日番谷に転生した   作:使い手なない

1 / 5
第1話「氷の少女」

 

 尸魂界、西流魂街一区――潤林安。

 

 瀞霊廷からほど近いこの地区は、流魂街の中でも比較的治安がよく、穏やかな暮らしが営まれている場所だった。

 

 そんな町の一角に、小さな少女が暮らしていた。

 

「冬華ちゃん! おはよう!」

 

「あっ、桃ちゃん。おはようございます!」

 

 元気な声に振り返った少女が、ふわりと微笑む。

 

 肩にかかる銀白色の髪。

 

 澄んだ翡翠色の瞳。

 

 小柄で華奢な身体に、可憐な顔立ち。

 

 少女の名前は、日番谷冬華。

 

 この潤林安で、おばあちゃんと二人で暮らしている女の子だ。

 

「ねえねえ、冬華ちゃん! 今日は何して遊ぶ?」

 

「そうですね……。お花を見に行きませんか?」

 

「お花?」

 

「はい! この前、綺麗な花が咲いている場所を見つけたんです」

 

「本当!? 行きたい!」

 

「ふふっ。では、行きましょう!」

 

 冬華が差し出した手を、桃が嬉しそうに握る。

 

 二人は仲よく並んで歩き始めた。

 

 ――どこにでもある、穏やかな日常。

 

 けれど。

 

 日番谷冬華には、誰にも話していない秘密があった。

 

 それは――。

 

(……まさか、本当に『BLEACH』の世界に転生するなんて思いませんでした)

 

 彼女が、前世の記憶を持っているということだった。

 

     ◇◆◇

 

 冬華が自分の置かれた状況を理解したのは、物心がついた頃のことだ。

 

 見知らぬ町並み。

 

 現代日本とは異なる生活。

 

 そして、何より決定的だったのは、自分の名前だった。

 

 ――日番谷冬華。

 

 最初は偶然だと思った。

 

 しかし、鏡に映る銀白色の髪と翡翠色の瞳を見たとき、その考えは揺らいだ。

 

 さらに、暮らしている場所が西流魂街一区の潤林安だと知り、確信に変わった。

 

(これって、日番谷冬獅郎の女の子版ですよね……?)

 

 前世で読んでいた漫画『BLEACH』。

 

 その登場人物である日番谷冬獅郎と、自分の境遇があまりにも似ていた。

 

 しかも、目の前には雛森桃までいる。

 

 もはや疑いようがなかった。

 

(……ということは、いずれ私は氷輪丸を使えるようになるのでしょうか)

 

 氷雪系最強の斬魄刀。

 

 大紅蓮氷輪丸。

 

 前世の知識を思い返せば、その強大な力も、これから起こる数々の事件も知っている。

 

 藍染惣右介の裏切り。

 

 尸魂界を揺るがす戦い。

 

 破面との激闘。

 

 そして、千年血戦。

 

 その未来を思い出すたびに、冬華の胸には小さな不安が生まれた。

 

 特に――。

 

(桃ちゃん……)

 

 何度も傷つき、命の危険にさらされる少女。

 

 前世では漫画の登場人物だった。

 

 けれど、今は違う。

 

 目の前で笑っている、大切な友達なのだ。

 

(絶対に、あんな目には遭わせません)

 

 冬華は、密かにそう決めていた。

 

 もっとも。

 

 だからといって、毎日深刻な顔をしているわけではない。

 

 未来を変えるためにも、まずは今を大切にしたい。

 

 それが、冬華の考えだった。

 

     ◇◆◇

 

「わあっ! 綺麗!」

 

 桃が歓声を上げた。

 

 二人が訪れたのは、町外れにある小さな花畑だった。

 

 色とりどりの花が、柔らかな風に揺れている。

 

「でしょう?」

 

「うん! 冬華ちゃん、こんな場所よく見つけたね!」

 

「お散歩していたら、偶然見つけたんです」

 

 冬華は花の前にしゃがみ込んだ。

 

 白い小さな花。

 

 薄桃色の花。

 

 青紫色の花。

 

 どれも可愛らしい。

 

(やっぱり、お花はいいですね)

 

 冬華は自然と頬を緩めた。

 

「冬華ちゃんって、本当にお花が好きだよね」

 

「はい。見ていると、幸せな気持ちになりますから」

 

「えへへ。冬華ちゃんらしいね!」

 

「そうでしょうか?」

 

「うん! 冬華ちゃんも、お花みたいに可愛いもん!」

 

「……えっ?」

 

 思いがけない言葉に、冬華は目を丸くした。

 

 それから、少し照れくさそうに微笑む。

 

「ふふっ。ありがとうございます、桃ちゃん」

 

「本当のことだよ!」

 

「それなら、桃ちゃんも可愛いですよ?」

 

「ええっ!? わ、私はそんなこと……!」

 

 今度は桃が真っ赤になる番だった。

 

 二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。

 

 こんな時間が、冬華は大好きだった。

 

     ◇◆◇

 

 その日の夕方。

 

 冬華が家に帰ると、おばあちゃんが縁側に座っていた。

 

「おかえり、冬華」

 

「ただいま帰りました、おばあちゃん!」

 

「今日は桃ちゃんと遊んできたのかい?」

 

「はい! とっても楽しかったです!」

 

「そうかい、そうかい」

 

 おばあちゃんは優しく目を細めた。

 

 冬華はその隣に腰を下ろす。

 

 しばらく二人で夕焼けを眺めていると、おばあちゃんがふと口を開いた。

 

「冬華や。最近、また一人で何か練習しているみたいだねえ」

 

「……気づいていたんですか?」

 

「そりゃあ、毎日一緒に暮らしているんだからね」

 

「えへへ……」

 

 冬華は小さく笑った。

 

 実は、少し前から霊力の制御を練習していた。

 

 原作知識があるとはいえ、身体を動かすことと霊力を操ることは別問題だ。

 

 最初は、自分の内側にある力を感じ取ることさえ難しかった。

 

 それでも、毎日少しずつ練習を続けている。

 

「無理はしていないかい?」

 

「大丈夫です。疲れたら、ちゃんと休んでいますから」

 

「そうかい。でも、あまり頑張りすぎるんじゃないよ」

 

「はい!」

 

 冬華は元気よく頷いた。

 

 そんな孫の頭を、おばあちゃんが優しく撫でる。

 

 冬華は嬉しそうに目を細めた。

 

(……この人も、絶対に守りたいですね)

 

 原作の日番谷冬獅郎にとっても、大切な存在だったおばあちゃん。

 

 冬華にとっても、それは同じだった。

 

     ◇◆◇

 

 それから、しばらく経ったある日。

 

「冬華ちゃん! 聞いて聞いて!」

 

 いつもより興奮した様子で、桃が家にやって来た。

 

「どうしたんですか、桃ちゃん?」

 

「あのね! 私、真央霊術院に行くことにしたの!」

 

「……!」

 

 冬華は思わず目を見開いた。

 

 真央霊術院。

 

 死神を育成するための教育機関。

 

 そして、原作の雛森桃が通っていた場所でもある。

 

(……ついに、この時が来たんですね)

 

 冬華は胸の内で呟いた。

 

 もちろん、桃が死神を目指すこと自体は知っていた。

 

 それでも、実際に本人の口から聞くと、少しだけ寂しさを感じる。

 

「私ね、死神になりたいんだ!」

 

 桃は目を輝かせていた。

 

「まだまだ知らないことばっかりだけど、いっぱい勉強して、立派な死神になりたいの!」

 

「……そうなんですね」

 

「うん!」

 

 桃の笑顔は、希望に満ちていた。

 

 冬華はその表情を見つめる。

 

 この先、桃がどんな経験をするのか。

 

 どんな人を尊敬し、誰を信じ、そして誰に傷つけられるのか。

 

 冬華は知っている。

 

 けれど。

 

 だからといって、桃の夢を否定するつもりはなかった。

 

「桃ちゃん」

 

「なあに?」

 

「応援しています」

 

「……!」

 

「桃ちゃんなら、きっと素敵な死神になれますよ」

 

 冬華が微笑むと、桃の顔がぱっと明るくなった。

 

「ありがとう、冬華ちゃん!」

 

 そして、少しだけ寂しそうに続ける。

 

「でも……しばらく会えなくなっちゃうね」

 

「そうですね」

 

「冬華ちゃんと遊べなくなるの、ちょっと寂しいな……」

 

 冬華は少し考えてから、桃の手を取った。

 

「それなら、約束しませんか?」

 

「約束?」

 

「はい」

 

 翡翠色の瞳を細め、冬華は微笑んだ。

 

「私も、いつか真央霊術院に行きます」

 

「えっ!?」

 

「だから、それまで待っていてください」

 

「本当!?」

 

「はい。約束です」

 

 桃は嬉しそうに笑った。

 

「うん! 待ってる! 絶対だよ!」

 

「ふふっ。もちろんです」

 

 二人は小指を絡めた。

 

「「指切りげんまん!」」

 

 小さな約束。

 

 けれど、冬華にとっては、とても大切な約束だった。

 

     ◇◆◇

 

 そして、旅立ちの日。

 

「冬華ちゃん! おばあちゃん! 行ってきます!」

 

 荷物を抱えた桃が、大きく手を振った。

 

「気をつけて行くんだよ、桃ちゃん」

 

「はい!」

 

 冬華も笑顔で手を振る。

 

「桃ちゃん、頑張ってくださいね!」

 

「うん! 冬華ちゃんも、約束忘れないでね!」

 

「もちろんです!」

 

「じゃあ、またねー!」

 

 桃は何度も振り返りながら、道の向こうへと歩いていった。

 

 その姿が見えなくなるまで、冬華は手を振り続けた。

 

 やがて、静けさが戻ってくる。

 

「……行っちゃったねえ」

 

「はい」

 

「寂しいかい?」

 

「……少しだけ」

 

 冬華は素直に答えた。

 

 おばあちゃんは優しく笑う。

 

「冬華も、いつか行くんだろう?」

 

「はい」

 

 冬華は、桃が歩いていった道を見つめた。

 

 真央霊術院。

 

 護廷十三隊。

 

 そして、その先に待ち受ける未来。

 

 知っているだけでは、何も変えられない。

 

 どれほど未来の出来事を覚えていても、それを変える力がなければ意味がない。

 

(……強くならないと)

 

 冬華は小さく拳を握った。

 

 桃を守りたい。

 

 おばあちゃんを守りたい。

 

 これから出会う、大切な人たちも守りたい。

 

 そのためには、もっと強くなる必要がある。

 

 けれど、冬華はすぐに表情を和らげた。

 

「おばあちゃん」

 

「なんだい?」

 

「私、頑張りますね!」

 

「ああ。応援しているよ」

 

「はい!」

 

 冬華は嬉しそうに微笑んだ。

 

 柔らかな風が吹き、銀白色の髪がふわりと揺れる。

 

 その胸の奥には、まだ目覚めぬ氷雪の力が眠っている。

 

 いずれ氷雪系最強の斬魄刀を振るい、護廷十三隊の頂点の一角に立つ少女。

 

 しかし、今はまだ――。

 

 大切な友達との再会を楽しみにしている、小さな女の子だった。

 

 ――第1話「氷の少女」・完。

 




【あとがき】

新作『BLEACH』転生IF、始まりました!

今回は女の子になった日番谷冬獅郎こと、日番谷冬華が主人公です!

原作知識を活かしながら、大切な人たちを守るために成長していく物語を描いていきます。

次回からは冬華の修行が本格的に始まります!

これからよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。