しかし。

 

「ほっほっほ!」

 

 マスタードは、なぜかさっきより楽しそうに笑っていた。

 

「いやぁ、驚いた驚いた!」

 

「でしょ!?」

 

「四歳でグソクムシャまで育てたとは、たいしたもんじゃ!」

 

「えへへ!」

 

 褒められた。

 しかも元チャンピオンに!

 

 これは実質優勝と言っても過言ではない。

 ……いや、過言か。

 

「しかも、技の使い方もなかなか面白い」

 

「ほんと!?」

 

「であいがしらから、ふいうち。そして最後はシェルブレード。相手の動きをよう考えとる」

 

 そうでしょうとも!

 

 なんせ俺は前世で世界一位を――

 

「……じゃがのう、リンちゃん」

 

 …………ん?

 

 マスタードの声が、少しだけ変わった。

 

「この子、まだバトルが怖いみたいじゃのう」

 

「……え?」

 

 俺は思わず、ムーちゃんを見た。

 

「グソ……?」

 

 ムーちゃんは首を傾げている。

 

 ……怖い?

 

 いやいや。

 

 さっきだって、ちゃんと技を出していたじゃないか。

 

 であいがしらも決まったし、ふいうちも成功した。

 

 シェルブレードなんて、見事な一撃だったぞ?

 

「ムーちゃん、ちゃんとたたかえてたよ?」

 

「うむ。そこは間違いない」

 

 マスタードは頷いた。

 

「じゃが、リンちゃん。さっきの勝負を思い出してごらん」

 

「……?」

 

「コジョフーが構えたとき、ムーちゃんはどうしとった?」

 

 …………え?

 

 構えたとき?

 

 ……そういえば。

 

 コジョフーが構えた瞬間、ムーちゃんの身体が少し縮こまっていたような。

 

「であいがしらのあとも、すぐにリンちゃんのほうを見とったじゃろ?」

 

「……あ」

 

「つっぱりを出そうとしたときなんて、前脚が少し震えとったぞい」

 

 ……マジ?

 

 俺はムーちゃんを見つめた。

 

「……ムーちゃん?」

 

「グソ……」

 

 ムーちゃんが、そっと俺の背後へ回った。

 

 ……あ、そうだわ。

 

 この子、前からこうだった。

 

 怖いことがあると、すぐに俺の後ろへ隠れる。

 

 進化して身体が大きくなってからも、それは変わっていなかった。

 

「……でも、かったよ?」

 

 思わず、そんな言葉が出ていた。

 

 しかしマスタードは否定しなかった。

 

「うむ。リンちゃんの指示もよかったし、ムーちゃんも頑張った」

 

「……うん」

 

「じゃが、それと怖くなかったかどうかは、別の話じゃよ」

 

 その言葉に、俺は何も返せなかった。

 

 マスタードは、しゃがみ込んでムーちゃんを見上げた。

 

「ムーちゃん。よく頑張ったのう」

 

「グソ……」

 

「今日はもう、おしまいじゃ。ゆっくり休むんじゃよ」

 

 そう言って、優しく笑った。

 

 ムーちゃんは少し驚いたようにマスタードを見つめ、それから俺へと身体を寄せてきた。

 

 あれ?

 

 俺、もしかして。

 

 大事なことを見落としてた?

 

 ♦

 

 その日の夜。

 

 パパンはミツバさんと今後の予定について話し合っていた。

 

 最初の数日はパパンも島に残り、俺が道場での生活に慣れたら、ママンとも連絡を取りながら短期の泊まり込みを始めるらしい。

 

 ちなみに俺は、道場の縁側に座っていた。

 

 隣にはムーちゃん。

 

 月明かりに照らされた白い装甲が、ぼんやりと輝いている。

 

「……ムーちゃん」

 

「グソ?」

 

「きょう、こわかった?」

 

 ムーちゃんが、ぴたりと動きを止めた。

 

 そして。

 

「……グソ」

 

 小さく鳴いて、顔を伏せた。

 

 ……そっか。

 

 怖かったんだな。

 

 俺は、そっとその装甲に触れた。

 

「……ごめんね」

 

「グソ?」

 

「おれ、かったことばっかりよろこんでた」

 

 ……いや。

 

 前世の俺なら、それでもよかった。

 画面の中では、ポケモンの行動を選んで、相手を倒して、勝敗を競う。

 

 読みが当たれば嬉しい。

 勝てばもっと嬉しい。

 

 そして、その積み重ねで世界一位になった。

 

 でも、今は違う。

 

 ムーちゃんは、俺の指示に従ってくれる。

 だけど、それは怖くないからじゃない。

 怖くても、俺の声を信じて頑張ってくれていたんだ。

 

 ……そんなことにも気づけなかったなんて。

 

 元世界一位が聞いて呆れるぜ。

 

「ほっほっほ。難しい顔をしとるのう」

 

「……あ、師匠」

 

 いつの間にか、マスタードが縁側に立っていた。

 その手には、温かそうな飲み物が二つ。

 

「ほい、リンちゃん。モーモーミルクじゃよ」

 

「ありがとう!」

 

 ……んま。

 

 夜のヨロイ島、最高か?

 

 ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

「……師匠」

 

「ん?」

 

「おれ、まだまだなのかな」

 

 マスタードは、しばらく俺を見つめていた。

 

 そして、隣に腰を下ろす。

 

「ほっほっほ。そりゃあ、まだ四歳じゃもの」

 

「……でも、ポケモンのことはいっぱいしってるよ?」

 

「うむ。そうじゃのう」

 

「タイプあいしょうも、わざも、せんじゅつも……」

 

「そうじゃのう」

 

「……でも、ムーちゃんがこわがってるの、わかんなかった」

 

 マスタードは、静かに頷いた。

 

「リンちゃんは、ずいぶんたくさんのことを知っとる」

 

「……うん」

 

「きっと、普通の大人よりもポケモンバトルに詳しいじゃろうな」

 

 ……あら、バレてーら。

 いや、さすがに前世のことまではわからないだろうけど。

 

「じゃがのう」

 

 マスタードは、隣で丸くなっているムーちゃんへ視線を向けた。

 

「知っていることと、わかってあげられることは違うんじゃよ」

 

 …………。

 

「リンちゃんは、グソクムシャがどんな技を使えるか知っとる。どんな相手が得意かも、苦手かも知っとる」

 

「……うん」

 

「じゃが、ムーちゃんが何を怖がって、どんなときに安心できるのか。それは、まだ勉強中なんじゃ」

 

 …………。

 

 俺はムーちゃんを見た。

 ムーちゃんも、こちらを見ていた。

 

「ポケモンは、生きとるからのう」

 

 マスタードの声は、穏やかだった。

 

「同じ種類のポケモンでも、性格は一匹ずつ違う。怖がりな子もおれば、負けん気の強い子もおる」

 

「……うん」

 

「だから、技や相性を覚えるだけじゃ足りんのじゃよ」

 

 なんだろう。

 胸の奥が、少しだけ痛い。

 

 俺は前世で、何千回、何万回とポケモンバトルをしてきた。

 

 知識には自信がある。

 読み合いにも自信がある。

 対戦で世界一位になったことだってある。

 

 でもムーちゃんが、何を考えているのか。

 

 それだけは、まだわからないことだらけだった。

 

「……師匠」

 

「なんじゃい?」

 

「どうしたら、ムーちゃんがこわくなくなるかな」

 

 マスタードは、少し考えるように顎を撫でた。

 

「そうじゃのう……」

 

 そして、にっこり笑った。

 

「まずは、怖がってもいいってことを教えてあげるんじゃな」

 

「……え?」

 

「ムーちゃんは怖がりなんじゃろ?」

 

「……うん」

 

「じゃあ、怖がらない子にしようとせんでもいいんじゃよ」

 

 ……あ。

 

「怖いときは逃げてもいい。リンちゃんに助けてもらってもいい。そう思えるようになれば、少しずつ安心して戦えるようになるじゃろう」

 

 マスタードは、ムーちゃんの頭を優しく撫でた。

 

「それにのう。ムーちゃんには、ムーちゃんの強さがある」

 

「……つよさ?」

 

「そうじゃ。危険を感じ取るのが上手な子なんじゃろ? それだって立派な才能じゃよ」

 

 危険を感じ取る才能。

 

 逃げることも、強さ。

 

 ……そうか。

 

 俺はずっと、ムーちゃんに強くなってほしいと思っていた。

 

 でも、その強さは攻撃力とか、防御力とか、技の威力ばかりだった。

 

 怖がりな性格を直さなきゃいけない。

 

 逃げないようにしなきゃいけない。

 

 そんなふうに考えていた。

 

 ……違うんだ。

 

 ムーちゃんは、ムーちゃんのままでいい。

 

 そのうえで、一緒に強くなればいいんだ。

 

「……師匠」

 

「ん?」

 

「おれ、もっとムーちゃんのこと、しりたい」

 

 マスタードが目を細めた。

 

「……うむ」

 

「もっと、なかよくなりたい」

 

「そうじゃのう」

 

「それで……いつか、ムーちゃんがこわがらずにたたかえるようになったら、うれしい」

 

 少しだけ考えてから、言葉を続ける。

 

「でも、こわかったら、にげてもいいんだよね?」

 

「ほっほっほ!」

 

 マスタードが嬉しそうに笑った。

 

「そのとおりじゃ!」

 

 そして、大きな手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

 

「いやぁ、コウジちゃんから話は聞いとったが、チミはなかなか面白い子じゃのう!」

 

「えへへ……」

 

「よーし! 明日から、ワシちゃんがみっちり教えてあげるぞい!」

 

「ほんと!?」

 

「もちろんじゃ! ただし、覚悟するんじゃぞ?」

 

 マスタードが、にやりと笑った。

 

「ポケモンを強くする修行だけじゃない。リンちゃん自身も、たーっぷり鍛えてあげるからのう!」

 

 

 ……え、俺も?

 

 あの、師匠?

 

 俺、まだ四歳児なんですが?

 

 ……手加減、してくれるよね?

 

「ほっほっほ! 楽しみじゃのう!」

 

 あ~、これ絶対に手加減してくれないやつだ。

 

 ♦

 

 その夜。

 

 部屋に戻った俺は、ムーちゃんの隣に腰を下ろした。

 

「……ムーちゃん」

 

「グソ?」

 

「きょう、がんばったね」

 

「グソッ」

 

「でも、こわかったんだよね」

 

 ムーちゃんは、少しだけ顔を伏せた。

 

 俺はその大きな身体に、そっと寄りかかった。

 

「……だいじょうぶだよ」

 

「グソ?」

 

「これから、いっしょにれんしゅうしよう」

 

 ムーちゃんが首を傾げる。

 

「こわかったら、にげてもいいからさ」

 

 俺は笑った。

 

「そのときは、おれもいっしょににげるよ!」

 

「……グソ?」

 

「で、またがんばれそうになったら、いっしょにたたかおう!」

 

 しばらくの沈黙の後。

 

「……グソッ!」

 

 ムーちゃんが、嬉しそうに身体を寄せてきた。

 

「ぐえっ!?」

 

 ……ちょ、待って。

 

 重い、重いって!!

 

「ムーちゃん! くるしい! くるしいから!」

 

「グソッ!?」

 

 慌てて身体を離すムーちゃん。

 

 ぷっ。

 

「あははっ!」

 

 思わず笑ってしまった。

 

 ムーちゃんも、どこか嬉しそうに鳴いた。

 

 ……うん。

 

 やっぱり、最高の相棒だよ。

 

 前世では世界一位になった。

 

 でも、今の俺はまだ四歳。

 

 知らないことも、できないことも、山ほどある。

 

 だからこそ。

 

 これから、ムーちゃんと一緒に学んでいけばいい。

 

「よろしくな、ムーちゃん!」

 

「グソッ!」

 

 こうして。

 

 元世界一位の色違い廃人と、その相棒であるグソクムシャの修行生活が始まったのであった。

 

 ……ちなみに。

 

 俺はこのとき、まだ知らなかった。

 

 この道場には、俺の色違い廃人魂を根底から揺さぶる、とんでもない発明品がもう存在することを。

 

 そして、それを作り出そうとしている少年との出会いが、道場中を巻き込む大騒動へと発展することを。

 

 まあ、それはまた次のお話。

 

 とりあえず今は。

 

 マスタード師匠、これからよろしくお願いします!

 

 ……あ、でも。

 

 筋トレだけは、お手柔らかにお願いしますね?

 

 四歳児なので。

 

 マジで。

 

 切実に。

 

 お願いします。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。