拝啓、全国のポケモントレーナーの皆様。
いかがお過ごしでしょうか。
私は今、空飛ぶタクシーに揺られながら、眼下に広がる青い海を眺めております。
いやぁ、アーマーガアの空飛ぶタクシーってすごいっすね。
前世では何度となく利用したものだが、実際に乗ってみると迫力が段違いである。
風が気持ちいい。
景色が綺麗。
何より、ポケモンが空を飛んでいる。
最高じゃあないか?
……おっと。
話が逸れてしまった。
単刀直入に申し上げますと、不肖このリン。
四歳にして島流しとなりました。
…………いや、おかしくない?
まだ四歳だぞ、俺。
人生二周目とはいえ、今世ではまだ幼稚園児相当なんですけど?
しかも行き先は、海の向こうに浮かぶヨロイ島。
完全に島流しじゃん。
これ、俺が何かやらかしたみたいになってない?
……まあ。
心当たりがまったくないわけではないのだが。
♦
事の発端は、ムーちゃんがグソクムシャに進化したことだった。
我が愛しの相棒、グソクムシャ。
白い装甲に赤い触角。
立派な鎌のような前脚。
そして、堂々たる体躯。
うーん、何度見ても格好いい。
なお、本人は相変わらず甘えん坊である。
「ムーちゃん! おいで!」
「グソッ!」
「ぐえっ!?」
どすん。
俺の呼びかけに応じたムーちゃんが、嬉しそうに抱きついてくる。
いや、待って。
重い。
めちゃくちゃ重い。
百キロを超える甲冑武者が、四歳児に全力で甘えてくるのである。
愛が重い、物理的に。
「ムーちゃん……ちょっと、くるしい……」
「グソッ!?」
慌てて身体を離すムーちゃん。
進化してもかわいい。
ただし、いかんせん身体が大きくなりすぎた。
家の廊下では身体をぶつける。
庭の植木鉢をうっかり倒す。
俺に甘えようとして、床に敷いてあったマットを前脚で引っかける。
あれ?
もしかして、我が家に対する被害が深刻なのでは?
そして、決定打となった事件が起きた。
ある日の午後。
庭でムーちゃんと遊んでいると、突然、大きな物音がしたのである。
ガシャーン!
「うわっ!?」
俺が驚いて振り向いた、その瞬間。
「グソォッ!!」
ムーちゃんが俺の前に飛び出した。
次の瞬間、分厚い装甲が近くにあった木箱へ激突。
バキィッ!
……え、何事?
恐る恐る見れば、木箱が見事に粉砕されていた。
……おお。
これがグソクムシャの物理火力。
素晴らしい威力ですなぁ。
などと感心している場合ではない。
「……ムーちゃん?」
「グソ……」
ムーちゃんは俺を背中に隠したまま、小さく震えていた。
どうやら突然の物音に驚き、俺を守ろうとして飛び出したらしい。
ちなみに音の正体は、風で倒れた掃除道具だった。
ムーちゃん。
気持ちは嬉しいんだ。
でもね、そのパワーで毎回突っ込まれると、我が家が更地になりかねないんだよ。
「……リン?」
背後から声がした。
振り向く。
そこには、折れた木箱と怯えるムーちゃんを見つめるママンがいた。
「……これは、どういうことかしら?」
あ……終わったわこれ。
♦
「――というわけで、マスタードさんに相談してみようと思うんだ」
その日の夕食後。
パパンが、そんなことを言い出した。
「マスタード?」
「ああ。父さんが若い頃にお世話になった人でな。ヨロイ島で道場を開いているんだ」
「パパン! マスタードって、あのマスターどうじょうの!?」
「おお、知ってるのか?」
「しってる!」
そりゃ知ってるわ!
元ガラルチャンピオン!
ダンデの師匠!
そして、ガラル屈指の実力者!
前世ではダクマを頂くのにお世話になりましたとも!
……ん?てか、ちょっと待て。
「パパンも、マスタードのところでしゅぎょうしたの?」
「ああ。昔、少しだけな」
……マジ?
俺のパパン、元チャンピオンの弟子だったの?
初耳なんですが!?
「父さんは途中でバトルの道を離れたけど、今でも時々連絡を取ってるんだ」
「へぇぇぇ……!」
なんだよパパン!
そんな重要情報、もっと早く言ってくれよ!
しかし、隣に座るママンの表情は真剣だった。
「リン。あなたがポケモンを大好きなのは、ママもよくわかってるわ」
「……うん」
「ムーちゃんのことを大切にしているのも、ちゃんと知ってる」
「うん!」
「でもね。強くなったムーちゃんを、あなたがきちんと支えてあげられるかは、また別のお話なの」
…………。
俺は、足元にいるムーちゃんを見た。
「グソ……」
さっきの木箱の件を思い出しているのか、少し申し訳なさそうに身体を丸めている。
「ムーちゃんは悪くないわ。あなたを守ろうとしてくれたんだもの」
ママンは優しく続けた。
「ただ、怖いことがあったとき、どうすればいいのか。バトルのとき、どうすれば安心できるのか。そういうことを、ちゃんと教えてあげないといけないのよ」
「……そっか」
確かに、ムーちゃんは進化したし、技も増えた。
野生ポケモンとの勝負にも、ずいぶん慣れた。
でも、怖がりなところはまだ残っている。
いや、むしろ身体が大きくなって力が強くなったぶん、怖がったときの行動が危険になっているのかもしれない。
「だからね、リン」
パパンが俺の頭を撫でた。
「一度、専門の先生に教えてもらおう。父さんも一緒に行くから」
「……マスタード師匠に?」
「そうだ」
「……!」
なるほど。
そういうことなら。
「いきます!!」
「切り替え早いな!?」
そりゃそうよ!
あのマスタードに教えてもらえるんだぞ!?
むしろ行かない理由がない!
……というわけで。
最初はパパンと一緒に道場を訪ね、しばらく体験してみることになった。
問題がなければ、ミツバさんにも面倒を見てもらいながら、短期間の泊まり込み修行をするらしい。
そう。島流しと言っても、親に捨てられたわけではないのである。
よかったね、俺。
♦
そして現在。
アーマーガアの空飛ぶタクシーは、目的地へと近づいていた。
「リン、見えてきたぞ」
「……おお!」
眼下に広がる青い海。
その先に、緑豊かな島が見えてくる。
広大な草原。
入り組んだ海岸線。
遠くには森や岩山。
そして、島の中央付近に建つ大きな道場。
「DLCキターーー!!!」
「……DLC?」
パパンが首を傾げた。
当然の反応である。
別にいいのだ、俺が興奮していることだけ伝われば。
「パパン! はやく! はやく!」
「わかったから落ち着け! まだ着陸してないぞ!」
ぐぬぬ。
四歳児、待機時間に弱い。
なんとか着陸まで我慢して、俺たちはヨロイ島へ降り立った。
……いやぁ。
来てしまった。
ついに来てしまった。
あのヨロイ島に!
見渡す限りに広がる一礼野原。
自由に歩き回る野生ポケモンたち。
ゲーム画面では伝わらなかった草の匂いや、潮風の感触。
全部、本物である。
「ムーちゃん! みてみて!」
「グソッ!」
隣に立つムーちゃんも、興味深そうに辺りを見回している。
……よし。
これから一緒に頑張ろうな、相棒!
♦
マスター道場へ到着すると、入口で一人の女性が待っていてくれた。
「あら! いらっしゃい!」
茶色の髪に、優しそうな笑顔。
だけど、どことなく只者ではない雰囲気。
……ミツバさんだ。
「ミツバさん、すまないな。急な相談にもかかわらず……」
「いいのよ! ダーリンも久しぶりに会いたがってたもの!」
パパンの言葉に、ミツバさんは朗らかに笑った。
「それで、あなたがリン君ね?」
「はい! きょうからおせわになります!」
「あら、ご丁寧にどうも。ふふっ、可愛いわねぇ」
ミツバさんは俺と、その隣にいるムーちゃんを見比べた。
「……それにしても、立派なグソクムシャね。しかも色違い!」
「ムーちゃんです!」
「ムーちゃん?」
「はい!」
「ふふっ。可愛い名前ね」
そうでしょう?わかってらっしゃる!
「それじゃ、さっそくだけど中に入りましょ!」
ミツバさんに案内され、俺たちは道場へ足を踏み入れた。
……おお、広い。
床も壁も綺麗に手入れされていて、いかにも武道場といった雰囲気である。
そして、奥の部屋から聞こえてくるのは――
ピコピコピコ。
ピコピコ。
……。
ん?
この音は。
「ダーリン! コウジさんとリン君が来たわよ~!」
「ほいほーい! ちょいと待ってねぃ!」
奥から、なんとも気の抜けた声がした。
あ、知ってる。
この話し方、絶対あの人だ。
少しして、ゲーム機を片手に持った老人が姿を現した。
白い髪に豊かな髭。
人懐っこそうな笑顔。
マスタード師匠だぁぁぁ!!
「おお! コウジちゃん、久しぶりだねぃ!」
「師匠、ご無沙汰しております。この度は愚息のことを、よろしくお願いいたします」
「コウジちゃん、固いよ~! 昔みたいに気楽にしてちょ!」
マスタードは笑いながら、俺へ視線を向けた。
「で、この子がリンちゃんかな?」
「はい! リンです!」
「改めて、ワシちゃんはマスタード! これからよろぴくね~!」
「よろぴくで~す!」
「こら! リン!」
パパンに怒られた。
解せぬ。
向こうがそう言ってきたから合わせただけなのに。
「いいのいいの! 元気なのはいいことだよ?」
「ふふっ。なんだか、ダーリンと気が合いそうね」
マスタードとミツバさんが楽しそうに笑う。
どうやら第一印象は悪くないらしい。
よし、幸先のいいスタートである。
「それじゃ、とりあえず――」
マスタードが俺とムーちゃんを交互に見た。
「チミの力を見てみたいし~、手始めにワシちゃんとポケモン勝負しちゃおっか!」
おぉ、原作通り……。
「やる!!」
「ほっほっほ! 即答じゃのう!」
そりゃ即答するわ!
イベントバトルだぞ!あわよくばダクマください!何でもしますから!(なんでもするとは言ってな)
「師匠、リンはまだ四歳で……」
「大丈夫だよ、コウジちゃん。もちろん手加減はするし、危険なことはさせんからねぃ」
マスタードは笑顔のまま、ムーちゃんを見つめた。
「それに、ちょいと確かめたいこともあるしのう」
……ん、確かめたいこと?
まあいい。
とにかくバトルだ!
♦
道場の練習場。
俺の前にいるのは、ムーちゃん。
対するマスタードの手持ちは、コジョフーだった。
「コジョッ!」
小柄な身体に、引き締まった手足。
その立ち姿には、隙がない。
……なるほど、ここも原作通りコジョフーか。
だが、問題なし。
ムーちゃんのA種族値はの125!
Bの種族値も140ある。
進化したばかりとはいえ、その火力と耐久は伊達じゃない。
「それじゃ、始めるぞい!」
「いつでも!」
「コジョフー、準備はいいかの?」
「コジョッ!」
コジョフーが構える。
その瞬間。
「ムーちゃん! であいがしら!」
「グソォッ!!」
白い巨体が、一気に加速した。
……速い!
普段ののんびりした姿からは想像できない、凄まじい踏み込み!
俺でなきゃ見逃しちゃうね!
「コジョッ!?」
ムーちゃんの前脚がコジョフーを捉える。
吹き飛ばされたコジョフーが、地面を滑った。
であいがしらは場に出た直後しか使えない代わりに、強力な先制技。
むし技を半減する相手にも、十分な圧力をかけられる!
「ほっほっほ! なかなかやるのう!」
「まだまだいくよ!」
マスタードが目を細める。
「コジョフー、はっけいじゃ!」
「コジョッ!」
コジョフーが地面を蹴った。
……来た!
攻撃技!
「ムーちゃん、ふいうち!」
「グソッ!」
コジョフーの拳が届くよりも早く、ムーちゃんがその懐へ飛び込む。
「コジョォッ!?」
直撃、いいぞ!
相手が攻撃しようとしたところへ先制する、ふいうち。
これぞ元対戦廃人の真骨頂!
相手より速く動く必要はない。
相手より先に動ける状況を作ればいいのだ!
……まあ、相手が攻撃してくれなければ失敗するんですけどね。
「ほうほう。先制技の使い方をよう知っとるのう」
「えへへ!」
「じゃが、そろそろこちらも――」
「ムーちゃん! シェルブレード!」
「グソォォッ!!」
ムーちゃんの前脚に、水の刃が形作られる。
そのまま一気に踏み込んだ。
ザシュッ!
「コジョォッ!」
水の刃がコジョフーを捉える。
コジョフーは数歩よろめき、その場に膝をついた。
しばらくして。
「……コジョ」
動かなくなった。
「やったあああ!! ムーちゃん、かったぞ!!」
「グソッ!」
俺は両手を上げて喜んだ。
マスタード相手に初勝利!
いや、コジョフー一匹の模擬戦だから、本気の師匠に勝ったわけではないんだけどさ。
それでも嬉しいものは嬉しい!
……しかし。
「ほっほっほ!」
マスタードは、なぜかさっきより楽しそうに笑っていた。
「いやぁ、驚いた驚いた!」
「でしょ!?」
「四歳でグソクムシャまで育てたとは、たいしたもんじゃ!」
「えへへ!」
褒められた。
しかも元チャンピオンに!
これは実質優勝と言っても過言ではない。
……いや、過言か。
「しかも、技の使い方もなかなか面白い」
「ほんと!?」
「であいがしらから、ふいうち。そして最後はシェルブレード。相手の動きをよう考えとる」
そうでしょうとも!
なんせ俺は前世で世界一位を――
「……じゃがのう、リンちゃん」
…………ん?
マスタードの声が、少しだけ変わった。
「この子、まだバトルが怖いみたいじゃのう」
「……え?」
俺は思わず、ムーちゃんを見た。
「グソ……?」
ムーちゃんは首を傾げている。
……怖い?
いやいや。
さっきだって、ちゃんと技を出していたじゃないか。
であいがしらも決まったし、ふいうちも成功した。
シェルブレードなんて、見事な一撃だったぞ?
「ムーちゃん、ちゃんとたたかえてたよ?」
「うむ。そこは間違いない」
マスタードは頷いた。
「じゃが、リンちゃん。さっきの勝負を思い出してごらん」
「……?」
「コジョフーが構えたとき、ムーちゃんはどうしとった?」
…………え?
構えたとき?
……そういえば。
コジョフーが構えた瞬間、ムーちゃんの身体が少し縮こまっていたような。
「であいがしらのあとも、すぐにリンちゃんのほうを見とったじゃろ?」
「……あ」
「つっぱりを出そうとしたときなんて、前脚が少し震えとったぞい」
……マジ?
俺はムーちゃんを見つめた。
「……ムーちゃん?」
「グソ……」
ムーちゃんが、そっと俺の背後へ回った。
……あ、そうだわ。
この子、前からこうだった。
怖いことがあると、すぐに俺の後ろへ隠れる。
進化して身体が大きくなってからも、それは変わっていなかった。
「……でも、かったよ?」
思わず、そんな言葉が出ていた。
しかしマスタードは否定しなかった。
「うむ。リンちゃんの指示もよかったし、ムーちゃんも頑張った」
「……うん」
「じゃが、それと怖くなかったかどうかは、別の話じゃよ」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
マスタードは、しゃがみ込んでムーちゃんを見上げた。
「ムーちゃん。よく頑張ったのう」
「グソ……」
「今日はもう、おしまいじゃ。ゆっくり休むんじゃよ」
そう言って、優しく笑った。
ムーちゃんは少し驚いたようにマスタードを見つめ、それから俺へと身体を寄せてきた。
あれ?
俺、もしかして。
大事なことを見落としてた?
♦
その日の夜。
パパンはミツバさんと今後の予定について話し合っていた。
最初の数日はパパンも島に残り、俺が道場での生活に慣れたら、ママンとも連絡を取りながら短期の泊まり込みを始めるらしい。
ちなみに俺は、道場の縁側に座っていた。
隣にはムーちゃん。
月明かりに照らされた白い装甲が、ぼんやりと輝いている。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「きょう、こわかった?」
ムーちゃんが、ぴたりと動きを止めた。
そして。
「……グソ」
小さく鳴いて、顔を伏せた。
……そっか。
怖かったんだな。
俺は、そっとその装甲に触れた。
「……ごめんね」
「グソ?」
「おれ、かったことばっかりよろこんでた」
……いや。
前世の俺なら、それでもよかった。
画面の中では、ポケモンの行動を選んで、相手を倒して、勝敗を競う。
読みが当たれば嬉しい。
勝てばもっと嬉しい。
そして、その積み重ねで世界一位になった。
でも、今は違う。
ムーちゃんは、俺の指示に従ってくれる。
だけど、それは怖くないからじゃない。
怖くても、俺の声を信じて頑張ってくれていたんだ。
……そんなことにも気づけなかったなんて。
元世界一位が聞いて呆れるぜ。
「ほっほっほ。難しい顔をしとるのう」
「……あ、師匠」
いつの間にか、マスタードが縁側に立っていた。
その手には、温かそうな飲み物が二つ。
「ほい、リンちゃん。モーモーミルクじゃよ」
「ありがとう!」
……んま。
夜のヨロイ島、最高か?
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「……師匠」
「ん?」
「おれ、まだまだなのかな」
マスタードは、しばらく俺を見つめていた。
そして、隣に腰を下ろす。
「ほっほっほ。そりゃあ、まだ四歳じゃもの」
「……でも、ポケモンのことはいっぱいしってるよ?」
「うむ。そうじゃのう」
「タイプあいしょうも、わざも、せんじゅつも……」
「そうじゃのう」
「……でも、ムーちゃんがこわがってるの、わかんなかった」
マスタードは、静かに頷いた。
「リンちゃんは、ずいぶんたくさんのことを知っとる」
「……うん」
「きっと、普通の大人よりもポケモンバトルに詳しいじゃろうな」
……あら、バレてーら。
いや、さすがに前世のことまではわからないだろうけど。
「じゃがのう」
マスタードは、隣で丸くなっているムーちゃんへ視線を向けた。
「知っていることと、わかってあげられることは違うんじゃよ」
…………。
「リンちゃんは、グソクムシャがどんな技を使えるか知っとる。どんな相手が得意かも、苦手かも知っとる」
「……うん」
「じゃが、ムーちゃんが何を怖がって、どんなときに安心できるのか。それは、まだ勉強中なんじゃ」
…………。
俺はムーちゃんを見た。
ムーちゃんも、こちらを見ていた。
「ポケモンは、生きとるからのう」
マスタードの声は、穏やかだった。
「同じ種類のポケモンでも、性格は一匹ずつ違う。怖がりな子もおれば、負けん気の強い子もおる」
「……うん」
「だから、技や相性を覚えるだけじゃ足りんのじゃよ」
なんだろう。
胸の奥が、少しだけ痛い。
俺は前世で、何千回、何万回とポケモンバトルをしてきた。
知識には自信がある。
読み合いにも自信がある。
対戦で世界一位になったことだってある。
でもムーちゃんが、何を考えているのか。
それだけは、まだわからないことだらけだった。
「……師匠」
「なんじゃい?」
「どうしたら、ムーちゃんがこわくなくなるかな」
マスタードは、少し考えるように顎を撫でた。
「そうじゃのう……」
そして、にっこり笑った。
「まずは、怖がってもいいってことを教えてあげるんじゃな」
「……え?」
「ムーちゃんは怖がりなんじゃろ?」
「……うん」
「じゃあ、怖がらない子にしようとせんでもいいんじゃよ」
……あ。
「怖いときは逃げてもいい。リンちゃんに助けてもらってもいい。そう思えるようになれば、少しずつ安心して戦えるようになるじゃろう」
マスタードは、ムーちゃんの頭を優しく撫でた。
「それにのう。ムーちゃんには、ムーちゃんの強さがある」
「……つよさ?」
「そうじゃ。危険を感じ取るのが上手な子なんじゃろ? それだって立派な才能じゃよ」
危険を感じ取る才能。
逃げることも、強さ。
……そうか。
俺はずっと、ムーちゃんに強くなってほしいと思っていた。
でも、その強さは攻撃力とか、防御力とか、技の威力ばかりだった。
怖がりな性格を直さなきゃいけない。
逃げないようにしなきゃいけない。
そんなふうに考えていた。
……違うんだ。
ムーちゃんは、ムーちゃんのままでいい。
そのうえで、一緒に強くなればいいんだ。
「……師匠」
「ん?」
「おれ、もっとムーちゃんのこと、しりたい」
マスタードが目を細めた。
「……うむ」
「もっと、なかよくなりたい」
「そうじゃのう」
「それで……いつか、ムーちゃんがこわがらずにたたかえるようになったら、うれしい」
少しだけ考えてから、言葉を続ける。
「でも、こわかったら、にげてもいいんだよね?」
「ほっほっほ!」
マスタードが嬉しそうに笑った。
「そのとおりじゃ!」
そして、大きな手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「いやぁ、コウジちゃんから話は聞いとったが、チミはなかなか面白い子じゃのう!」
「えへへ……」
「よーし! 明日から、ワシちゃんがみっちり教えてあげるぞい!」
「ほんと!?」
「もちろんじゃ! ただし、覚悟するんじゃぞ?」
マスタードが、にやりと笑った。
「ポケモンを強くする修行だけじゃない。リンちゃん自身も、たーっぷり鍛えてあげるからのう!」
……え、俺も?
あの、師匠?
俺、まだ四歳児なんですが?
……手加減、してくれるよね?
「ほっほっほ! 楽しみじゃのう!」
あ~、これ絶対に手加減してくれないやつだ。
♦
その夜。
部屋に戻った俺は、ムーちゃんの隣に腰を下ろした。
「……ムーちゃん」
「グソ?」
「きょう、がんばったね」
「グソッ」
「でも、こわかったんだよね」
ムーちゃんは、少しだけ顔を伏せた。
俺はその大きな身体に、そっと寄りかかった。
「……だいじょうぶだよ」
「グソ?」
「これから、いっしょにれんしゅうしよう」
ムーちゃんが首を傾げる。
「こわかったら、にげてもいいからさ」
俺は笑った。
「そのときは、おれもいっしょににげるよ!」
「……グソ?」
「で、またがんばれそうになったら、いっしょにたたかおう!」
しばらくの沈黙の後。
「……グソッ!」
ムーちゃんが、嬉しそうに身体を寄せてきた。
「ぐえっ!?」
……ちょ、待って。
重い、重いって!!
「ムーちゃん! くるしい! くるしいから!」
「グソッ!?」
慌てて身体を離すムーちゃん。
ぷっ。
「あははっ!」
思わず笑ってしまった。
ムーちゃんも、どこか嬉しそうに鳴いた。
……うん。
やっぱり、最高の相棒だよ。
前世では世界一位になった。
でも、今の俺はまだ四歳。
知らないことも、できないことも、山ほどある。
だからこそ。
これから、ムーちゃんと一緒に学んでいけばいい。
「よろしくな、ムーちゃん!」
「グソッ!」
こうして。
元世界一位の色違い廃人と、その相棒であるグソクムシャの修行生活が始まったのであった。
……ちなみに。
俺はこのとき、まだ知らなかった。
この道場には、俺の色違い廃人魂を根底から揺さぶる、とんでもない発明品がもう存在することを。
そして、それを作り出そうとしている少年との出会いが、道場中を巻き込む大騒動へと発展することを。
まあ、それはまた次のお話。
とりあえず今は。
マスタード師匠、これからよろしくお願いします!
……あ、でも。
筋トレだけは、お手柔らかにお願いしますね?
四歳児なので。
マジで。
切実に。
お願いします。