ヨロイ島にやってきて、もうすぐ一か月が経とうとしていた。
最初は四歳児にして島流しとか、どんな人生だよと思っていた俺だが、いざ暮らしてみれば意外と悪くない。
飯は美味い。
景色は綺麗。
ポケモンはそこら中にいる。
そして何より、マスタード師匠という最高の指導者がいる。
いやぁ、充実しておりますなぁ!
ちなみにパパンは、俺が道場での生活に慣れた頃にバウタウンへ帰っていった。
別れ際には「ミツバさんの言うことをちゃんと聞けよ」と何度も念を押されたが、失礼な話である。
俺を誰だと思っている。
前世では世界一位にまで登り詰めた男だぞ?
四歳児とはいえ、分別くらい――
「リンちゃーん! 廊下は走っちゃダメよー!」
「はーい!」
まあ、多少はしゃぐこともある、人間だもの。
さて、肝心の修行についてだがこちらも順調である。
「ムーちゃん! 右に回って!」
「グソッ!」
「そうそう! そのままシェルブレード!」
「グソォッ!」
白い装甲を纏ったムーちゃんが、水の刃を振り抜く。
道場の練習用の的に、見事な一撃が決まった。
「おおっ! いいぞい、リンちゃん!」
「えへへ!」
「ムーちゃんも、少しずつ落ち着いて動けるようになっとるのう!」
師匠が嬉しそうに笑う。
うむ、実に素晴らしい。
以前のムーちゃんは、相手が動くだけで身を縮めてしまうことがあった。
だが最近は、怖くなったら俺を見るようになった。
俺が「大丈夫」と言えば、その場で踏ん張ってくれることもある。
もちろん、無理はさせない。
怖いものは怖い。それは仕方ない。
大切なのは、怖いときにどうするか。
そして、俺たち二人でどう乗り越えるかだ。
……いやぁ、俺も成長したもんだ。
「じゃあリンちゃん、次は体力作りじゃ!」
「はい!」
「一礼野原を三周してくるんじゃよ!」
「……はい?」
…………。
あの、師匠?
この広大な草原を三周?
俺、四歳なんですけど?
「ほっほっほ! もちろん無理のない範囲でよいぞい!」
そう言って笑う師匠。
……なるほど、これが元チャンピオンの修行。
まったく、恐ろしい世界だぜ。
♦
そんなある日のこと。
午前中の修行を終えた俺は、ムーちゃんと一緒に道場の中を探検していた。
いや、別にサボっているわけではない。
午後の修行まで少し時間があるので、施設内を見学しているだけである。
社会科見学というやつだ。
「ムーちゃん、こっちには何があるんだろうな?」
「グソ?」
道場の奥へ進む。
すると、どこからか奇妙な音が聞こえてきた。
ガコンッ。
ウィィィン。
ガガガガガッ!
……ん?
何だ、この音。
明らかに何かの機械が動いている。
いや、それにしても。
妙に聞き覚えがあるような……。
俺は音のする部屋を覗き込んだ。
そこには、工具や部品が山積みになった机。
何やら難しそうな設計図。
そして、その中央に鎮座する――
巨大なウッウの形をした機械。
……このフォルム、そしてこの絶妙に間抜けな顔。
そして、何かを飲み込んで吐き出しそうな構造。
これ……。
「ウッウロボじゃねぇかぁぁぁ!!」
「うわっ!?」
俺の叫び声に、机の向こうにいた少年が飛び上がった。
「び、びっくりした! 誰!?」
「あっ、ごめん!」
少年は俺より少し年上に見える。
手には工具を持ち、頬には黒い油のようなものが付着していた。
「君、もしかして新しく来た子?」
「うん! リンです!」
「ああ、父さんが言ってた! ぼくはハイド。よろしくね!」
ハイド。
キタコレ!!
ウッウロボの生みの親!
発明少年ハイド君である!
「よろしく、ハイド!」
「うん! それで、どうしたの?」
「これ!」
俺はウッウロボを指差した。
「このきかい、ハイドがつくったの!?」
「そうだよ! まだ試作品だけどね!」
少年は得意げに胸を張った。
「四つの材料を入れると、別の道具を作れるんだ!」
もちろん知ってるとも!
前世でお世話になりまくったからな!
ただし、あれは危険な代物だった。
なぜなら、ある種の人間にとっては、無限に時間を吸い取る悪魔の機械だからである。
そのある種の人間とは?
もちろん、俺のことだ。
「……ハイド」
「ん?」
「これ、ぼんぐりもいれられる?」
「え? ぼんぐり?」
「うん!」
「どうして?」
「ぼんぐりから、ボールつくれる?」
「……試したことないけど」
……なるほど、試したことがない。
つまり、できないとは言っていない。(屁理屈)
「よし、やろう」
「えっ?」
「いまからやろう」
「え、ちょっと待って!?」
「ぼんぐりはどこにある!?」
「君、目が怖いよ!?」
ふっ、ハイド君。
君はまだ知らない。
その機械の真の恐ろしさを。
そして。
目の前の四歳児が、どれほどのオシャボ廃人であるかを。
……ようこそ、沼の入り口へ。
♦
こうして俺とハイドの共同研究が始まった。
まずは、ぼんぐりを使ったボール製造の可能性について。
「昔はぼんぐりからモンスターボールを作ってたんだよね?」
「うん。ジョウト地方では今でも職人さんが作ってるって聞いたよ」
「じゃあ、これでもできるんじゃない?」
「……なるほど。材料の性質を調べれば、もしかしたら……」
ハイドが研究ノートに何やら書き込み始めた。
うむ、実にいい反応だ。
話が早くて助かるゾ~これ。
俺は前世で知っていたボールの種類や特徴を、思いつきの仮説として伝えていった。
ムーンボール。
ルアーボール。
ヘビーボール。
ラブラブボール。
フレンドボール。
スピードボール。
レベルボール。
いわゆるガンテツボール。
通称、オシャボ!
ポケモンを捕まえるなら、性能だけじゃなく見た目にもこだわりたい。
それがオシャボ厨の性というもの。
「リンって、ボールのことすごく詳しいんだね!」
「えへへ!」
「でも、なんでそんなに珍しいボールが欲しいの?」
愚問だな、ハイド君。
「かっこいいから!」
「……それだけ?」
「かわいいのもある!」
「……そっかぁ」
ハイドが微妙な顔をした。
なんだその反応は。
重要だろ、見た目!
色違いポケモンを捕まえるなら、ボールのデザインだって合わせたいじゃないか!
ちなみにムーちゃんは普通のモンスターボールに入っている。
これはこれで気に入っている。
最初の相棒だしね。
さて、実験開始である。
ぼんぐりを四つ投入。
スイッチオン!
ガコンッ!
ウィィィン!
……ぽんっ。
「……モンスターボール」
「おお! できた!」
ハイドが喜んでいる。
しかし、俺としてはまだまだ。
二回目。
スーパーボール。
三回目。
モンスターボール。
四回目。
ハイパーボール。
五回目。
…………。
「……なんでキズぐすり?」
「わ、わかんない!」
ウッウロボ。
お前、相変わらずだな。
だが、ここで諦める俺ではない。
前世で色違い厳選に何百時間も費やしてきた男だぞ?
試行回数で殴ることに関しては、そこらの人間に負ける気がしない。
「ハイド!」
「なに?」
「もっとぼんぐりあつめよう!」
「えっ、まだやるの!?」
「とうぜん!」
こうして、俺たちのぼんぐり地獄が幕を開けたのである。
♦
翌日。
「リンちゃん、今日も修行するぞい!」
「はい!」
「おお、元気じゃのう!」
「師匠! きょうはどこまでいく!?」
「ん? 今日は鍛錬平原まで行こうかのう」
……鍛錬平原。
たしか、あの辺にはぼんぐりの木があったはず。
「師匠! はやくいこう!」
「ほっほっほ! 今日はやる気満々じゃのう!」
ふっふっふ。
任せてください、師匠。
俺には崇高な目的があるのです。
そして、修行が始まった。
ムーちゃんとの連携練習。
野生ポケモンとの模擬戦。
体力作りのための散歩。
その合間に。
「……あっ!」
ぼんぐり発見!
「師匠! ちょっとまって!」
「ん?」
俺は木の下へ駆け寄った。
落ちていたぼんぐりを拾い、リュックへ放り込む。
一個。
二個。
三個。
……うむ、実にいい収穫だ。
「リンちゃん、何を集めとるんじゃ?」
「ぼんぐり!」
「ほう? 何に使うんじゃ?」
「ひみつ!」
「ほっほっほ。そうかそうか」
師匠は楽しそうに笑っていた。
……ちなみに。
この頃までは、まだ修行のついでにぼんぐりを集めていた。
だが、数日後。
「師匠! きょうは集中の森にいこう!」
「ん? 今日は別の修行を考えとったんじゃが……」
「あそこ、ぼんぐりがいっぱいあるんだ!」
「……リンちゃん?」
「ムーちゃんのれんしゅうもできるし!」
「……ほっほっほ」
あれ?なんか師匠の笑顔が怖い。
しかし、そんなことを気にしている余裕はない。
今の俺に必要なのは、ぼんぐり。
圧倒的物量のぼんぐりである。
修行のついでにぼんぐりを集める。
それがいつの間にか。
ぼんぐりを集めるついでに修行する。
完全に手段と目的が逆転していた。
……うん、知ってる。
でも、やめられないんだよなぁ!
♦
実験開始から一週間ほど。
ウッウロボの試行回数は、すでに五十回を超えていた。
そして。
「……出ない」
「……出ないね」
俺とハイドは、床に並んだ大量のモンスターボールを見つめていた。
普通のモンスターボール。
スーパーボール。
ハイパーボール。
たまにキズぐすり。
……いや、違う。
欲しいのはこれじゃない!
オシャボだ!オシャボを寄越せ!
「リン、これ以上やっても難しいんじゃないかな……」
「まだだ!」
「えぇ……」
「まだ五十かいだぞ!」
「もう五十回だよ!?」
ふっ、甘いなハイド。
たかが五十回で音を上げるとは。
色違い厳選の世界では、五十回など誤差である。
誤差。そう、誤差なんですよ。
……と言いたいところだが。
実は、一つ問題が発生していた。
ウッウロボの開発費である。
「……ハイド?」
背後から、優しい声がした。
……あ、この声。
嫌な予感しかしない。
振り返ると、そこにはミツバさんが立っていた。
にっこり。
実に美しい笑顔である。
ただし、手には帳簿。
…………。
あ~これ、終わったわ。
「この出費は何かしら?」
「け、研究費です……」
「研究費?」
「は、はい……」
「リンちゃん?」
「……将来への投資です」
「二人とも、そこに座りなさい」
……はい。
正座確定。
なお、隣にいたムーちゃんは、ものすごい速度で部屋の隅へ退避していた。
おい、相棒。俺を置いていくな。
しかし、ムーちゃんは賢い。
今のミツバさんに逆らってはいけないことを、本能で理解しているのだ。
……くっ。
これが、ききかいひの真髄か。
♦
その日の夜。
俺たちには、新たなルールが課せられた。
一つ。修行と家事を終わらせてから研究すること。
二つ。材料は基本的に自分たちで集めること。
三つ。道場の設備を勝手に改造しないこと。
四つ。危険な実験は、必ず大人に相談すること。
ぐうの音も出ない。
しかし、俺はこの程度では諦めない男である。
むしろ燃えてきた。
「ハイド!」
「……なに?」
「やるぞ!」
「……まだやるの!?」
「とうぜん!」
なぜなら、今の俺たちには明確な目標がある。
『狙ったオシャボを、確実に作る』
これである。
運任せではない。
素材と配合を研究し、再現性のあるレシピを完成させる。
目指すは、オシャボ製造の完全自動化!
……まあ、材料を集めるのは手動なんですけどね。
そこはまぁ、気合いと根性である。
♦
それからというもの。
俺たちは、毎日のように研究を続けた。
修行を終えたら、ぼんぐり採集。
家事を手伝ったら、実験。
夕食後には、ハイドと一緒に研究ノートを確認。
いやぁ充実している。
忙しすぎて、寝る時間が惜しいくらいだ。
……なお、ミツバさんに見つかると強制就寝である。
母は強し。
さて、試行回数が百回を超えた頃。
ついに、変化が訪れた。
「……あれ?」
ウッウロボの口から、いつもとは違うボールが転がり出てきた。
黒い本体。
金色の装飾。
そして、独特の高級感。
……おお?
ゴージャスボールじゃねぇか!!
「ハイド!!」
「な、なに!?」
「でたぞ!!」
「え!?」
「ゴジャボ!!」
「ご、ゴジャボ?」
「ゴージャスボール!!」
俺は思わず、その場で飛び跳ねた。
ついにキタ!オシャボ第一号!
……いや、ゴージャスボールは一般流通もしているけど!
それはそれ、これはこれ!
自分たちで作れたことに意味があるのだ!
「……すごい」
ハイドも目を輝かせていた。
「今までと違う構造になってる……!」
「でしょ!?」
「素材の組み合わせで、内部の仕組みまで変わるんだ!」
「そういうこと!」
……あれ?
俺たち、喜んでいる理由が違う気がする。
まあいいか!
喜びを分かち合えるなら、それでよし!
♦
そして、試行回数が二百回を突破した頃。
ついに。
ついに、その瞬間が訪れた。
「リン! 見て!」
「ん?」
「これ! 昨日と同じ組み合わせ!」
ハイドが研究ノートを広げた。
そこには、細かい数字と素材の名前がびっしりと書き込まれている。
「この組み合わせで、もう一回やってみよう!」
「おっけー!」
四つの素材を投入。
スイッチオン。
ガコンッ!
ウィィィン!
ぽんっ。
「……ムーンボール」
「……うん」
「昨日もムーンボールだったよね?」
「……うん!」
俺たちは顔を見合わせた。
そして。
「「うおおおおおおお!!」」
叫んだ。
なぜなら、ついに同じレシピで同じオシャボが完成したからである。
しかも、ハイドが装置の内部を調整したことで、素材ごとの出力が安定し始めていた。
そこからは早かった。
ムーンボール。
ルアーボール。
ヘビーボール。
ラブラブボール。
フレンドボール。
スピードボール。
レベルボール。
一つ、また一つ。
試行錯誤を重ねるたびに、再現できるレシピが増えていく。
そして、ある日。
「リン……」
「……うん」
「できたよ」
「……うん」
ハイドが、震える手で研究ノートを掲げた。
そこには、数十種類の素材の組み合わせと、完成するボールの一覧。
オシャボ確定レシピ、完成。
「勝ったな」
「……何に?」
「物欲センサーに、だよ」
「……???」
ハイドは首を傾げていた。
だが、俺にはわかる。
これは歴史的勝利である。
ランダム要素に振り回され続けてきた、すべてのオシャボ厨に捧げたい。
ありがとう、ハイド。
ありがとう、ウッウロボ。
そして、ありがとう。
二百回以上の試行錯誤。
いやぁ……長かった。
……本当に長かった。
これで好きなボールを作れる。
色違いポケモンを、好きなボールに入れられる。
最高じゃないか。
もう俺、ここに永住してもいいのでは?
♦
しかし、俺たちの研究はそこで終わらなかった。
ある日のこと。
ハイドが、アローラ地方の研究資料を持ってきたのである。
「リン、これ知ってる?」
「ん?」
差し出された資料には、見慣れない形のモンスターボールが描かれていた。
青と黒、黄色を基調にした、独特な模様。
「……ウルトラボール?」
「知ってるの!?」
「……うん」
当然知ってる。
ウルトラビーストを捕まえるためだけの、特殊なボール。
通称ウルボ。
オシャボ厨としても、ぜひ確保しておきたい一品である。
「これ、普通の材料じゃ作れないんだけどね」
ハイドが机の上に、小さな部品を置いた。
「研究者の人から、特殊な捕獲装置の部品を分けてもらったんだ」
……ほう。
「これを使えば、もしかしたら作れるかもしれない」
……ハイド、君というやつはなんて恐ろしいことを言うんだ。
「……やろう」
「うん!」
「いまからやろう」
「うん!」
もはや、迷いはなかった。
俺たちは完全に同類である。
そこから数日。
特殊な部品を組み込み、装置を調整。
何度も失敗し、そのたびに研究ノートを確認する。
そして。
ガコンッ!
ウィィィン!
……ぽんっ。
ウッウロボの口から、一つのボールが転がり出た。
青と黒の、不思議な模様。
「リン、見て! できた!」
「……え?」
「ウルトラボール!」
「……は?」
「だから、ウルトラボール!」
………………。
「ハイド」
「うん?」
「お前、天才か?」
「……えへへ!」
ハイドが照れくさそうに笑う。
いや、マジで天才だと思う。
こんな小さな少年が、ここまでのものを作ってしまうなんて。
……俺?
俺はただのオシャボ廃人ですが何か?
とにもかくにもウルトラボール、ゲットだぜ!
これは大切に保管しておこう。
いつか、何かの役に立つかもしれないしね。
♦
そして、ウッウロボ騒動はついに最終局面を迎える。
ある日、ハイドが古い研究用の部品を持ってきた。
「リン! これ、使えるかもしれない!」
「なにそれ?」
「特殊な捕獲制御装置の部品なんだけど、もう使われてない試作品らしいんだ」
……ふむ。
なんだか、ものすごく重要そうな代物である。
しかも一つしかないらしい。
「これをウッウロボに組み込めば、もっとすごいボールが作れるかもしれない!」
「……すごいボール?」
「うん!」
……まさか。
いやいや。
そんなわけないよな?
でも、もし。もしもだぞ?
俺は、ハイドと顔を見合わせた。
「……やる?」
「……あったりめぇよ!」
こうして、最後の実験が始まった。
ただし、今回は特殊な部品を使うため、ミツバさんにも事前に相談済みである。
さすがに前回の反省は活かしている。
俺たちだって成長するのだ。
……なお、ミツバさんには「絶対に爆発させないこと」と念を押された。
非常に怖い。
が、材料を投入。
特殊な制御装置を接続。
スイッチオン。
ガコンッ!
ウィィィィン!!
ガガガガガガッ!!
……ん?
なんか音がおかしくない?
「ハイド?」
「……あれ?」
「……これ、だいじょうぶ?」
「……たぶん?」
…………。
たぶん!?
おいおいおい! それ、一番信用ならない回答なんですが!?
次の瞬間。
バチッ!
「うわっ!?」
装置から火花が散った。
慌ててハイドが停止スイッチを押す。
……ガコン。
機械が静かになった。
…………。
……失敗?
そう思った、そのとき。
ぽとん。
ウッウロボの口から、一つのボールが転がり落ちた。
紫色の上部。
赤紫の装飾。
そして。
中央に描かれた、大きな『M』の文字。
………………は?
「……ハイド」
「……なに?」
「ちょっときいていい?」
「……うん」
「これ……マスターボールじゃない?」
「……え?」
…………。
…………。
………………。
「師匠ぉぉぉぉぉ!!」
俺は叫んだ。
「なんかやばいの出たぁぁぁぁ!!」
♦
その後、マスタード師匠とミツバさんが駆けつけた。
事情を説明すると、二人とも目を丸くした。
「……ほっほっほ。まさか、こんなものができるとはのう」
「ダーリン、笑い事じゃないわよ!?」
ミツバさんが、ハイドの研究ノートを確認する。
そして、深いため息。
「……本当に、あなたたちは……」
あ、また怒られるやつだ。
しかし、今回ばかりは事情が違う。
俺たちはちゃんと許可を取ったのだ!
……結果が想定外すぎただけで。
「それにしても、すごいのう」
マスタードがマスターボールを手に取った。
「捕獲制御の仕組みも、なかなか精巧じゃ。少なくとも、ただの飾りではなさそうじゃのう」
ハイドが嬉しそうに頷く。
「ただ、特殊な部品は全部使っちゃったし……」
「うん?」
「制御装置も壊れちゃったから、もう一個作るのは難しいと思う」
なるほど。
一品物、というわけか。
まあ、そりゃそうだよな。
マスターボールを量産できたら、世界の捕獲事情が根底から変わってしまう。
それに正直、俺としては別に構わない。
なぜなら俺が本当に欲しいのはオシャボだからである。
マスボ?
一個あれば十分っしょ!
それよりムーンボールを百個ください。
「リンちゃん」
「はい!」
マスタードが俺を呼んだ。
「このボール、チミが持っておくかい?」
「……え?」
「ハイドと一緒に作ったものじゃろ?」
……マ?
「でも、こんなすごいもの……」
「ほっほっほ! 大切に使えばよいんじゃよ!」
師匠はにっこり笑った。
「ただし、まだ試作品じゃからのう。実際に使う前には、ちゃんと大人に確認してもらうんじゃぞ?」
「……うん!」
俺は両手でマスターボールを受け取った。
……重い。
いや、物理的な重さというより。
なんというか。
すごいものを手に入れてしまったという実感がある。
……でも、やっぱりさぁ。
オシャボのほうがテンション上がるなぁ。
……今のは内緒ね?
♦
さて。こうして、俺たちの研究は大成功を収めた。
狙ったオシャボを作れるレシピを確立。
ウルトラボールの製造にも成功。
おまけに、マスターボールまで手に入れた。
完璧では?
これ、もう大勝利でしょ。
俺は完成したボールを机の上に並べた。
ムーンボール。
ルアーボール。
ヘビーボール。
ラブラブボール。
フレンドボール。
スピードボール。
レベルボール。
ゴージャスボール。
そして、ウルトラボールにマスターボール。
実に壮観である。
「ハイド……」
「……うん」
「やったな」
「……うん!」
俺たちは固い握手を交わした。
ここに、歴史的な共同研究が完了したのである。
……いやぁ。
いい仕事したわ。
さてと、この成果をぜひ師匠にも見せてあげなければ。
「師匠ぉぉぉ!!」
俺は完成したボールを抱えて、道場へ駆け込んだ。
「きょうのせいかを見てくれ!!」
「んお?」
マスタード師匠が顔を上げた。
俺は机の上に、ずらりとボールを並べる。
「どう!? すごいでしょ!!」
「……ほっほっほ」
師匠が、一つずつボールを眺める。
「こりゃあ、たいしたもんじゃのう」
「でしょ!?」
「リンちゃんもハイドも、よく頑張ったぞい!」
「えへへ!」
褒められた!
しかも元チャンピオンに!
これは実質世界一位と言っても過言では――
「……ところで、リンちゃん」
ん?なんだろう。
なんか嫌な予感。
「今日のバトル修行は?」
しまった、完全に忘れてた。
いや、忘れてたわけではない。
ちゃんと覚えてはいた。
覚えてはいたんだけど……。
研究が楽しすぎたのである。
「……師匠」
「ん?」
「……あしたから、ほんきだす!」
「今日からじゃ!!」
道場中に、マスタード師匠の声が響き渡った。
はい。
すみません。
完全に調子に乗りました。
なお、その日の夕方。
俺はムーちゃんと一緒に、道場の周囲を走らされることになった。
「はぁ……はぁ……」
「グソッ!」
「ムーちゃん……まって……」
「グソ?」
元世界一位の色違い廃人。
四歳にして、オシャボ製造技術を確立。
ウルトラボールとマスターボールの入手にも成功。
しかし。
本人の体力は、まったく成長していなかった模様。
おかしい……こんなはずでは。
俺はただ、オシャボを作りたかっただけなのに。
なぜ今、地獄のランニングをしているのだろうか。
……まあ、いいか。
とりあえず。
修行は明日から本気出す。
……え?
今日から?
無理ですって。
もう足が動きません。
誰か、たすけて。